ニートじゃないよ?
執筆の最大の敵は一緒に寝てくれとせがむ末娘。
一度布団に入ると出てきにくい季節になってきましたね……。
妖精管理局で寝泊まりするようになってから3週間が過ぎようとしていた。
だというのに特にこれと言って進展はない。
それと言うのも美沙希さんが外出許可を出してくれないからだ。
屋内と言うか、施設内は自由に出歩くことができる。
欲しいものも、高価な物や手に入り難い物以外はマリアベルに頼めば買いに行ってくれる。
ここしばらくの俺の一日はこんな感じだ。
朝、7時に起床。顔を洗って皆で朝食を取る。
星華と菜摘さんが学校に出かけると新聞や本を読んでこの世界に関する情報収集をする。
たまに美沙希さんがやって来て俺の質問に答えてくれたり、そのまま雑談をしながら覚えた知識が間違っていないかとか、日本と違う文化風習などに関する知識のすり合わせをしたりしてくれる。
例えば、家の中でも靴を履く西洋風の生活スタイルについて。
これに関しては妖精管理局や科特の施設がどちらかと言うと特殊のようだ。
一般家庭では玄関を入ると一段高くなっていて、靴を脱いで家に上がることが一般的らしい。
妖精管理局や科学技術庁、あるいはそれに類する組織は緊急出動などがあるため直ぐに飛び出せるよう靴を履いて生活することが多いとのこと。
ちなみに、まだお邪魔したことはないが星華の部屋は半分ほどが畳敷きになっているらしい。
日中は板張りのエリアで靴を履いたまま生活し、非番の時や夜寝る前などは主に畳の上で生活しているとの事。
俺の部屋にはベッドが備え付けられているから板張りのままでいいかなと思っていたが、星華の話を聞いて畳敷きのスペースが欲しくなっている。
正午。有り難いことにこの大和においても一日3食が基本であり、昼食もしっかり食べさせてもらえる。
今日は美沙希さんのリクエストで親子丼だった。
鶏肉、豚肉、牛肉は普通に流通しているらしい。
牛肉だけ少し割高なのも日本とあまり変わらないようだ。
異世界名物的な魔物肉とかは今のところ出てきていない筈だ。気付かずに食べている可能性もあるが。
あと、暇だったから料理でもと思い台所に向かったが、まだお客さん扱いされているためか入らせてもらえなかった。
小麦粉、卵、牛乳とあるから簡単にホットケーキでもと思ったのだが。
「パンケーキがご希望ですか? でしたら明日の朝食にご用意します」
そう言って追い返された。
翌朝の朝食は言われた通りのパンケーキだった。
ただし、ジャガイモ入り。
ベーコンもどきの燻製肉と目玉焼きとサラダの朝食は毎日これでもいいと思うくらいには美味かった。
菜摘先輩は少し食べ足りないようで「やっぱり朝は米がいいよ」とぼやいていたが、星華と美沙希さんには好評で時々朝食に出てくることとなった。
けど、マリアベルさんや。俺が食べたかったホットケーキはこれじゃないんだ。
バターと蜂蜜かメープルシロップをかけた甘い奴が食いたいんだ……。
とは言え無駄飯食らいの居候が半ば注文したような形で出してもらった朝食に更に何か言いだすこともできず。
美味しいのだからこれはこれで、と自分を納得させながら料理とともに言葉を飲み込んだ。
昼食の後は星華や菜摘先輩が帰ってきていれば、二人に付き合ってもらい体を動かす。
それなりくらいの体力はあるはずだが、冒険者……この世界では退魔師だったか。いわゆる戦闘職に就こうと思ったら多分今のままでは足りないと思う。
流石にあの夜の星華のようにジャンプ一つで屋根の上に飛び乗ったり、4時間を超える持久走を息も切らせず走り続けるようなところまでは求められないと思うが。
菜摘先輩の指導に従って走り込み、腹筋背筋、腕立て、素振り。
ある程度体が温まった頃というか、菜摘先輩の気分次第(退屈してきた頃ともいう)で星華も巻き込んでの模擬戦が始まる。
勝率の方は推して知るべし、言うに及ばずといったところか。
星華は滅茶苦茶手加減してくれるので勝てはしないものの引き分けくらいにはさせてもらっている。
が、菜摘先輩は駄目だ。
ちょっとした隙でも見せようものなら受けるとか避けるとか考える間もなくボッコボコにされる。
剣術の稽古と言うことで剣道の練習みたいなものを想定していたが、菜摘先輩の戦いかたは喧嘩剣術とでもいえばいいだろうか。
刀を躱したと思ったら実はフェイントで拳や足が飛んでくる。他にも体当たり、肘鉄、足払いと何でもありだ。
「魔物たちが手加減や寸止めしてくれると思ってんの? さっきの戦い、2回は死んでたよ? 命があるだけ儲けものじゃない?」
実戦で死なないように経験を積むのが訓練なんじゃないっすかね?
毎度毎度、菜摘先輩と戦うたびに手も足も出ずにボロ負けしているが全く経験を得た感じがしない。
このままの修行を何か月も続ければ、耐久力とか防御力的なパラメータは上がるかもしれないが、手段としてはあまりにもマゾい気がする。
夕刻。訓練が終わった後は風呂や夕食の時間になる。
一番風呂を勧められるが基本的には辞退して最後の方で入らせてもらっている。
レディファーストとでもいえば格好が付くのかもしれないが、何のことはない。菜摘先輩にシバかれた痕が痛むのですぐに風呂に入りたくないだけだったりする。
夕食は皆で食べる。
菜摘先輩のリクエストでおかずは肉料理の割合が高い。
俺と菜摘先輩は言うに及ばず、美沙希さんと星華も何だかんだでよく食べる。
今夜のメインは豚肉の照り焼きだった。
使われた肉は菜摘先輩が仕留めてきたらしい。
豚を? 仕留めた? 野生の豚? イノシシじゃなくて?
あと、これヒレ肉っぽいけど大分でかいよね?
美沙希さんや星華の分は小さめにカットされた肉を何枚か、と言う感じで皿に乗せられているが、俺と菜摘先輩の分は皿とほぼ同じくらいの大きさ、元の世界で食べた1ポンドステーキよりでかい。
「野生の豚は熊より大きいから。一頭仕留めただけでかなりの量のお肉が採れるわよ」
さも当たり前のように語る美沙希さんの言葉に改めて異世界であることを実感する。
「今日はたまたま一人で戦ったんだ。いつもは協力と言うか、奪い合いみたいになるんだけどさ」
人里に降りてきた野生の豚は味も良く量も取れるので居合わせた退魔師たちがこぞって討伐しに来るのだそうな。
倒した後、肉や骨などは解体され戦闘の貢献度に比例した量の肉を分け合って持ち帰ることになる。
持ち帰った肉は今夜のように食卓に並んだり、食堂や精肉店などに売却されるらしい。
「優路も野生の豚とか牛を見つけたらとにかく倒しに行ったらいいよ。妖精管理局では食材を狩って来たらどんな料理にするか決める権利があるからね」
なるほど。妖精管理局の戦闘要員は現在二人。星華はまだ新人らしいので主戦力は菜摘先輩と言うことになる。
だから菜摘先輩のリクエストで肉料理が食卓に並ぶことが多いのか。
「私はもう少しお魚の日が多いと嬉しいんですけどね」
苦笑しながらも照り焼きを美味しそうに食べる星華。
肉が嫌いと言うわけではなさそうだ。
まあ、俺も肉は好きだけれど何日も肉が続けば魚も食べたくなろうと言うものだ。
「魚が食べたきゃ川へ行ってオニマスでも取ってくるんだね。まあ、星華じゃ変身しないと勝てないだろうけど」
500gはあろうかと言うヒレ肉をぺろりと平らげてマリアベルにおかわりを要求しながら菜摘先輩が言う。
変身て、やっぱり戦闘力とか上がるんだろう。
そうでもしないと勝てない川魚って何だ?
「私だってそこそこ強くなってきてるんですからね。優路さん、外出許可が出たら一緒にオニマス倒しに行きましょうね!」
「お、おう。美沙希さんの許可が出たらな」
そこは一人で倒しに行くべきなんじゃないのかと思わないでもないが、せっかくの星華からのお誘いなので了承しておく。
「そうね、必要な届け出も終わったし、もう2,3日くらいで外出させてあげられると思うわよ」
そういえば、みたいな感じで返事をしてくれる美沙希さん。
忘れてたわけじゃないですよね?
「必要な届け出って何だったんですか?」
特に書類とか書かされた記憶はないから全部美沙希さんがしてくれているんだろうけれど、手間が無くて有り難い反面、美沙希さんが話せると思った情報しか耳に入ってこないのがもどかしい。
「んーと、色々出したけど、最終的には優路君の住民票がもうすぐ届くことになっているわ。住民、ひいては大和の国民であると認められたら、科特も表立って手は出せなくなるから自由に外出して良いわよ」
外出するのに住民票が必要になる異世界ものって読んだことないな。
普通は冒険者ギルドとかでギルドカードとか作って本人証明をしたりすることが多いはず。
ファンタジーより現代モノ寄りのこの世界なら住民票とかあっても不思議じゃないか。
それよりも、あと2,3日か。
長かったような、短かったような。
「あ、でも一応、用心のためにしばらくは誰かと一緒に行動してね」
「はい、わかりました」
表立っては出せない手も、バレないように注意を払えば手段はいくらでもあるだろう。
そもそも街中に出てどこに何があるかわからないから一人で外出はしばらくはしたくないかな。
「よかったですね、優路さん。外出許可が出たらお約束通り街の中を案内しますね」
「ああ、ありがとう。頼むよ」
約束したのはここへ来た初日の事だったか。
覚えていてくれたことも、それを星華から申し出てくれたことも嬉しく思う。
「あらあらあらあら……。聞いた? 菜摘ちゃん。私たちの居る前で堂々と逢引の約束ですって」
「ええ、聞きましたよ、美沙希さん。星華も意外とやりますな」
二人は顔を寄せ合い、星華と俺を眺めてたちの悪い笑みを浮かべている。
「しかもさっきのオニマスもなんか一緒に捕りに行くことになってますしね」
「奥手だと思っていたのに、やるわね、星華ちゃん」
口元に手を当てて、菜摘先輩の耳元で喋る美沙希さんと、それを真似て同じようにする菜摘先輩。
基本的には良い人なのだが、この二人が組むと基本、碌なことをしない。
今のように星華がからかわれているのを見るのはこれで何度目だろうか。
「もぅ! だから、いつも言ってますけど、そういうのじゃありませんから!」
まぁ、毎度毎度解っていて反応する星華にも問題があるような気はするが、面白いので俺は基本スルーする。
「星華さん、謙遜なさることはありません。三雲様の必要なものをお揃えになったり、訓練のあと傷の手当てをなさったり、星華さんは奥様として立派に勤めておいでですよ」
今夜は珍しくマリアベルも会話に参加してきた。
ただ、その発言はマリアベルの性格からしてからかう側に回るとは思えないが、少なくとも星華へのフォローになっていない。
真面目にフォローしているつもりなのか、ただ思ったことを口にしているだけなのか判断の難しいところだ。
「マリさんまで! もぅ! 私はそんなつもりじゃありませんから! 御馳走様でした、美味しかったです!」
無理やり話を終わらせて立ち上がる星華。
それでもしっかり御馳走様を言って食器を片付けていくあたりが星華だと思う。
「あらあら、怒らせてしまったかしら」
「いや、恥ずかしがってるだけでしょう、あれは」
食堂から出て言った星華を見送った後二人がポツリとこぼす。
反省をするとかいうつもりは全くない様子だ。
「あんまりからかうと俺が敬遠されるので控えてくださいって言ってますよね、俺」
トップの美沙希さんがこの調子のため窘めるられる者はこの場にはいない。
星華に嫌われるということはそうそう無いと思っているが、避けられるくらいはされかねないので釘をさしておくことにする。
「ごめんなさいね。星華ちゃんが可愛いから、ついつい止まらなくなってしまうのよ」
気持ちは解らないでもない。星華は思っていることがすぐ顔に出るからついからかいたくなってしまう。
「やめてくださいとは言いませんから、ほどほどにお願いしますね。菜摘先輩も」
「ええ、分かったわ」「はーい」
解ってなさそうな返事が返ってくる。暖簾に腕押しとはこのことか。
「じゃあ、俺もお風呂頂いて休ませてもらいます。御馳走様でした」
三者三様のお休みの声を背に食堂を出た後は風呂場へ向かう。
美沙希さんに用意してもらった『開いてます』の札をひっくり返して『入ってます』に切り替える。いわゆるエロハプニング防止策だ。
初日の風呂場で眠ってしまった為に長風呂をするとマリアベルが様子を見に来てしまうので早めに風呂から出るようにしている。
風呂から上がってしまうともう後は寝るだけと言う感じになるが、スマホの時計を見るとまだ20時になっていなかったりする。
身体は疲れているし、実際少し前まではそのまま眠ってしまうこともあったが最近はしばらくの間なら起きていられるようになった。
少しは体力がついてきたと思ってもいだろうか。
とは言え特にすることもないので布団の上に寝転がり、スマホでアニメを見たり掲示板を見たりして、21時には明かりを消して布団に潜り込む。
寝るとき以外はほとんど部屋にいないから、引きこもりではないはずだ。
それってニーt……いや、気のせいだろう。
むしろ友好的に接してもらっているだけで扱いは軟禁と呼んでも差し支えないのかもしれない。
外に出て科特に見つかると襲われるかもしれないので、仕方ない。
あと2,3日の辛抱だというし。
暗くなった部屋の中でそんなどうでもいいことに考えを巡らせながらやってきた眠気に身を委ね、眠りについた。
これがここ3週間の俺の平均的な一日の過ごし方だった。
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