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桜荘は暇で案外忙しい  作者: 寧(ネイ)
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EP 1:桜荘へようこそ

初めての作文です。

小説自体あまり読んだ試しが無い為、文章が稚拙だったり語彙力が無かったりします。


小学生の作文レベルと思って頂ければ助かります。

「それでは早速ですがご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 白髪交じりで灰色がかった頭髪に大柄な体格の初老の男性が、対面のソファーに座る男性に向けて言葉をかける。

 この初老の男性は、ここ『何でも屋 桜荘』の所長で、名を松本幹雄(まつもと みきお)と言う。

「はい…実は、行方が判らない両親を探して欲しいのです…。」

 問われて答える男性は30代前半程。歳の割に痩せ型でスーツ姿に眼鏡をかけた『いかにも』なサラリーマン風だ。

 聞く処によると、二日程前に両親宅を尋ねると誰も居らず、連絡もつかないのだと言う。

「警察に届けようかとも思ったのですが、まだ何かあったのか判らない状態ですし、ひょっとしたらたまたま連絡手段を持たずに出かけただけかもしれないんですが…。」

 少々言葉を詰まらせた後に、信じて貰えないかもしれないという不安の眼差しで言葉を続けると

「何か良く無い事が起きているのではないかという予感というか…不安が拭えないのです。」

 所謂(いわゆる)『虫の知らせ』という類のものだろう。しかしそんな曖昧な感覚を幹雄はあっさりと信じて小さく頷く。

「分かりました。出来る限り早くの解決を目指しますが、先ずは一週間の期間を設定させて頂き、一日一万円の予算を頂く事になります。宜しいでしょうか?依頼の成功時には成功報酬として掛かった費用諸々も請求する事になりますが…。」

 と依頼に掛かる費用諸々の説明をすると、依頼主の男性もそれで良いと、(わら)にも縋る思いからか『はいっ、はいっ!』と首を縦に振る。

 依頼の成立として必要書類にサインをし、会釈をして事務所を出て行く依頼主を見送ると幹雄が部屋の隅にある子供の遊具コーナーに目を向けた。

「どんな感じでした?」

 と言葉を発すると、コーナーの隅に並べられた大きめの人形の中の一体が手足を曲げ『よっこいしょ』とでも言うように立ち上がり

「特に嘘は言っておらんな。本当に両親の行方を心配して依頼に来たんじゃろ。」と返す。

 一見すると周囲の人形に馴染んでしまうゴスロリ服を着た少女…いや、幼女と言っても良い幼さの彼女は春乃櫻(はるの さくら)

 日本人形のように綺麗に切り揃えられた、腰まで届く真っ白な美しい髪が眼を惹く幼い見た目に反して、堂々とした立ち居振る舞いで幹男の横に座ると、彼に出されたお茶を一口啜り肩をトントンと叩いた。

 何故彼女がここまで断言出来るのかと言うと、実は彼女、他者の記憶や思考を読み取る事が出来る『読心術者』なのである。

 そして所長を務める幹雄にも物理的な接触を行わずに物質に干渉する特殊能力である『念動力』が備わっている。

 そう、この事務所に所属している者は皆、何かしらの超能力を持っているのだ。


「それでは先ず何から始めましょうか。」

 部屋奥の扉が開くと中から大人の男女が姿を現した。

 男の名は杉山大樹(すぎやま だいき)。その場や物に残った記憶を読み取る能力である『サイコメトリー能力』を持つ。40という歳の割に若く見られるその容姿は、細身の身体にスーツを着こなし飄々とした表情を浮かべている。

 何処か軽い笑みを浮かべているような締まらない顔で幹雄に行動指針を尋ねると

「この手の依頼なら先ずは現場の調査と聞き込みが常套(じょうとう)でしょ?」

 と隣りの女性が口を挟む。

 女の名は田口稲穂(たぐち いなほ)。自身や触れた物質を転移させる『瞬間移動能力』者だ。こちらもまた30代前半の年齢にしては瑞々しい。肩にかかるセミロングの黒髪を手で軽く払い除け、切れ長の瞳を呆れたように大樹に向ける。

 因みに今櫻が着ているゴスロリ服は稲穂の趣味である。

「そうですね。先ずは依頼主のご両親宅に伺い、何か手がかりを探すとしましょう。」

 幹雄の提案に皆が頷く。すると…

「あの、私は何かお役に立てるんでしょうか…?」

 その二人の後ろに隠れるように顔を覗かせる少女が一人。

 花澤美咲はなざわ みさき。小学四年生で、とある事情からごく最近この事務所に来た新人だ。

 一見して何処かのお嬢様のような端正な顔立ちに綺麗な長い黒髪の映える少女である。

「私はテレパシーしか取り柄がありませんから、そういう捜査のような事には何の役にもたてないと思うんですけど…。」

 彼女自身が言うように、美咲の超能力は相手に自らの声を届ける『テレパシー能力』だ。

 不明者の捜索に役立つ能力では無いと不安な顔をする美咲を見て、稲穂が肩を抱き寄せ

「大丈夫、超能力を使うだけが存在意義じゃないんだから美咲ちゃんだってきっと活躍出来る事が有るわよ!」

 と頭を撫でる。

 恥ずかしさと、気を使わせた申し訳なさで何となく困った赤ら顔の美咲。

「そうそう、超能力者と言ったって幹雄なんて力仕事しか出来ないんだから、能力で自分の価値を決め付けちゃいかんよ?」

 櫻のフォローに幹雄も苦笑いだ。

「…はい、何が出来るか解りませんけど、やれる事を頑張ってみます!」

 美咲の気合の入った表情と返事に皆が顔を見合わせ、事務所の空気が和らいだ。


「それじゃ早速出発しますか。」

 大樹の一言で皆がぞろぞろと事務所を出る。

「ちょっと待て、服を着替えさせてくれんか?流石にこの格好のまま調査に行くのは目立ち過ぎるわ。」

 櫻がスカートをつまみ上げて制止すると稲穂は

「そのままでもいいのに…折角可愛く着飾ったのが勿体無いわ…。」

 と残念そうに悪戯混じりの困り顔を見せるのだった。


 依頼主から教わった住所へとやって来た一行。

 ブロック塀で囲われ、敷地の外からでは様子を窺う事が出来ないその家は、住宅地の中に在りながら時代に取り残されたような古い一軒家。

 しかし一歩敷地に入ってみれば、松や梅を始めとした様々な木々が彩る庭の手入れもしっかりと行き届いており、住人の性格を伺える程にきちんとしていた。


 一先(ひとま)ず大樹は美咲と、稲穂は櫻と組み近所への聞き込みから始める。

 この組み合わせは子連れの方が相手の警戒を解き易いからだ。

 残った幹雄は依頼主から預かった鍵を手にし、敷地内の調査を担当。何か手がかりになりそうな物が無いかを調べ始めた。


 美咲はこの『桜荘』に来てから日が浅く、今まで経験した依頼はゴミ屋敷の掃除や犬の散歩程度だ。まるで探偵か警察に持ち込まれるような今度の依頼に今までとは違う緊張感を覚える。

 依頼者の両親宅を中心に近所の北側を攻めた大樹・美咲組だったが、これと言った情報が得られない。更には聞き込みに関しては大樹に任せっぱなしで自分が役に立っていない事に美咲は焦りを覚え始めていた。

 そんな様子に気付いた大樹は

「美咲ちゃん疲れてない?何か飲み物でも買おうか。」

 と付近の自販機を指差すが、逆に気を使わせてしまい

「いえ、私は大丈夫です!」

 とはっきり断られてしまった。

(う~ん、女の子の心を解すのは難しいなぁ…。)

 大樹は心の中で腕を組んで首を傾げながら依頼人の両親宅へと足を向けた。


 その頃幹雄は玄関から家屋の外周をぐるりと周り家の中へ入る処だ。

 玄関扉を潜り中へ入ると、廊下に埃も積もっていない事から、家主が不在になってそれ程時間も経っていない事が見て取れる。

「お邪魔します。」

 幹雄は誰も居ない家の奥へ声を掛け、脱いだ靴を丁寧に揃えて上がり込んだ。どうやら荒らされた様子は見当たらない。

 だが居間を覗けば、卓袱台(ちゃぶだい)の上には半端に中身の残ったままの湯呑み、台所を見れば流し台と水切り籠の様子に半端に洗い物が終わっている事が伺える。その事から、家主達が望んで姿を消した訳では無い事が読み取れた。

 和室ばかりの間取りの家の中、居間と寝室を一通り探してみたがこれと言って手がかりになりそうな物は見つからず、ほぼ物の無い客間を通り仏間へ。

 飾られた先祖の遺影が見張っているかのような雰囲気に少々申し訳無い気持ちを覚えつつ、遺影と仏壇に手を合わせてからその周囲を調べ始めると、仏壇の中にまるで隠すように封筒が置いてあるのが見えた。

 中を覗いてみるとどうやら借金の借用書のようだ。しかし金額がおかしい。とても老夫婦が借りる必要があるとは思えない額である。

 それは兎も角としてこれは失踪に絡んでいる可能性が高いと思い、早速依頼人に電話でこの事を訪ねてみると

「そんな借金をしているなんて一言も聞いた事がありませんでした…。」

 驚きと焦りが入り混じった依頼人の声。言葉を続け

「父の性格から考えるに、私の負担になるような事は絶対にしたくない人ですので…恐らく自分達だけで解決しようとしてトラブルになってしまったのではないかと。」

 そう震える声で考えを纏めた。


 電話を切ると丁度大樹と美咲が向かってくるのが見えた。

「いやぁ、あまり収穫がありませんでした。」

 大樹が頭を掻きながら歩く後ろを美咲が早足で付いてくる。

「それで?何か手がかりになりそうな物は見つかりましたか?」

 大樹にそう問われた幹雄は手に持っていた封筒を差し出すと大まかな説明をした。

「なるほど、では少々拝見を…。」

 大樹が封筒と借用書を其々サイコメトリーで確認すると脳裏にありありと映像が浮かんでくる。


 二人組の男だ。黒いスーツ姿でまるで自分達は『そういう者』だと言わんばかりに典型的な見た目をしたその二人は、老夫婦に封筒の中身を見せつけると、まくし立てるように借金返済の催促をしているらしい。

 老夫婦は封筒を受け取ると『少し待ってくれ』という素振りをしてその場をやり過ごした。

 どうやら二人組の男はその日は引き上げたようだ。

 場面が変わり居間で借用書を前に向き合う老夫婦。何かを話し合い意を決したように互いに頷くと、借用書を封筒にしまいこんで仏壇に隠した。


「ふむ、この封筒から得られる情報としては二人組のスーツ姿の男がコレを持って来た事と、家主夫婦が何かを決断した事くらいしか解りませんねぇ。」

 大樹は封筒をヒラヒラとさせながら観た情報を説明する。

 大樹のサイコメトリーは映像として記憶を観るだけであり音を拾う事が出来ない。会話の内容が把握出来ないので相手が何と名乗ったのか等の情報は得られないのだ。

「しかしあの相手の態度などから、恐らく暴の付く方々の息が掛かった悪徳金融の取立てと見て良いのではないでしょうか?」

 大樹が顎に手を添え首を傾げる。

「先入観を持ちすぎるのは良く無いですが、こういう場合は多方その線で間違い無いでしょうね。」

 幹雄もその考えに同意。

 大人二人のやり取りを聞きながら、何の役にも立てていない事に少々の焦りを感じて俯いていた美咲がハッっと顔を上げて振り向くと、稲穂と櫻が手を振りながらこちらに向かってきているのが見えた。


 玄関先で一同が情報を纏める。

 稲穂が近所の人に聴いた話によると、四日程前に怒鳴り声を聞いているという。恐らくはサイコメトリーで観た光景の事だろう。

「と言う事は、その翌日辺りには老夫婦が失踪したという事になりますかね?」

 大樹が首を傾げながら考えている横で美咲が辺りを見回していると、植え込みの根元に何かが落ちているのを発見した。

 大柄な幹雄では視界に入らない場所だったが、背の低い美咲だからこそ見つけられたのだ。

 気付いた美咲は、ととと…と駆け寄り四つん這いになって手を伸ばす。拾い上げたソレはどうやら洋服のボタンのようだ。

「あの、こんな物が落ちていたんですけど…。」

 美咲が差し出したボタンを見て幹雄と大樹が互いに頷くと早速サイコメトリーを開始した。


 ボタンの記憶に見えてきたのは先程も観た黒服の男に胸ぐらを掴まれている老人。

 強い表情で黒服達に何かを言い返しているようだが、力ずくで引っ張られて車に乗せられてしまった。

 どうやら夫婦共々拉致されたと見て間違い無いであろう光景がハッキリと観て取れた。

 車のドアが閉まる前の最後の抵抗を見せた老人が黒服と揉み合った際に、ボタンが弾けて転がり落ちたのだ。


 この記憶を観た事で老夫婦の失踪は完璧に拉致という認識に変わった。

「美咲ちゃん、お手柄よ。」

「な?特別な力なんて無くても何か行動を起こすという事が前進を促すんじゃよ。」

 稲穂と櫻が美咲の頭を撫でて褒め称える。美咲もくすぐったそうにはにかみながらその称賛を受け入れて自信に繋げるのだった。


 幹雄が口元に手を当てながら

「さてそうなると次は黒服達の詳細を調べないといけませんね。」

 と案を発すると

「恐らくそんなに遠くから金を借りているとは思えんし、近場の闇金の情報を集めてみるかね?」

 櫻の考えに皆が頷く。

 しかし櫻と美咲は子供だ。流石に闇金の情報収集に連れて歩く訳にはいかない。聞き込みは大人三人に任せて子供二人は事務所へ戻る事にした。


「櫻さんはどうして皆さんに『さん』付けで呼ばれているんですか?」

 事務所への道すがら、美咲は何となく今まで不思議に思っていた事を聞いてみた。

「皆さん礼儀正しい人達なので、そう呼ぶ事は不思議では無いんですけど。」

 唇に指を当てて空を仰ぐ。

「私には『ちゃん』を付けるので、櫻さんは何か特別なのかな…って。」

 そう言う美咲を見上げて櫻は何となしに手を繋ぐと

「まぁ特別と言えば特別じゃな。あたしゃこう見えて幹雄より年上じゃからな。」

 どことなく自慢気にそう答えた。

 余りの衝撃的な答えに一瞬思考が停止した後に

「えぇぇぇ~~!?」

 驚きの声を上げる美咲。

 人通りが少ない道を歩いているとは言え周囲の人々の視線が突き刺さる。

 ハッと口を抑えて顔を真っ赤にして俯くと

「それ、本当の事なんですよね…?」

 と確認を取る。

「別に嘘を言う必要も無いんじゃから信じて欲しいもんじゃけどな~。」

 櫻がわざと困ったような顔で肯定し

「まぁちょっとした出来事が有ってな、何故かこんな身体になってしまったが…まぁ特にそう困った事も無いし、戻る方法も解らんからの。」

 何処か遠くを見るようにそう続けられ、美咲はそれ以上聞けなくなってしまった。


 暫く歩くと美咲が繋いでいた櫻の手に力を込めて小声で囁いた。

「あの、実はさっきから凄く嫌な感じが付いて来てるんですけど…。」

 そう言う美咲の言葉に櫻が驚きつつも

「そこの角を曲がったら走るぞ…あたしに付いて来な。」

 と小声で応える。

 握る手で了解を伝えると角を曲がり一気に走り出した。

 櫻の誘導で二度、三度と角を曲がり続けると誰とも知らぬ家の庭に入り込み身を潜める。

 家主がその様子を見ていたが、子供が隠れんぼでもしているのかと微笑ましく眺めているだけだった。

 案の定と言うべきか、不審な男が走ってくると辺りを見回し『チッ!』と舌打ちをしてからため息をつき走り去った。

 安堵のため息をついた二人は身を潜めたままで

「お前さん、その感覚は随分信じているようじゃが、それも能力かい?」

「はい。何となくですけど、向けられている感情と言うか…何かそんな感覚を感じるんです。」

 櫻の質問に美咲が頷き答えた。

 恐らくテレパシー能力の副産能力なのだろう。送る力と違い受動的でコントロール出来ない不鮮明な力のようだ。

「まさか後をつけられていたとは…どうやら老夫婦の関係者があの家に来ないか、見張っていた者が居たようじゃな。」

 しゃがんだままで周囲を軽く警戒しながら櫻が言葉を続ける。

「だがお陰で情報が向こうから飛び込んできてくれたと言う訳じゃ。」

「え?」

 と美咲がきょとんとした声を上げると

「尾行してきた男の頭をちょいと覗かせて貰った。詳しい事は事務所で全員が揃った時に話すとしよう。」

 スっと立ち上がり腰に手を当て、ググッと上体逸らしのように伸びをすると、笑みを浮かべ美咲に手を差し出した。

 美咲もその笑顔に釣られて微笑み、差し出された手を取ると立ち上がり、その手を繋いだまま事務所へと帰り着くのだった。


 美咲と櫻が二人並んでソファーにくつろぎお茶を楽しんでいると、大人組が帰ってきた。

 ある程度の情報は絞れたが決定的な判断材料が見つかっていないという感じがありありと表情から見て取れる。

 美咲が小走りに駆け寄り

「お疲れ様です。何かお飲み物を淹れましょうか?」

 と気を利かせると

「じゃぁお言葉に甘えて、オレンジジュースをいただけますか?」

「僕はコーヒーを。」

「私もコーヒーでお願いね。」

 其々に美咲に注文を頼む。この遠慮の無い注文が新入りの美咲にとって『受け入れられている』という安心感を与えてくれた。

 飲み物を用意する美咲を皆が微笑ましく眺めつつ

「それでは集めた情報をまとめてみますか。」

 と幹雄が切り出す。

「それでは先ず僕から。」

 大樹が率先して口を開き

「どうも二つ向こうの町にある暴力団傘下の闇金が、それらしい動きをここ数日の間に行っていたという事が判りました。ただあくまで可能性であり、老夫婦の拉致に関与した決定的な証拠はありません。」

 櫻が頷きつつ稲穂を見ると

「じゃぁ次は私ね。」

 と膝の上に抱えていたポーチから手帳を取り出しメモしていた情報を読み上げる。

「闇金の情報については大樹さんが言った事以上の情報が無いので割愛させてもらうわね。ただその闇金、あくどい請求なんかはいつもの事らしいんだけど精々傷害事件程度で殺人まで行った例は無いようね。安心して良い訳では無いけれど、拉致の犯人がこの闇金なら老夫婦の命の保証の確率が高くなったかもしれないわ。」

 手帳を閉じてコーヒーを口に運ぶとホゥっとため息をついた。

 うんと頷き視線を幹雄に向ける櫻。

「では最後に私ですね。」

 幹雄が手に持っていたオレンジジュースをテーブルの上に置き話し始める。

「私も同じ闇金の情報を得て活動範囲を調べていたんですがね、どうも拉致に関しては度々あるようで、その場合によく使われるのが港にある倉庫らしいんですな。」

 そう言うと少々バツが悪そうに

「残念ながらどの倉庫なのかまでは流石に聞き出せなかったのですが。」

 やれやれというように大げさに両手を上げて首を振る。

 しかしその情報で裏付けが取れた櫻が、帰り際に得た情報と照らし合わせて話始めた。

 尾行者から得た情報として尾行者の目的は


『①老夫婦に他の身内が居ないか調べる』

 これは老夫婦が借金の返済を頑なに拒む事から他の身内に請求を回そうという算段のようだ。


『②身内が見つからない場合は知人を調べる』

 美咲と櫻はこの項目に引っかかり、子供である事からいざという時に拉致等で幹雄達大人に言う事を聞かせられるという考えの元に尾行されたらしい。

 当然桜荘の面々が何者なのかという事の調査も含まれていたが、その件が無くとも老夫婦の家に出入りしていた事で関係者と見たのだろう。


『③尾行者はこの男一人のみ』

 どうやらこの男は闇金の中で新人らしく様々な面倒仕事を押し付けられているらしい。帰ったら怒られると覚悟し内心泣きながら走り去ったそうだ。


 これら尾行者の目的をハッキリさせた後に重要な情報として

『老夫婦の居場所』を覗く事が出来たという。

「さっき幹雄が言った通り、港の倉庫が監禁場所のようだね。場所は港の海側の端から2番目、しかし密かに作った監禁用の地下室に閉じ込めていて普通に中に入っても見つからないようになっているようじゃ。」

「既に拉致から三~四日程…暴行等を受けていないとしても健康状態が気になる段階ですね。」

 大樹が心配そうに呟くと、櫻はそれほど深刻な顔をせず

「あの尾行をして来た下っ端が毎日三食栄養を考えて食事を用意しとるそうだから、最悪の事態は無いじゃろ。」

 と言ってのけた。

「だがそれでも拉致監禁に強要、罪状は多々じゃ。幹雄、署長に連絡を入れておいてくれ。」

 櫻の言葉に頷く幹雄。手早く携帯電話から登録番号を選択すると少し離れた場所へ移動して

「もしもし、『何でも屋 桜荘』です。毎度お世話になっております…。」

 まるで営業トークのように話を切り出すのだった。


「あの、署長って…?」

 美咲が不思議そうな顔で質問をすると

「この辺の管轄の警察署の署長じゃよ。度々世話になったり世話をしたりで馴染みの仲じゃから、こうして厄介事にも協力してもらう事があるんじゃ。」

 自慢気な櫻を驚きと感心の目で見る美咲。

「櫻さんの読心術や僕のサイコメトリーは犯罪捜査に便利な能力だからね、頼まれて協力する事があるんだよ。と言っても超能力なんて普通の人は易々と信じはしない。櫻さんが昔からコツコツと信頼関係を築いて来たからこその間柄なんだよ。」

 ツラツラと解説をする大樹。

 そんな話をしていると幹雄が電話を終えて戻って来た。

「署長に現在判明している事を伝えました。後はこちらが『現行犯』を警察の方々に見せられれば良しという事になりました。」

 そう説明を受けると櫻は稲穂に

「よし稲穂、件の倉庫を見てくれんか。」

 と指示を出した。

「見る?」

 美咲が不思議そうに首を傾げると、

「私の能力は瞬間移動だけれど、何も物質だけを跳ばせる訳じゃないのよ。」

 そう言って稲穂はソファーの背もたれに身体を預けると目を閉じ、意識を集中し始めた。

 その様子を見ていた美咲に大樹がまたも説明を始める。

「稲穂さんは自分の意識だけを跳ばす事も出来るんだよ。瞬間移動能力を応用した千里眼のようなものだね。」

 何故か我が事のように嬉々として解説する。

「連続で跳ぶ事によって空を飛ぶように周囲を見回す事も出来るとか、いやぁ便利な能力だよねぇ。」

 ヘラヘラと説明を続けていると

「それをやるのは結構疲れるのよ。あまりやりたい技では無いわ。」

 意識を戻した稲穂に軽く睨みを効かされ大樹がたじろぐ。

「それで?倉庫の中の状況は判ったかい?」

 櫻の質問にため息をつきつつ頷く稲穂。

「一先ず老夫婦は健康そのものという感じでしたので一安心です。」

 その報告に一同がホっと息をつくと、そのまま稲穂は報告を続ける。

「ただその倉庫、少々問題が有って…まず入り口が正面しかありません。見張りは現在二人でしたが、増える事や交代で減る可能性も否定は出来ませんね。それよりも問題なのは地下の入り口が大型重機で塞がれている事と、その地下室が狭すぎて私では跳べない事です。」

 稲穂の瞬間移動能力は万能では無い。瞬間移動をした先に何か物質があった場合、その物質を破壊してしまうのだ。更に移動先は正確ではないので多少のブレを考えると広めの場所を選択しなくてはならない。

 倉庫の中そのものも荷物が乱雑に置かれていて瞬間移動での奇襲は難しいという結論に至った。

「あとは、そうですね。かなり高い位置に換気窓がありました。サイズからして櫻さんや美咲ちゃんくらいしか通れない窓ですが…。」

 そう言ってちらりと美咲の方を見ると

「ま、任せてください!私に出来る事があるのでしたら頑張ります!」

 不安と緊張を顔に滲ませながら胸をとんと叩いてやる気を見せてくれた。

 その美咲のやる気を買って櫻が作戦を立てる。

「それじゃあたしと美咲で潜入だね。あたしは幹雄の能力(ちから)を借りて二人で窓から侵入、稲穂は老夫婦の扱いを中心に状況に変化が無いか監視だ。大樹は稲穂の護衛だ。無防備になってる稲穂が発見されると困るからね。幹雄はあたし達の動きに合わせて、美咲からの連絡を待って臨機応変に対応。」

 櫻の発案に皆が頷く。

「さてそれじゃ、今日はもう遅い。警察の方には此方の手はずを伝えて準備をしてもらうとして、今晩はぐっすり眠って英気を養ってくれ。」

 と櫻が手をパンパンと叩き解散を促した。


 各々が事務所を出るとその裏手にあるアパートに向かって行く。二階建てのこじんまりとした、各階5部屋ずつのアパートだ。

『桜荘』とは本来このアパートの事であり、何でも屋の面々は皆ここに住んでいるのだ。

 今は5人しか住んでいないが、空き部屋は時に面倒事に巻き込まれた依頼人を匿う時等にも使われる。


 美咲は二階の一番奥にある自分の部屋の入り口前で立ち止まり、意を決したように鍵を開けて中へ入った。

 暫し前からここで暮らすようになった美咲にとって、この部屋で一人過ごす事はまだ完全に馴染めている訳では無い。

 未だ他人の家に踏み込むような不安を打ち消すように、部屋の明かりを点けると浴槽にお湯を張って身を沈める。明日の老夫婦救出作戦が上手く出来るか不安が募り、温かい筈の湯船の中でも身震いがする。

(みんなは私を仲間として扱ってくれているけど、子供の私がついていって足手まといになったらどうしよう…。)

 不安な想いを頭を振って打ち消し、胸に手を当て深呼吸をするが心臓の高鳴りが余計に緊張を呼んでしまう。

 そんな考えの堂々巡りをしていると、コンコンと部屋の入り口をノックする音が聞こえた。

「美咲ちゃん、まだ起きてる?」

 稲穂の声だ。

 美咲は慌てて『ガラッ』と風呂場の窓を開けると

「は、はい。なんでしょうか?」

 と顔を覗かせた。

「あら、お風呂に入ってたのね。ごめんなさい、突然。」

 そう言って頬に手を当て謝る稲穂。

 とは言うものの、このアパートの造りは全室共通だ。浴室に明かりが点っていた時点でその事は察しがついていた。

「実は晩御飯のおかずを多く作っちゃったの。折角だから美咲ちゃんに御裾分けをしようかなと思って。」

 明るい声で手提げ袋に入れていたタッパーを出してみせる。

「あ、ありがとうございます。ちょっと待っててください、今お風呂から上がりますね。」

 そう言ってそそくさと窓を閉めると少し急いでパジャマを着る。

『カチャッ』と鍵の開く音が聞こえると湯上りの火照った顔を覗かせた美咲が

「どうぞ上がってください。」

 と稲穂を招き入れた。

 勝手知ったる間取りを歩きリビングに通される稲穂が椅子に腰かけると、美咲が

「何かお茶を淹れますね。」

 と言って手早くジュースを用意してくれる。

 その子供にしては出来すぎな気遣いを稲穂は心配していた。

「ねぇ、今日は一緒に寝ましょうか?」

 軽くそう言う突然の稲穂の言葉に驚き動きが止まる美咲。

「え…?あの…?」

 意図が読めずしどろもどろで言葉が出ない美咲に対して

「私と一緒じゃ、イヤ?」

 と拗ねたような悲しいような声で瞳を潤ませる稲穂。当然演技であり美咲もそれは理解しているのだが、縋る子犬のように甘え上手な稲穂にこうされては嫌とは言えないのが美咲の性格だ。

「い、いえ、大丈夫です!全然嫌じゃありません!」

 慌てて慰めるかのように了承すると稲穂の表情は簡単に笑顔になった。そしてウキウキと洗面所に向かったかと思うと手にドライヤーを持ち直ぐに戻って来て美咲を手招きした。

「ほら、髪の毛まだ濡れたままでしょ?ちゃんと乾かさなきゃ風邪ひいちゃうわよ?」

 そう言って美咲を椅子に座らせ優しく髪を梳かしながら暖かな風を当ててくれる。

「綺麗な髪なんだから、大事にしなきゃね。」

 優しい声で髪を撫でてくれる手と、稲穂から流れてくる優しい感情が、緊張していた美咲の心を落ち着けて行くのだった。


 夕食を済ませると時計はもう夜の十時を指していた。小学四年生の女の子にはもう十分な程の夜中だ。そこから更に一時間程食休み挟んでの就寝。

 稲穂と一緒のベッドの中で、美咲は天井を見つめながら明日の事を考えていた。

「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。大人って案外頼りになるんだから。」

「え?」

 不意にそんな言葉を掛けられ、稲穂に心を読む能力があるのかと驚く美咲。

「ふふ、美咲ちゃんの顔を見てれば特別な能力なんて無くたって何を考えてるか大体解るわ。」

 そう言うと美咲の前髪をかきあげ優しく覗き込む。

「美咲ちゃんはここに来てからずっと気を張ってるよね?慣れない場所にまだ良く判らない大人達…そんな環境に居るのは凄く不安だと思う。」

 その言葉に美咲は

「そ、そんな事は全然…!」

 と否定をするが、キュゥっと胸を締め付けられるような感じを覚えた。自分でもはっきりとした自覚が無かった図星を突かれたようだった。

「そう…なんでしょうか…?」

 美咲は自分がそういう態度で居た事をこの時初めて知った。

 その様子を見た稲穂は思わず美咲を抱き締めると

「そりゃ、良く知らない大人達に囲まれてるのは不安だろうけどね。」

 と言って美咲の頭をぽんぽんと優しく撫でると

「でもだからって、自分の形を無理に作り上げる事は無いのよ。少なくともここに居る大人達は、人に価値を求めて居る訳では無いんだから。」

 そう言って額に優しいキスをした。

「さ、もう寝ましょう。」

 抱き締めていた美咲を手放した稲穂だったが、今度は美咲が稲穂の胸に顔をうずめるように身を寄せると

「ありがとう…ございます…。」

 と小さな声でお礼の言葉を述べ、程なく寝息を立て始めた。

 そんな美咲を再び優しく抱きしめて稲穂も眠りについたのだった。


 翌朝、美咲が目を覚ますと既にベッドに稲穂の姿は無く、眠い目をこすりながらリビングへ行ってみるとまだ出来てからそう時間は経っていない朝食が用意されていた。

 傍らにはメモ用紙に書かれた書置き。

『おはよう、よく眠れたかな?勝手にキッチン使っちゃってゴメンね?美咲ちゃんぐっすり眠ってたから、起こすのは悪いと思って。私は先に事務所に行ってるね。朝ごはんはゆっくり食べて大丈夫だからね。』

 昨夜の事を思い出す。

 久しぶりに無防備に大人に身を委ねた事、甘えた事を自覚して顔を真っ赤にし両手を頬に当てるが、その表情は嬉しさに溢れた柔らかいものだった。


 折角稲穂が用意してくれた朝食。

 ご飯に目玉焼きとウィンナー、野菜サラダ、ガスコンロの上の鍋の中には豆腐とワカメの味噌汁。

 至ってシンプルなメニューではあったが、稲穂が自分の為に作ってくれたという事そのものが美咲にはとても嬉しい。

(ありがとうございます。)

 と心の中でお礼を述べると

「いただきます。」

 両手を合わせてからゆっくりしっかりと味わい綺麗に完食した。


 食器を洗い終えると身だしなみを整えて足早に事務所へ向かう。

 到着すると既に皆揃っている状態だったので

「す、すみません、遅くなりました!」

 と慌てて頭を下げた。

 するとそんな様子を見て大樹が

「はは、大丈夫だよ。皆が来たのだってそう時間に差は無いんだから。」

 そう言って時計に目を向けた。

 時刻は午前十時。

「さて皆揃った事ですし、署長とはもう連絡もついて向こうの準備も整っているという事ですから、そろそろ行きましょうか。」

 幹雄の言葉に皆が頷く。

 美咲は稲穂の傍へ駆け寄ると

「あの、朝ごはんありがとうございました。美味しかったです。」

 と笑顔でお礼を言う。その硬さの取れた表情に稲穂も

「どういたしまして。また今度一緒に寝ましょうね。」

 そう言って美咲の頭を撫で、そんな様子に櫻達も安堵の表情を浮かべた。


 桜荘の面々が目的の倉庫エリアに到着すると時刻は正午。

 今日は丁度あまり日差しも強く無く影も伸びないので、夜中以外でやるなら絶好のタイミングだ。

 幹雄と署長が顔を合わせて最終的な確認を行うと美咲を手招きし、

「この子が新人の花澤美咲ちゃんです。能力はテレパシー、緊急連絡が必要な場合に署長に飛ばす事があるかもしれませんで、一度体験をしておいてくれますか。」

 と紹介をする。

「よろしく、美咲さん。桜荘の皆さんと警察の仲介のような事をやっている大沢静流(おおさわ しずる)と申します。皆さんからは署長と呼ばれていますので、美咲さんも気兼ねなくそう呼んでください。」

 そう言って手を差し出された。

 その所長と呼ばれた男は身長は幹雄より少々低い程度。恰幅良く、悪く言えば小太りと言えなくも無いながらも、その差し出された手はゴツゴツとして逞しい。

「はい、よろしくお願いします!」

 慌てて美咲も手を取り握手を交わす。その手はがっしりとして頼もしく思えた。

「それじゃ美咲ちゃん、署長に何かテレパシーを送ってみてくれないかな?」

 そう言われても咄嗟には何を言って良いか思いつかず

 《は、はじめまして、こんにちは。》

 という何の変哲もない挨拶を送ってしまうと

「はい、こんにちは。」

 と笑顔で返事をしてくれた。

 丸みのある笑顔がまた一つ緊張を(ほぐ)してくれる。


「さてそろそろ潜入開始としようかの。」

 そう切り出したのは櫻だ。

「幹雄、そこにしゃがんでくれんか。」

 と言うと幹雄も慣れた様子で頭を低くする。

 そして幹雄の額に櫻の額を付き合わせ目を閉じ集中し始めた。

 何をするのかと疑問に思った美咲に対して大樹が嬉々として説明を始める。

「櫻さんの能力が読心術なのはもう知ってると思うけど、櫻さんは更にその能力の応用として他者の超能力のコピーが出来るんだよ。」

「コピー?」

 美咲が驚きと共に首を傾げる。

「うん、ただし心を読むだけなら相手が見えていれば良いんだけど、能力のコピーは出来る限り互いの脳を近付け、更にコピー元である能力者がその能力を使うイメージをしなくてはならないというのが欠点らしいんだけどね。」

 そう言いながら顎に手を当て

「恐らくだけど、超能力とは脳の中の特殊な部分が働いて発現するものなんだ。僕も美咲ちゃんもね。その脳の働きをダイレクトに読心術の力と合わせて感じ取る事で、一時的に使い方を脳が覚えるんだ。」

 などと言った後に

「まぁ僕の勝手な推論なんだけどね。」

 と付け加えた。

「事実このコピーした能力は、一度ぐっすり眠ると消えてしまうらしいし、二つ以上の能力をコピーしておく事は出来ないらしい。つまりそれだけ脳に負担が掛かると同時に、様々な超能力というのは才能の一極集中によって発現している可能性も高いんだろうね。」

 何だか段々早口になって行く。

「はいはい、解説はそのくらいで。」

 稲穂が大樹の首に腕を回すと引き気味の美咲から引き離した。

「今の大樹さんの説明で解ったかもしれないけど、美咲ちゃんは幹雄さんの能力(ちから)をコピーした櫻さんと一緒に倉庫の換気窓から侵入よ。降りる時は櫻さんの念動力で静かに降りる事になるから安心してね。」

「はい、わかりました…。」

 稲穂に引き摺られて行く大樹を見送りながら、呆気に取られつつ返事をする。

「さてコピーも済んだ。倉庫外側の上昇は疲れるから幹雄に持ち上げて貰うとしようかね。」

「横着ですねぇ…まぁ良いですけどね。」

 幹雄が立ち上がり膝に付いた砂ぼこりをパンパンと払い落とす。

「美咲ちゃん、櫻さん、気をつけてくださいね。」

 所長の言葉に各々の役割の再確認を終え頷くと、いよいよ行動に移る。


 換気窓まで昇った美咲と櫻は先ずサッシの上に身を屈め待機。

 すると倉庫の前に大音量でロックを流したワンボックスカーが到着する。

 中から出てきたのは変装のつもりのサングラスをかけた幹雄だ。

 そのまま後部ハッチを開け大音響を鳴り響かせると釣り道具一式を取り出し海辺に腰掛ける。これは騒音によって内部への侵入の際に多少の音をかき消すのと同時に、あわよくば見張りの黒服達を引き寄せる効果も狙っての事だ。

 案の定入り口付近の黒服が幹雄に向かって歩いて行く。

 そこからの幹雄の演じるガラの悪さはとても普段の温厚な彼からは想像もつかないようなもので、その身体の大きさから醸し出される迫力は本業の黒服すらもたじろぐ程。

 上手く気を反らせている事を確認しつつ櫻が倉庫内部の様子も確認していた。

 倉庫の中は稲穂が言ったように木箱やコンテナが乱雑に積み上げられていて、安全に瞬間移動するには不向き。しかしこの荷物の置き方はどうやら意図的な部分があり、上から見ると荷物の隙間が迷路状になって監禁者の逃亡阻止の役目も担っている事が解る。

 だがそんな迷路も上空からの侵入では何の役にも立たない。(くだん)の地下室入り口を塞いでいるという重機の場所まで一気に降り立つと念動力で重機を持ち上げずらし、入り口を(あらわ)にする。

 流石に重量物を持ち上げると結構な音が立つと思われたが、これも表の騒音のお陰でどうやら気付かれずに済んだようだ。

 櫻が地下に降りると美咲は地下室への入り口で周囲を警戒しつつ、老夫婦の救出を待つ。

「…誰だい?」

 突如現れた幼女に流石に状況が飲み込めない老夫婦だったが

「静かに。助けに来たんだ、安心しておくれ。」

 と言う櫻の言葉の力強さに二人は顔を見合わせると大人しく頷いて見せた。

 監禁という用途以外に使いようの無い狭いスペースに更にご丁寧に鉄格子。だが幹雄からコピーした念動力はそんな鉄格子を難なくひん曲げて大人が余裕で通れる隙間を作り出した。

 出来るだけ超能力の存在は世間に知られないように務めるもので、櫻も念動力と思われないように鉄格子を握って腕力で曲げたように見せかけはしたのだが、流石にどう見ても幼い子供の姿の櫻がそんな事をすれば余計に老夫婦を驚かせた。

「さぁ、歩けるね?ここからさっさと出るとしよう。」

 櫻が手を差し出すと老夫婦も少々警戒気味にその手を取り、

「あ、ありがとうございます。」

 と礼を言い檻から抜け出した。


 疑似千里眼で老夫婦の解放を確認した稲穂が倉庫の中に意識を移すと、思いがけない光景を目の当たりにする。

 正面以外に出入り口は無いと思われていた倉庫の奥、積み上げられたコンテナの中から黒服が現れたのだ。

 建物の裏にも出入り口らしきものは見当たらなかった。恐らくあのコンテナの中に地下通路か何かに通じる道が隠してあったのだ。

 周囲を荷物に囲まれていて確認出来ない美咲は当然黒服の接近に気付かない。このままでは美咲と黒服が遭遇してしまう。稲穂は慌てて意識を戻すと事の次第を大樹に伝えた。

「何だって!?」

 その状況に普段はヘラヘラとした大樹も焦りを見せる。

「こうなると予定は変更だな…!」

 そう言うと迷いなく倉庫入り口へ走り出した。

 だがその時、倉庫角からまた一人黒服が姿を現す。休憩か交代か、兎も角最悪のタイミングで鉢合わせをしてしまった。

 咄嗟に作り笑顔を浮かべ

「え~、こんにちは~…。」

 とやり過ごそうとする大樹だったが流石にあからさまに怪しいこの態度は黒服も見逃さない。

「おい、お前。こんな処で何をしてんだ?」

 まるでテンプレのように因縁をつけてくる黒服。出来れば穏便に済ませたかった大樹だったが、黒服が大樹の胸ぐらに掴みかかって来た。

 この様子を指差し稲穂の方を振り向くと、稲穂は親指を立てて大きく頷く。

「はぁ~…。」

 と大きなため息をつくと

「ごめんね!」

 そう言い一瞬の内に黒服のスーツの襟を掴み、綺麗な背負い投げを決める。

 背中をアスファルトの地面に強く打ち、肺から全ての空気が抜けたかのような声を発し黒服は気を失った。大樹はその様子を不安な表情で振り返りつつ

「…死んでないよね?」

 そう言い残して再び正面入り口へ駆けて行く。

 残された稲穂は、何処から取り出したのかロープを構えると

「正当防衛、正当防衛♪」

 と嬉しそうに気絶した黒服を縛り上げるのだった。


 辺りを警戒していた美咲が、『カツン』という地下室から伸びる梯子(はしご)の音に気付く。

 櫻を先頭に老夫婦が登ってくるのが見えた。

 その様子にホっと安堵のため息を漏らしたその瞬間、注意の逸れた美咲の背後にヌッと黒い影が現れた。

「えっ!?」

「なっ!?」

 その気配に驚き振り向く美咲だったが、驚いたのは影の方も同じだ。思いがけない鉢合わせにその影…黒服共々動きが止まる。

 だが先に動いたのは黒服だ。

 居る筈の無い部外者が、居ては困る場所に居る。その事実だけで取り押さえるには十分過ぎる理由だ。

 両手を構え美咲を見る。が…小さな女の子をどう扱って良いのか解らず、目を血走らせ脂汗をかきながら鼻息荒くジリジリと距離だけを詰めてくる。

 この状況に美咲はたまらず

「キャー!」

 と悲鳴を上げてしまった。

 その声を聞いた櫻が念動力を使い梯子(はしご)から文字通り飛び出してくると、状況を一目で理解して正面から黒服の顔に飛びつき全身を使って視界を奪った。

「こいつの股座(またぐら)を全力で蹴り上げろ!」

 櫻が外の騒音に負けない程の大声で叫ぶと、頭が軽くパニック状態の美咲は櫻に言われるまま

「は、はい!」

 と大きな声で返事をし、

「えーい!」

 という気合の声と共に全力の勢いを込めて蹴り上げた。

 幅広のスタンスを取っていた黒服の無防備な股間にクリーンヒットする美咲の足。

 思わず見ていた櫻も『よしっ!』と小さくガッツポーズを見せる。

「むぐぁ…!」

 顔を覆われ上手く喋る事も出来なかった口から漏れる苦悶の声と共に黒服の体制がぐらりと揺れると、膝から崩れ落ちた。

 白目を剥いて倒れビクビクと痙攣している黒服を見てから、やっと自分のした事に気付いた美咲は、自分の足に伝わってきた感触を思い出して鳥肌を立て、青ざめた顔で苦い表情を浮かべるのだった。

「美咲、外に連絡だ。夫婦は救出したと伝えてくれ。」

 その言葉に自分の役割を思い出した美咲が頷き、幹雄と署長へテレパシーを飛ばす。

 連絡を受けた署長は『よしっ』と頷くと

「突入班、行動開始!」

 と指示を出し、自身も内部へ踏み込む。

 入り口を見張っていた黒服も内部の騒ぎに気がつき駆けつけようとしていたが、突入してきた警察に思わず懐へ手を入れてしまい、銃刀法違反の現行犯となった。


 急いで美咲達の元へ駆けつけた大樹が見た光景は、泡を吹いて気絶している黒服と二人の少女と老夫婦。

 自分が駆け付けるまでも無かったか…と安心していると背後に大きな影が姿を見せた。

 一同が驚いて振り向くと、そこに立っていたのは幹雄だ。

「なんだ、幹雄さんでしたか…驚かさないでくださいよ。」

 安堵の表情で胸をなで下ろす大樹に

「酷いですねぇ。こっちだって心配で駆けつけたというのに…。」

 そう言って頭を掻く。

 そんなやりとりにやっと緊張が解けてきた美咲を見て

「ともあれ、初の大仕事お疲れ様、美咲ちゃん。」

 と言うと大きな手で頭を撫でる。

 皆から向けられる温かい感情に美咲も自然と笑顔がこぼれた。


 後日…

 老夫婦誘拐の切っ掛けとなった借金の真相が依頼主を通して伝えられた。

 どうやら件の暴力団が外国人を使って当たり屋をやっていたらしい。

 保険の効かない入院費として多額の費用を請求して来て、それを払えないならと闇金からの借金を強要したらしいのだ。元々押しに弱い両親が暴力団の恫喝に抗える筈が無く、流されるままに借金をしてズルズルと…という事だったらしい。

「この度は両親が不甲斐ないせいで大変なご迷惑をおかけしました…。」

 依頼主が申し訳なさそうに頭を下げると

「いえいえ、結果としてご無事でなによりですよ。」

 幹雄が依頼主をなだめる。

「それに、ご両親は不甲斐無くなんかありませんよ?」

 大樹が口を挟んだ。

「ご両親は連れ去られる直前まで不当な請求に断固として抗議し、弁護士に相談しようとしていたんです。ですが闇金の方が手が早かった…外部に助けを求められる前に監禁してしまおうと拉致を決行したようですね。」

「そして地下室に閉じ込めて精神的に追い詰め、弱腰になった処で財産を奪う算段だった…と。」

 幹雄が推論ながら補足すると大樹が頷き、

「ですが、最後まで息子さんであるあなたの事は口に出さなかったそうです。絶対に迷惑はかけたくないという強い心があったのでしょう。」

 そう言うと依頼主も

「はい、親父も母さんも、強い人です。」

 と笑顔で肯定し、幹雄と強く握手を交わし何度も頭を下げて事務所を出て行った。


 その頃隣室では美咲が稲穂の着せ替え人形になっていた。

 美咲も可愛い服を着る事自体は嫌では無いので甘んじてその立場を受け入れては居るのだが、ゴスロリ服は初めての事で少々恥ずかしい。

 そんな着せ替えの中でフと疑問に思った事を口にする。

「依頼主の方は依頼に来る二日前にご両親のお宅を訪ねているんですよね?どうしてその時尾行されなかったんでしょう?」

 唇に指を当てて考える美咲の癖。

 そんな美咲の唇に更に指を添えて稲穂が答える。

「多分なんだけど…丁度その時にご飯の買い出しかトイレかでコンビニ辺りに行ってたんだと思うのよね。だって櫻さんに聞いた話ではその人、一人で張り込みしてたんでしょう?」

 そう言うと部屋の扉が開いて、これまたゴスロリ服の櫻が入ってきた。

「まぁそうじゃろうな。あの尾行者の頭の中は数日の苦労でいっぱいだったから、張り込みと言ったって穴だらけだったんじゃろ。」

 そんな事を言いつつ美咲の着せ替えに手を出す。

「次があるなら反省点にするんだろうが、今回の件で例の暴力団の闇金部門は暫く再起不能だろうからねぇ。まぁ一安心って処だね。…ここにもっとリボンとか着けたらどうじゃ?」


 着せ替えを終えると部屋を出てきた三人。

「おぉ、可愛らしいじゃないですか!」

「うんうん、とてもお似合いです。」

 男二人の賛辞に顔を真っ赤にして照れながら

「あ、ありがとうございます…。」

 と律儀にお礼を言う美咲。

「さぁさぁ、それじゃ美咲ちゃんの初大仕事完了記念!記念写真を撮るわよー!」

 そう言ってカメラのタイマーをセットするとそそくさと美咲の隣りへ歩み寄る稲穂。

 パチリと音を立てて写ったその画像は、美咲を挟んだ稲穂と櫻、その後ろに大樹と幹雄が其々立ち、さながら家族写真のように収まった。

 そうしてプリントアウトされた写真は、美咲の部屋のインテリアとして飾られ、『自分が居て良い場所』として美咲の心に安心をもたらす存在となったのだった。

元々『こういう漫画・アニメが見たい』というイメージを持っていたものの、絵を描く技量も無く悶々と頭の中に留めていたものを、折角なのでと文章に起こしたものがこの作品になります。


なので完全に自己満足です。


あくまで美咲の成長を追う物語なので、推理やサスペンスではありません。そういう意図もあり、事件部分はそこまで力を入れていません。


もし万に一人でもこの作文を目にしてくださる方がいらっしゃいましたら、お目汚し大変失礼致しました。

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