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573.遠征からの帰還と帰る家

・公式Xまどダリ、Season1最終話更新となりました。オリジナルグッズが1月23日発売です。

・『魔導具師ダリヤはうつむかない』13巻、1月23日発売です。

どうぞよろしくお願いします。

「もう、こんな時間か……」


 窓から見え始めた王都のあかりに、ヴォルフは小さくつぶやいた。


 ここは魔物討伐部隊員の行きつけの食堂兼酒場。

 遠征から帰還、王城で医師から健康状態の確認を受けた後、普段着に着替えてやってきた。


 不死者アンデッド討伐自体は、翌日も続いた。

 被害者の人数がわからないため、念には念をと、崖崩れの現場近くまで辿ったのだ。


 他の不死者アンデッドはみつからなかったが、ペンダントや片方だけの靴、服の一部などの遺品があった。

 隊員達と道案内役の村人は、それをできるかぎり回収する。

 ヴォルフも小さな靴の汚れを丁寧に拭き、布袋にしまった。


 崖崩れのあった道は、迂回路があるので、これまで直されることがなかった。

 だが、不死者アンデッドが出たこともあり、国での対応が決まった。


 第二王子であるストルキオスが指揮をとり、泥と木々を片付け、崖崩れがおきない対策をとりつつ、道を修復するという。

 安全な道になれば、村にも人と活気が戻るだろう――帰り際、ヴォルフ達はそう聞いた。


 王都までの帰路で、不死者アンデッド討伐で口数が少なくなっていた隊員や、食欲のなかった隊員も持ち直しつつある。

 それでも、いつもの討伐の後とはどこか違う気がした。


「飲んでるかー、ヴォルフ?」

「――飲む前に食べておこうと思って」


 ドリノに声をかけられ、言い訳のように、大皿からクレスペッレを一つ取る。

 ほうれん草とチーズの入ったそれは、まだ温かく、味もいい。

 空腹で飲むのは体に悪い、そうダリヤに言われたのを思い出しつつ、口にした。


「じゃ、食べ終わったら飲もうぜ。イシュラナの珍しい酒も入ったそうだから」

「ああ。けど、ドリノは早く帰らなくていいの?」


 つい、そう尋ねてしまった。

 ドリノの妻、ファビオラは、きっとドリノの帰りを待っているだろう。


 けれど、そのまま帰るだろうと思っていた友は、まっすぐ食堂へ来た。

 その上、椅子を温めることなくテーブルを回り、食欲のない若い騎士にはスープを勧めたり、先輩達に酒を勧めたりと忙しい。


「ファビオラには夕食は食べて帰るって伝えてる。服飾魔導工房の仕事も忙しいみたいだし」

「そうなんだ」


 ファビオラも仕事をしているから、負担をかけないためなのだろう、そう納得したとき、ドリノが上体を傾けた。


「きっちり切り替えて帰りたいんだ。でないと、笑顔でも気づかれるから」


 一段声を低くした彼が、そう言った。

 声の奥、重い疲れを感じたような気がして、その顔を見る。


「じゃ、一回りしたら戻ってくるから、そこからしっかり飲もうぜ」

「ああ」


 うなずいた自分の肩を叩くと、ドリノは次のテーブルに移っていく。

 ヴォルフは味の薄くなったクレスペッレを、どうにか飲み込んだ。


 ドリノだけではない。

 自分もまた、今回の討伐を引きずっていた。


 魔物討伐で、魔物を討つのは当たり前のこと。

 あの夜、自分は魔物討伐部隊員として剣をふるった。

 自分に向かってきた不死者アンデッドを斬り、剣に当たった腕輪の音、その感覚――

 それが思い出されてならない。


 そしてもう一つ。

 村の自警団のおさの妻、それまで気丈に振る舞っていた彼女が、夫の腕輪を前に泣き崩れた。

 細い喉を裂くような慟哭どうこくを、耳が覚えている。


 少し白髪のある赤い髪に、ダリヤが重なった。

 自分に何かがあって、彼女を悲しませたくないという思いの次、もし自分が死んだら、あんなふうに泣いてもらえるだろうか、そんな考えが浮かんだ。

 なんて情けなく、なんてあさましいことだろう。


 外はすでに青黒い闇。

 窓ガラスに薄く写る自分の顔に、口角が歪む。

 王都一の美青年だとか言われているが、そこに映るのは、弱々しく、迷ったままの、見苦しい男だ。


 ダリヤには、こんな自分を知られたくない。

 落胆されるのも、嫌われるのも怖く――自分の麻疹はしかは重症らしい。


「強くなりたいな……」


 心身共に強く、些細なことで動じることなく、彼女に頼られるような者になりたい。

 その願いを唇だけでつぶやいたとき、名が呼ばれた。


「ヴォルフ殿、今回もご活躍でしたな!」


 白髪の騎士がエールがあふれそうなジョッキを、自分の前に置く。


「レオン殿、ありがとうございます」


 鍛錬を繰り返すうち、レオンツィオの呼び名はレオンとなった。

 本人の希望である。

 今回の討伐後でも、レオンは、とても晴れやかな表情かおに見えた。


黒風くろかぜの剣の調子はどうですか?」

「はい、の欠けもなく、使い勝手がいいです」

「さすが、ダリヤ先生ですな。ああ、でもウロス殿の槍も負けてはいませんよ」

砦風槍バスティオンヴェント、ですね」


 九頭大蛇(ヒュドラ)戦後、レオンの手にする槍は、王城魔導具制作部長であるウロスが付与したものとなった。

 先日付けられた名前は、砦風槍バスティオンヴェント

 砦を守る風という意味合いをこめたその名付けは、エラルドである。

 彼は、フォルトに並ぶかっこいい名付けの才があるのだ。


「今回もよく戦えました。近いうちに、またウロス殿へ報告に行こうと思います」


 言い切った声に揺らぎはなく、目にも曇りはなかった。

 ヴォルフは受け取ったエールを口にしつつ、己の弱さを恥じる。


 騎士として、きっちり切り替えられるレオンは、本当に強い。

 ヴォルフは、ついその顔を見つめてしまう。


「彼らを終わらせることができて、本当によかった」


 緑を帯びた青の目が、まっすぐに自分を見つめ返す。

 少しだけ落とした声で、レオンが話し出した。


「若い頃、ある不死者アンデッド討伐に行ったときに、討ちもらしがありまして。数ヶ月後に、二度目の討伐に参りました。村を守る者達が村を襲うことになり、一度目で全員終わらせてやれなかったことを、皆で悔やみました」


 村を守る者達、今回と同じく、自警団の者が、不死者アンデッドになったらしい。

 己が魔物と変わり、仲間や守りたい者を襲う、それは絶対に避けたいことだ。


 それを止められたのは、きっとよかったというべきで――けれど、返す言葉が喉から出ない。

 そんなヴォルフに、レオンは明るく声を切り替える。

 

「最終的に彼らを眠らせてくださったのはエラルド様です。まちがいなく、今回、最も活躍した隊員ですな」

「ありがとうございます! 頑張りました!」


 レオンの向いた先、隣のテーブルで真っ赤な顔をしたエラルドが答える。

 目の前のテーブルに並ぶのは、ジョッキにグラスにコップ。


 彼はあまり酒に強くない。

 すでに飲み過ぎの気配がひしひしとする。

 自分で酔い覚ましの魔法をかけられるので心配ないだろうが、その顔の赤さが気になった。


 よくみれば、それよりも緑琥珀の目が一段赤く――

 斜め向かいで、ひたすらアップルパイを食べていたランドルフが、手つかずの一切れを小皿に移す。

 それを手に立ち上がると、エラルドへ歩み寄った。


「好きなものを好きなだけお召し上がりください。帰りは自分が三課までお送りします」


 アップルパイを受け取ったエラルドは、こくりとうなずく。


「遠慮なく、そうさせていただくとしましょう」


 そこからは、隊員達の話し声が一段大きくなり、笑い声が響き始める。


 ヴォルフは戻ってきたドリノと、サボテンの酒で乾杯した。

 その強い酒に、鼻腔びこうに残っていた大篝火おおかがりびの匂いが、ようやく薄らいだ気がした。



 ・・・・・・・ 



 隊員達が食堂を出たのは、夜更けとなってからだった。

 ほろ酔いのドリノは笑顔で家路につき、ランドルフはエラルドを背負い、他の騎士と共に王城へ向かった。


 ヴォルフは今夜、別邸に帰って寝ようと決めていたので、近くの馬場に向かう。

 家の者が、そこにスカルファロット家の馬を置いてくれたからだ。


 馬場の者にふだを渡し、馬を受け取る。

 長く待たせた馬は、その体をぶるりと揺らした。


「セネレ、家に帰ろう」


 ヴォルフがそう言うと、早く乗れと言わんばかりに大きく首を動かす。

 その勢いに苦笑しつつ、背にまたがった。


 セネレは馬と緑馬グリーンホースの混血で、とても賢い馬だ。

 足は速いが、人のいるところでは歩調をゆるめたり、馬車を避けたりと、命令せずとも進んでくれる。

 ヴォルフは安心して、セネレに道を任せた。


 馬のひづめの音が、規則正しく響く。

 それにまた、今回の遠征を思い出してしまう。

 レオンの言葉に納得した、飲んで忘れようとした、それでも、ざらざらしたものが胸に残る。

 振り切ろうとするほどそれは積もるような気がして、ヴォルフは手綱たづなを持ち直す。


 空を見上げれば、曇っていて星もよく見えない。

 この時間だ、ダリヤはもう眠っているだろう。


 会いたいけれど、あの澄んだ緑の目に、今の自分を映したくはない。

 ぐるぐる考えを巡らせていると、馬が足を止めた。


「えっ……?」


 思いきり間抜けな声を出してしまった。

 顔を上げれば、そこは緑の塔。

 セネレが思いきり行く先を間違えたらしい。

 いや、確認もせず、ぼうっとしていた自分が全面的に悪いが。


「セネレ、こっちは家じゃないから」

「ヒヒン?」


 いつもは聞き分けのいい馬が、聞き返すように鳴く。

 三階の窓に、オレンジのあかりが見える。

 ダリヤがいる、そう思っただけで、胸の砂が重さを減らした気がした。


 これで充分だ、そう思ったとき、窓が音もなく開いた。

 夜風が流れ込んだのか、カーテンがふわりと揺れる。


「ヴォルフ……?」


 小さく、確かめるような声。

 自分を見た途端、花が咲くようにダリヤが笑う。


 また明日、そう大きめの声を出そうとしたとき、窓は勢いよく閉められ、オレンジのあかりが遠ざかった。


「ダリヤは――?」


 一体どうしたのか、そう思って慌てて馬を下り、門を開け、馬と共に敷地に入った。

 玄関に立つと、駆けるような足音が聞こえてきた。

 ほどなくして、ドアが勢いよく開く。


「お帰りなさい、ヴォルフ……隊で何かあったの……?」


 小型魔導ランタンを手に、息を切らしたダリヤが出てきた。


「ごめん! 何もないんだ。遠征の後の食事会から屋敷に帰ろうとして、その、ちょっと馬で遠回りして、ここにきて、あかりがついていたから、君がまだ起きているんだなと思っただけで……」


 ダリヤに変質者と思われたくはないので、必死に説明する。

 しかし、話すほどに弁解めいて聞こえたが。


「そうだったの。散歩の途中だったのね」


 彼女がほっとしたように笑う。

 ヴォルフもそれに笑いを返しかけ――全力でフード付きマントを脱ぎ、ダリヤをぐるりと巻いた。


「ヴォルフ?」

「風邪をひくといけないから」


 通りに人がいなくてよかった。

 やや薄手、水色の半袖パジャマ姿のダリヤを見られてはたまらない。

 あと、自分の記憶もその安全を考えて封印したい。


「ええと、ちゃんと着てるので大丈夫だと……」

「今夜は冷えるから」


 半袖の自分が言うのは説得力がないだろうが、そういうことにしておいてほしい。


「わかったわ。着替えてくるから、居間にいて」

「いや、俺は明日が休みだから、君の都合のいい時間があれば、そのときに改めて来るから」


 そう言って思いきり笑顔を作ると、ダリヤがじっと見つめてきた。


「ヴォルフ、何かあったのね? 嫌なこととか、大変なこととか……」


 彼女には筒抜けだったらしい。

 けれど、澄んだ緑に見抜かれても、幻滅されるのが嫌で、口が開けない。

 そんな自分の前、ダリヤは言葉を続ける。


「家に入って、ヴォルフ。聞くだけなら聞けるから。守秘のあることとかなら、仕方ないけれど……」


 とても心配そうなその顔に、黙っていられなくて、懺悔ざんげのような言葉が口をついた。


「守秘とかじゃないんだ。ただ不死者アンデッドを斬って――それが、村にいた人の大事な人だったのがわかって、それだけで……」


 それで落ち込みました、騎士としても人としても弱いです、そう言っているようで、情けない。


「それだけ、じゃないわ。任務でも辛いことは辛いもの。ええと、飲みましょう、お酒でも紅茶でもいいから」

「深夜に君へ延々と愚痴を聞かせるという大罪を、俺にしろと?」


 懸命に心配してくれる彼女に、なんとか笑顔で切り返した。

 けれど、それはさらに大きな笑顔で返される。


「ええ! ヴォルフには、辛いときは辛いと、しんどいときはしんどいと、ちゃんと話して欲しいもの。それに、着替えてこないとこれが返せないわ。ヴォルフが風邪をひいたらいけないから。今夜は冷えるんでしょう?」


 今夜のダリヤはキレがいい。

 完敗である。


 それにしても、自分が迷うときは、いつも彼女に救われている気がする。

 そして、弱くても、みっともなくても、情けなくても、彼女は自分を笑うことはない、そう思えて――


 胸に詰まっていた砂は、もう重さを感じない。

 ヴォルフは素で微笑むと、後ろの馬を一度見た。


「飲む間、セネレを庭に置かせてもらってもいいかな?」

「ええ。でも、わらがないから、何か敷く物を持って来た方がいいかしら?」


 セネレは話し合う二人の横をすぎ、塔の庭の、芝生の上にぺたりと身を伏せる。

 その姿に、ヴォルフは明日、リンゴと角砂糖をたっぷりあげようと決めた。


 自分のマントを身に巻いたダリヤが、塔の階段を上っていく。

 その手のランタンの柔らかな光が、自分の足元を明るく照らしていた。

 ヴォルフはそれに心から安堵する。


 まるで、本当の家に帰ってきたようで――


 ヒヒン、と、セネレが鳴いたのが聞こえたような気がした。

本年のお付き合いに心より感謝申し上げます!

来たる年もどうぞよろしくお願いします。

よい年末年始をおむかえください。

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― 新着の感想 ―
セレネが賢過ぎる♡偉いわ〜 時に、人間より他の生き物の方が素直で賢いですね
動物は正直だ
うまいフォローだった午年だけに
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