566.兄への報告と説明と献上品
・赤羽にな先生、コミックス『魔導具師ダリヤはうつむかない ~王立高等学院編~』3巻、発売中です。
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「ヴォルフ達が楽しい時間を過ごせたようで、よかったよ」
グイードはそう言って、ドナに笑みを向けた。
昨日は夏祭り、スカルファロット家当主である自分は、神殿での祈祷に加わった。
本音を言えば、家族と王城から上がる花火を見たかったところだが、立場上仕方ない。
ヴォルフが熱を出したと聞いたので、終わってからすぐ別邸へ行く予定だったが、ウォーロック公に声をかけられた。
グレースライム開発に巻き込んだ――
訂正、可能性あふれる研究者であるイデアとナディルの貴族保証人を願った件である。
ウォーロック公が用意していた神殿の一室、礼を言われ、その後を聞いた。
二人の貴族保証人になり、その警護、先々の安全まで確保しきった内容に舌を巻く。
けれど表には出さず、次の打ち合わせの約束をして終わった。
そうして、別邸に着いたのは夜遅く――すでに日付が変わろうかという時間だった。
ヴォルフが心配なので、一目だけでもと思ったのだ。
しかし、グイードは弟に声をかけずに帰った。
庭から見上げた屋敷の窓、ヴォルフとダリヤが身を寄せ合うように夜空を見ていた。
とうに花火の終わった空を見上げる二人、その貴重な時間を邪魔したくはない。
隣のヨナスへ帰ると告げれば、同じ思いだったのだろう、『八本脚馬に踏まれたくはないな』、と返された。
そうして翌日の今日、改めてヨナスと共に別邸に来た。
午後の日差しの下、ドナからヴォルフ達の過ごし方を聞いての今である。
夏祭り前日、王城で襲撃訓練に巻き込まれたことは、不幸な事故としか言い様がない。
その上、ようやく二人で過ごそうというときに、ヴォルフが森妖精の口づけにかかるとは運がない。
そう思っていたが、コインの表裏のごとく、良いこともあったようだ。
ダリヤが別邸で過ごし、動けないヴォルフの側につきっきり。小型の拡声器を使い、ずっと二人で話している。
そんな報告に、ようやく距離が縮まったかと喜んだ。
それにしても、ドナを筆頭に、別邸の者達がずいぶんと尽力してくれたらしい。
頼んだ以上の働きである。
「皆に礼を伝えてくれ。こちらの屋敷の者には、今月の支払いに礼分をつけよう」
「ありがとうございます。皆、喜ぶかと。いや、もうお二人がいらしたことで喜んでますがね」
明るい笑顔を返すドナに、グイードは言葉を続ける。
「ドナ、コルンから魔力を高めに付与した剣を受け取ったそうだが、専用の新しい剣はどうかな? 青の騎士服と一緒にそろえるよ」
「いえ――あれは馬車がぬかるみにはまったとき用ですよ。俺は行儀が悪いので、もう襟の高い騎士服は似合いませんし、犬と遊んでいる方が合っています」
騎士に戻らないか、その問いかけは即、断られた。
その上で、今の仕事から変わるつもりはないと返される。
予想していた通りだ。
けれど、これで済ます気はない。
「そうか。では、雑草の刈り取り向けに、切れ味のいい短剣は受け取ってくれるね?」
「大変ありがたいのですが、ほどほどでお願いします……」
「ヨナス、見立ては任せても?」
「もちろんだ。右用にミスリル、左用に強化した鋼、柄は揃いでブラックワイバーンの皮を巻いたもの、最低限でそれだな」
「ヨーナースー」
素の表情と声になったドナに、そろって笑ってしまう。
からかわないでくださいと言われたが、自分もヨナスも本気である。
それに気づいてか気づかずか、ドナはその頬を指で掻いた。
「あー……あと、お二人の過ごし方ではないんですが、ご報告が。ロセッティ会長がお作りになっていたヴォルフ様用の小さい拡声器なんですが、糸が付いていまして……」
「糸の付いた、拡声器……?」
「それは、新しい魔導具ということでは?」
ヨナスと共に聞き返すと、ドナはきりりとした表情になった。
「一介の犬係にはわかりかねます」
きっぱり言い切らないでもらいたい。
いや、控えめに言われたところで事実は変わらないが。
「ヨナス……」
隣を見れば、錆色の目がじとりとした光をたたえていた。
「グイード、覚悟はいいか?」
よくない。
よくないが、これが兄という立場である。
「ダリヤ先生とヴォルフを同じ部屋においておくと魔導具が生まれるか。うん、わかっていたとも……」
「早めに聞き取りをしよう。夏の休みがすべて飛びかねん」
「かわいい弟が想い人とゆっくり過ごせるよう、このまま屋敷に帰るというのはどうだろう?」
「あきらめろ。俺もそうしたいが」
自分の提案は相談役に一蹴される。
その後、ドナに案内され、ヴォルフ達のいる客間へ足を運んだ。
「兄上……ヨナス先生……来て下さって……ありがとうございます……」
弟はヘッドボードに枕をはさみ、それに寄りかかって上半身を起こしていた。
その唇が赤いので熱が高いのかと心配したが、今は下がっているそうだ。
森妖精の口づけの独特な症状らしい。
かすれた声はちょっと気がかりだが、明るい笑みに安堵した。
「グイード様、ヨナス先生、お世話になっております……」
一方、ヴォルフの隣にいると聞いていたダリヤは、部屋の奥、壁に張り付くように立っていた。
ベッドからそこまで延びる銀の糸、その双方には銀色の小さめのバケツ、それを固定する金具と、見慣れぬ物が並んでいる。
これがおそらく糸付き拡声器なのだろう。
二人の距離が縮まったかと期待を寄せたら、この状況である。
浅く息を吐きかけた己の横、ヨナスがぼそりと言った。
「予想の範囲内だ」
もう少し明るい未来の予想と希望をしたいところである。
そう思いつつも、グイードはダリヤのいる方へ顔を向けた。
「ダリヤ先生、ヴォルフに付き添ってもらってありがとう。面白そうなものを使っているようだが、説明してもらってもいいかな?」
精一杯にこやかに言うと、彼女がぴくりと肩を跳ねさせた。
「ええと、こちらは糸付き拡声器です。歌劇場で使用される拡声器に糸をつけた形です……」
「なるほど。歌劇場の拡声器は、ダリヤ先生のお父上の開発品、そこからの派生ですね」
ヨナスが、さも自然に会話の糸口を向ける。
そのおかげか、ダリヤは硬い表情をゆるめて説明を始めた。
「王城や歌劇で使用されている拡声器と似た魔導回路をこの器にひいて、糸でつないだものです。お互いの声が聞けて、交互に話ができます。詳しい仕組みは……」
一通りの説明を終えると、ヨナスがいくつかの質問をする。
糸付き拡声器の材料、制作にかかる時間、距離――
距離に関しては、本日、離れても声がしっかり通るかと、ベッドから部屋の端までで試していたそうだ。
ダリヤが壁際にいた理由がよくわかった。
ヴォルフが元気であったなら、廊下の端と端、庭の端と端でやっていただろう。
「兄上と、ヨナス先生も……試されては……?」
「改善点があればお教えください」
ヴォルフに勧められ、ダリヤにも願われたので、遠慮なく試させてもらうことにした。
グイードはヴォルフ側、ヨナスはダリヤ側へ行き、金属のバケツのような器に耳を寄せ相手の声を聞き取り、次に口をつけて話す。
距離に合わぬ音量で、ささやきまではっきりと聞き取れるのが不思議に思えた。
うっかり双方が聞こうとして無音になったりもしたが、使い方自体は簡単だ。
子供でも使えるだろう。
「声が通るのは便利そうだね。これを作るには、特別な技術が必要かな?」
「いえ、ドアベルやチャイムの伝音管と同じようなものです。王城や大きい建物では使用されているかと。ただ、これは糸なのでまっすぐにしかできません。使うのでしたら、伝音管の方が優れていると思います」
伝音管は地下や壁に管を通し、その先で音を大きくして聞こえる効果を付与した魔導具だ。
王城の他、大きな屋敷でも確かによくあるものである。
もっとも、王城での一斉伝達などは、風魔法を持つ者が大声で伝えたりすることの方が多いが。
「伝音管は音は通りますが、小声やしわがれた声は聞き取りづらいのです。管内の反響も大きく出やすいので。それからすると、こちらはとても便利に使えそうです」
ヨナスがそう言うのが、糸付き拡声器越しによく聞こえた。
「ダリヤは……やっぱり、凄い……」
自身が褒められたかのようなヴォルフ、その頭を撫でたいところだが、思い留まった。
そして、すぐに思考の方向を変える。
ダリヤは特別な技術ではないと言うが、これは拡声器とは別物だ。
一般の拡声器は一方向、双方向で会話できるものではない。
あと、糸さえ伸ばせれば、距離がある場でも話ができる。
情報の伝達に便利で――軍用も悪用もありである。
病人のささやきも聞き取れるのだ、使いようによっては内緒話もひとり言も拾えるだろう。
盗聴防止が利かぬ内側に片方を置き、壁越しでも床越しでも、見えぬ場所から聞ける部屋を作るのもありだ。
糸自体を見えづらくする手法もあるかもしれない。
建物の上階にいる者との話、建物と建物との間での連絡、橋のない川越し、採掘の坑道内、入り口から入れぬ場所でも窓さえあれば――
使える場所、そして、使われたくない場所も次々に思い浮かぶ。
「ダリヤ先生、つかぬことをお伺いしますが、これは、糸の先を二つ、三つと増やすことはできますか?」
「はい。糸を分岐させると音が弱くなりますので、受け取り側で音量を上げる必要はありますが……あ、分岐点で音量を増幅すればいいかも……」
その会話はダリヤの思いつきのささやきまで、はっきりと聞こえた。
グイードはヨナスへ視線を投げ、そこで話を止める。
これ以上、急激な進みはまずい。
安全に開発できる土台を整えると共に、彼女の希望を確かめるべきだろう。
「これは王城でも便利に使えそうだが、ダリヤ先生は売り込み先や、共に研究したい先などで、希望はあるかな?」
「できましたらセラフィノ様へ、可能でしたら王族がいらっしゃる部屋の連絡用にお使いいただければと思います」
意外な希望先に、ちょっとだけ眉を寄せてしまった。
「もしかして、これはセラフィノへ贈るために考えたものかな?」
「いえ、これはヴォルフのためです」
即答したダリヤが一瞬固まり、その頬が朱を帯び――どうやらわずかでも進展というものがあったらしい。
グイードは全力で気づかぬふりをし、言葉を続ける。
「では、ヴォルフのために試作したものだが、王城の伝達や警護にも有効だとして、私がセラフィノへ持ち込む。王城内での開発や改良は魔導具制作部で、ダリヤ先生はこちらで、病人や声がれの者への魔導具として開発していく、まずはこの形でどうだろう? 王族に直接関わらせたくはないからね。ああ、もちろん代価はしっかり払わせるよ」
方向性の違いと王族対応を理由にすると、彼女は深くうなずいた。
「セラフィノ様からはすでにもらいすぎているかと思いますが……今後の代価につきましては、イヴァーノと相談させてください」
「わかった。では、セラフィノへの説明では、開発者はダリヤ先生でいいかな? それとも、ヨナスかコルンを形だけでも添えた方がいいかい?」
「――私とヴォルフでお願いします。共同で作ったものなので」
「ダリヤ……俺は……何も……」
「開発理由はヴォルフですし、聞き取りもしてもらいましたし、拡声機能の調整も手伝ってもらっているので、共同開発です。仕様書でもヴォルフには名前をそろえてもらいたいです」
「はい……」
ダリヤが珍しく早口になり、弟が素直にうなずく。
名前をそろえるのが仕様書ではなく、他の書類であればと思ってしまうのは、兄として当然だと思いたい。
「ダリヤ先生、急がず夏休み明けでいいから、仕様書と説明書きをお願いできるかな? コルンとスライム養殖場に頼んでいる、空奏の魔剣百本と一緒に持っていくよ。セラフィノはきっと喜んでくれるだろう」
「わかりました。どうぞよろしくお願いします、グイード様」
ほっとした表情のダリヤへ、今度は自分がうなずいた。
セラフィノには、貴族後見人をしている彼女への贈り物で驚かされた。
よって、こちらも新鮮な驚きを返そうという、友への思いである。
また、献上品を添えた上、有用な技術を、王城で学習・改良していただこうという臣下の申し出でもある。
嫌がらせなどでは絶対ない。
「兄上……」
「グイード……」
弟と親友に小さく呼びかけられたが、グイードは笑って答えなかった。




