575.人工魔剣制作11回目~眩夢の魔剣の準備
・『魔導具師ダリヤはうつむかない』13巻、公式Xまどダリグッズ、1月23日発売です。
どうぞよろしくお願いします。
二人そろって、一階の作業場に下りる。
ダリヤは棚から一冊のスケッチブックを取り出すと、作業台の上に開いた。
そして、ヴォルフへ椅子を勧める。
彼がマントを椅子の背に預けて座ると、ダリヤも隣の椅子に腰掛けた。
「次の魔剣作りは、これを考えているの」
開いた頁に描いてあるのは、二本の魔剣に見えるが、一本の裏表である。
片面が赤、片面が青の刃となる予定だ。
いかにも魔剣らしい画は、ヴォルフの好きそうな感じを思って着色したためだ。
実際に制作しても、ここまではっきりと色が出るかどうかはわからない。
けれど、彼は想像以上に目を輝かせた。
「前にもらった画用紙帳の、『水の魔剣』を思い出すね。こっちの方がかっこいいけど」
以前、ヴォルフに父の書斎の片付け――姿絵の処分を頼んだことがある。
その中に、ダリヤが高等学院時代に流行った、表紙に版画の刷られた画用紙帳もあった。
水の魔剣の絵だったので、メモ帳代わりに彼へ渡したのだ。
「あれ、もうメモに使った?」
「いや、もったいなくてとってある」
画用紙帳はスケッチブックよりも紙質が粗いのだが、魔剣の絵が気に入ったのだろう。
こちらの魔剣も気に入ってくれればいい、そう思いつつ、ダリヤは説明を開始した。
「柄の先端近いところにスイッチをつけて、目眩ましの光を出そうと思うの。魔剣闇夜斬りほど強くはないけれど、刃の片面に魔導回路をひいて。もう片面には、仮眠ランタンと似た魔導回路をひいて、睡眠効果のある青い光を出そうかと」
「なるほど! 最初に目眩ましで動きを止め、次に眠らせ、最後に斬って永眠させるわけだ」
「……ええ」
ヴォルフが完全に魔王の台詞を放った。
考えているときにはいいかもと思ったのに、そう言われると、自分が悪人になったような気がかなりする。
いや、魔物討伐部隊の相談役なので、魔物に対して非情なのはおかしくないはずだが。
「目眩ましの方はヨナス先生にいただいたウロコを、睡眠効果は月光蝶の羽根と青水晶の粉を使うつもり」
「二つの効果のある赤と青の剣か、格好いいだろうなぁ……」
ヴォルフが少年のように無邪気に笑う。
まだ乗り越えられないとしても、今だけは不死者討伐のしんどさを忘れてもらいたかった。
「素材はそろってる? 足りないものがあれば買ってくるよ」
「全部そろっているから大丈夫。今度、別邸で試作しましょう。ただ、実際の討伐に使うのは難しいかもしれないけど」
以前、ヴォルフと魔剣の話をしていて、気づいたことがある。
集団戦の場合、魔剣の効果によっては仲間を巻き込む可能性がある。
「目眩ましはできるだけ正面に光が進むようにはするけれど、横に誰かいたら危ないわよね? 睡眠の魔法もかかってしまう危険があるし……」
「最初の一人が斬り込むときに使って、敵の出鼻をくじくという使い方はできると思う。あと、睡眠魔法の防御は皆、腕輪とかペンダントをつけてるから。隊で魔導具の貸与もあるから、あらかじめ準備できるよ」
思ったよりも使えるかもしれない。
ダリヤはさらに質問を続けた。
「討伐の魔物に、目眩ましと睡眠の魔法って効きやすい?」
「まぶしいのが苦手な魔物はそれなりにいる。睡眠魔法は魔法耐性の弱い小鬼とか、赤熊とかには効くと思う。あとは試してみないと確かなことは言えないけど、睡眠魔法の強さにもよるかな」
「もしうまくいったら、王城魔導具師の皆様に相談しましょう」
王城魔導具制作部長のウロスや副部長のカルミネなら、とても強い睡眠効果をつけてくれそうだ。
スケッチブックの赤と青の魔剣を見つつ、話はしばらく続いた。
「楽しみで待ちきれないな。俺は今夜、眠れるんだろうか……」
会話の切れ間、そうつぶやいたヴォルフに笑ってしまった。
けれど、彼が窓の外を見る目に、また討伐を思い出しているような昏さが残っているような気がする。
今後の魔剣試作は、スカルファロット家の別邸で行うつもりだ。
それは守りつつ、付与の効果を確かめるだけならばありではないだろうか。
「ええと、ヴォルフ。剣に付与するのは別邸の方になるけれど、ここで金属板に睡眠魔法を付けて、どんな青になるか見てみる? そんなに時間はかからないし、睡眠効果はお互い魔導具ですぐ解除できるから」
「ぜひ!」
思わず身を乗り出したであろう彼、隣なので距離が近づいた。
魔導ランタンのオレンジの光の下、その顔がよく見える。
王都一の美青年と言われるヴォルフだ、これまでもかっこいいと思ったことは多々ある。
だが、いろいろと自覚してしまったせいで、見惚れる、の意味を正しく理解できてしまった。
ダリヤは全力で何気なさを装い、視線を棚にずらす。
「素材をそろえるわね」
声にちょっと勢いがついてしまったが、ヴォルフは気にしないらしい。
手伝うことがあればと、一緒に立ち上がってくれた。
そうして用意したのは、薄い金属板、ビーカーに入れた薬液、青水晶の粉、月光蝶の羽根――すでにさらさらとした砂のような結晶体である。
作業台にそれらを載せると、再び隣り合って座った。
「じゃあ、始めます」
「よろしくお願いします、ダリヤ先生」
軽口を交わして笑ったが、ダリヤはここで意識を切り替える。
付与の仕上がりには、魔力制御が大切だ。
それは技術だけではなく、精神状態に左右されることもある。
だから、ただ集中し、真剣に向き合おうと思う。
作業台の上、スケッチブックの片面ほどの金属板。
青い結晶となった月光蝶の羽根を薬匙に一つ取り、ビーカーの薬液に入れる。
そこに青水晶の粉を二匙入れた。
仮眠ランタンを作る際は、水晶ガラスに付与するが、魔剣の場合は金属への付与だ。
この為、水晶よりも魔法を含みやすいとされる青水晶の粉を薬液側に加える。
ちなみに、青水晶の粉の使用方法は、スカルファロット家の魔導書からだ。
水の魔石と組み合わせると、さらに魔法効果が見込めるそうだ。
混ぜながら、ちょっとわくわくしてしまい、呼吸を整えて落ち着いた。
均一に混ざった薬液を確認すると、ビーカーを左手に立ち上がる。
気合いをいれるつもりだったが、横のヴォルフも無言で同じようにした。
人差し指と中指をそろえ、ビーカーに近づける。
銀を混ぜ込んだ青の薬液は、生き物のような動きで、そのまま金属板へ移っていく。
毛糸よりも少し太いくらい、細く伸びる薬液は水飴のようにも見えた。
剣のように凹凸がない分、付与はしやすい。
魔力は強めに、正確に、均一に、それだけを心がけ、金属板へ伸ばしていく。
金属板は次第に青く染まっていき――元からそうであったかのように、表は深い青となった。
「これで、できあがりです」
「きれいだね。青い鏡みたいだ……」
互いの顔が表面に映るほどの鏡面仕上げになった。
なかなかの均一性ではないだろうか、そうダリヤが機嫌をよくしていると、ヴォルフが金属板に顔を近づける。
「これ、睡眠効果はどれぐらいなんだろう?」
「剣の表面積ほどはないから、それなり、かしら」
「魔導回路をひかないと試せない?」
「ただ魔力を流しても試せるけど、眠くなるわよ」
「眠くなるだけなら問題ないね」
そう答えたヴォルフは椅子に座り、左の靴と靴下を脱ぎ始めた。
外したのはチェーンタイプの足輪。
以前、オズヴァルドの店『女神の右目』で見たものだ。
解毒・貧血防止と、石化・混乱防止の、二重付与の二本、さらに睡眠と媚薬防止の青い石が追加されていた。
父、レナートからのものである。
ヴォルフの守備は固そうだ。
なお、靴下の履き替えでちょっと注意が必要になったと、本人は贅沢な感想もこぼしていたが。
「俺が眠りこんだら、この足輪を体のどこかに適当に置いてほしい」
「そっと足首に戻すわね」
そんな貴重なものをぞんざいに扱えるわけがない。
そう思うダリヤの前、ヴォルフがわくわくとした表情で床に腰を下ろす。
眠気で転げても問題ない体勢は、体育座りで落ち着いた。
彼の目の前に布を置き、上に青い金属板を載せる。
ダリヤはあらためて、手首の腕輪を確認した。
こちらもオズヴァルドの制作品で、防御の腕輪だ。
睡眠防止もあるので、安心して実験できる。
「いつでもいいよ」
金の目を輝かせながら、ボールを投げられる前の犬のような待ち方をしないでいただきたい。
試しの魔力がゆらぎそうだ。
一度呼吸を整え、少しだけ魔力を流す。
鏡面仕上げの青い板の上、白に虹色が混じった魔力が滑り、ふわりと消えた。
「失敗……?」
金属板は青く光ることなく、きらりとした鏡面仕上げのままだ。
間近で見ているヴォルフも、まるで眠気があるようには見えない。
ダリヤも床に膝をつき、左手の腕輪をそっと外す。
すぐ取れるよう腕輪を服のポケットに入れると、再び魔力を流した。
身構えたが、眠気はまるでやってこない。
逆に失敗原因を考え、頭が冷えてきたほどだ。
「ええと、剣じゃなくて板だからじゃないかな? 魔力が滑りすぎて流れなかったとか?」
ヴォルフが懸命にフォローしてくれる。
確かにそれもありえるのだが、もう一つの理由が思い浮かんだ。
「効果が弱すぎるのかも。睡眠効果は、仮眠ランタンより少し強めぐらいだから」
「いつもなら眠くなっていたのかもしれない。今日はいつもと違って――飲み会でランドルフと珈琲ゼリーを食べたせいかもしれない」
途中で言い換えた彼の目の奥、まだ翳りが見えた。
それでも彼は、自分に向けていつものように笑う。
「きっと次は大丈夫だよ。成功したら『眩夢の魔剣』と名付けよう」
「気が早いわ、ヴォルフ」
彼らしい名付けに、ダリヤも笑ってしまった。
金属板を下の布ごと作業台に戻し、棚に戻したスケッチブックを取ろうとする。
今日の配合を確認、次の配合量を計算するためだ。
ヴォルフは足輪をつけようとし、手を滑らせて取り落としていた。
「次は材料を変えて、もう一段強く作って――」
不意に、視界がぐらりと揺れた。
ダリヤは思わず机の端に手をつく。
けれど、それでも我が身を支えることが叶わない。
指の先、頼ろうとした椅子の背もつかむことができなかった。
視界が一枚の薄布をかぶせたように色を薄くする。
ああ、しまった――思考も速度を落としていたのか、ようやく理解が追いついた。
「効くまで……時間が……」
睡眠の効果が遅れてきた、ただそれだけのこと。
なんとか膝をつき、ポケットの腕輪に手を伸ばそうとしても、手が動かない。
「ダリヤ!」
ヴォルフのあせり声と、駆け寄ってくる足音は同時だった。
「……ヴォル……かまわず……足輪を……」
自分にかまわず、足輪をつけて、そう言いたいのに、声は続かない。
体が崩れるように横へ倒れていく。
硬い石の床が近づいてくるのがわかっても、止まることができない。
「ダリヤ……!」
すぐ目の前、必死な金の目が見えた。
ダリヤは、滑り込んできたヴォルフの胸へ、落ちるように倒れる。
自分を抱き止めた彼も、そのまま床に転がった。
「間に、合った……」
安堵の吐息が耳元で聞こえた。
ありがとうと言いたいのに、言葉は形にならず、喉の奥で消える。
もう瞼を開けていられない。
眠気がすべてを包み込んでいく。
外されぬ腕の中、鍛えられた胸板の堅さ、少し酒の混じるヴォルフの香り、伝わってくる温かさ。
安心できて、ずっとこのままでいたいと思える場所。
ああ、これはきっと夢にちがいない。
自分が都合よく見ているだけの、とても、幸せな夢――
眠りに沈みながら、ダリヤは腕を伸ばし、その体を抱きしめ返した。
魔導ランタンの灯りの元、二人の穏やかな寝息がそろうように繰り返される。
窓の外、闇が朝焼けに溶かされようとしていた。
枕様に、二人一緒の朝を願った結果。




