572.不死者討伐と大篝火
・『魔導具師ダリヤはうつむかない』13巻、1月23日に発売です。
どうぞよろしくお願いします。
※今話、暗いです。一話飛ばしても話は通じます。
「予定より早く着けたおかげだな。日没に余裕で間に合った」
「ええ、準備の時間がしっかり取れましたな」
グラート隊長と、その護衛騎士であるジスモンドの声を聞きながら、ヴォルフは剣を持ち直す。
王都から北へ向かって二日、魔物討伐部隊は山近くの村にいた。
隊の馬車は増えたが、行軍速度はむしろ上がった。
昨年の年末、そして九頭大蛇戦後、魔物討伐部隊への寄付は大幅に増加した。
それにより、馬車の改良、車輪カバーの変更、そして、緑馬を始め、足のいい馬が増やされた。
人々の応援と技術の進歩によるもので、ありがたいかぎりだ。
「ロッド、こっちも頼む!」
「はい!」
村の入り口の開けた場所、火魔法持ちの新人騎士――ロッドことロドヴィーズが駆けていく。
彼は第二騎士団から魔物討伐部隊員となって活躍していた。
ヴォルフへの嫌がらせの件もあり、最初は周囲に警戒されていた。
だが、自分とそれなりに打ち解けて話し、真面目に任務と鍛錬に打ち込んでいることから、ようやく隊に馴染みつつある。
そのロッドの火魔法で、三つ目の大篝火が灯された。
夕陽が落ちていく空と引き換えるよう、辺りは赤さを増していく。
「何かご入り用のものはありませんか?」
麻のシャツに茶革のズボン姿の中年女性が、グラートに尋ねる。
彼女が背にする村には、わずかな灯りしか見えない。
ほとんどの者が避難し、家畜の世話をする者、動かせない病人、それを看病する家族だけが残っているからだ。
「いや、充分だ。ここまでしてもらったことに感謝する」
不死者が近くにいる中、この女性も村の待機組だ。
魔物討伐部隊が到着すると、村の集会場やいくつかの家を開放し、隊員達が少しでも休めるようにと気遣ってくれた。
ここは、不死者の発生場所から一番近い村だという。
冬の終わり、山間部の道を通っていた数台の馬車が、崖崩れにあった。
助けに行った村の自警団の者達は、二度目の崖崩れに巻き込まれた。
二度目の方が、崖崩れの規模は大きかったそうだ。
続く崖崩れを恐れ、埋まった者達を掘り返すこともできずにいたところ、最近の大雨で土が流された。
そのせいで、崖崩れの被害者が不死者となってしまったようだ――そう説明を受けた。
彼女の夫は、自警団の長。
二度目の崖崩れから戻ってはいないという。
「人様にご迷惑をおかけするのは、夫の望むところではありません。どうぞよろしくお願いします」
揺るぎない声で言い、一礼した彼女、その白髪の交じる赤い髪が、何故か目に残った。
「犬と馬の隔離は問題ないな?」
「はい、全頭終わっております!」
ヴォルフは剣の鞘を後方に置き、大篝火の前に立つ。
その間も、周囲でやりとりは続いている。
馬は村の馬場と草むらを平らにならしたところに繋ぎ、警備役の隊員を配置している。
馬が不死者に怯え、暴れることがあるためだ。
八本脚馬は怯えることはないが、不死者を敵と見なし、蹴りに行くことがあるので、こちらも遠ざけている。
犬達は各家の馬小屋に入れられたり、倉庫の中に隔離されたりしている。
魔物討伐部隊が連れてきた犬達も同じだ。
不死者は、犬達にとって敵であり、骨である。
隊の犬は、命令があるまで噛みつかないよう訓練しているが、多数での乱戦となれば難しい。
過去には、噛みついてバラバラにしてしまったこともあれば、その腐肉が口に入って、病となった犬もいた。
とはいえ、それを犬達に説明する術はない。
時折、不満げな鳴き声が聞こえてくる。
「エラルド、準備はいいか?」
「はい、お送りする準備はできております」
三つの大篝火の後ろ、黒い長杖を手にする隊員が応えた。
それに続き、大篝火の真横、火魔法を持つ魔導師と隊員達が、空に向けて炎を放つ。
不死者は熱い赤を目指し、人のいるところ、命のあるところへやってくるのだ。
夕陽が完全に沈むと、夏の熱がひんやりとした風に奪われる。
しかし、それは涼やかなものではない。
強く漂ってきたのは死臭――命が終わったそれである。
「ウウゥ――」
言葉ではない、声とも違う、ただ苦しげな唸りに似た響き。
耳にまとわりつくように聞こえたそれに、ヴォルフは剣を構え直した。
「目視十三!」
「十四だ!」
ドリノの声に、ランドルフが続く。
赤鎧の自分達三人が先頭、その後ろに隊員達が並ぶ。
日差しのある間は動かなかったか、泥だらけで服も破れた不死者が、腐臭を漂わせながら現れた。
辺りはすでに暗闇。
その姿が明瞭に見えないのは、かえってよかったのかもしれない。
「魔法の範囲に入るよう、引きつけて動きを止めろ!」
グラートの指示に従い、襲ってくる不死者の足を剣で薙ぐ。
倒しても復活してくることがあるので、動きを止める方が優先だ。
「うあぁ!」
「ひぃっ!」
後ろの方で悲鳴を上げているのは、新人騎士達だろう。
無理もない。
ヴォルフも最初に不死者に相対したときは体が固まった。
それは魔物以上に長く続いた覚えがある。
相手は人間、どうしてもそう思えてしまうからだ。
だが、高等学院の騎士科でも、魔物討伐部隊の新人訓練でも繰り返し習った。
不死者は人間ではなく、人の形を奪った魔物である。
姿形に関係なく、迅速に倒せ。
その終わりは完全な行動不能と浄化のみ。
人に戻ることは二度とない。
「安らかにお眠りなさい――領域浄化」
静かだが、よく通る声が響いた。
魔物討伐部隊員となっても、その声は慈愛深き神官のよう。
淡く白い光が、麦の穂を揺らす風のように過ぎていく。
自分にも当たったその光は、わずかに暖かく感じられた。
光を受けた不死者達からは、悲鳴も苦悶の声も上がらない。
たださらさらと形を崩し、地に灰色の砂となって落ちる。
とても静かな終わり方だった。
「気を抜くな! 続いてくるぞ!」
老騎士の厳しい声に、皆、剣を構え直す。
暗闇から浮かび上がるよう、次々に不死者がやってくる。
背丈の大きく違う姿、体に張り付いた服の残り、それを見れば嫌でもわかる。
最初の馬車の一群には、きっと子供も女性もいて――
「ヴォルフ、右っ!」
「ああ!」
ドリノの注意に、右に剣を振り抜く。
動きの速い不死者を斜めに斬ると、何かがガチンと剣に当たった。
ヴォルフはそれに構わず、次の不死者へ向かう。
「領域浄化」
二度目の浄化魔法が放たれる。
剣を振り下ろす先、自分の半分ほどの小さな影が、灰色の砂となって消えた。
その後も不死者は集まってきたが、数は多くない。
エラルドは範囲で浄化するのをやめ、個別に切り換えていた。
不死者が現れなくなってしばらく、隊員達の半数は警戒、半数が小型スコップを手にする。
馬車から運ばれてきたのは、小さな黒い壺と紐付きの布袋だった。
小型スコップを持った隊員達は、地面の灰色の砂を壺にすくい入れていく。
少ないが、砂の中に腕輪や指輪などのアクセサリー、模様のある服の切れ端などが残っていることがある。
そちらは布袋に入れ、紐で壺に巻き付ける形である。
警戒で剣を持つヴォルフの横で、ロッドが丁寧に砂をすくい始めた。
「これは、腕輪か……」
先ほどヴォルフが剣を当てたのは、腕輪だったらしい。
銀地に小さな赤い石がついているのが見えた。
ロッドはそれをそっと布袋に入れていた。
「風の強い日じゃなくてよかったな」
「そうだね……」
ドリノの言葉にうなずきつつ、砂が集められるのを見守った。
すべての砂を壺に収めると、王城から連れて来た犬達が放たれる。
「討ちもらしの確認だ。くれぐれも慎重に進め」
「「応!」」
三つの大篝火を朝まで焚き、ここでの警戒は続けられる。
それと同時、潜んでいる不死者を探す作業が始まった。
「ワン!」
訓練された犬達は、不死者を見つけるとそこで吠える。
距離があればこちらだと案内もする。
倒木の下でほとんど動かぬ者、道端の蔓草に絡まった者、泥に半身を埋めて腕を伸ばす子供らしい者――その傍らへエラルドが足を運び、浄化を繰り返す。
ヴォルフは彼の警護をしつつ、それを見守った。
足場の悪い草むらやぬかるんだ場の移動は、慣れた隊員でも疲れるものだ。
慣れぬエラルドは当然、歩みを遅くしていった。
「大丈夫ですか、エラルド様。一度戻って休まれては――」
「いえ、ここで息を整えるだけで……まだいけますよ、ヴォルフ様」
息を乱し、汗を袖で拭う彼へ、ランドルフが近づく。
そして、背を向けて膝をついた。
「失礼ながら、空が近い方が、迷い子がみつけやすいでしょう」
「……ありがとうございます。騎士の意地より、迷い子をみつける方が大事ですね。背をお借りします」
ランドルフにおぶわれたエラルドは、そこからも不死者を探し、浄化を繰り返す。
夜空の月が傾いていった。
犬達が吠えるのをやめ、全頭帰ってきたので、村へ戻る。
あれから、こちらに来た不死者はいないという。
大篝火を燃したまま、隊員は交代で休憩を取ることになった。
ヴォルフはランドルフと共に、村近く、防水布を敷いた上に腰を下ろす。
食欲はないが、無理にでも食べないと明日に差し支える。
黒パンにチーズを挟んだものを囓り、水で喉を通した。
周囲も口数少なく、似たような感じで食事をとっていた。
と、少し高い話し声に振り返る。
開け放たれた村の集会場、床に黒い壺を並べているのが見えた。
残っていた村人達が、壺につけられた小袋を確認している。
その中に、先ほどの赤い髪の女性もいた。
砂だけでは誰かわからない。
おそらく、合同の墓碑を作って埋葬することになるだろう。
壺につけた布袋、あの中のアクセサリーや模様のある服で、少しでも身元がわかる者がいればいいが――
そう思ったとき、女性が布袋から銀の腕輪を取り出した。
月光に一瞬だけ光ったのは、小さな赤い石。
剣に当たった硬質な音を思い出し、ヴォルフはきつく拳を握る。
「……お帰りなさい……お帰り……なさ……い!」
壺を抱きしめてうずくまる赤髪の女性を、視界から外す。
何もできず、何も言えぬまま、背でむせび泣く声を聞いた。
三つの大篝火は、赤々と燃えている。
ヴォルフは無言のまま、王都の方向、その遠い空を見た。
ただ、ダリヤに会いたくて、会いたくて――
夜明けまでは、まだ遠い。




