574.ホットミルクと討伐の話
謹んで新年のお慶びを申し上げます。
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本年もどうぞよろしくお願いします。
・『魔導具師ダリヤはうつむかない』13巻、公式Xまどダリグッズ、1月23日発売です。
どうぞよろしくお願いします。
ダリヤは階段を駆け上がると、自室で急いで着替える。
まさか今夜、ヴォルフが来るとは思わなかった。
彼が遠征から戻ったと使者から伝えられたが、会えるのは明日以降。
無事戻ったことに安心しても、遠征はどうだったか、次に会えたら何を話そうか、そんなことを考えて眠れなかった。
ひたすらに寝返りを打っていると、夜風を得るために少し開けた窓から、馬のいななきが聞こえた気がした。
夜でも道を通る馬はいる、特別なことではない、そう思うのに、窓から外を見てしまった。
馬上に、ヴォルフがいた。
もしや、隊で何かあったのか、また九頭大蛇のような魔物の出現か――ダリヤは枕元の小型魔導ランタンをつかみ、階段を駆け下りた。
玄関のドアを開くと、ヴォルフは慌てて謝ってきた。
屋敷への帰り、馬の散歩だったそうだ。
それでも、来てくれたのがうれしかった。
なお、ルチアのデザインで、ヴォルフに見られても問題ないはずのパジャマを着ていたのだが、マントでぐるりと巻かれた。
露出があるわけではないので、寒そうに見えたのだろう。
いつものように話しているつもりで、ふと、違和感に気づいた。
ヴォルフが笑っていない。
作った笑みは人形のようにきれいで、自分を見る目は優しいのに、その奥に翳がある。
嫌なことか、辛いことか、悲しいことか、少なくとも、彼を落ち込ませることがあったのだと思えた。
相談されても、きっと自分は有効な助言などできない。
それでも聞くだけは聞けると思い直し、塔に招き入れた。
水色の半袖パジャマを、白いシャツと紺の巻きスカートに替えたダリヤは、再び階段を駆け下りた。
「すまない、夜遅くに来てしまって……」
居間では、少し身を縮めたヴォルフがいた。
「ううん、まだ起きていたもの。何か飲みたいものはある?」
「ダリヤと同じものをお願いできればと」
答える声に、酒の匂いを感じた。
酒量が多かったか、強い酒を飲んだか、そんなヴォルフにさらに酒を飲ませるのは気がひける。
本人が飲みたい気持ちであれば止めることはないが――
そう思いつつ、ダリヤは努めて明るく答えた。
「そうなると、砂糖入りのホットミルクになるわよ?」
「ああ、同じがいい」
浅くうなずいた彼を視界から外す。
そして、いつもの声を心がけて尋ねた。
「不死者の遠征、大変だったのね」
「やっぱり、元が人だからね……」
ダリヤはミルクを鍋にかけ、ヴォルフはマグカップを準備する。
そうしながら、声の揺れを抑えるように淡々と、彼は話し出した。
エラルドが不死者達を浄化したこと。
遺体はすべて灰色の砂となり、遺品を隊員達で拾い集めたこと。
不死者となった中には、女性も幼い子供もいたこと。
村の自警団の長も不死者になり、それを斬ったのがヴォルフであること。
村で待っていたその妻が泣くのを見たこと――
ヴォルフはあったことを告げても、それが辛いとも悲しいとも言わなかった。
けれど、テーブルに向かい合い、ホットミルクを手にしても、その金の目が凍えて見えた。
話の切れ間、ダリヤは小さく、その名を呼ぶ。
「ヴォルフ、辛かったわね……」
「ああ、辛かった……」
自分へ同意を返した瞬間、彼の面が割れた。
整えていた顔が苦しげに歪み、短く息が吐き出される。
握りしめた拳は白く、目は水底のように昏くなった。
「不死者は人に戻せない。斬るしかない。あの人は俺を責めなかったし、村の人達も、隊員を責めなかった。でも、あの不死者達は皆、誰かの大事な人で――やっぱり、堪える」
ようやく感情を吐き出したヴォルフが、長く吐息をつく。
不死者の討伐は必要なことだ。
けれど、人であった者を斬るのも、その遺族の悲しみを見るのも辛い。
やりきれない思いが棘のように、彼の胸に刺さっている気がした。
それをわずかでも引き抜きたいけれど、自分にできることはない。
ただ話を聞き、時折の沈黙に、ホットミルクを口にする。
砂糖を多めに入れたのに、その甘さがわからない。
きっと、ヴォルフも同じだろう。
「聞いてくれてありがとう、ダリヤ。落ち着いた……」
やがて、マグカップをカラにした彼が、自分へ向いた。
「私は聞くだけしかできなくて……」
「いや、助かった。俺は赤鎧なのに、まだまだ弱くて。もっとしっかりしないと!」
ヴォルフが、己の両頬を手のひらで叩く。
そのちょっと痛そうな音に、ダリヤは首を横に振る。
「ヴォルフは強いわ。辛いのは、優しいからだと思う」
「そんなことは――いや、ありがとう。そうでありたいと思う」
否定しかけた彼が、ほどけるように笑む。
その金の目に、もう昏さは見えなかった。
そこからしばらく、二人とも無言で座っていた。
居心地の悪さはないが、気の利いた言葉も浮かばない。
ダリヤは見るともなしに、テーブルの上を見る。
無造作に置かれたヴォルフの右手には、騎士らしい剣ダコがはっきりと見えた。
今回の遠征でも、ダリヤが作った、黒風の魔剣の改良版を持っていったという。
ヴォルフのための魔剣試作も、すでに十回以上。
いまだ威力のある魔剣は作れていないが、新しく考えているものはいくつかある。
気持ちの塞いでいるヴォルフには、やはり魔剣の話がいいだろう。
試作はスカルファロット家の別邸で行う予定だが、効果について話し合うのは問題ないはずだ。
「ヴォルフ、次に作る魔剣についてなんだけど」
「どんな魔剣?」
即、顔が上がった。
やはり、ヴォルフに魔剣である。
お前に魔導具と一緒だと言われたら、返す言葉もないが。
「振っただけで、魔物の動きを止めることができる、かもしれない魔剣です」
「振っただけで、魔物の動きを止める、かもしれない……?」
疑問符いっぱいで聞き返す彼に向かい、ダリヤは笑顔で説明を開始した。




