EP 2:新しい学校、新しい友達
以前2本の作文を投稿させて頂いたのですが、まだ話を作れると思ったので改めて連載として新作と共に再投稿させて頂きます。
多分誰も見ていないでしょうが、まぁこれは自己満足なので。
花澤美咲が『桜荘』に来てから二週間程経った頃、ようやく転校手続きが完了し地元の小学校へ通う事となった。
同じ桜荘に住む杉山大樹と田口稲穂の二人を保護者とし、学校へ向かい校長、教頭らへ挨拶を済ませると、遂に美咲にとって新たな地での学校生活が幕を開ける。
「それじゃぁ美咲ちゃん、楽しいスクールライフを送れるように祈ってるよ!」
「美咲ちゃん、困った事があったら私に何でも相談してね?」
大人二人が別れを惜しみながら車を走らせ去ってゆく。少々呆れながら困ったような笑顔を浮かべて見送ると、職員室で担任と顔を合わせ教室へと案内された。
見知らぬ学校の中を歩きながら、自分の今までの学校生活を思い返してはこれからの生活に不安を募らせる。
(そういえば櫻さんが出掛けに『きっと寂しい思いはせんよ。』って言ってたなぁ…。)
そんな事を思い出しながら担任の後に続き、長く感じる廊下を歩き続けた。
『4-1』
そう書かれたプレートの下に立ち、担任教師にその場で少々待つようにと言われると素直に従い、背負ったランドセルの肩ひもをギュっと掴み、大人しく待機する。
教室の中から沢山の話し声が聞こえる。朝から見知らぬ席が一つ増えている事で転校生が来るのだろうと既に教室の中がざわめいているのが聞こえた。
担任の教師が教室に入ると、生徒達がガタガタと座席に着く音が鳴り響き、『きりーつ!れい!ちゃくせき!』というハキハキとした声が聞こえて来る。風紀の乱れは無いようで美咲はホっと一安心の息を漏らす。
「はい、皆さんおはようございます。えー、それでは今日はまず、転校生を紹介します。さぁ、入って来て良いですよ。」
まるで『そう言う事が決まっているのか』というようなお決まりの台詞に促され、いつの間にか下を向いていた視線を上げ教室の入り口を恐る恐る開けると、少々俯き加減で静々と教壇の横まで歩みを進め、担任の目を見る。
「さ、みんなの方を向いて自己紹介をしましょうか?」
優しい口調で教室の中に手を向け視線を促す。
その手の動きに流されるように身体の向きを変えると、教室中の視線が一斉に自分に向いた事がハッキリ感じ取れた。
だが特にその中から一際強い視線を感じる。一番奥の一番廊下側に座っている女の子だ。
目立つ赤髪のクセっ毛をツーサイドアップに結んだ、やや釣り目気味の気の強そうな女子生徒が美咲を凝視していた。
(え…まだ何も言ってないのに何でこんなに睨まれてるの…?)
敵意のようなものでは無いが、複雑な感情を向けられている事を察知し、緊張の中での異様なまでの眼差しに美咲が唾を飲む。
その少女、花園百合香は驚いていた。
(なんて可愛い娘…綺麗な長いストレートの黒髪に、決して派手では無い白を基調に赤のアクセントが光るワンピースがとっても似合ってて、まるでお人形さんみたい…。)
自分とはまるで違う、自身の理想のような存在を目の当たりにして心を奪われていた。それは正に一目惚れであった。
だがその眼が血走る程に見開かれ、相手を畏怖させているとは露ほども思っていなかったのだった。
「あ、あの…花澤美咲といいます。りょ、両親の都合で急遽転校して来る事になりました。これから宜しくお願いします。」
これは桜荘の面々が考えた設定で、大樹と稲穂が両親役だ。孤児というのは何かと善し悪し問わず周囲に意識させてしまうという理由からだ。
美咲が意を決して声を上擦らせながら自己紹介をし、頭を深々と下げると、担任の拍手を切っ掛けに教室中から拍手と歓迎の声を受け、一つの壁を突破した事を安堵し自然と笑顔が溢れた。
だが美咲には未だ不安が付き纏っていた。何故なら、今までただでさえクラスメイトとの付き合い方を知らなかった自分が、既に出来上がっているコミュニティに入れる自信がまるで無かったのだ。
「それじゃぁ、花澤さんの席は一番後ろの列の窓際に用意してあるので、そこを使ってくださいね。」
「は、はいっ。」
担任の声を受けて視線を動かすと、なるべく他の生徒と目を合わせないように座席だけを見つめて歩みを進める。
こんな事では駄目だと自分でも解っているのだが、性格が突然変わる訳も無く自己嫌悪のまま席に着くと、そのままの流れで一時間目の授業が始まった。
知らない教室、知らないクラスメイト、窓の外には知らない景色。沢山の情報が目まぐるしく入ってきて頭がふわふわする。
そんな中で授業を聞いていた美咲の頭の中に知った声が響く。
《美咲、新しい学校はどんな感じだい?馴染めそうかね?》
(えっ?櫻さん!?)
驚きに膝が机を蹴り上げ『ガタッ』と派手な音を立てると教室中の視線が集まり、顔を真っ赤にしてバツが悪そうに下を向く。
(あ、そういえば朝出掛ける前に櫻さんが私の能力をコピーしたいって…そっか、テレパシーを受けるとこんな風に感じるんだ…。)
今まで念を送る立場でしか無かった美咲には始めての経験だ。
《突然どうしたんですか?びっくりして恥ずかしい思いをしちゃいました…あ、ひょっとして今朝言ってた『寂しい思いはしない』ってこういう事なんですか?》
《いやいやまさか、それじゃ毎日コピーしなけりゃならんだろうに。それにそんな事では本当の意味での寂しさは無くならんよ。》
それは美咲も理解しているが、このテレパシーを送られている意味がいまいち理解出来ない。
《なに、お前さん確か転入したクラスは4-1だろう?そのクラスには多分お前さんの理解者になってくれる者が居る。先ずは…いきなり皆に溶け込めとは言わん、だがほんの少し勇気を出して関わってみると良いさ。》
そう言って以降、櫻からのテレパシーは途絶えた。
(櫻さん、何が言いたかったんだろう…?)
そんな事をぼんやりと考えながら授業を受けていると、教室の反対側からまたしても強い視線が注がれている事に気付く。視線に乗ってくる感情はとても強いが様々なものが入り混じっていて未だ読み取る事が難しい。
少なくとも悪い感情では無い事は理解しているのだが、余りの強さに顔を向けて確認する事が出来ず、目だけを動かし視線の主を確認すると、案の定と言うべきか挨拶の時に美咲を凝視していた少女だった。
(あの娘…何だろう?私何か気に障るような事しちゃってるのかな…?でも会った事無い筈だし…。)
考えを巡らせるが結局何も結論が出ないまま一時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
休み時間に入ると当然のようにクラスメイトからの自己紹介と質問攻めだ。
『何処から来たの?』『何処に住んでるの?』『どんな趣味?』定番のような質問の嵐に一つずつ丁寧に答える。当然本当の事を言えない場合もあるが、出来るだけ嘘を吐きたくない美咲の誠実さは伝わるものだ。周囲の反応も好意的で、少なくとも馴染めないという心配は杞憂のようだった。
安心感を得てからの二時間目以降は時の経つのも早いもので、あっという間に給食を過ぎ昼休みの時間となった。休み時間の度に代わる代わる質問に合い、大方のクラスメイトと言葉を交わし終える。
しかしそんな中でも何故か視線を送り続けるだけで接触して来ない例の女子生徒が気になってしょうがない。
「あの、あの娘は…?」
流石に聞かずには居られなくなった美咲が周囲の女子に切り出した。
「あ~、百合香ちゃん?どうしたんだろう、普段はあんな大人しくないんだけど…。」
「そうそう、明るくて元気な娘だよ?動物が好きで飼育委員やってるの。」
(動物、好きなんだ…。)
その情報に美咲は少しだけ気持ちが軽くなる。
「飼育委員って、このクラスは動物を飼ってるの?」
教室を見回しながら美咲が疑問を投げかけた。パっと見ただけでは動物を飼っているようには見えず首を傾げる。
「うん、校舎の裏に飼育小屋があるんだ~。可愛いモルモットが居るから後で行ってみるといいよ。」
そう教えて貰うと
(モルモットかぁ…山の中では流石に見た事無かったなぁ…。)
と唇に指を当て天井を仰ぐいつもの癖を見せつつ、その姿を想像して放課後を楽しみにするのだった。
午後の授業もつつがなく終わり放課後。
一緒に帰ろうとクラスメイトに誘われるが
「ごめんね、ちょっと学校の中を見て回りたくて。」
と言い訳をして別れの挨拶をすると手を振り見送る。
本当に学校の中を探索したいという考えもあったのだが、一番の理由としては住んでいる場所を知られる事に不安があるという事が大きかった。
これから先、この秘密を隠し通したままで学校生活を過ごす事が出来るのだろうかと考えあぐねながら、昼休みに教えてもらった校舎裏の飼育小屋までやってくる。
そこは思っていたよりも大掛かりなスペースを取った小屋が複数在り、中にはモルモットの他にウサギと鶏が見える。よく見るとそれぞれの入り口上にクラスの番号が振ってあった。
そして美咲のクラス『4-1』の小屋を見てみると中で例の女子生徒、花園百合香がモルモットの世話をしていた。その表情はとても楽しそうで今まで美咲に向けていた視線とはまるで違う。美咲は余りのイメージの違いに驚き言葉を失ったままその様子を眺めていた。
モルモットが美咲の存在に気付いたようで、飼育小屋の金網のすぐ傍まで来ると、百合香が美咲の方を振り向き驚きの表情を見せる。
「こ、こんにちは…。」
先に声をかけたのは美咲だ。
その声に反射的に百合香も
「こ、こんにちは…。」
とまるでオウム返しに挨拶。
その様子をピスピスと鼻を動かしながら眺めるモルモットを見て美咲に笑みが零れ、それに気付いた百合香もまた笑顔になった。これが切っ掛けとなり二人の距離が一気に縮む。
「モルモット、可愛いね。ここ入ってもいい?」
美咲の問い掛けに百合香は『うんうん』と勢いよく首を縦に振ると、モルモットを入り口から遠ざける為、優しく奥に避けて扉を開いた。そんな少しの動きでも、百合香の動物に対する気遣いを感じる。
小屋の中に入ってみると、中に設置されている木箱等の陰にも二匹、計三匹のモルモットが居る事に気付いた。
美咲がいつものクセで何となしに『仲良くしたい』念を飛ばすとモルモット達がその足元に集まってくる。その様子に百合香は目を丸くして驚いた。
「凄い…普段あんまりお世話しない人には全然近付かない子達なのに…。」
その言葉にハッとなる。
(しまった…ついいつも動物と遊ぶ時の感覚でやっちゃった…!何とか話を逸らさないと!)
慌てる美咲。
「あ、こ、ここの飼育小屋って凄いね。こんなに広くて動物も沢山居るなんて。」
モルモットを撫でながら必死に思った事を言葉にして誤魔化した。
「え?う、うん。ウチの学校は四年生から各クラスでそれぞれ動物を飼う事が決まってるんだよ。四年生がモルモット、五年生が鶏、六年生がウサギなんだ。」
そう言いながら周りの小屋の中に居る動物達を眺めて目をランランと輝かせる百合香。
「ふふ…。」
美咲の声に百合香が驚き焦る。
「え?あたし何か変な事言った?」
「ううん、動物が好きってクラスのみんなに聞いてたけど、本当なんだなって。私も動物が好きだから、気が合いそうって思ったの。」
「へぇ~、そうなんだ!どんな動物が好きなの?何かペット飼ったりしてるの?」
趣味が合うとなると饒舌になるもの。今までが嘘のように口が回る百合香。そんな様を見て今まで疑問に思っていた事を思い切ってぶつけてみる事にした。
「えっと、その前に質問していいかな…?今日ずっと私の事を睨んでるように見えたんだけど…その、私何か気に障るような事しちゃってたかな…?」
モルモットを撫でる手は止めずに恐る恐る上目遣いで質問をすると
「えっ!?あ~…あれはその…。」
どう答えたものかと口籠る。
(うー、どうしよう…?女のあたしが女の子に一目惚れしたなんて言える訳ないじゃん!?緊張して声を掛けられなかったって何か格好悪いし!)
頭を抱えて考えを巡らせている百合香を見て、何か困る事を聞いてしまったのだろうかと美咲が声をかけようとした時…。
「おー、こんな処に居たのか。帰りが遅いから心配で迎えに来てしまったぞ?」
聞き覚えのある声に振り向く二人。
「櫻さん!?」
「櫻ちゃん!?」
同時に上げた声に『えっ!?』と互いの顔を見合わせた。
「お、やはり気が合ったようだね。良かった良かった。」
そんな櫻の言葉に百合香が気付く。
「え?櫻ちゃんが関わってるって事は、ひょっとして美咲ちゃんも…超能力者…?」
その言葉に美咲がハッとして
「私『も』って…?」
モルモットを撫でていた手が止まる。
「なんだい、能力の紹介まではしてなかったか。まぁそこまで早くは行かないか。」
まるで二人が仲良くなるのは計算済みとばかりに微笑む櫻。
「そう、そこの百合香も超能力者、しかも美咲、お前さんと同じ『テレパシー能力』持ちさ。」
櫻が小屋の傍まで来て耳打ちするように声をかけると、その言葉に互いが驚き再び顔を見合う。
「そっか…私をずっと見てたのって、超能力がある事に気付いてたから…?」
美咲が何かに納得したかのように言葉を漏らす。当然そんな理由では無いのだが、この勘違いを活用しない手は無いとばかりに百合香も乗り
「そうそう、そうなんだ~。何かピリピリ感じたって言うか、でもそんな事突然言ってハズレてたら困るじゃん?だから声を掛けられなかったっていうか?」
(よし!上手く乗り切った!…あれ?能力も動物好きも年齢も同じだなんて、これって運命なんじゃ…?)
と、百合香は心の中でガッツポーズを決めるのであった。
モルモット達に手を振り別れの挨拶をして三人で学校を後にする。
「美咲ちゃんは桜荘に住んでるの?一人で?」
「うん、だけど周りの大人の人達が力を貸してくれるから、何とか生活出来てる感じかなぁ?」
「いや、美咲はしっかり者だから、あたしらが手を貸すまでもなく生活出来とるよ。」
百合香に美咲が引っ越して来てからの日々を話しながら歩いていると時の経つのも早く、いつの間にか百合香の家の前まで来ていた。二階建ての良くあるタイプ、1台分の駐車場併設の家屋だ。
「ここ、あたしの家。今度遊びに来てね。」
笑顔でそう言い、『ばいばい』と手を振って中へ入って行った。
その様子を見て美咲は一つの疑問を抱き、帰りの道すがら櫻に質問をする。
「百合香ちゃんのご家族は、超能力の事知ってるんですか?」
自身が、恐らくは超能力の為に捨てられたのであろうと自覚している美咲にとって、その能力を持ったまま家族が居るという事が想像がつかなかったのだ。だがその質問に対して櫻から返って来た答えは驚くべきものだった。
「あぁ、勿論知っているさ。あの『家族』は全員超能力者なんだ。」
「全員!?」
想定外の答えに大きな声が出る。
「とは言っても訳ありでね。百合香には両親と兄が二人居るんだが、あの『家族』に血の繋がりは無いんだ。」
言葉の割には余りにあっけらかんとした物言いに美咲の口がぽかんと開く。
「百合香の髪の色を見ただろう?あの赤毛は地毛なんだが、生まれつきのものじゃないらしい。もう五年近くも前になるか、百合香の一家は交通事故に遭ってね…その時に両親が亡くなった。そのショックからか百合香は一時期言葉を話せなくなってね、ストレスからか髪の色も抜けてしまったんだ。テレパシー能力はその時に目覚めたらしい。」
そう言って空を仰ぐ。
「それからあたしの処にその情報が聞こえてきて、身の上を調べたうえであの一家に迎える事になった。今ではその頃の面影なんて無いくらい元気になって安心してるよ。」
美咲の表情が曇るのを見て櫻が言葉を続けた。
「何故かは解らないんだけどねぇ、あたしが知ってる超能力者は皆、血縁者との縁が無くなった者達ばかりなんだよ。生き別れ死に別れどちらだとしてもね…まるで超能力を持つ者に定められた運命みたいにさ。」
「それじゃ…桜荘の皆さんも…?」
「そう、身寄りは無い。だけどね、それを『可哀想』とか思うもんじゃないよ?皆今を生きて未来を見てる。過去を引きずったって何もならないって解ってるからだ。だから、百合香にも変な気を使うんじゃないよ?」
その言葉に美咲は自分の今までを振り返る。
両親に捨てられた事を自分のせいだと責め続け、周囲の大人の顔色を伺い、他者との積極的な接触を避けて来た。それで何かが得られていただろうか?ただ自分を守る為に変化の無い『現在』にしがみついていただけだった。
でも今は、櫻に誘われた事が切っ掛けではあっても自分の意志で『桜荘』に来たのだ。自分も百合香のように前に進むべきなのだと、確かに心が動いた。
「はい、私も今すぐには無理かもしれないけど、もっと前向きに頑張ります!」
握り拳を作ると腕をグっと締め気合を入れる。
「ははっ、そんな気合を入れても無理が生じるだけだ、自然体でゆっくりやっていけばいいさ。」
そう言い美咲の尻を叩く。
「きゃ!?」
「おぉ、すまんな。本当は背中を叩きたかったんだが如何せん手が届かんかった。」
「もぅ…でも、はい、そうですね。力を入れすぎないように気をつけます。」
笑顔でそう答える美咲に櫻も微笑みで応え手を繋ぐ。
そうして今日学校であった事や他愛もない事を話ながら桜荘へと帰り着くのだった。
翌日。
朝食を終えて学校へ行く準備を済ませ、身だしなみを整えていた美咲にテレパシーが届く。
《おはよう美咲ちゃん、一緒に学校に行こうよ!》
その主は当然百合香だ。朝から溌刺とした声が頭の中に響く。お陰でまだ少しぽんやりとしていた意識が目を覚ました。
《え?百合香ちゃん?一緒にって、百合香ちゃんのお家と私のアパートじゃ、待ち合うような場所が無いよ?》
桜荘と百合香の家は、学校と線で繋ぐと正三角を描くように通学路の接点が無い位置に存在していた。その為一緒に登校しようとすればどちらかが多くの距離を歩く事になるのだが…。
《大丈夫!あたしもう桜荘が見える所まで来てるから!》
そんな言葉を聞いて驚き慌てる美咲。
急いで髪を梳かしランドセルを背負うと、火の元の確認と照明の消し忘れをしっかりとチェックしてから部屋を飛び出した。無論部屋のロックもしっかり忘れないのが美咲の性格。
桜荘事務所に面した道路に顔を覗かせると、丁度向こう側から百合香が手を振りながら歩いてくるのが見えた。
「おーい、美咲ちゃーん、おーはーよー!」
元気な声が住宅地に響くと、事務所に集まっていた大人組も窓から顔を覗かせる。
「おや、百合香ちゃんじゃないか。櫻さんに聞いては居たけど早速仲良くなったみたいで良かった良かった。」
「そうねぇ、これで美咲ちゃんも学校で寂しい思いはしなくて済みそうね。」
大樹と稲穂がにこにこと見守る。
「美咲ちゃん、まだ学校までの道のりに慣れて無いんですから、車の通りの多い場所などを把握しながら登校してくださいね。」
幹雄のアドバイスに
《はい、行って来ます。》
と手を振りながらテレパシーで返事をする。
「何故テレパシー…?」
幹雄は不思議に思い首を傾げる。
「大方、住宅地のど真ん中で大声で返事をするのが恥ずかしかったんじゃろ。美咲は物静かだからねぇ。お前らも少しは美咲の気持ちを考えて声をかけてやらんか。」
櫻が呆れ顔でそう言うと皆も合点がいったように『あぁ~』と頷き合った。
百合香から通学路上の目印や注意点等を聞きながら無事学校へ到着。
校門を抜け生徒玄関へ入ろうとした時、校舎裏へ走っていく生徒が多い事に気付く。
「なんだろう?」
「何かあったのかな?」
互いに顔を見合わせると自然に足が向き校舎裏、飼育小屋へと向かった。
そこでは飼育小屋の網や壁面を調べる教師達と困惑している六年生の姿、そしてそれを取り囲み遠巻きに見ている多数の生徒達で溢れていた。
一先ず百合香は自分の担当の小屋へ行き軽い掃除と餌遣り。美咲も手伝いをする。
作業をしつつ野次馬の中から聞こえてくる話に耳を傾けると、どうやら六年生が飼育しているウサギの数が減っているというのだ。しかし何処かを破られた跡も無く、入り口の南京錠も付いたままだった事から子供達が不可思議な事件として騒いでいた。
そんな喧騒も朝の予鈴が鳴り響くと教師達の声に促され収まり、当事者となったクラスを除けば昼休みには殆どの生徒が既に記憶の奥に隠れてしまった。
朝から百合香と仲良くなっていた美咲にクラスメイトも気兼ねなく話しかけるようになり、テレビ番組や好きなアイドルなどの話で盛り上がっていたが、美咲はあまり付いて行けない。別に嫌いという訳では無いのだが知識がほぼ無いのだ。
そんな様子に気付いた百合香が話題を変えようと
「そういえば六年一組の飼ってるウサギが居なくなっちゃったよね。あれって逃げちゃったのかな?」
と切り出す。
すると今まで忘れていた生徒達も
「あー、そういえば。」「地面に穴を掘って逃げちゃったとか?」「でも逃げるような穴は無かったって聞いたよ?」「それに地面は干し草を敷いてあるけどその下はコンクリートなんでしょ?」
そんな議論を始めた。当然真実が判明するまで答えなど出ないものだが、子供達の推理ごっこには丁度良い題材となった。
「可愛いから誰かが勝手に連れて行っちゃったんじゃない?」
不意に誰かがそう言うと美咲の身体がピクりと動く。その反応に気付いたのは百合香だけだ。
《ねぇ、気になるなら桜荘のみんなに相談してみたら?》
その声に反応して百合香の方を向くと、僅かに考えた後に『うん』と頷く。
放課後になり美咲は百合香に付き合って飼育小屋へ来ていた。
「飼育委員は百合香ちゃん一人なの?」
「うん、他のクラスは二~三人居る処もあるみたいだけど、ウチのクラスはあたしが立候補しただけで他に誰も手を上げなかったんだ~。」
「でも朝昼放課後全部一人でやるのは大変じゃない?」
「あたし好きでやってるから、あまり大変って思った事は無いかなぁ?」
そんな事を言いながら二人で小屋の中の掃除をして居ると、例のウサギ小屋に教師が数人集まり相談しているのが見えた。
作業を止めて聞き耳を立てる二人。
どうやらまだ事件性を感じられず、様子見をしようという事になったらしい。何処かに逃げられるポイントを見逃しているかもしれないからという事だ。
教師達が去り、美咲達もモルモット小屋の掃除を終えて出ると施錠をし、
「それじゃ帰ろっか。」
百合香の言葉に促されて美咲も動物達に手を振り学校を後にした。
夕陽に照らされた帰り道、何の気無しに一緒に下校していた二人だったが、まっすぐ桜荘へ向かって歩いている事に今更ながらに気付く美咲。
「百合香ちゃん、こっちを通ったら帰りの時間が遅くなっちゃうよ!?」
そうは言うもののルート的に既に後の祭りである。
「大丈夫だよ、今日は桜荘に立ち寄って帰るって、もう連絡してあるからさ。あたしもウサギが居なくなった事気になるし…。」
そういう事だったのかと納得と安心をすると、そうこうしている内に桜荘事務所に到着。
「こんにちは~。」
百合香が元気よく扉を開けるとその後に続き美咲が顔を覗かせ、
「た、ただいま帰りました…。」
と恥ずかしそうに挨拶をする。
「やぁ美咲ちゃん、お帰りなさい。百合香ちゃんも。」
幹雄がニコニコとした顔で迎えてくれた。
その時奥の部屋、通称『稲穂ルーム』から何か物音がしたかと思うと中から出てきたのは稲穂と大樹。
「おや、美咲ちゃんお帰り~。」
「あら百合香ちゃんも。こんにちは。」
「こんにちは~。お邪魔してます。」
そんなやり取りを見て居た美咲が唇に指を添えて疑問を口にする。
「皆さん百合香ちゃんと親しいみたいですけど、お付き合いは長いんですか?」
するとまた別の部屋の扉が開き、中から出てきた櫻が答えてくれる。
「そうだねぇ。百合香との付き合いも長くなったもんだが、正確には百合香も含めた家族全員との付き合いが長いのさ。この娘達には時々仕事を手伝って貰ったりしていてね。おっと、遅くなったけど、お帰り。」
「あ、はい。ただいま。」
「はは、出来れば普通に生活している彼らにお手数をかけるのは避けたいんですけどね。とても助けられています。」
幹雄がジュースとお菓子を差し出しながらそんな事を言う。
それを見て美咲が慌てて手伝おうとするが、稲穂が肩に手をかけ無言で止める。
「あ…ありがとうございます…。」
稲穂の意思を察し申し訳無さそうにそう言うと、既に事務所のソファーに座りジュースを飲み始めていた百合香の隣におずおずと座り、差し出されたジュースのストローに口を付ける美咲を皆が微笑みながら見ていた。
「それで?わざわざ事務所に来たという事は美咲の処へ遊びに来たという訳では無いんだろう?」
櫻が百合香に声をかけた。
「うん、そう。実はちょっと気になる事が学校であってさ…。」
遠慮なくお菓子とジュースを交互に口に含みながら話を始める。
「ふ~ん、ウサギの失踪かぁ…。」
大樹が顎を摩りながら話を聴く。
「うん、六年一組のね、三羽居たウサギが朝学校に行ったら一羽居なくなってたんだって。でも小屋の中は全部調べたけど見つからないし、逃げられるような穴も無かったみたいだし、それに入り口には鍵もかかってたからこれっておかしいよね?」
まくし立てるように話す百合香に美咲は口を挟む隙もなく、頷きで同意を表す。
「それで、先生方は少し様子を見てみようって言ってたんですけど、こういう事を調べるのに皆さんの協力を得られないかなって、百合香ちゃんと話をして…。」
ジュースを飲む為に言葉を止めた百合香の代わりに美咲が簡潔に話を纏めた。
「そういう事ならねぇ、稲穂さん?」
「えぇ、何も遠慮する事は無いわよ。最近依頼もロクになくて暇だしね。」
大樹が視線を向けると稲穂もそれを受けて頷き、更に幹雄へ視線を送る。
「世知辛いですが事実ですからね。」
そんな二人に幹雄は乾いた笑いを浮かべながら、壁にかけられた予定表を兼ねたカレンダーを見つめると、大人達の快諾を得られ美咲と百合香の表情が明るくなった。
「さてそれじゃ何から始めるかね。」
言うが早いか櫻が早速考え始める。
「流石に場所が小学校ですからね。正当な理由も無く調査させて欲しいとは言っても許可されないでしょう。我々、保護者ではあっても学校関係者でも警察関係者でもありませんし。」
幹雄がそう言うと皆が『尤もだ』と頷いた。
「警察と言えば、署長さんに協力をお願いは出来ないんでしょうか?」
美咲が以前の依頼の際に世話になった人物を思い出す。
「いや、学校から正式な調査を頼まれたなら兎も角、まだ事件とも判断出来ない状態では警察は動けんしなぁ。」
櫻の言葉にまた皆が頷く。
「う~ん…取り敢えず考えられる事として、もしこれが誰かの仕業によるものであるなら、犯行は恐らく夜中よね?私が何日か飼育小屋を監視してみるというのはどうかしら?」
稲穂が自ら監視役として名乗り出てくれた。
「それは良いが、もし何日も掛かる様だとお前さんの体力が辛いんじゃないか?」
そんな櫻の心配に便乗して大樹が
「そうですよ稲穂さん、そんな何徹もしたらお肌が荒れますよ?」
と言うと、瞬間に胸ぐらを掴まれ物凄い形相で睨みつけられ、言葉を失い苦笑いをするしか無かった。
特に考えも無く相談を持って来た百合香も、その案の前では流石に申し訳無いと思い
「それなら楓兄ぃにも協力頼んでみようか?」
と発案をする。
「楓さん?」
美咲が首を傾げる。
「楓兄ぃはね、千里眼が使えるの。家に居ても何処でも見れるんだよ。だから稲穂さんと交代で見張ればどうかな?」
だが稲穂は首を横に振り
「楓君はまだ高校生になったばかりでしょう?ちゃんと日中頑張ったら夜はしっかり睡眠をとらないと駄目よ。大丈夫、もし人の手による犯行なら一度上手く行った場合調子に乗ってまたやってくる確率は高い筈だし、そう何日もはかからないと思うわ。」
その言葉に流石に無遠慮だった百合香も申し訳無さそうな表情を見せた。
「なに、もし稲穂が辛いならあたしも居るんだから気にするな。」
ソファーの背もたれの上に座っていた櫻が百合香の頭をぽんぽんと撫でてフォローする。
「じゃぁ第一段階の方針は決まりましたし、もう時間も遅い。百合香ちゃんは僕が車で送りましょう。」
大樹がズボンのポケットから車の鍵をチャラっと取り出し、エスコートするように事務所の扉を開ける。
「はーい。それじゃお願いしまーす。」
そう言って床に置いてあったランドセルを拾い上げる百合香を見て
「百合香ちゃん、また明日ね。」
美咲は小さく手を振り挨拶をすると、車が走り出すまでを見送った。
その夜、稲穂が事務所から意識を飛ばし学校の飼育小屋を監視していると、思いの外早く不審な人影が姿を現した。
小さめのリュックを背負い、カムフラージュ効果を狙っているのか暗めの服装、更には手袋をして指紋対策もバッチリという、何処から見ても怪しさ満点の男だ。頭にはバンド式のヘッドライトを着けているが、そのせいで顔が影になってよく見え無い。
その男が懐から取り出したのはピッキングツールだ。
(なるほど、鍵がかかっていたのはこういう訳ね…。)
見て納得する。
だが様子を見ていても中々開錠に成功しない。男が四苦八苦していると当直の教師だろうか、人影が近付いてくるのが見えた。男もそれに気付いたようで慌てて道具をしまい退散してしまった。
教師らしき人影は飼育小屋の施錠こそ確認はしたものの、そこに不審者が居た事にはまったく気付いていないようだった。
一度意識を戻して時計を見てみると夜の十時だ。
稲穂が意識を戻した事に気付いた櫻に
「何か解ったのか?」
と問い掛けられ、稲穂が今見た事を具に報告する。
「ふむ…稲穂、すまんが今晩は徹夜で見張ってみてくれんか。また時間を空けて来る事も考えられるからな。」
「えぇ、解ってます。一晩くらいならどうってことありません。」
そんな話を聞いて大樹が
「稲穂さん、コーヒー飲みますか?」
と気を利かせてくれると、
「お願いするわ。」
稲穂は嬉しそうにそう答える。
「さて、それじゃまた行ってくるわね。」
一息ついた後、そう言うと再び意識を飛ばし監視を開始する。しかしこの日、再び不審者が姿を現す事は無く夜が明けたのだった。
「う~ん、何だろうね?あまり夜更し出来ない質なのか?単に諦めが良い…いや、そんな訳は無いか。」
櫻が犯人像を想像する。
「どうせならあの不審者を追ってみた方が良かったわね…。」
稲穂が眠い目をこすりながらそう言うと、
「あぁ、その方が手っ取り早かったか…!」
と櫻も自分の考えの浅さに反省を覚える。
「いや、でも事実として一羽は既に姿を消しているのですから、一度はピッキングに成功した訳ですよね?本当に今回の不審者と同一人物なのでしょうか?」
幹雄が疑問を呈すと大樹もそれに同意し、
「そうですねぇ、最悪の場合複数犯の可能性もありますし、一晩見張る事には意義があったのではないかと思いますね。」
そんな議論を交わしていた処に
「おはよーございまーす!何か判った!?」
という元気な声が飛び込んでくる。ぴょこんと跳ねるツーサイドアップが目を惹くその声の主は百合香だ。
「おはようございます。何か判りましたか…?」
百合香の後ろから美咲も顔を出す。
大人達が顔を見合わせると
「ううん、昨夜は何も判らなかったわ。もうちょっと待っててちょうだいね?」
と言って誤魔化す稲穂。その態度に何かあったと気付く美咲と、何も無かったという事に安心しきりの百合香。
「そうですか、何もなくて安心しました。それじゃ、学校に行って来ますね。」
「いってきまーす。」
元気に出て行く子供達を見送り一同はソファーにもたれ掛かると、
「美咲ちゃんにはバレてるわね、あれは。」
「流石に感の良い娘だねぇ。」
「でも実際の処、本当に何も判らなかったようなものですからねぇ…今晩も現れてくれると良いんですが。」
「出来ればこのまま永久に現れなくなってくれる事が最良なのですがね。」
そんな事を言いながら調査の方針を考えるのだった。
また夜が来る。
今度は稲穂と、稲穂の能力をコピーした櫻の二人体制で監視をする事にした。これで不審者を追跡する事も出来る。
時刻が夜の九時半を回った頃、昨日の夜と同じ人影が姿を現した。そして再びピッキングツールを取り出し、今度は全ての飼育小屋入り口の南京錠に手当たり次第突っ込み始める。恐らくは運良くスムーズに開く鍵がある事を願っての事だろう。
だがそんな不審者に鶏が騒ぎ出した事で再びの退散となった。
櫻が見張りを継続し、稲穂が不審者の追跡を開始する。これは稲穂の方が意識の移動に慣れている事からの役割分担である。
学校の敷地を抜け、数メートル走ると止めてあったスクーターに跨り住宅地へと入っていく。辿り着いた場所は安アパートの一室だった。
歩みに苛立ちを滲ませながら不審者が自室と思われる部屋へ入るのを確認し、稲穂の意識はその後をつけた。
部屋の中はコンビニ弁当の空や缶ビールの空き缶が散乱する、典型的な駄目男の部屋という感じで、稲穂の表情が曇る。そんな中で照明に照らされて不審者の顔がはっきりと見えた。
(パっと見た感じ二十代前半って感じかしら…?何だか性格が判るような顔してるわねぇ…。)
そんな感想混じりに男の様子を探っていると、
「くそっ…何であいつはあんな簡単に鍵を開けられるんだ…!このツール本当に使えんのかよ!?」
そんな愚痴が男の口を衝いて出た。
「あぁ~!明日も早いからさっさと寝なきゃならないってのに、苛々して寝れる気がしねぇよ…!」
(ふ~ん、それで二度目は無かったのか…。それにしても『あいつ』ねぇ?)
念の為男が就寝するまで監視を続ける稲穂。しかし男は散らかった部屋の中に敷いた布団に潜り込むも、何度も体勢を替えるだけでなかなか寝付けないようだ。結局寝息を立て始めたのは深夜二時にもなってからだった。
一方櫻の方は午後十時・午前零時・午前三時の三度の巡回が通るのを確認して、不審者が以降来なかった事から意識を戻し就寝した。
翌朝。
稲穂が昨夜見て知った情報を皆に説明する。
「ふむ、その口ぶりからするに、その男は模倣犯…という感じですか?」
幹雄が人数分のカップにコーヒーを入れながら感想を漏らす。
「そうね、でも口調からしてその『あいつ』は、顔見知りのように思えたわ。模倣犯と言うよりは『悪友の自慢話を聞いて自分もやってみたくなった』ってレベルじゃないかしら?」
「そうなると捕まえるべきはその男よりも『あいつ』の方じゃな。だがそれが『どいつ』なのか判らんとなぁ…。」
考えあぐねる一同。そこに今日も元気な声が飛び込んできた。
「おはよーございまーす!何か判った!?」
「おはようございます。」
美咲と百合香だ。
「おはよう、もうすっかり仲良しコンビって感じになったねぇ。」
大樹の言葉に百合香が嬉しそうに笑顔を浮かべ、頬を赤らめる。
「すまんな、まだ判らん事だらけなんだ。」
そう櫻が言うと、百合香は明るい表情から一転、ジトっとした目で見つめ、
「嘘でしょ、何か判ったけど教えたくないんでしょ?」
と詰め寄った。
「うーん…。」
櫻がどうしたものかと悩んでいると幹雄が
「櫻さん、美咲ちゃん達も当事者と言えなくも無い事ですし、何より依頼主です。判る範囲の事を教えても良いのではないですか?」
と二人分のジュースを持って来た。
「あ、ありがとうございます。」
差し出されたジュースを受け取り素直にお礼を述べる美咲に、幹雄も笑顔で返す。
「まぁ、そうだね。それじゃ今日学校から帰って来たら判ってる事を教えてやるから、今はまず遅刻しないように気をつけな。」
そう言って時計に目をやる。始業には余裕で間に合うが、飼育委員として仕事の時間を考えると余り悠長にはしていられない。
「うん、解った。絶対だからね!」
急いでジュースを飲み干すと空いたコップを幹雄へ手渡す。
「行って来ます。」
控えめに手を振る美咲と大きく手を振る百合香が、小走りに学校へ向かう姿を大人達が見送ると、櫻が皆を前に腰に手を当てる。
「さてそれじゃ、『判ってる事』を増やすとするか?」
櫻のその言葉に
「櫻さんと稲穂さんは睡眠時間足りてるんですか?」
大樹が心配そうに声をかけた。
「あたしゃまだ一晩だから問題無いが…稲穂はどうだい?」
「私だってまだまだ若いんですから徹夜くらい問題ありませんよ?」
そう言われ、苦笑いを浮かべ黙るしか無い男性組。
「取り敢えず住処の割れてる男の部屋から探る事にするか。」
「不法侵入ですか?気が進みませんねぇ。」
櫻の発案にそう言いながら幹雄の表情はニコニコとし、微塵も躊躇いは無い。
早速大樹の運転する車に乗り、稲穂の案内で件の不審者の住処にやってきた一行。幹雄が入り口のドアノブを掴むと念動力を使い内側を探り、鍵を外した。
「また上手くなったんじゃないのかい?」
櫻がニヤリとした顔で幹雄を褒める。
これは微細な念動力を物体に這わせる事で、手にその物体の形を伝える『技術』であり、能力を使い慣れた幹雄だから出来るものなので、能力をコピーするだけで使えるものではない。
全員で素早く室内に侵入すると稲穂は念の為に意識を飛ばし周囲の警戒に当たる。
「うわぁ、稲穂さんが言っていた通りの汚い部屋ですねぇ…。」
「前に掃除を請け負ったゴミ屋敷よりは辛うじてマシという感じじゃな。」
「まぁまぁ、目的は手がかり探しなのですから、個人の生活環境に関してはスルーしておきましょう。」
そう言って三人が部屋の方々をチェックしていると、櫻がゴミの中に混じってしわくちゃになった勤務表らしき用紙を発見した。
「お?これは…この男の勤め先の勤務表か?」
用紙を幹雄に手渡す。
「ふむ、土建業の方でしたか。作業現場の日取りが書かれて居ますね。これは好都合、早速現場に行って本人を目視してみましょう。」
その言葉に櫻も
「あぁ、しっかり『視て』やろう。」
と頷く。
部屋を出る事にした三人が振り返ると、稲穂の頭が『かくん』と下がり、ハッとして顔を上げた。やはり二日の徹夜は厳しかったのだろう。
「稲穂、お前さんは事務所に戻って休んでおれ。大樹は稲穂を送ってついでに事務所で連絡番だ。」
そう言われて流石に自分の体調を把握した稲穂は素直に
「済みません、少し休ませて貰いますね…。」
と言って眠い目をこすりつつ大樹の車に乗り込んで行った。
「それでは我々は現場に行って来ます。稲穂さんを宜しく頼みましたよ。」
現場近くまで大樹の車で送られた櫻と幹雄。大樹は親指を立て無言で頷くと車を走らせ去って行った。
「さてあそこが作業現場ですが…遠目からでは顔での認識は難しいですね?」
「流石に皆同じ作業服にヘルメット姿ではな…仕方無い、一人ずつ覗いてみるか。」
「それにしても、この状態はいささか恥ずかしいものがありますね。」
近くの道路から作業現場を覗く為に櫻は幹雄に肩車されていた。祖父と孫娘という設定で他人の目を誤魔化す意味も含んでの事である。
「あたしだって流石に恥ずかしいとは思うが、背が低いと遠くの状況が判り辛いから仕方なかろう…。」
そう言いながら額に手を当て遠方の作業員達をチェックし始めた。
暫くして櫻が不審者と思しき人物を特定する。
「お、今右から三番目に居る、奴が例の男のようだね。」
そう言って櫻が指差すが、やはり周囲の作業員と同じ服装をし、ヘルメットを被った姿では詳細な姿を把握する事は難しい。
「昨夜の失敗をまだ根に持ってるよ。でも…誰かに相談しようと考えてるね。『ヤス』と言う人物らしいが、恐らく昨夜言ってたという『アイツ』か?」
「その人物の詳細までは意識の中にありませんか。」
「そうだねぇ…いや、どうやら同僚のようだ。あの中に居るらしい。休憩時間を利用して接触するつもりだね。」
「今が午後二時ですから、恐らく次の休憩は三時頃ですか。もう少し気長に待つしかありませんかね?」
「そうだねぇ。じゃぁそこの自販機で飲み物でも買って少し休むか。」
一先ずその場を離れると傍にあった自販機まで駆け寄り、櫻は缶コーヒー、幹雄はオレンジジュースを購入。その傍らにあったベンチに座り一息ついた処で、もう少し作業現場を見やすい場所が無いかと移動する事にした。
多少現場に近付いた辺りで丁度休憩時間に入ったようで作業員がゾロゾロと移動を始めた。
再び肩車で視界を確保して早速昨夜の男を探すと、案の定そそくさと一人の男に接触をした。
「あの男が『ヤス』か。」
何とか顔形が判る距離まで詰めた事で、昨夜の男と共にヤスと呼ばれる男の姿も認識出来る。休憩時間という事でヘルメットを脱いでいる事も幸いだ。
「傍目には何処にでも居そうな普通の男性ですね。」
幹雄が言うように、ヤスと呼ばれる男は一見するとさも人畜無害という感じの、穏やかな表情をした好青年のようにも見える。対して昨夜の男はと言うと、学生時代にはヤンチャをしていたような、見るからに自制の利かなさそうなタイプだ。
「本当の異常者程、普段の姿は地味なものさ。あの男の頭の中は反吐が出るね。」
「成程、そういう手合いですか。」
吐き捨てるような櫻の言葉に幹雄も察した。
その男達が顔を近付けヒソヒソと話をしている。
「お?昨夜の不審者の方の渾名は『タカ』か。どうやら昔からの悪友という間柄だね。…ふーむ、どうやら今晩二人で事を起こすようだ。だが具体的な計画はまだ無いようだな?」
「何とも性急な…随分短絡的な方々のようですね。」
「取り敢えず今晩動きがある事と、今度は二人現れるという事は判明した。一旦事務所に戻る事にしよう。」
「了解です。…処で帰りは徒歩になる訳ですが、このまま肩車に乗って行きますか?」
「流石に降りるわい。…稲穂の能力を借りておけば良かったな…。」
そうしてその場を離れた二人であったが、櫻は途中で歩くのに疲れ、結局幹雄の腕に乗って帰った。
櫻達が事務所に戻ると既に時間は午後五時を回っており、美咲と百合香はソファーに座り報告を待っていた。
「えー、先ず結論から言うと、今晩も犯行が行われ、恐らく今度は成功する。その理由として先ず二人の人物『ヤス』と『タカ』について話そう。」
櫻の話に皆が耳を傾ける。流石の百合香もおとなしい。
「最初のウサギ失踪は『ヤス』の仕業だった。そしてその悪行の成功話を聞いた『タカ』が自分もやってみようと思い立ち、翌晩に犯行に及ぶが失敗する。これが最初に稲穂の見た状況だな。」
ぐっすり睡眠をとり目も冴えた稲穂が頷く。
「『タカ』は『ヤス』にピッキングのやり方を聞いていたようだが、上手く行かなかった。だが諦めきれず更に翌晩も挑戦をし、手当たり次第に試したが結果はまたしても失敗。」
「何でそんなにウサギを盗もうとするのかなぁ。」
百合香が口にした疑問に大人達の表情が曇る。
「話を続けるぞ。そこで今晩、この二人は共同で盗みに入るつもりだ。『ヤス』は『タカ』に自分の技量を見せ付けて、自分の方が立場が上だと思い知らせたいらしい。」
「何とも幼稚な事ですねぇ。」
大樹が呆れた声で言う。
「まったくだね。そして『タカ』はウサギの拉致と…まぁ、『目的』を達成する事で双方の利になり万々歳…というのがアイツ等の筋書きのようだ。雑な話だがな。」
櫻がコーヒーカップに口を付けると幹雄が話の続きを述べる。
「それで今晩現場を押さえて現行犯逮捕と行きたいと思っています。」
「時間の目安は付いてるんですか?」
大樹が当然の疑問を投げかけた。
「はい、当直の定時巡回が夜十時にあります。その時間までに済ませ、尚且つなるべく周囲に人影が居なくなる時間という事で今晩も夜九時から張り込めば網にかかるでしょう。明日も平日ですから深夜の犯行は仕事に差し障りますし。」
「ただし出来る限り学校敷地内に身を潜めるのは避けたい。何せどんな理由があれ部外者だからな。」
一息付き終えた櫻が話に戻って来た。
「そこで今晩も稲穂の出番だ。まず連中が現れるまでは意識を飛ばして監視、現れたら我々を連れて校庭に跳ぶ。あそこなら周囲に何も無いから安全だ。出来るだけ気取られずに接近し、犯行を録画してから取り押さえるとしよう。」
その場に居た全員が頷くが、
「美咲と百合香は家に居な。子供が出歩く時間じゃないよ。」
と櫻に釘を刺される。
「えぇ~?あたし達だって気になるよ!連れてってよー!」
駄々をこねる百合香に
「ほらほら、夜遅くに出歩いてたらママに心配かけちゃうでしょ?」
と稲穂が言うと、ぐっと口を噤んでしまった。
その後お菓子とジュースを堪能し百合香は帰宅。美咲は一度自室に戻り夕飯を済ませると再び事務所へやってきて大人達の様子を横目に大人しくテレビを観ていた。
するとそこへ百合香からテレパシーが届く。
《ねぇ美咲ちゃん、みんなが跳んだらあたし達も学校へ行こう!?》
唐突な発案に驚く美咲。
《え?でもバレたら怒られちゃうんじゃ…。》
《大丈夫だよ、みんなそんな事じゃ怒らないから!あたしウサギ誘拐犯許せないもん、一言言ってやりたい!美咲ちゃんもそう思わない?》
少々悩んだものの
《う~ん…解った。それじゃ何処かで待ち合わせする?》
結局押しに弱い美咲。
《ううん、それだと時間が掛かっちゃうから学校の入り口で会おう?》
《うん、解った。それじゃ後でね。みんなが跳んだら連絡するね。》
《うん、よろしく~。》
子供達の計画が組み上がって行く事に、一仕事前の大人達は気付いていなかった。
午後九時になり稲穂が意識を飛ばすと皆一斉に静かになった。
それからほんの僅かの時間で稲穂の意識が覚醒する。
「ちょっと読みが甘かったわ。思いの外考え無しな奴等みたい、もう来て鍵に手を掛けてる。皆掴まって。」
その言葉に各々頷き稲穂の身体に手をかけると、次の瞬間には稲穂達の姿は無くなっていた。
瞬間移動の現場を初めて見た美咲は一瞬呆気に取られたが、すぐに百合香との約束を思い出し念を飛ばす。
《百合香ちゃん、みんな学校に行ったよ!もう犯人達が来てたって!》
《えー!?予定より早いじゃん!あたしもすぐに行くから学校で会おうね!》
《うん、でも気をつけてね。》
そう言って美咲も駆け出す。
「ほら、こうやって…こう。」
南京錠にピッキングツールを突っ込み二~三度角度を変えると『カチッ』と簡単に鍵が外れる音がした。
「おぉ、スゲェな…流石ヤスだ。」
「ふん、伊達に空き巣やって小遣い稼ぎしてんじゃねぇんだぜ?ほら、さっさと獲物捕まえちまうぞ。」
そう言うと二人組がウサギ小屋の中へ侵入する。中では残り二羽のウサギが逃げ惑うが、入り口は鍵こそ外されても扉自体はしっかり閉じられている為に逃げ場が無い。男達はそれこそ弄ぶようにウサギを追いかけ、逃げ疲れた処で余裕で耳を掴み持ち上げると用意していたリュックに其々一羽ずつ押し込めた。
リュックの中で暴れるウサギを気にも止めず背負い立ち去ろうとした処に
「そこまでだ。大人しくウサギを解放して捕まりな!」
子供の声だ。
男達が何事かと声の方を向くと、夜の学校には似つかわしくない一団が居るではないか。
「何だぁ?テメェら…?」
ヤスの目付きが突然鋭くなり、チンピラのような口調になる。
そんな様子を見た大樹が
「やれやれ、すぐに本性を出す辺りで器が知れますねぇ。」
と呆れると、その態度に簡単にキレるヤス。
「何処のどいつか知らねぇが、ナメた口きいてんじゃねぇぞ!」
そう言うと懐に手を入れ、拳銃を取り出した。
「ふん、改造モデルガンか。」
思考を覗いた櫻に一瞬で看破されヤスが驚く。だがその指摘に感情を逆なでされたのか、
「あぁモデルガンさ!だが威力は十分なんだぜ!」
そう言うと躊躇なくトリガーにかけた指に力を入れた。
「避けろ!」
櫻の言葉で皆が左右に飛び退くと『パンパン』と軽い音が夜の学校に響き、その空いた隙間を男達が走り抜けた。モデルガンとは言えその発砲音に飼育小屋の動物達が慌てふためく。
「チッ!幹雄、大樹、追え!」
「了解です!」
櫻の指示に二人は崩した体制からダッシュで追う。
学校の敷地は正門と裏門以外は塀と金網で囲われている為、逃げるにはそのどちらかを使うしかない。咄嗟に駆け出した為に正門まで走る事になった男達だったが、思いがけないものを目にして動きが止まった。
「と、止まってください!」
そこに居たのは美咲だ。校門の傍まで来ていた時に、モデルガンの発射音を聞いて慌てて駆け付けたのだ。飼育小屋の方から駆けて来る大人二人を目撃し、直感的にその二人が件の犯人達だと踏んで咄嗟に身体を大の字に広げ行く手を遮った。
「へっ、何だコイツ?」
タカが冷や汗を拭きながら歩み寄ると美咲はビクりと身体を震わせた。美咲は意識していないが、粗暴な大人の男に対してのトラウマが未だに残っていたのだ。
だがその恐怖の中でも、男達が背負ったリュックがもぞもぞと動くのを見ると
「ウサギを返してください!」
恐怖に震えながらも必死で喉から声を絞り出す。
「うるせぇガキだな。俺はもうウサギはヤった事だし、次はコイツでもいいかな?」
そう言うとヤスは手にしたモデルガンを美咲に向けた。
「…!?」
銃口を向けられ、美咲の足が竦む。子供の美咲には本物の銃とモデルガンの区別は付かない。よしんばその区別が付いたとしてもそのモデルガンは違法改造され殺傷能力すらもある代物だ。撃たれればただでは済まない。どうすれば良いのかと美咲の思考がグルグルとループし、金縛りのように硬直する。
その様子を目にした幹雄。
「させませんよ!」
超能力バレも構わず咄嗟に念動力を使うと、ヤスの手の中のモデルガンが歪み、砕けた。
「なんだぁ!?」
驚くヤスとタカ。しかしヤスは短絡的だが頭の切り替えが早い。『チッ!』と舌打ちをすると美咲へ向かい走り出した。
「美咲ちゃん、避けろー!」
その危険に気付いた大樹が叫ぶが美咲は足が震え動けない。
そして次の瞬間、大人の脚力が加減を加えず美咲の脇腹を蹴り抜いた。
その時、遅れてその場に到着した百合香が、蹴り飛ばされ宙を舞う美咲を目にする。
「美咲ちゃん!!」
突然響いた、悲鳴にも似た百合香の叫びに男達が動きを止めると、その隙に追いついた大樹と幹雄が二人を背後から飛び掛かり取り押さえた。
「美咲ちゃん!美咲ちゃん!しっかりして!」
美咲に駆け寄り声をかける百合香。しかし美咲は脇腹を押さえ呻く事しか出来ない。
「ごめん…あたしが学校に行こうなんて言わなきゃよかったのに…ごめん…。」
涙を流し謝るしか出来ない百合香。
そんな状況を、やっと追いついた櫻と稲穂が把握するや否や、
「稲穂!鷹乃を連れてこい!百合香!泣いてる暇があったら鷹乃に状況の説明をしておけ!」
そう指示を出すと、稲穂は頷き姿を消し、百合香は涙を拭いながらテレパシーを飛ばした。
「美咲、無茶をして…だが、よく足止めしてくれた。もう少し我慢しておくれよ。」
櫻のその言葉に首を動かし返事をする美咲。すると校庭の方から稲穂ともう一人の女性が駆けつけてきた。
「おぉ、鷹乃!よく来てくれた、すまんがこの娘を診てやってくれ!」
鷹乃と呼ばれた女性が美咲の服をめくり、抑えていた脇腹を見ると、紫色に変色した肌が顕になった。
「酷い…凄い痛みでしょうに泣き声も上げずに、我慢強い子なのね。今治してあげるから安心して。」
そう言い患部に手をかざすと、そこに優しい暖かさが広がり、美咲の表情からも苦しさが消えていく。
「さ、もう大丈夫だと思うけれど、まだ痛むかしら?」
その言葉に美咲が起き上がると、先程までの痛みがまったく無く、脇腹を見てみると痣もすっかり無くなっていた。
「あ…ありがとうございます。あなたは…?」
美咲が当然の疑問を口にする。
「こいつは弟切鷹乃と言ってな、苗字こそ違うが百合香の母親じゃ。」
「こんばんは、美咲ちゃん。百合香からお話は聞いてるわ。思った通りの可愛い娘ね。」
ニコニコと挨拶をする鷹乃。柔らかなウェーブの掛かったセミロングの髪に少したれ目気味の笑顔がその優しさを表すようだ。
「あら、腕や顔にも擦り傷が…すぐ治してあげるわね。」
そう言い手をかざすと、『スー』っと傷が消え痛みも無くなった。
「もう解ったと思うが、鷹乃は治癒能力者だ。あたしらも何度も世話になってて感謝してもしきれんよ。」
櫻のベタ褒めに鷹乃が照れ笑いを浮かべる。
「ママ!来てくれてありがとう!ママが来てくれなかったら美咲ちゃんが…。」
涙を浮かべ鷹乃に抱きつく百合香。その様子を美咲は少し羨ましく眺めていた。
ところが唐突に鷹乃の態度が豹変する。
「さて、可愛い女の子にこんな痣を作らせてウチの娘を泣かせたクソ野郎はどいつかしら…?」
目が据わっている。
「鷹乃、あの連中よ。」
稲穂が指差す方を見ると、既に大樹達によって後ろ手に縛り上げられ目も口も塞がれた状態の男二人がもがいていた。
「そう…それじゃ、相応の報いを受けてもらいましょうか?」
「そうね、私もここまでされたら気が済まないし、鷹乃が居るなら安心だわ。」
稲穂と鷹乃の声に怒りが滲む。
「あ、あたしにもやらせて!絶対に許さない!」
「止めはせんが、殺すなよ?」
女性陣の団結力に男性陣(二人)は取り押さえた手を離し後ずさるしかなかった。
その後の惨劇は目を覆いたくなる程。殴る蹴るは当然、手足の骨を折るまでして治癒をし、それを繰り返す。最早拷問である。余りの苦痛に耐え兼ねたのか暫くすると男達は意識を失い、何も反応しなくなった…。
呆気にとられ、ただ立ち尽くすのみだった美咲がやっと我に返る。
「あ、ウサギはどうなりましたか?」
美咲の一言で動きを止めた女性陣が揃って飼育小屋の方を向くと、丁度大樹と幹雄がその方角から歩いてきた。
「ご覧の通り、無事を確かめて元の小屋に戻しておいたさ。」
櫻がそう言うと美咲もホっと胸をなで下ろした。
その後、当直の教師が駆けつけてくると、幹雄が代表として事の次第を説明、署長への連絡も済ませて男達は御用となった。
大人達のやりとりを抜け出して美咲と百合香はウサギ小屋へと向かう。
小屋の中に戻されたとはいえ、ウサギ達は人間に対して強い恐怖を覚えるようになってしまっていた。
そんな様子に心を痛めた美咲が金網越しにウサギに呼びかける。すると少しして美咲の手元にウサギが自らやって来て匂いを嗅ぐ仕草をし、大人しく頭を撫でられる程になった。
その美咲の慈愛に満ちた表情に百合香は神聖なものを感じ、ただ見惚れるばかりであった。
翌日、事件は子供達には知らされぬままに、事の深刻さを考えた教師達によって飼育小屋のセキュリティが強化される事が決定した。
「美咲ちゃん本当にごめんね!」
朝からずっと謝り続ける百合香。周囲のクラスメイト達は一体何があったのかと不思議な目でその光景を見ている。
「もう、そんなに謝らなくてもいいよ百合香ちゃん。私は何も怒ってないし、百合香ちゃんが悪いとも思ってないんだから。」
そう言うのも何度目か。このやり取りが休み時間の度に一日中繰り返されたのだった。
放課後の飼育小屋、モルモット達の世話を終えると、
「百合香ちゃん。」
そう言って美咲は真剣な眼差しで百合香の両手を取り、
《私の為に泣いてくれて、怒ってくれて、本当に嬉しかった。ありがとう、これからもよろしくね。》
心からの想いを届け、微笑む。
百合香もその想いを受け、
《うん、これからもずっと一緒にいようね!》
強い想いを届け微笑み返した。
こうして、美咲にとって唯一無二の生涯の親友が出来たのだ。
今更ですが、コンセプトは
『悪い奴は最後に酷い目に遭う』です。
昨今の物語はリアリティとか言って悪人が裁かれなかったり刑罰がヌルかったりで、どうにも腹の虫が治まらないのです。
なので、自分が考える物語ではリアリティなど投げ捨ててスッキリする話を作りたかった。というのがあります。
あとは、『可愛いは正義』ですね。
そういう訳で主役は可愛い女の子で、周囲の人物に悪人は居ません。過激な人は居るかもしれませんが。
そんな訳で、次からは投稿ペースが落ちるかもしれませんが一応連載という体で行かせて頂きます。
何せ一日2~3時間くらいしか打ち込む時間取れないので…。




