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桜荘は暇で案外忙しい  作者: 寧(ネイ)
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EP 7

主要キャラクター簡易紹介


★『桜荘組』


花澤美咲(はなざわ みさき)

 本作主人公。小学四年生。主能力は『テレパシー能力』。

 美咲の魂と繋がった子犬の霊体『ブロッサム(基本的に美咲と百合香以外には見えない)』が普段は頭の上に居る。


春乃櫻(はるの さくら)

 何でも屋『桜荘』兼、アパート『桜荘』のオーナー。

 外見年齢7歳程。実年齢不明。主能力は『読心術』。他者の超能力を一時的にコピーする事も出来る。


松木幹雄(まつき みきお)

 外面的には『桜荘』所長。櫻に代わって対外的に色々な仕事をこなす。

 年齢は70代。主能力は『念動力』。


杉山大樹(すぎやま だいき)

 『桜荘』住人兼所員。

 40代前半。主能力は『サイコメトリー能力』。


田口稲穂(たぐち いなほ)

 『桜荘』住人兼所員。趣味は衣装作り。

 30代中頃。主能力は『瞬間移動能力』。


★『韮山家』

 訳あって全員苗字は変えていないが家族として共に暮らしている。


花園百合香(はなぞの ゆりか)

 美咲の同級生で親友。主能力は『テレパシー能力』。


薪原功刀(まきはら くぬぎ)

 百合香の義兄(あに)。中学1年。主能力は『発火能力』。

 

三葉楓(みつば かえで)

 百合香と功刀の義兄(あに)。高校1年。剣道部所属。主能力は『千里眼』。


韮山剛(にらやま つよし)

 韮山家家長。元々は桜荘の住人兼所員であったが、鷹乃と共に家庭を持ち養子を迎える。

 年齢は30代後半。主能力は『念動力』。


弟切鷹乃(おとぎり たかの)

 剛の妻で百合香達の義母(はは)。剛と同じく元桜荘住人兼所員。

 年齢は30代前半。主能力は『治癒能力』。

 夏休みも後半に入ったある日。

 美咲達は登校日を迎え、久々に百合香と『桜荘』前で待ち合わせて学校へ向かう。

 百合香が自然と手を繋ぎ、うきうきと歩を進めると、そんな様子に美咲も自然と笑顔になる。

 学校へ到着し校門をくぐると、美咲と百合香は真っ直ぐ教室へは向かわずに()ず職員室へ立ち寄って、鍵を受け取り飼育小屋へ向かい、自分達の担当するモルモット達の世話だ。

「ひさしぶり~。元気だった?」

 小屋の二重扉の外側をしっかりと閉じてから内側の扉を開けつつ、百合香がモルモット達に声をかける。

 その声に小屋の隅で敷き藁を()んでいたモルモット達が一斉に散り散りになると物陰から百合香の様子を窺い、鼻をヒクヒクとさせながらそろそろと近付く。

 どうやら夏休みの中の半月足らずでは完全に忘れられずに済んだようで百合香がホっと胸を撫で下ろすと、そんな様子に美咲もクスっと微笑み近付いた。

「私の事も覚えててくれたかな?」

 モルモットの傍へしゃがみ、そっと手を伸ばすと三匹居たモルモットは我先にとでも言うように自らその手の中へ納まろうと寄って来た。

「よかった。私の事も覚えててくれたみたい。」

 一匹ずつ優しく撫でながら微笑みかける。その(いつく)しみの姿に百合香が見とれると、

「さ、それじゃ掃除しちゃお。」

 そう言って立ち上がり、モルモット達を誘導し始める。

 その言葉に百合香がハッと我に返り

「あ、うん、そうだね。」

 と掃除道具や敷き藁の替えを用意し、美咲もそれを受け取り手分けをして掃除。餌と水の交換を済ませる。

 《そういえばこの間コピーした能力(ちから)ってどうだったの?》

 作業中、不意に百合香がテレパシーで美咲に語りかける。

 それは肝試しの後少ししてからの事。

 他の能力者の能力をコピー出来る事は確かなのだが、その発現の仕方が特殊な為に色々と試してみようという事になり、櫻の発案で大樹、稲穂、そして鷹乃にも協力してもらい美咲は其々の能力を得た。

 唯一功刀の能力である『発火能力』は、功刀自身が余り使いたがらない事と、危険な能力である故に制御出来なかった場合を考えコピーを見送った。

 美咲が能力をコピーするには百合香の協力が不可欠な為、当然その場には百合香も居たのだが、一通りのコピーを済ませた後は時間も遅かった為に直ぐに帰る事となってしまい結果を知る事が無かったのだった。

 《う…ん、それがね…。》

 少々困惑を含んだ物言いでテレパシーを返す。

 美咲が言うには、大樹からコピーした『サイコメトリー』は、千里眼の時のようにブロッサムを経由しないと発現しないうえに、何故か映像(ビジョン)は見えずに『音』や『匂い』だけが感じ取れるのだという。

 稲穂からコピーした『瞬間移動能力』は、念動力の時と同様に美咲が手で持てる程度の物を、美咲が認識している場所へ跳ばす事が出来る程度で、移動に使える程では無かった。

 だがコレに関しては一つの発見があり、以前は片手で持てる程度の物しか動かせなかった念動力も併せて、両手で持てる程度の重量までをコントロール出来るようになっていたのだ。

 この事に関しては『能力が成長した』と皆が判断したが、その切っ掛けに関しては『時間が経ち能力が美咲に馴染んできた説』と、『何かの切っ掛けで美咲自信の成長が促された説』に分かれた。

 《へぇ~。それじゃその内、皆と同じくらいの能力(ちから)になるかもしれないね。》

 キラキラとした期待の眼差しを向ける百合香に美咲は少々プレッシャーを感じて困り顔だ。

 《それで鷹乃さんからコピーした『治癒能力』なんだけど…実はまだ試してないの。》

 《え?何で?》

 《だって、能力を試す為って言っても態々怪我をするのは痛いでしょ?それでもし治せなかったら大変だもの。》

 言われてみればその通りだと、深く頷く百合香。

 そもそも桜荘の面々は中々に優秀で、滅多に怪我などしない。治癒能力の出番など無いに越したことは無いが、まず使うチャンスが無いのであった。

 《うーん、でも凄いよね。こんなに能力をコピー出来て、しかも無くならないんだもん。ある意味櫻ちゃんより凄いよ!》

 百合香に褒められると、皆のまとめ役である櫻と比較され畏れ多いと思いつつも嬉しく、美咲に照れた笑顔が浮かんだ。


「あ、やっぱりここに居た。」

 遠くから聞こえた声に二人が目を向ける。

 学校の玄関側から二人の居る飼育小屋へ小走りに駆け寄る人影。

 それは水島小夜(みずしま さよ)だ。

「あれ?小夜ちゃん。どうしたんだろう?」

 美咲が小首を傾げ百合香と視線を合わせる。

「二人揃っていつまでも教室に来ないから多分ここだと思ったよ~。」

 飼育小屋の外側から金網越しに二人に話しかける小夜。

「おはよう、小夜ちゃん。どうしたの?」

 美咲が掃除の手を止め顔を向けると、

「おはよう、美咲ちゃん。」

 小夜もその視線に目を合わせ微笑む。

 そして百合香に向かい小さく口を動かし手招きをして見せた。

「?」

 自分を指差し小首を傾げる百合香に『うんうん』と頷いて見せる小夜。

「どうしたの?」

 手に持っていた敷き藁の入った袋を足元に置き、金網越しに小夜に近付く。

 すると再び小夜は手招きをして耳を貸すように言い、そっと耳打ちをした。

「なぁんだ。大丈夫だよ。絶対誰にも言わないって。」

 小夜の言葉を聞き終えた百合香が金網から顔を離すと明るく言い放つ。

 それは単に肝試しの晩の粗相(そそう)の口止めであった。

「え?態々その為に私達を探してたの?」

「だって…夏休み中はなかなか百合香ちゃん達と合う事無いでしょ?それに教室じゃ誰かに聞かれたら恥ずかしいもん…。」

 美咲の反応に小夜は少々顔を赤らめ俯いてしまった。

「それにね、あの事もそうなんだけど、それに関係してる事で二人に聞きたい事があったからなんだよ。」

 伏せていた顔を上げると、ここからが本題と言わんばかりに表情に力が入る。

 そして小夜の口から語られたのは、あの晩に起きた怪奇現象…功刀による発火と美咲の操るブロッサム…の事であった。

「あたしも、あの男の人達も、みんなアレを見て驚いたのに、美咲ちゃんも百合香ちゃんも…功刀…さん…も、全然驚いてなかったでしょ?」

 途中もごもごと口籠りながらも疑問を投げかける。

「それで、ひょっとして…。」

 小夜のその言葉の先に対して美咲と百合香の顔が青ざめた。超能力の存在は出来るだけ秘匿する必要がある。それは経験から来るものでもあり、櫻達からも念を押されて居る事である。もしバレるような事があれば、世間の目がどう取ろうとも平穏な生活は送れなくなるからだ。

 しかし小夜の口から出た言葉はまったく危惧していた事とは違うものであった。

「美咲ちゃん達にはアレ、見えてなかったのかな?」

「「え?」」

 意外な解釈の仕方に思わず間の抜けた声を出す二人。

 それもそうだろう。当事者としてはその能力がバレる事を危惧する余り、悪い方…つまり追求される事を考えていた。だが普通に考えれば場所も相まって怪奇現象が起きたと捉えるものだと今更ながらに理解したのだった。

 恐らく功刀もその効果を狙ってあのような能力の使い方をしたのだろう。そう思うと改めて功刀の粗暴なイメージが薄れた美咲であった。

 《一応話合わせておいた方がいいよね?》

 《え?う、うん。そうだね。》

 百合香からのテレパシーに相槌を打つ。

「うん、あたし達はそんなの何も見てないなぁ。(みんな)が突然騒ぎ出してどうしたのかと思ってたんだ。」

 百合香の言葉にうんうんと頷き同意を表す美咲。

 するとその言葉に小夜の表情が明るくなる。

「ど、どうしたの?」

 思わず美咲が問うと

「あのね、あたしオカルトが大好きなんだけど…。」

 嬉々として話し出す小夜に『うん、知ってる』と首を縦に振る二人。

「実は一度も怪奇現象に遭った事が無かったんだ。」

『はぁ』と大きな溜息をついて肩を落とすが、次の瞬間

「でも!」

 周囲の動物達がビクリと驚く程の力強い声で言葉を続ける。

「あの晩に起きた事があたしの可能性を見せてくれたんだ!」

 目を輝かせ腋をグっと締めて空を仰ぐ。

「あの晩お(うち)に帰ってからずっと考えてたの。アレは心霊現象なのか、単にああいう生き物が居ただけだったのか…って。まぁあんな生き物が居たら、それはそれでUMA発見かもしれないから良いんだけどね?」

 小夜の言葉に只管(ひたすら)に頷き返すだけの二人。

「でも美咲ちゃん達には見えてなかったって事は、アレはきっと幽霊だったのよ!だから霊感のある人にしか見えなかったの!そして、あたしは見えた!つまりあたしには霊感が有るんだって判ったの!」

 事実とは違うかもしれないが、本人がそう思い言葉にする事で小夜のテンションがどんどんと上昇していく。

「今まであたし、霊感が無いんじゃないかってずっと悩んでたの…オカルトが好きなのに幽霊を見る事が出来ないなんて辛すぎるもの…。」

 声のトーンが落ちる。が、

「でも!」

『ガッ』と金網に掴みかかり美咲達に顔を寄せ

「美咲ちゃん達の証言であたし自信が付いたよ!ありがとう!あの日からずっと頭の中にあったモヤモヤした気持ちがやっと晴れたみたい!」

 そう言うとニコリと微笑み

「それじゃまた後で教室でね。」

 と手を振り、小走りに、若干スキップ交じりに小夜は去って行った。

 嵐が去った後の静けさのような中を小夜が去った方向を呆然と見ていた二人の足元に、掃除の手が止まっている事を疑問に思いでもしたのかモルモットが寄ってくると、やっと掃除の途中であった事を思い出した二人。

「何か小夜ちゃんに嘘ついて悪い事しちゃったみたい。」

 美咲がモルモット達に手を添えながら少々申し訳無さそうに呟く。

「う~ん、でもさ、ああいう自信がひょっとしたら霊感を強くするかもしれないよ?美咲ちゃんだって能力(ちから)が強くなって来てるみたいだし、何が切っ掛けかは解らないもんね。」

 そう言って百合香は美咲に笑顔を向ける。

「そうだね。」

 美咲も笑顔を返すと、丁度良くチャイムが鳴り響いた。

「あ、予鈴。そろそろ教室に行かなきゃ。」

 美咲の言葉に百合香も飼育小屋の掃除を手早く済ませ、教室へと向かうのだった。


 二人が教室へ入ると、それに気付いた小夜が小さく手を振る。

 美咲と百合香も手を振り返すと、小夜の傍に居た二人が不思議そうにその様子を見た。

「あれ?小夜ちゃん、美咲ちゃん達と何かあったの?」

 その内の一人、海原朝妃(かいばら あさひ)が思った事をそのまま口にすると、

「うん。ちょっとね~。」

 と小夜が濁し気味に悪戯っぽく微笑み答えた。

「あ、ねぇねぇ。折角だし百合香ちゃんと美咲ちゃんも誘ったら?」

 もう一人の女子、和泉夕輝(いずみ ゆうき)がそう言い出すと、

「え?う~ん…そうだね。」

 と少々悩んだ後に朝妃が相槌を打つ。

 何の事か解らない美咲と百合香が互いに見合い首を傾げると、

「あのね、今日は半日で学校終わりでしょ?だから放課後にプールに行こうって話してたの。」

 小夜が近付いてくると美咲と百合香の手を取り、朝妃と夕輝の傍へと引っ張る。

 その誘いに百合香は満面の笑みで

「いいね、あたしも行きたい!」

 と答えるものの、美咲は桜荘の仕事の事を考えると返答に困ってしまった。

 そんな様子を察した百合香が

「美咲ちゃんは、お家の人に聞いてから決めたらいいよ。」

 とフォローを入れる。

「え?」

 驚く美咲。

 《大丈夫だよ。櫻ちゃんなら許してくれるって。》

 特に根拠の無い自信の百合香の言葉ではあるが、美咲は何故かそれが納得行く気がした。

「うん、そうだね。それじゃぁ帰ってから行けるかどうか決めて、もし駄目だったら百合香ちゃんに伝えてもらう事にするね。」

 そう言って微笑んだ。

(あれ?お家の人って…美咲ちゃん一人暮らしなんじゃ…?)

 小夜はそのやりとりに少々疑問が残ったものの、何か理由があるのだろうと、あの晩の記憶は全て胸の内に仕舞っておくのだった。

 間も無く本鈴が鳴り、教師が教室へ入って来ると皆ガタガタと席に着き、出欠の確認から諸連絡を済ませ、その後は全校集会と清掃を経て下校となった。


「それじゃまた後でね~。」

 小夜達が美咲と百合香に手を振り先に教室を出て行く。

 美咲と百合香は飼育小屋の確認をしてから帰る為に皆より学校を出るのが遅くなるのだ。

「そういえばプールって何処にあるの?」

 美咲が素朴な疑問を口にする。

「あ、そっか。美咲ちゃんは場所知らないんだ。」

 皆知っていると思って話を進めて居た為に、意外な質問に意表をつかれた声を上げる。

「えっとね、隣町に屋内レジャープールがあってね、バスで行くのが一番楽かな?多分小夜ちゃん達もバスで行くつもりだと思うから、時間間に合わせなきゃね。」

 そんな話をしている内に到着した飼育小屋の中のチェックを済ませると職員室へ鍵を返しに行き、小走りに校門を出た。

 既に学校から帰る生徒の姿も(まば)らな中を、気持ち早足気味に桜荘に向かう。

 桜荘前で百合香と一旦別れるとアパートの階段を駆け上がり、自室にランドセルを置くとすぐさま事務所へ向かった。

「ただいま帰りました。」

 事務所の裏口を開けると顔を覗かせ帰宅の挨拶をする。

「お、お帰り。久しぶりの学校はどうだった?」

 事務所のソファーに座りテレビを見ていた櫻が美咲を振り返る。

「はい、久しぶりにクラスの皆と、モルモット達にも会えて楽しかったです。」

 笑顔の美咲に櫻は満足そうな顔を浮かべた。

「それで、あの…。」

 美咲が言い出し辛そうに言葉を詰まらせた。こういう時は大概美咲自身の都合によるものである事を理解している櫻。

「何だい?」

 心を読めば済む所を、優しい表情を浮かべ美咲が自ら言葉にする事を促す。

 美咲もその気持ちを理解したのだろう、学校でのやり取りを伝えた。

「ほう、友達とプールに。いいじゃないか、行ってきなよ。」

「え…?いいんですか?お仕事は…。」

 軽い返事に驚くよりも拍子抜けする。

「いやそれが、今日は朝からな~んにもする事が無くてねぇ。これから何か仕事が舞い込んできたって大したものは無いだろうし、何人か居なくたってどうにかなるだろうさ。なぁ幹雄?」

 事務机の前に座って何やら作業をしている幹雄に話を振ると

「えぇそうですね。今の時間から大きな依頼が来る事はまず無いかと思います。美咲ちゃん、気にせず楽しんで来てください。」

 二人の言葉に美咲の表情が明るくなる。

「あ、ありがとうございます。」

 両手を揃えて深々と頭を下げた。

「そんなに(かしこ)まるんじゃないよ。お前さんはもっと自分を優先してもいいんじゃから。ほれ、大方(おおかた)百合香と待ち合わせするんじゃろ?早く連絡してやりなよ。」

 美咲の、子供とは思えない程丁寧過ぎる態度に半ば呆れながら、行動を促すと

「はい。幹雄さん、チェリーの事お願いします。」

 と笑顔で返事をし、美咲は事務所を出て行った。

「ふぅむ、そうか、プールか…。」

「まさか櫻さんも行くつもりで?」

「流石に美咲の学友との交流を邪魔するつもりは無いが、ただ事務所の中でダラダラしているのも暇だしねぇ…。」

 そう言ってソファーの背もたれに身を預け天井を仰いだ。


 《百合香ちゃん、櫻さんに許可を貰えたからプールに行けるよ。》

 自室に戻った美咲が百合香へテレパシーを送る。その声は嬉しそうに弾んでいた。

 《良かったね。櫻ちゃんならそう言ってくれると思ってたよ。それじゃあたしの方はもう準備出来てるから、今から向かうね。》

 《うん、それじゃ事務所の前で待ってるね。》

 念話を終えると水着とタオルを取り出し、丁寧に(たた)むとバッグに仕舞い込んだ。

 帰宅してから特に何かをした訳でも無いが、いつもの(くせ)で火の元の確認をすると『うん』と頷き玄関を出て施錠し、指差し確認。

 お気に入りの、風通しの良い薄手の生地の真っ白なノースリーブワンピースをふわりと舞わせてアパートの階段をいそいそと駆け下りると、事務所の前で行儀よく両手を揃えてバッグを持ち百合香を待つ。

 程なくして百合香が小走りに駆けてきた。

「美咲ちゃん、お待たせ~。」

「ごめんね、態々迎えに来て貰っちゃって。」

 バスの乗り場や行き先を把握していない美咲は百合香に頼る事しか出来ず申し訳なさそうだが、百合香はそんな事は意にも介さず美咲の手を取り

「さ、行こ!」

 と声を弾ませ先導するように歩き出す。そんな二人を事務所の窓から櫻が顔を覗かせて見送った。

 商店街のアーケードを抜けた先の大通りに出て少し歩くとバス停が見えて来た。その待合所には既に日差しを避けるように屋根の下へと身を隠した小夜達三人の姿もある。

「あ、居た居た。おーい、小夜ちゃ~ん。」

 百合香が大きな声で小夜の名を呼び手を振ると、周囲に数人居た大人達の視線が百合香と美咲に向き、美咲は顔を赤らめ肩を(すく)めるが百合香は全く動じない。

 名を呼ばれた小夜達も余り気にする様子は無く手を振り返し応えた。

 小走りに小夜達の元へ急ぐと避難するように日陰に入る。

 すると見計らったかのようにバスが到着した。

「あ、丁度バスが来たよ。間に合って良かったね~。」

 百合香が安堵の息を漏らす。

 田舎のバスは一時間に一本あれば良い方で、時間帯によっては二時間、三時間と待たされる事もある。一本を逃す事はその日の行動計画が全て台無しになる程だ。

 順番に乗り込む数人の大人達の列に混じって美咲達も続く。

 一番後ろの長椅子がガラ空きだった事もあり、五人全員で横並びに座ると直ぐにワイワイとお喋りが始まった。

『プシュー』と音を立てて入り口が閉まると、バスが走り出す。

 保護者の居ない状況で友達と遠くへ出掛ける経験は少ない美咲。気持ちはウキウキと昂ぶり、表情にもそれと知らずに気持ちが表れていた。

「へぇ~。美咲ちゃん、そういう顔もするんだね。」

 朝妃が言うと

「え?私何か変な顔してた…?」

 と両頬に手を添えて顔を赤らめる美咲。

「違うよ。いつも学校じゃ見ない嬉しそうな顔してるねって言ってるんだよ、朝妃ちゃんは。」

 夕輝が朝妃の言いたい事を代弁すると、朝妃もそれに同意してうんうんと頷いて見せる。

 美咲も別に普段学校で無表情で居る訳では無い。普通に級友と語らい、笑顔も困り顔も見せる。しかし余り他者に悟られるような感情を顕にした表情を浮かべる事は無いのだ。

 そんな美咲の普段は見せない一面に小夜達は驚いていたのだった。

 自分だけが知っていた美咲の表情を他人に知られた事に少々嫉妬気味の百合香は、思わず美咲の腕にしがみつくとその肩に身を預ける。

「ほんと、百合香ちゃんて美咲ちゃんと仲良いよね。」

「いつも一緒に居る感じだもんね。」

「何か怪しい感じ~?」

 茶化すように小夜達が言うと、

「うん、多分小夜ちゃん達三人と同じように、私と百合香ちゃんは凄く相性が良いんだと思う。」

 と美咲が余りに素直な気持ちを口にする。

 その他意の無いストレートな返答に小夜達が互いの顔を見合わせると、小さく笑う。

「?」

 美咲が首を傾げると

「ごめんね、変な事言って。」

「そうだよね、私達だっていつも一緒みたいなもんだよね。」

「相性良いもんね~。」

 そう言って三人は美咲の言葉で改めて自分達の仲を確認する事になった。

 その頃、美咲に寄りかかったまま無言の百合香は、心の中で美咲の言葉に歓喜し悶えていたのだった。


 バスに揺られながら雑談に花を咲かせていると、程なくして目的地のレジャープール施設に到着する。

 少し町の外れにある事もあり、正面に広い駐車場を構えた大きな建物だ。

「わぁ、おっきい建物だね…。」

 思わず見上げる美咲。

「うん、中にウォータースライダーとか流れるプールもあって、凄く広いんだよ。」

 感心する美咲を囲むように皆が集まると、案内するように先へ歩き出し入り口の自動ドアを潜る。

 入り口のロビーもまるでホテルかのように広く、大勢の人で賑わっていた。

 朝妃が率先して受け付けへ向かい利用料金を支払うと、皆もそれに続き各々の財布を覗き込み小銭を取り出す。順番に支払いを済ませると貸しロッカーの鍵を受け取り、ワイワイと更衣室へ向かった。

「あ、美咲ちゃんもやっぱりその水着持って来たんだ。」

 衣服を脱ぎ終え水着を広げた美咲を見て百合香が嬉しそうに言う。それは慰安旅行前に購入した白いワンピースの水着。

「うん、折角買ったのにあの時しか着ないのは勿体無いから。百合香ちゃんも?」

「もちろん。」

 嬉しそうに笑顔を浮かべ水着を広げて見せた。普通に考えればそれ程特別な事では無いのだが、百合香にとっては美咲が自分と同じ思考をしていた事が嬉しかった。

 各々が水着に着替えると、ロッカーの中へ衣服と貴重品を仕舞(しま)い施錠し、鍵は受け付けで渡された収納付きリストバンドへ(おさ)め腕へ嵌める。

 そうして更衣室を抜けると、いよいよ目的のプールが眼前に広がる。

 南国をイメージして装飾された施設内は、まるで屋外と錯覚する程に広く、大勢の人達が楽しげな声を上げて泳いでいる。

 天井も日光を極力遮らないように、それでいてUVカットも施された強化ガラスに覆われたアーチ型で、気持ち良い日差しを浴びる事も出来る。

 そんな屋内を感心の眼差しで見渡していると、美咲の視界に何やら人だかりが映り込む。

(なんだろう…?)

 主に男性の比率が高く見受けられるその人だかりには、美咲はあまり近寄りたく無い。しかし少々気になってしまう。

 《百合香ちゃん、あそこに集まってる人達何だろうね?》

 思わず百合香に声をかけると

 《何だろう?気になるけど、何かあの中に入って行くのはちょっと嫌だね…。あ、そうだ。美咲ちゃん確か千里眼出来るようになったって言ってたよね?上から見てみたらどうかな?》

 その案に美咲は『ぽん』と軽く手を叩く。

 早速千里眼の能力を発動させ、更にブロッサムを念動力で持ち上げると人だかりの上へ運び、その中心らしき場所を眺める。

 するとそこには、デッキチェアで(くつろ)ぐ二人の女性の姿があった。

(え?あれって?)

 思わず自分の見た物が見間違いでは無いかと疑う美咲。

 《美咲ちゃん、どう?あたしも見ていい?》

 百合香がそう言いつつ美咲に寄り添うと、美咲も頷いて答えた。

 美咲の手を取り能力共感を使うと、ブロッサムの見ている景色が美咲を通して百合香にも流れ込んだ。

 すると、そこに居たのは稲穂と鷹乃の二人。海で身につけていたような、極端に肌を露出する水着では無いものの、周囲の男達はそのボディラインのくっきりと出る水着姿に目を奪われ、または女性達は羨望の眼差しのようなものを向け人だかりを作り出していたのだった。

「え!?ママ!?」

 驚いて思わず声に出してしまうと、傍で何処で泳ぐかキョロキョロしていた朝妃達が何事かと顔を向けた。

「え?百合香ちゃんのお母さん来てるの?」

「ううん、そうじゃなくて、ちょっと美咲ちゃんと話してて、その流れで色々と…。」

「ふ~ん?」

 慌てて誤魔化す百合香に疑問は残るものの、特に追求する程の事も無いと小夜はその話題を早々に切り上げ朝妃達の元へ。

「ふぅ、びっくりしておっきな声出しちゃった。」

「やっぱりあれって稲穂さん達だよね?」

 自分の見間違いでは無い事を百合香に尋ねる。すると

「お、居た居た。やっと来たのかい。」

 背後から聞き覚えのある声がした。

 驚いて振り向くと、そこに居たのは鮮やかな色彩の柄が入った女児用の水着を身に纏った櫻だ。

「あ、櫻さん。」

 少々驚きはしたものの、何となく察してしまっていた美咲は意外にも平静な声を漏らす。

「え?何で櫻ちゃんまで?」

 百合香が疑問の声を上げる。それはそうだろう。美咲を迎えに家を出る時に確かに鷹乃に見送られ、桜荘に到着した時に窓から二人を見送る櫻を目にしている。何故ここに居るのかという疑問は当然の事であった。

「いや、お前さん達を見送ってから暇だったんであたしも行こうと思い立ったんだがね。何せこんな(なり)じゃろ?保護者が必要でな。稲穂に頼んだんだが、行くのは良いが足が無いってんで鷹乃にも声をかけた訳さ。」

「えぇ…あたし達が出発してからそれで何で先に着いてるの…。」

「そりゃ、決まったルートを通って乗客の乗り降りもあるバスより、目的地に真っ直ぐ向かえる自家用車の方が早く着くのは道理じゃないか。」

「それならあたし達も車に乗せてくれればよかったのに~。そしたらバスのお金だって浮いたのに…。」

 ブチブチと文句を垂れる百合香。

「あのなぁ。お前さんらは友達と遊びに来たんだろう?バスに乗ってる間だって貴重な交流の時間だ。それはバス賃なんか目じゃないくらいの価値があるもんだよ。」

 バスでの中の出来事を思い返し、櫻の言葉に美咲は何となく言わんとする事が理解出来たように頷いた。

「まぁお前さんらの邪魔にはならんように、こっちはこっちで楽しんでるから気にせず友達と遊んできなよ。」

 そう言って手を振り、櫻は去って行った。

「美咲ちゃん、百合香ちゃん、どうしたの~?」

 小夜達が呼ぶ声に振り向くと

「それじゃ行こっか。」

「うん、そうだね。」

 気を取り直して皆と合流し、流れるプールやウォータースライダーを楽しみ、気がつけば時刻は夕方近くにまでなっていた。


 皆がプールを堪能し、そろそろ帰ろうかと更衣室へ向かうと、入り口に人だかりが出来ているのが見えた。

「また人が集まってる…今度は何だろうね?」

 百合香が首を傾げると、今度は更衣室前という事で女性しか居ない事もあり美咲が前に出て

「あの、すみません。何かあったんですか?」

 と人だかりを覗き込んでいる大人の女性に声をかけた。

(あら可愛い。)

 女性が自分を見上げる少女に一瞬目を奪われる。

「え、えぇ。何でも下着が無くなってるとかで騒ぎになっててね、従業員の人達が少し中を調べてるのよ。」

 困ったように頬に手を添えそう説明すると、

「下着泥棒!?」

 と美咲の後ろで話を聞いていた朝妃達三人組と百合香が驚きの声を揃える。

「えぇ…怖い…そんな事する人本当に居るんだ…。」

「あたしのも盗られてたらどうしよう!?」

「犯人まだ近くに居たりするのかなぁ…?」

 三人組が口々に不安を漏らしていると、その後ろから

「あら、これは何事かしら?」

 と声をかけてきたのは稲穂だ。

 櫻と鷹乃も一緒に居る所を見ると、そろそろ帰ろうと更衣室へ来たのだろう。

「あ、ママ。」

 百合香が思わず声をかけると、

「え?百合香ちゃんのお母さん?なんだ、やっぱり来てたんじゃない。」

 小夜が先程の百合香の誤魔化しに対して突っ込む。

「あら、百合香のお友達?ふふ、何となく察しはつくけど悪気は無いのよ?私達もプライベートで遊びに来ていただけで何も言ってなかったから驚いたのよね、きっと。」

 鷹乃のフォローに百合香はコクコクと必死に首を縦に振る。

 その言葉に小夜も納得したのか、特にそれ以上何かを追求する事も無い。

「え?なになに?百合香ちゃんのお母さん?」

「凄い綺麗な人~。羨ましいなぁ。」

 朝妃と夕輝もその話の輪に加わるが、その賑わいの横で

「で、結局この人だかりは何なんだい?」

 櫻が呆れながら質問する。

「えっと実は…。」

 美咲が人伝(ひとづ)てに聞いた話をそのまま伝えると櫻は

「ふむ…。」

 と少々考えを巡らせ

「美咲、ちょっと能力(ちから)を借りるよ。」

 と美咲の額に自らの額をくっつけた。

 櫻が目配せをすると稲穂が小さく頷き、人ごみを分け入って更衣室の中で口論している、恐らく被害者であろう客と職員に割って入り

「すみません、私達も自分の荷物が大丈夫か確認したいのですが、宜しいでしょうか?」

 そう言って口論に水を差す。

 それを合図に他の客も我先にと更衣室へなだれ込み、自分の荷物が入っている筈のロッカーへと駆け寄った。

 そして程なくして方々から『有った』『無くなってる』と声が聞こえてきた。

 しかも貴重品や財布等の金銭的な被害は全く無く、無くなっているのは下着だけだと言う事が判明した。

「まぁ被害者が一人だけとは思って無かったが、更衣室なんて無人になる事はそうそう無いだろうに、よくもそんな大それた事出来たもんだね。」

 腕を組んでその様子を眺めていた櫻が首を傾げる。

 そんな櫻を横目に美咲も自分のロッカーを開けようと鍵を差し込んだ。すると、その手応えに違和感を覚える。

(開いてる…?)

 もしやと思い、取っ手に手をかけ引くと、鍵を回すまでもなく簡単にロッカーが開いてしまった。

「あ…私のパンツも無い…。」

 ポツリと声を漏らした。だがその声は何処か安心を含んだ声だ。美咲としては生活費の入った財布等を含む貴重品を盗られずに済んだ事に安堵する部分が大きかった為である。

 しかしその小さな声をはっきりと聞いた百合香の目が血走る。

「ゆ…許せない!美咲ちゃんのパ、パンツを盗むなんて…!」

 握りこぶしがブルブルと震え、怒りの炎が濡れた水着を乾かすかのような勢いで燃え上がるのが見えるようだ。

「何だ、犯人は年齢を問わずに盗れる物を手当たり次第に盗って行った感じか?」

 冷静に状況を分析する櫻。

「しかし身内に被害が出たとなると他人事じゃないねぇ。被害届は施設側で出すだろうが、此方(こちら)も独自に動いてみるか。」

 その言葉に

「うん、絶対犯人捕まえてとっちめてやろうよ!」

 と百合香も怒りに燃える。

 そんな様子を見ていた小夜が、

「あ、その子どこかで見た事があると思ったら…何でも屋『桜荘』の看板娘ちゃん?美咲ちゃん達と知り合いなんだ?」

 記憶を掘り起こしたようにパンと手を合わせる。

「桜荘?」

「あぁ、何でも屋さんって聞いた事ある。それにその白い髪の毛、時々商店街とかで見かける事もあるもんね。」

 朝妃と夕輝の言葉に小夜がウンウンと相槌を打つ。

 流石に地元ではこの目立つ容姿を知る者も大勢居る。今更隠す事も無く

「えぇ、私達はその何でも屋さんよ。」

 と稲穂に代弁させる。

「え?百合香ちゃんのお母さんも何でも屋さんなんですか?」

 朝妃が興味深げに詰め寄るが

「ううん、私はただの専業主婦よ。この稲穂の友達で、今日は誘われて一緒に来たの。」

 稲穂を手で指し示すと鷹乃は笑顔で話題を(かわ)した。


 櫻がロッカールームを見回す。

 部屋の壁に沿ってコの字型に配されたロッカーは、縦四段、横十列を三面に据え付けられている。

 ロッカーの上に換気窓があるが、人が通れるサイズではない。そもそも内側からしか開けられないうえに、空調設備がきちんと作動している為に開放はされておらず鍵がかかっている。

(う~ん…侵入経路は普通に考えれば施設入り口側とプール側の扉だけか。)

 被害を受けた人々に目を向けるが、ロッカーの位置も年齢も容姿もバラバラ、これと言った共通点はない。精々全員が女性という事だけか。

 さてどうしたものかと考えていると、横から『くしゅん』と可愛らしいクシャミが聞こえた。

 目を向けると美咲が口元を押さえている。どうやら濡れた水着のままで日の当たらない場所に居た為に身体が冷えたのだろう。

 櫻が稲穂に目配せをする。

「あなた達、そのままの格好じゃ身体が冷えちゃうでしょ?美咲ちゃんと百合香ちゃんは私達が車で送るから、今日は早く帰っちゃった方がいいわ。」

 稲穂が朝妃達三人を優しく諭すと、百合香もそれに頷いて見せる。

 そんな様子に

「そ、そう?それじゃあたし達は先に帰る事にするけど、後で話聞かせてね?」

 そう言って各々が着替えると、手を振り更衣室を出て行く。

「ばいばい、またね~。」

 美咲達も手を振り返し、見送った。

「ほれ、お前さんらも着替えちまいなよ。美咲は下着が無くて少し気になるだろうが、濡れたままで居るよりはずっとマシだよ。」

 櫻に促され美咲達も着替えを済ませる。

「折角遊びに来たのにこんな事に巻き込まれて、美咲ちゃんも災難ねぇ。」

「いえ、あ、はい。でも盗まれたのがパンツだけで良かったです。」

 そんなやり取りを見ていた百合香に

「百合香も先に帰ってても良かったのよ?」

 と鷹乃が声をかけるが

「美咲ちゃんがパンツ盗られたのに黙ってられないよ!」

 と鼻息が荒い。

 《まぁ百合香が居る事で美咲の安心感も違うだろうからね。居させてやりな。》

 櫻からのテレパシーに鷹乃が頷いて見せる。

「さて、それじゃぁ…。」

 櫻が今居る面子を見回して考えを巡らせると

「取り敢えず犯人の手がかり探しだが、そうだね…美咲と百合香に役立って貰おうかね。」

 と手招きをする。

 《美咲はサイコメトリーを頼む。》

 《百合香は美咲の能力をあたしに伝えてくれ。》

 其々に指示を出して手を繋ぐ。

 準備が出来ると美咲はサイコメトリーの感覚を引き出し、美咲の使用したロッカーを調べ始めた。ブロッサムを通じて『場』に残った音と匂いが伝わってくる。

 極々直近の音から徐々に時間を(さかのぼ)ると、『ズッ…カチッ、キィ…ゴソゴソ』という音が聞こえた。

(これは、普通に鍵を使ってロッカーを開けて物色しているようだね。)

 音の出処までリアルに感じられるそのサイコメトリーに少々感心を示しつつ、櫻が状況を分析する。

 《稲穂、受け付けに行ってロッカーのスペアキーが何個あるか上手く聞き出してみてくれないか。》

 テレパシーで指示を出し、暫し待つ。

 程なくして戻って来た稲穂の報告によると、スペアキーは各ロッカー毎に一つずつしか無く、紛失も無しという事だ。マスターキーの類も存在しないらしい。

(となると、一番怪しいのは従業員という事になるが…。)

 《美咲、もう少し遡ってみてくれ。今度はもう少し音を拾う範囲を広げてくれると助かる。》

 櫻の指示に頷き、美咲が再びサイコメトリーを開始する。

 すると、感知範囲を広げたその能力は周囲の雑多な音を大量に拾い出した。ガヤガヤと時間を超えた音の波が飛び込んでくるが、そんな中で櫻はロッカーに近付く音だけを集中して聞き取る。

『ヒタヒタ』

 更衣室内の雑音が収まった奇跡の時間、プール側から濡れた足音が近付き、美咲のロッカーの前を通り過ぎたかと思うと別のロッカーの鍵が開けられる音が聞こえた。

 その音の主は先程美咲のロッカーから聞こえた音と同じテンポで複数のロッカーを開けては閉める。

(この音の主が犯人か。プールの側から来たという事は客という事になるが…。)

 櫻が複雑な表情を浮かべると、百合香の手を離した。

「取り敢えずここで得られる情報はこんな所だな。」

 腕を組み小さな溜息を漏らす。

「さて次は…。美咲、お前さんの下着なんだから匂いを読み取って追跡できないかね?」

 美咲を見て案を出す櫻。しかし

「え?う~ん、どうなんでしょう?私、自分の匂いってよく解らないんですけど…。」

 唇に指を添えて困るように首を傾げる。

 ブロッサムを経由して得ている感覚であっても、結局は最終的に美咲が認識するものである為、能力で自分の匂いを嗅ぎ取る事が出来ないのだ。

「まぁそれもそうか。自分の匂いなんて嗅ぎなれてて逆に判らんもんだしね。」

 この案は無しかと櫻も断念。

「う~、あたしに犬の鼻の良さがあったら美咲ちゃんの匂い絶対に追えるのに…!」

 百合香が思わず本音をポロリと口にすると、

「ん?そうか、犬が居るじゃないか、なぁブロッサム?」

 美咲の頭の上に居るであろう見えない子犬に向かい櫻が声をかけた。

「何も能力(ちから)に頼らなくても犬の嗅覚で辿って貰えばひょっとしたら追えるかもしれん。美咲、頼めるか?」

「あ、はい。」

 美咲はそう言うと透明なままのブロッサムを床に下ろし、自由行動をさせる。

 《ブロッサム、私の匂いって解る?》

 しゃがみこみ、美咲と、辛うじて見える百合香にしか認識の出来ないブロッサムに質問をすると、勢い良く尻尾を振り『アン!』と意識に直接届く鳴き声で肯定の意思を示した。

「出来るみたいです。」

 櫻の目を見て答える。

「よし、それじゃ早速行ってみようじゃないか。頼んだよブロッサム。」

 櫻の声に応えるかのようにブロッサムが鼻をヒクヒクとさせて美咲の匂いの痕跡を探し始めると、テクテクと更衣室の入り口へと歩き始めた。

 それに続いて美咲と百合香が歩き始めると、

「どうやらちゃんと追えるようだね。」

 と櫻達も続く。

 入り口で受け付けに鍵を返す折りに、係員に騒ぎについて平謝りされたものの、追跡の時間が惜しい事もあって早々に話を切り上げ施設を出る。

 外に出た事でブロッサムを隠す必要も無くなり、実体化、更に成犬化させると嗅覚が鋭くなったのか、迷い無く匂いの方向を定める。

「よしよし、ここからが本番だね。頼りにしてるよ?」

「頑張ってブロッサム!」

 櫻と百合香に期待を寄せられ困惑するブロッサムだったが、

「それじゃブロッサム、お願いね?」

 そっと優しく頭を撫でる美咲の声に『ワン!』と大きく返事をし、気合を入れるのだった。


 匂いを辿り駐車場を歩くと、ブロッサムがあるポイントで止まる。

「ん?どうしたんだい?」

「ここで匂いが無くなってるみたいです。」

 そこはまだ駐車場内。どうやらこの場に止まっていた車に乗り込み去ったという事なのだろう。

「そうか、流石に車に入ってしまっては匂いが途切れるか…仕方無い。面倒はかけたくなかったが大樹も呼ぶしかないね。」

 櫻は携帯電話を取り出し、大樹に連絡を取る。

「最初から大樹さんを呼べば良かったんじゃないの?」

 百合香が身も蓋もない事を口にすると

「捜査権も無い一般男性を女子更衣室に入れたら騒ぎになっちゃうでしょ?」

 と鷹乃が正論で(さと)す。

 そんな中、美咲が妙にそわそわしている事に気付く百合香。

「美咲ちゃん、どうしたの?」

「う…ん。パンツを穿いてないと何だかスースーして気になっちゃって…。」

 そう言ってお尻を押さえる。

 すると、元々透け易い白に更に薄い生地のワンピース、押さえられ密着した肌色が透けて見えてしまっているでは無いか。

「美咲ちゃん、それ駄目ー!」

 美咲の後ろをついて歩いていた百合香が慌ててその手を払うと、誰が見ていた訳でも無いのに身を挺して美咲を隠す。

 そんな様子に

「う~ん、確かにこのままって言うのも落ち着かないわよねぇ。」

 稲穂が周囲をきょろきょろと見回すと、道路を挟んで駐車場の向かいに格安雑貨店を発見した。

「丁度いいわ、あそこで適当な下着を買うついでに、大樹さんが来るまで休んでましょ?」

 稲穂の提案に皆が頷くと、周囲に人の目が無い事を確認してからブロッサムを元に戻し、足早に店に入った。

 下着売り場に到着すると美咲に合うサイズを見繕う。

「へぇ、こういうお店でも結構バリエーションあるのねぇ。」

 稲穂が感心して眺めていると、美咲が手を伸ばしたのは色気も飾り気も無いシンプルな白のショーツ。

(美咲ちゃん…他人に見られない部分でも、もうちょっと可愛いものを選ぶようにした方が良いと思うわ…。)

 呆れながら美咲のお洒落への興味の薄さに心配の稲穂であった。

 手早く会計を済ませるとその場で下着を穿き、暫し皆で店内を散策。

「そろそろ大樹も到着した頃だろうし、出るとするか。」

 櫻の一言で皆がぞろぞろと店を出ると、道路の向こう、施設の駐車場の(はず)れに見覚えのある車と、その傍らに立ち待ち惚ける大樹の姿があった。

 信号を見て急ぎ足で大樹の元へ向かう一行。

「あ、居た居た。」

 大樹も美咲達に気付くと手を振ってアピールする。

「おぉ、呼び出したのに待たせてしまったようで済まんね。」

 櫻が言うと、

「あの、私のせいで態々来てもらって済みません…!」

 そう言って美咲が頭を下げる。

 大樹はそんな美咲の頭に優しく手を置くと、

「そこは『せい』じゃなくて『為に』だよ。別に美咲ちゃんがトラブルの元凶な訳じゃない、むしろ被害者なんだから気に病む必要なんて微塵も無いさ。むしろ頼って貰って光栄なくらいだよ。」

 と優しく微笑みを向けた。

「それで、僕はどうすれば良いんですか?」

「先ずはここを読み取ってくれんか。」

 先程美咲が追跡を断念した駐車スペースに大樹を誘導すると、その場を囲うように大きく手を広げて円を描いて見せる櫻。

「恐らく犯人は女…だと思う。どんなに平静を装っていても、多少は挙動不審になるものだろう、そういう人物像が乗り込む様子が直近である筈だ。」

 その指示に大樹が

「解りました。」

 と頷き、今は何も止まっていない駐車スペースに意識を向ける。

 大樹が場の記憶を(さかのぼ)っている間に櫻がフと思い立ち

「そうだ百合香、お前さんの能力(ちから)ちょっと貸しとくれ。」

 と言うが早く百合香の額にコツンと頭を当てた。

「え?うん、いいけど。」

 百合香も別に拒否する理由も無い為、素直にその頼みに応える。

「お?これかな?」

 大樹が犯人と思しき人物の記憶に辿り着いたらしい。

「おぉ、見つけたか!」

 櫻が待ってましたとばかりに声を上げる。

「でも、これは…。」

 少々難しい顔をする大樹。

「ん?どうかしたのか?まぁいい。大樹、それに美咲、ちょっと手を貸しとくれ。」

 そう言って櫻が美咲と大樹の間に入り、双方の手を取ると感覚を共有させる。

 櫻、そして美咲に流れ込む大樹のサイコメトリー。

「美咲、この大樹の見ている記憶部分に、お前さんのサイコメトリーを重ねてみてくれ。出来れば視点が同じ方がいいから、大樹の頭に重ねてくれると尚良いね。」

 言われた美咲は素直に、大樹の頭にブロッサムを重ねる。

 大樹には見えないが、霊体状態のブロッサムが頭部に侵入すると、ゾワリとした感覚が背筋を伝う。

「お…おぉ…これは何とも不思議な感覚ですね…。」

 少々冷や汗をかきながらも新鮮な経験に興味も尽きない大樹。

「それよりどうだい?なかなか便利な組み合わせじゃないか。」

 櫻の言葉に大樹が、そして美咲がハッとする。

 今まで映像だけ、音と匂いだけしか認識出来なかった其々が欠点を(おぎな)い合い、まるで本当に今その場で起きている事を見ているかのような臨場感のある『記憶』が目の前に在った。

 その記憶の中に見えるのは、少々急ぎ気味の女性。そしてその女性が乗り込むのは、目の前のスペースに止まっている車の、助手席だ。

 女性の特徴としては、肥満とまでは言えないが少々小太りで、所謂(いわゆる)寸胴(ずんどう)体型、髪型はショートボブの恐らく中年。

 その車には既に運転席に男が乗り込んでおり、エンジンをかけた状態で女性が戻って来るのを待っていたようだ。

 男性は何処にでも居るような中年男で、くたびれた顔をしている以外には特に目立つ要素も無い。

 女性が大事そうに抱えたバッグを後部座席にポンと優しく投げると、いそいそとシートベルトを締めて運転席の男に頷く。

 そうして男が小さく頷き返すと、車はエンジン音を響かせて走り去る。

「稲穂、メモだ。」

 そう言って櫻が車のナンバーを読み上げると、稲穂も素早くペンを取り出し、躊躇いなく手の平に書きなぐった。

「それにしても有り得ない事では無いとは言え、複数犯とはねぇ。」

 記憶を見る事が出来なかった三人に状況を説明すると、腕を組み呆れる。

「しかも男女ですか。女性の下着を盗むなんて男性の犯行なのが(つね)だと思っていた処に女性の犯人…かと思いきや、ですからねぇ。」

「まぁそんな事は今はどうでもいいさ、今肝心なのは犯人の居場所を突き止める事だよ。」

 そう言うと櫻は再び携帯電話を取り出す。

「お、幹雄かい?済まないが今から言う車のナンバーを照会して欲しいんだがね…。」

 と稲穂の手を取り、メモしてあるナンバーを読み上げる。

 程なくして

「うん、うん、解った。一応あたしの携帯にメールで送っておくれ。それじゃ。」

 と電話を切る。すると間髪置かずにメールが届き、そこには先程電話口で聞いた住所が地図画像付きで送られて来ていた。

 全員が櫻の携帯の画面を覗き込むと

「…意外と遠くは無いですね。」

 大樹がそう言うその住所は同じ町の中、プール施設から車で十分くらいも走れば到着しそうな場所であった。


 早速二台の車に各々が乗り込み、大樹の車が先導して目的地周辺まで走ると、手頃な駐車場を見つけて車を止める。

 そこから徒歩でほんの数分歩くと、目的の住所へと辿り着いた。

「あ、あの車…。」

 思わず美咲が指差したのは、サイコメトリーの中で見た車だ。

「ふむ、ナンバーも一致しているし、間違い無いようだね。」

 稲穂の手の平のメモと見比べて櫻も頷く。

 そこは小さな個人経営の鍵屋であった。

「よし!早く美咲ちゃんのパンツ取り返そうよ!」

 息巻く百合香に

「まだだよ。何の証拠も無くいきなりそんな事言われたら、犯人だったとしても誰が素直に返すもんかい。」

 そう言って櫻は建物を見回した。

 どうやら開店休業状態のようで、窓越しに店内を見ても誰も居ない。

「店の前で(たむろ)って居ては不審だ。少し場所を移そう。」

 櫻の提案で再び駐車場まで戻る一行。

 大樹の車に美咲と百合香を休ませ、鷹乃の車の後部座席に櫻、稲穂、鷹乃が乗り込んだ。

「稲穂、あの建物の中の様子をちょっと探ってくれないか。出来れば物証があれば尚良いが、最悪住人が居ればあたしが意識を繋いで読心してみる。」

「解りました。」

 そう言うと稲穂の身体が脱力する。

 稲穂の意識が店舗入り口から奥の居住スペースへ侵入すると、どうやら住人が居るらしくテレビの音が聞こえてきた。

 音のする方へと向かってみると、何とそこには数多くの女性下着と、それを一枚ずつ丁寧に真空パックに収める作業をする男の姿があった。

(うわぁ…。)

 稲穂の表情が曇る。

 他にも何か無いかと一応建物内を一通り見て回ったものの、それ以外に特段発見は無く一旦戻る事とした。

 車内の稲穂がハっと意識を取り戻すと、

「居ましたよ、犯人と思われる男…あと物証もバッチリです。」

 と、気持ちの悪い物を見たように吐き捨てた。

「ん?男しか居なかったのか?」

「はい、聞いていた女性は見当たりません。出かけているのかとも思いましたが、家の中を見た限り男の一人暮らしのようにしか見えません。」

「となるともう一回、今度はあたしと同調してその男の姿を見せておくれ。」

 そう言って稲穂の手を握る。

「では行きますね。」

 稲穂がフゥと息を吐くと、再び意識を離した身体は脱力し、隣に座る鷹乃に抱き支えされた。

 再度の侵入を果たすと先程男を見た部屋へと向かう。

 男は一先ず作業を終えたのか、真空パック詰めされた下着を床に並べて満足そうに眺めていた。

 そんな様子を目の当たりにした稲穂と櫻の表情が無になる。

 しかし櫻はその中に美咲の物らしき子供用ショーツが無い事に気付く。

(ん?美咲の下着が見当たらない…それにプールで被害を訴えた客の数よりも下着が多いな?)

 少々考えるものの、

(まぁいいか。こいつの頭の中を覗いてしまえば話は早い。)

 と思考を切り替え、早速男の記憶を覗く。

 櫻の読心術は相手を見つめる事で発動する。それはたとえ肉体的に直接眼球を通さずとも、櫻本人が相手の姿を認識していれば効果があるのだ。それが何故なのかは使用者である櫻自身すらも理解は出来ていない。

 どうやら男は下着泥棒の常習犯であったようだ。今回プールから盗み出された物以外に数ある下着は、そのように男の単独犯行によって得られた物らしい。

 元々はストレスの発散を目的として洗濯物等を盗んでいたらしいが、その内に洗われていない下着に興味を示すようになり、悶々としていた処に丁度良い協力者が現れたというのが今回の事件の発端のようだ。

 そもそもが盗む事が主題であった為に、その成果物を丁寧に真空パックに詰めて保存し、それを眺めて悦に浸る事が、男の誰にも言えないストレス発散法なのだろう。

 そうして男から記憶を読み取ると、車内の櫻が稲穂の手を離し『ポンポン』と肩を叩いて能力の解除を促す。

 合図に意識を取り戻した稲穂が、身体を支えていた鷹乃の手にそっと手を重ねて

「ありがとう。」

 と微笑むと、

「どういたしまして。」

 鷹乃も笑顔で応えた。

「それで、何か情報はありましたか?」

 稲穂が櫻に問い掛けると、

「あぁ。どうやら主犯はあの男で間違い無いようだが、もう一人、女の方も随分と歪んでいるようだね。記憶から読み取れたのは外見と苗字だけだ、恐らくそれ程深い仲では無いのだろう、今回の下着ドロ計画が初顔合わせらしい。」

 そう言いながら携帯を取り出し何やら操作をしつつ、櫻は悩んだ。ここから先、美咲と百合香を付き合わせて良いものだろうか?と。

 美咲達には出来れば妙な事に首を突っ込んで感化されて欲しくは無い。しかし将来大人になっていく過程で嫌でも汚い物は避けられないだろう。それにこれは美咲も被害を受けた当事者だ、こういう人間が居るという真実を知っておいて貰うのも勉強だろう。

『はぁ~』と溜息をつき、ポリポリと頭を掻く。

「外に出て皆に聞いて貰おう。」

 櫻は覚悟を決めて皆を集めた。

 既に夕日の影が長く伸び空が赤く染まる中で、車の日陰に皆が集まると櫻が全員の顔を見回してから話し始める。

「まず、犯人の名前からだが…男の方が高田、女の方が近藤というらしい。」

 櫻の言葉に稲穂が手帳を取り出しメモを取る。

「二人はネットの…まぁ同好が集まる掲示板で知り合い、住所が近い事から話が進展して今回の計画に至ったようだが、それが案外気の長い計画だったようだね。」

「と言いますと?」

 大樹の疑問に櫻は小さく頷き話を続ける。

「まず女はこの計画が始まってから毎日のようにプールに通い、ランダムで渡されるロッカーの鍵を、外部と通じている施設の窓を通して男に手渡し、複製を作っていたんだ。その時にロッカーのナンバーも控える事を忘れない辺りシッカリしてるね。」

 呆れたようにヤレヤレと首を振る。

「で、ある程度の鍵が貯まった段階で今日いよいよ決行となった訳なんだが、何故今日かと言うとこれは単に偶然でもあるが、そろそろ頃合いだったというのがある。」

「頃合い…ですか?」

 稲穂が頬に手を添え首を傾げる。

「あぁ。もう直ぐ夏休みが終わる。女はそれに焦りを覚えたんだ。それに余り大量の鍵を溜め込んでも犯行時間はそう多く無いからね、欲張らずに出来そうな分だけで済ませようという考えもあったんじゃないかね?」

「大人の人に夏休みなんて関係無いんじゃないの?」

 百合香が口を挟むと、

「百合香、少し大人しく聞いてなさいね。」

 と鷹乃が背後から百合香を抱き寄せ、優しく口に手を添えた。

 そんな二人の様子に櫻も微笑みつつ、話を再開する。

「それが実はあるんだな。女の目的は下着を盗るという点では男と一致していたが、唯一違う点は対象年齢だったんだ。男は大人の女性の、女は子供の下着を其々欲していた。だからこそ、この共同戦線が生まれたんだ。」

「つまり、獲物がかち合わないから争う事もなく平和的に其々が利を得る…と?」

「そして夏休みが終われば子供達がプールに来る頻度は極端に下がる。だから子供が多い今の内に実行する事で入手確率を上げたかったという事なのね。」

 大樹と稲穂の推測に櫻が頷いて応える。

「でも何でその女の人は子供のパンツを欲しがるの?自分の子供のパンツを買うお金が無いとか?」

 鷹乃の手に塞がれた口をもごもごと動かし、くぐもった声で百合香が突っ込むと

「さてな、そこまでは本人の頭の中を覗いてみないと解らんよ。」

 両手を上げ肩を竦めて見せる。

 すると丁度良く櫻の携帯が鳴った。

「お、来たか。」

 携帯を取り出すと届いたメールを開く。

「何ですか?」

 大樹の声に合わせて皆がそれを覗き込むと、届いていたのは幹雄からの報告だ。

「名前と外見的特徴、それにこの近所に住んでいるという情報から該当者を探して貰っていたんだ。ヒットする確率はそれ程期待していなかったが、上手く見つけてくれたみたいだね。」

 今度も丁寧に地図まで付けて送られて来たメールを確認し、

「それ程遠くも無いねぇ。折角だから散歩がてら歩いて行ってみるか。」

 と歩き出し、皆も櫻に付いて動き出した。


 歩き始めて十五分程が経っただろうか、やっと目的の住所に辿り着くと、

「こんなに歩くなら自動車の方が良かったじゃ~ん…。」

 と百合香の愚痴が(こぼ)れる。

 しかし周囲は住宅街で、月極(つきぎめ)ばかりで手頃な駐車場は見当たらない。結果として徒歩は悪く無い選択だった。

 一軒の家の前へ立つと表札を見る。『近藤』と書かれたそれを見て

「恐らくここで間違いは無いだろうが、そう珍しい苗字でも無いからねぇ。」

 櫻はそう言うと周囲をきょろきょろと見回し始めた。

(うーん…、物陰が無いと稲穂の能力(ちから)を借りるのも周囲の目が困るね。)

 試しに玄関の扉に手をかけてみるが鍵がかかっているようだ。

 外部から見える窓は全てカーテンや障子(しょうじ)で塞がれ内部は見る事が出来ない。

 フと何かを思いついたように家の側面に沿って敷地に入る櫻。

「櫻さん、不法侵入ですよ!」

 稲穂が小声で注意するものの、

「なに、子供の悪戯(いたずら)だ、気にするな。」

 と櫻も小声で返すと、そのまま奥へと消えた。

 それからそう時間もかからず戻って来た櫻が

「中に人は居るようだ。」

 と確信を持って言う。

「どうして解るの?」

 百合香が問うと、

「電気メーターを調べて来たんだ。この時期にこれだけ締め切っていて冷房を付けないなんて自殺行為だからね。案の定エアコンの室外機が起動していたし、電気もガンガン使われていたよ。」

 そう言って親指で指差して見せた。

「でも今中に居る人が犯人の女の人とは限らないんじゃないですか?」

 美咲の疑問も(もっと)もである。

「そこでお前さんの出番な訳さ。」

 櫻はそう言って美咲の手を握ると、再び敷地に足を踏み入れた。

 視界を遮るカーテンも障子も無い、恐らくはキッチンであろう場所の窓の下まで身を(かが)めて移動すると、

 《この中にブロッサムをテレポートさせて、千里眼で中の様子を探るんだ。》

 百合香からコピーしたままのテレパシーで美咲に指示を出す。

(あ、なるほど。)

 能力の使い方に感心する美咲。

 《分かりました。やってみますね。》

 そう言ってテレポートの感覚を思い出すと、ブロッサムが窓の向こう側へ一瞬の内に移動した。

 美咲にしか見えないブロッサムが静かに床に降り立つと、美咲は意識を分けて千里眼を使用する。

 《美咲、まずは周囲を良く観察だ。》

 櫻の指示にブロッサムが周囲をぐるりと見回すと、使われず荷物置き場となっているダイニングテーブルと、添えられているだけの置物と化した四脚の椅子。流し台自体も余り頻繁に使われているとは見えない。

 キッチンを出ると廊下には大量のコンビニの袋。その中は日々の食事であろうか、弁当の空箱が詰め込まれている。一応足の踏み場はあるものの、ゴミ屋敷予備軍のような様子だ。

 トイレや浴室等は流石に扉が閉まっていて視界が通らない為に中を確認する事は出来なかったものの、一階を見る限り住人の姿は見当たらない。

 《よし、それじゃぁ次は二階だ。》

 その言葉に視界がこくんと揺れる。

 どうやら意識の比率的にブロッサムの側へ強く割いている為に、美咲が頷いたつもりがブロッサムの首が動いたようだ。

 音もなく階段を上ると部屋の入り口は手前と奥の二つだけ。その両方共が開けっぱなしで、奥の部屋からエアコンの冷房だろうか、冷気が漏れて来ているのが感じられた。

 一応手前の部屋から中を覗いてみると、どうやらこちらが住人の寝室のようだ。散らばっている衣類から恐らくは女性の部屋なのだろうが、ベッドの上以外はゴミが散乱し異臭が鼻を突き、外に居た二人も思わず顔を歪めてしまう。

 そしていよいよ本命となった奥の部屋を覗き込んでみると、そこは今まで見た家の中の様子とはまるで別世界のように綺麗に片付けられていた。

 しかし別世界なのはこの家の中と比較してだけでは無い。部屋の壁面には無数の女児用下着を始め、洋服や水着等が丁寧に飾られており、その部屋の中央に幸せそうに一枚のショーツを枕に眠る女性の姿があった。

「…!?」

 その余りの光景に美咲が目を丸くし、言葉を失い混乱する。

 《あ…あれ、私のパンツです…。多分…。》

 全体が見えない為に確証を持てず曖昧に言う美咲であったが、女性の顔の下に手を添えて敷かれたショーツは、間違いなく盗まれた美咲の下着であった。

 櫻も何と言って良いか解らず、一先(ひとま)ず横たわる女の記憶を読み取る。

 その頭の中にあったのは自身のコンプレックスから来る他者への憎悪。

 両親の死後、その財産を切り崩しつつパート等で生計を立てていた女であったが、自身の姿を他者と比較する度に惨めな気持ちになって行った。

『何故自分はこんな苦しい生活をしなければならないのか。』『何故自分は周りと比べてこんなに醜いのか。』と。

 決して他者が女を侮辱した等の事実は無い。しかし女は劣等感に苛まれ、勝手に周囲を敵と見なすようになっていたのだ。

 その劣等感と敵意が周囲の女性を醜悪な物と認識するようになり、歪んだ心が辿り着いたのは少女への愛であった。

 女にとって『少女』とは、『大人の女のようにいやらしい凹凸(おうとつ)が無い美しい姿の極致(きょくち)』となり、その存在はまるで信仰の対象のようになった。

 その存在が一時(いっとき)(はかな)いものである事もまた神聖に映るのだろう。

 その中で特に女児の下着と水着は、そのボディーラインを想起させる最たる物であり、強い思い入れがあるようだ。

 そうして女は今まで自身の資産を切り崩し衣類を購入し、この一部屋(ひとへや)の楽園を作り上げてきたが、いよいよその欲望は『本物の女児が使用した物』を欲するようになってしまった。

 悶々としながら下着フェチの集うネットに顔を覗かせている時、自分と同じ匂いのする一人の男と出会ってしまう。それが高田であった。

 一年程も相手を探り合うと徐々に共感し合うようになり、遂に計画の立案、そして実行となる。

 長い時間をかけ、毎日のプール代も安く済んだとは言えない女にとっての成果物はたった一枚のショーツであったが、それは女が理想とする無垢でシンプルな白いショーツ。そんな物を穿いている女児が現実に居る事に女は歓喜に震え、幸せを噛み締める内に眠りについてしまったようだ。

 因みに頬ずりをしたり匂いを嗅いだりまでしていたようだが、流石にこれは美咲には言わないでおこうと心に留めた櫻であった。

 《さ、もういいよ。ブロッサムは戻して、あたし達も稲穂達の処へ戻ろう。》

 《え?あ、はい。》

 櫻の言葉に意識を戻し、再びこそこそと女の家の敷地から出ると、玄関前から少し離れた路地で世間話をしている一団を装って待っていた一行と合流した。

「お帰りなさい、櫻さん。首尾はどうですか?」

「あぁ、しっかりと確認は取れた。後は匿名のタレコミとして所長を経由して担当に踏み込んで貰えば大丈夫だろう。」

 大樹の言葉に櫻が答えると

「え?美咲ちゃんのパンツ取り返さないの!?」

 と百合香が不満を漏らした。

「あのなぁ、捜査権の無い一般市民が、突き付けられる物的証拠も無しに他人の家に突撃したら、何方(どちら)が悪者になるか解らん訳じゃあるまい?」

 櫻が呆れ顔で百合香に説明をすると、それは理解しているのか、シュンと顔を下げてそれ以上は何も言わない。

「私も別に今取り返さなくても気にしないから、ね?」

 気落ちする百合香に美咲はそっと寄り添い手を取ると、百合香もその手を握り直し頷いた。

「さ、あたし達に出来る事は済んだんだ。帰るとしようじゃないか。」

 そう言うと櫻はおもむろに大樹の背中に飛び乗った。

「櫻さん、そういうのは事前に言ってくださいよ…。」

 慌てて背負う大樹。

「まぁこの中であたしを背負って負担にならないのはお前さんくらいだ。想定してなかった訳じゃあるまい?」

 そう言いながら携帯電話を取り出し、電話をかける。

「あぁ、所長かい?あたしだ。またで済まないね。実は…。」

 そうして事の次第を伝え終えると駐車場へと戻り、大樹の車には稲穂と櫻が、鷹乃の車には百合香と、百合香のたっての願いで美咲が乗り帰路に就いたのだった。


 後日…。

 夏休みも残り僅かという時期にも(かかわ)らず、遊びよりも仕事を優先して事務所の中でパタパタと働く美咲の姿があった。

 主な仕事は事務所内の軽い掃除や所員へのお茶汲み、小さな依頼の手伝い等でそれ程忙しい訳では無いのだが、美咲は人に必要とされる仕事が楽しくて仕方無いらしい。

 そんな折、事務所の呼び鈴が鳴り、正面入り口の扉が開く。

「やぁ、こんにちは。」

 顔を覗かせたのは所長だ。

「あ、所長さん、いらっしゃいませ。」

 美咲は両手を揃えてお辞儀をし、

「どうぞ。」

 とスリッパを用意する。

「やぁ、有難うございます。おや、制服、夏服になったのですね。良くお似合いですよ。」

 にこやかに微笑み褒めると、美咲もくすぐったそうに微笑み

「あ、ありがとうございます。」

 と顔を赤らめた。

「おぉ、所長。今日はどうしたい?」

 稲穂と共に稲穂ルームから姿を現した、着せ替え人形と化していた櫻。

 まるで西洋のアンティークドールのようなロココ調ドレス姿の櫻だが、最早見慣れた光景。所長は特段驚く事も無く

「やぁ、どうもこんにちは。」

 と普段と変わらぬ挨拶を済ませる。

「お飲み物は何に致しますか?」

 美咲がお手製ドリンクメニューを差し出す。

「やぁ、ありがとう。それじゃぁアイスコーヒーを頂こうかな?」

「はい、少々お待ちください。」

 返されたメニューを受け取り、嬉しそうに身を翻し去って行く美咲。

 所長はそんな姿を優しく見送り、椅子に深く腰を据え両手を組んだ。

「早速ですが。先日の盗難事件の事についてなんですがね…。」

 そう言って話し出したのは、事件の証拠物品の一つとなる美咲のショーツの扱いについてであった。

 あの日、櫻からの通報によってその日の晩の内に犯人二人は即お縄となった。

 そして女の家からは、唯一の証拠物品である美咲のショーツが押収されたのだが、事はそれだけで済まなかった。

 共犯の男が以前から下着泥棒だった事が発覚し、もっと過去に遡った捜査が必要となると、今回一時だけの共犯とは言え女の存在と共に、暫く美咲のショーツは証拠品として警察側で保管される事となってしまったというのだ。

「電話での連絡で済ませるかとも思ったのですがね。やはり馴染みの方には直接顔を合わせてご報告が筋かと思いまして、こうして来た次第です。」

 アイスコーヒーをゴクリと豪快に飲み干す。

「まぁ、それは仕方無い事だし、美咲も別にそこまで(こだわ)りのある下着では無かったんだろう?」

「はい。安い物ですし替えはありますから、それ程困りはしないです。」

 申し訳無さそうな所長に対して美咲がニコリとし、何事も無いかのように言うと

「そう言っていただけると有り難いです。」

 そう言い、エアコンが効いている部屋とは思えない汗をハンカチで(ぬぐ)い、

「それでは、コーヒーご馳走様でした。」

 報告も終わり、他にも仕事があるのだろう所長は軽く頭を下げると事務所を出て行った。

「それにしても美咲ちゃん、前から思ってたけど下着全部あんな感じのばかりなの?」

 今まで口を開かなかった稲穂が美咲に問う。

「え?はい。安くて(まと)めて売ってますし、洗い易いので。」

 何とも美咲らしいと言うべきか、そもそも美咲は余り着飾らない。別にファッションに無頓着という訳では無く、お気に入りの服もあれば稲穂の用意する衣類も喜んでくれる。しかし、(こと)予算の関わる事となると一気に現実的にシビアな思考になる。

 その為、シンプルで余計な装飾が付いていない下着は洗う時も傷み難くコスパが良いうえに、特に誰に見られる訳でも無い為に一層気にかけないのだ。

 生活費の話を出されては流石に『もっとファッションに気を配ってみては?』とも言えない稲穂。

 そんな稲穂の気持ちを汲んでか、櫻は小さく鼻で笑った。


 その晩、美咲が脱衣所で衣服を脱ぐと、下着を両手で広げて見つめる。

 飾り気の全くない、シンプルな白のショーツ。

(う~ん、そんなに変かなぁ?そう言えば旅行の時に見た百合香ちゃんのパンツも、この間の小夜ちゃんのパンツも、可愛いリボンが付いてたりしたけど、ああいうのが普通なのかな?)

 体育の授業の時等に着替え中の女子の下着は目に付いていた筈だが、今までそんな事を意識した事が無かった美咲。首を傾げつつ、洗濯機の中へと放り込んだ。

 微温湯(ぬるまゆ)に胸元まで()かり、ほぅっと身体をリラックスさせていると、玄関の呼び鈴が鳴る。

(あれ?お客さん…誰だろう?)

 こんな時間に、と言うよりも美咲の部屋の呼び鈴を鳴らすなどほんの数える程しか居ないので、特に考える事も無く浴室の窓を開けて顔を覗かせると、

「お、すまんね、入浴中に。」

「今晩は、美咲ちゃん。ちょっとお邪魔してもいいかしら?」

 そこに居たのは櫻と稲穂だ。

「あ、はい。済みません、すぐ出ますので待っててください。」

「いや、そんな急がんでもいいさ。風呂場で慌てると大怪我するよ。」

 櫻の言葉を素直に聞いてか、急がずに窓を閉めると中から湯船を出る音が聞こえた。それから程なくして『カチャリ』と玄関の鍵が開く音がすると、まだ髪も湿ったままでバスタオルを巻いた状態の美咲が姿を見せる。

「お待たせしました。どうぞ上がってください。」

「別に着替えてからでも良かったのに…それじゃお邪魔するわね。」

 呆れ笑いを浮かべながら二人が上がり込むと、勝手知ったる間取りを歩きリビングに落ち着く。

 パジャマに着替えて髪をタオルでポンポンと押さえながら美咲が姿を現すと、

「美咲ちゃん、髪、やってあげるからこっちにいらっしゃい。」

 とブラシドライヤーを手に稲穂が手招きをする。恐らくは美咲が入浴中だという事を察して訪問前に用意したのだろう。

 美咲もまだくすぐったさは残るものの、衣装の着せ替えに付き合う内に稲穂に髪を()かして貰う事にも随分抵抗が無くなっており、素直に稲穂の前に座ると優しい手と暖かい風が髪を撫で、それを心地よく思うようになっていた。

「有難うございます。それでこんな時間に一体どうしたんですか?」

 目の前で二人の様子を眺めていた櫻に問い掛ける。

「あぁ、実はね…。」

 そう言って持って来ていた紙袋をゴソゴソと漁ると、中から取り出したのは大量のショーツ。それをテーブルの上に並べると、その数は二十枚にも(のぼ)った。

 そのどれもが可愛らしい柄や派手過ぎない装飾を備え、そこに並べられただけで目を楽しませてくれるようだ。

「え…?これ、どうしたんですか…?」

 美咲がぽかんとした表情を浮かべて聞くと

「ふふ、お前さん最近良く働いてくれているからね。ボーナス…とまでは行かないが、特別賞与って所だ。」

「もう、櫻さん。そんな遠回りな事言わないで、プレゼントって言っちゃえばいいのに。」

 そう言って二人が微笑む。

「え…?これ、私に…ですか?」

「そりゃそうさ。ここに居る他の誰にこのサイズが合うんじゃ?」

 美咲の素っ頓狂な質問に失笑する櫻。

「美咲ちゃん、下着に余りお金かけないでしょ?でもそろそろ見えない所のお洒落もしてみていい年頃だと思うわよ?」

 そう言うと髪を梳かし終えた稲穂が肩にポンと手を添えた。

「あ…。」

 美咲が昼間の自分の発言を思い出す。

「す、済みません!私、そういうつもりで言ったんじゃなくて…!」

 自分の迂闊な発言で出費させた事に気付くと、申し訳無さに表情が曇る。

「そういうのはお前さんの悪い所だね。何でも自分のせいと思うもんじゃないよ。」

「そうよ?これは私と櫻さんがやりたくてやっている事。美咲ちゃんが気に病む事じゃないし、私達だってそんな風に思われたら困っちゃうわ。」

 稲穂が美咲を後ろから抱き寄せ、頬をくっつける。

「それとも、ひょっとして美咲ちゃんの趣味に合わなかったかしら?」

 冗談交じりに言うと

「い、いえ。凄く可愛くて…あの、ありがとうございます。」

 櫻の目を見てそう言った美咲の声は、少々の戸惑いと共に嬉しさに溢れていた。

 それから少しの間、仕事中では余り聞かない美咲の学校での事や、クラスメイトとの交流についての話題で盛り上がった後に、櫻達は部屋を後にした。

 櫻達が置いていった下着の詰まった紙袋を見て、その気遣いに改めて喜びを噛み締め微笑む美咲。

 そんな様子を不思議そうに覗き込み、太ももに足を乗せるチェリーを抱き上げると、優しく抱き締めて頬ずりをする。

 チェリーもそれに応えるように美咲の頬を優しく舐めると、互いの額を付き合わせて

「それじゃそろそろ寝よっか。」

 と言う美咲の声に『みゃ』と応えた。


 翌朝。

「おはようございます。」

 決して大声ではないが元気な美咲の声が事務所に響くと、皆も顔を向け挨拶を返す。

 ところが一同はその美咲の姿に思わず目を奪われ、瞬間言葉を失った後に大樹と幹雄は慌てて顔を逸らした。

(…?)

 皆の反応に、唇に指を添え首を傾げる美咲。

 その姿は、お気に入りの白いワンピースであったが、そこにピンクの可愛らしい下着が透けて見えていた。

 恐らくは、折角櫻達が選んで買ってくれた物という事で美咲もお気に入りの衣服に合わせてみたのだろう。

「美咲ちゃん、今度はコーティネートも意識してみようね?」

 稲穂は慌ててそう言うと美咲の背中に手を添え、稲穂ルームへ導く。

「やれやれ、普段は他人(ひと)の視線に敏感な割りに、男の目を気にしない辺りはまだ子供だねぇ。」

 そんな様子を暖かく見守りながら櫻が呟くと、

「いいじゃないですか。いずれは嫌でも大人になってしまうんですから、今は子供である事も貴重な時間ですよ。」

 幹雄の言葉にゆっくりと頷く。

 程なくして制服に着替えた美咲が姿を現すと、いつも通りの桜荘の一日が始まるのだった。

相変わらず文章力・語彙力が無く、自分の無力さを痛感。

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