本土上空決戦 前編
「あれだけでよかったのか?まだ名残惜しそうだったけど」
外で待っていたシュトラーフェが、扉から出て来た蓮二に問う。彼女は人の姿になっていた。
「長く居ると抜け出せなくなる気がしたんだ。居心地良くてさ。でも、俺はもうそこには戻れない」
「蓮二のともだちは良い人達なんだな」
そう返したシュトラーフェの表情は、どこか嬉しさと寂しさが入り混じったようなものだった。それを何となしに読み取った蓮二は、歩き出した彼女に一言を添える。
「……まあ、今友達と言えるのは、シュトラーフェだけだけど」
彼女は一瞬立ち止まったが、振り向きはしなかった。嬉しさに綻ばせた顔を見せたくなかったのかもしれない。
「あとさ、俺、明日出ない」
蓮二は覚悟を持って言った。戦いから逃げた、と言われてもしょうがない。
「そうか」
――シュトラーフェは一言そう言っただけだった。
* * *
日本上空。数百という規模の拡張戦術機、MFSが空に浮かぶ。だがそこにシュトラーフェの姿は無かった。
彼が居ようが居まいが文字通り総力戦だ。西馬は乗り気ではなかったが、今更言ってもこの状況は変わらない。
「高度を合わせ鶴翼の陣をとれ。敵の様子をうかがう」
戦いに参加している第四、第三師団が指示通りに陣を形成する。その姿は壮観だ。
「日本軍は鶴翼をとりました」
管制官の一人が声を上げる。
「囲い込み漁をやるようだ。乗ってあげるのが筋だろう。魚鱗の陣を敷け」
パットンは敵の動きを推測。それに対応する動きをするかと思いきや、敢えて乗る。
「突貫。正面は当たって時間を稼げ。囲い込みの時に出来た隙を突いて包囲が完成する前に崩す。命令を聞き逃すな」
西馬はおくびにも出さなかったが、内心では動揺していた。自ら囲われに来るのは最も想定していなかった事だった。
だがそれをうだうだと引きずっていては指揮官とは言えない。すぐに平常心を取り戻し、指示を飛ばす。だが悪い予感は拭えなかった。
「敵には何か考えがあるとみて間違いない。慎重を期して囲め。隊列を絶対に崩すなよ」
――日本軍なら出来る、と西馬は確信していた。
アヴァロニア軍の突進に合わせて正面はゆっくりと後退しながら攻撃をしつつ、両翼は揃って包囲しにかかる。もし崩れると、隙を突かれ背後を取られる可能性があるのだ。
アヴァロニア軍の先鋒と日本軍の中翼がぶつかる。猛スピードで突撃するアヴァロニア軍のオスカー。迎え撃つは月光。
乱戦の様相を呈す。
日本軍は小隊単位で動く。次々と飛来するオスカーを囲んで叩く。部分的に三対一の状況を作り出すのが小隊で動く目的だ。昔使われたロッテ戦法というものを参考に、拡張戦術機に適合させた戦法である。
勿論弱点もある。部隊が一度に処理できる敵機の数が制限されるのだ。日本軍にも被害が出る。
だが日本軍は、アヴァロニア軍が突撃してくる時点で中翼を厚くしていた。両翼から一定の割合で回していたのだ。
西馬は凡庸の将ではない。
両司令官は食い入るようにレーダーによって映された戦場を見る。瞬きも許されない。
その時、日本軍左翼中央が僅かに足並みを崩した。
パットンもそれを見逃すほど愚かな指揮官ではない。
「左翼中央に突撃!全速力だ!急げ!」
近い場所にいたMFSから動き出す。陣形のほつれた部分に殺到した。
食い破られる。
僅かな隙を見せた日本軍は突破されてしまった。次々とアヴァロニア機がその穴を通り抜ける。
――その場所に配置されていたのは、結と守が属する小隊だった。
* * *
隊列移動とは一朝一夕の訓練で身につくものではない。基本であるそれは、長い積み重ねによって習得出来るものだ。それは今も昔も変わらない。
二人を責めるのは酷だとも言えよう。だが悲しきかな、戦争とはそれを許さないものなのだ。少なくともアヴァロニアの指揮官は許さなかった。
その結果がこれである。
このままでは部隊が瓦解しかねない。
守は戦っていた。先任の兵を追い越すほどの勢いで敵を斬り伏せていく。その勢いは止まることを知らない。我を忘れたように隊列を離れ、次々と撃破する。
一方、結は自分を責めることで精一杯だった。彼女は全て自分の責任であると思い込んでいた。自分には実戦なんて無理だったんだ。そう思った。
数機のアヴァロニア機が動きの鈍い結を狙い、攻撃を仕掛ける。三方向から一度に高周波ブレードが結を襲う。
機体を捻り、なんとか避け、防ぎきる。ひとまず安堵の息を漏らした。
だが、敵機は次は無いぞとばかりに態勢を立て直し、先程以上の速度で突っ込んで来る。今度は守りきれない。
結は、自分の死を覚悟した。
目をぎゅっと瞑り、歯を食いしばる。
世界が遅く見えた。
――一言、
「ごめん」
と。
しかし。
その謝罪はすぐに意味をなさなくなった。自分に襲いかからんとしていた三機が一瞬にして裁断され、爆ぜる。
突如現れたのは白、いや、白銀の何か。機動が速すぎて色しかわからない。周囲のアヴァロニア機が、ただ一つの抵抗も許されずに軒並み薙ぎ倒されていく。
「まさか……あれがシュトラーフェ……?」
ブリーフィングの際に聞いていた、第三勢力の機。その戦力は凄まじく、戦略兵器とも捉えられる。日本奪還作戦においては協力関係にある。
そして西馬の言葉を思い出す。
「播磨君は君達の小隊には戻れない。彼は力を手に入れて、自分だけで戦う事を決意したらしい。どちらに付くわけでもなく、ただ戦争をなくすために」
――ようやく確信できた。
シュトラーフェに乗っているのは蓮二だ、私を助けに来てくれたのだ、と。
でも、なぜ先日会いに来たのか。
まさか、別れを告げるためだろうか。
様々な言葉が頭を取り巻いている間に、その白銀の機はどこかへ行ってしまった。
「あっ、待って……」
結には、追いかけられるほどの精神力は無かった。
ついにシュトラーフェのお目見えです。楽しくなってきますね。
今溜まってる分もすぐに出しちゃいたくなりますが頑張って耐えてます。
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