564.糸付き拡声器
・赤羽にな先生、コミックス『魔導具師ダリヤはうつむかない ~王立高等学院編~』3巻、10月18日、本日発売です。
・コミック、『王立高等学院編』、『服飾師ルチアはあきらめない』、マグコミ様にて『魔導具師ダリヤはうつむかない』、各最新話、更新となりました。
どうぞよろしくお願いします!
昼食を終えると、再び二人で話す。
しかし、ヴォルフの声のかすれが少しひどくなったので、喉飴を舐めてもらい、しばらく休憩とすることにした。
喉が痛くないかと心配になったが、妖精の口づけと呼ばれるこれは、喉風邪のときほどではないという。
むしろ心配されるのは、無理に動き、熱が長引くことらしい。
平気だと言うヴォルフだが、ベッドから出ないように願った。
休憩中、ダリヤは武具工房の作業室へ行くことにした。
彼と話すのは楽しいが、喉に負担をかけさせたくはない。
なので、魔導具の声渡り――それに簡単な拡声機能をつけたものを作るつもりだ。
ヴォルフと近距離すぎて落ち着かないのが理由ではない、けして。
「力仕事でも掃除でも遠慮なく言ってください。なんでもしますから」
「ドナさん、犬係のお仕事は大丈夫ですか?」
「ええ、何人かでやってますし、数が多いと後輩の犬が先輩の犬の真似をするんで楽なんです」
「代わりに悪いことも一緒に真似をします」
「ムステラ、それは内緒!」
ドナとメイドのムステラ、三人で話をしつつ廊下を進む。
二人とも話し上手なので、ダリヤも緊張なく受け答えができた。
「ところで、作業室から取ってきたいものって、何です?」
「ヴォルフは話すのが辛そうなので、できるだけ喉の負担にならない魔導具をと思いまして」
作業室で作ってもいいのだが、ヴォルフのささやきの音量で調整が必要なので、材料を持ってきて、客室で組み立てた方がいい。
あと、彼を一人にしておくのも心配だ。
もっとも、こちらの屋敷には使用人がいるので、ダリヤができることは何もないのだが。
「あの話し方だとロセッティ会長も姿勢が辛いですよね。今、腰とか背中にきてません?」
「……少し、きています」
笑顔のドナに、なんとか答える。
腰より心臓に悪いです、とは、言うに言えない。
「喉の負担にならない魔導具だと、『声渡り』あたりですか?」
「『声渡り』をご存じですか? 父の開発品なんです」
「あれ、便利ですよね! 領地の犬係が、年で声が出しづらくなって引退かっていうとき、あれで現役に戻ったんで。犬達も喜んでましたよ」
彼からうれしい話を聞きつつ、作業室に入った。
最初に向かうのは、壁にある本棚だ。
そこからスライムに関する本と資料を取り出し、ムステラに手渡す。
彼女はワイン色の目を輝かせて受け取ってくれた。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
「ありがとうございます! しっかり拝読し、お世話致します」
ブルースライム達にかわいいと言い続けていた彼女が、ダリヤがこちらにいる間、世話係を申し出てくれた。
だが、ペットとしてのスライムは歴史があまりない。
このため、生態の本と養殖向けの資料を参考に、何かあればダリヤかイデアに尋ねてもらうこととした。
「あとは、チョーカー用の……声渡りより、スピーカーの方がいいかしら……?」
細いが固めの革ベルトを手に考える。
喉の痛みはひどくないとはいえ、ヴォルフのあの状態で声渡りのチョーカーを巻くのは辛いかもしれない。
それよりは、拡声器――歌劇場のスピーカーだが、その小さいものをベッドに置くだけの方がいいのではないだろうか。
幸い、父カルロが劇場用の改良型スピーカーを開発したことがあるので、ダリヤは仕様をよく知っている。
いろいろと考えつつ、棚や続きの間の保管庫から材料を出し、入出庫表に書き入れようとする。
並ぶ項目の中、ふと、新しく入荷した特級品の魔絹の糸で目がとまった。
より簡単に作れ、近距離で声を届けられるもの――糸電話があるではないか。
今世、子供が糸電話で遊んでいるのを見たことはない。
しかし、盗聴防止や拡声の魔導具はある。
それに、先日読んだエリルキアの小説では、主人公の敵が、隣室の音を聞くためにコップを壁に当てるシーンがあった。
ということは、そう特別なものではないのだろう。
簡単に作れるのだし、スピーカーの前に、遊具のように試してもいいかもしれない。
ダリヤはそう思いつつ、厚紙、金属板、絹糸、特級の魔絹、魔物素材の糸なども入出庫表に書き入れた。
「ダリヤ……何を作る予定……?」
客室に戻ったが、ヴォルフの声は喉飴では改善しなかったらしい。
喉にいいというハーブティーを飲んでいるところだった。
「ええと、糸を使った、拡声器です。それが駄目なら、歌劇場のスピーカーの小さいものを作ろうかと。ヴォルフの話がよく聞こえるように」
電話のない今世、糸電話という表現はできず、糸を使った拡声器とした。
「糸を使った……拡声器……?」
不思議そうな表情のヴォルフに、ダリヤは説明を開始する。
「はい。前に父と作りたいと言っていたのですが、完成しないままで……」
幼い頃、父と何度か糸電話を作ろうとしたが、ことごとくうまくいかなかった。
初回は紙コップがうまく作れなかったか、糸がよく張れずにあきらめた。
その次はワイヤーを使おうとし、怪我をするととても心配されて止められた。
そうして、父が忙しかったり、ダリヤも他のことに興味が移ったりで、有耶無耶になって――
いつか二人で作りたい、その希望は叶うことなく今日に至った。
「簡単な作りなので、まずは拡声機能なしで試してみますね」
厚紙を切って作るのは、簡易の紙コップ状のもの。
その底に穴を開け、糸を通して固定、二つをつなげばできあがりである。
そこから使い方を説明、ヴォルフにコップを耳に当ててもらう。
「聞こえますか、ヴォルフ?」
確認はいらなかった。
その金の目が丸くなり、楽しげな光が浮かぶ。
そして、次は彼が話す番である。
「すごいね……よく聞こえる……」
ささやきは聞き取れる。
だが、やはり音量が足りない。
それに、紙コップの持ち替えで、楽な姿勢になれないのも辛そうだ。
「これを元にして、拡声機能を入れてみますね」
そこからは拡声機能をしっかり追加する。
ローテーブルに素材を並べると、ドナが手伝いを申し出てくれた。
金属の薄板を金ばさみで切ってもらい、ダリヤが魔法で成形し、コップの形にする。
そして、内側を磨きつつ、ここからの工程を説明する。
「ヴォルフが横になったままで話せるよう、王城や歌劇で使用されているスピーカー――あの拡声器と似た魔導回路をこちらにひいて、糸でつないで聞きやすくします」
「……俺の頭が今一つなので確認ですが、糸で声が伝わって、金属コップの中で大きくなって、ささやきもよく聞こえる大きさになるってことで合ってます?」
一度、下を向いて考えていたらしいドナが、わかりやすく言い換えてくれる。
隣のヴォルフも真剣な表情だったので、同じく仕組みを考えていたのだろう、その考えは、次の言葉に粉砕された。
「今、気づいた……これ……ダリヤが遠くなる……」
「遠くなりません。そこと、ここじゃないですか」
手が届く距離で何を言い出すのか。
否定したが、ヴォルフは自分のシャツを引っ張ると、匂いを嗅ぎ始めた。
「もしかして……俺が匂う……? 今から……シャワーと歯磨きを……」
「気になりません――ではなく、ヴォルフが匂うなんてことは、一切、まったく、ありません」
いつもの安心する匂いそのままだ。
いや、そうではなく――!
シャワーを浴びに行こうとする彼を止め、懸命に言う。
「ヴォルフの声が嗄れると、夏休み中、話せなくなります。なので、できあがるまで声を出すのは禁止です、いいですね?」
喉飴をガラス瓶ごと渡すことで動きを封じると、彼は口を閉じ、こくりとうなずいた。
ダリヤは一度深呼吸をし、作業に戻る。
金属コップの内側、螺旋のように魔導回路を引いていく。
一気に二個続けて作業をすると、ちょっと目が回りそうになった。
そして、付与するのはセイレーンの髪ならぬ、ハーピーの羽根である。
その緑色の羽根は、風魔法の補助効果がある。
風の魔石と共に、音の拡大に使用できるのだ。
劇場版のスピーカーのように大きな音量はいらないので、一枚で足りるだろう。
最初に絹糸を通すと、ヴォルフに聞かせる。
しかし、無理に声を出されると困るので、ドナにベッド横につき、共に試してもらうことにした。
「うわ! こんなに聞こえるもんなんですか!」
金属コップを耳に当てた彼もまた、草色の目を丸くした。
もっとも、紙コップのときより音を大きくしてあるので、当然かもしれない。
そこからは、物は試しと、糸は絹、魔糸、ワイヤーなど、様々なものを試していく。
話す側は話し終えたら片手を上げ、耳をつける。それを見た聞き手が、今度は話し手になる。
そんな大雑把な説明で試し始めたが、ヴォルフとドナは楽しげにやりとりをしていた。
糸を替えるときはムステラも手伝ってくれ、そこからは四人で糸ごとに伝わりの強弱を判断していく。
「一番は特級の魔絹の糸です。次に大ザリガニの髭の糸、ワイヤー、通常の魔絹の糸だと思います」
ムステラは耳がとてもいいらしい。
ダリヤには同じくらいの音に聞こえるものも、こちらの方が少し大きい、小さいと順番まで教えてくれる。
その順に従い、金属のコップの底に、特級の魔絹の糸を固定することに決めた。
その後、コップをベッドと椅子に固定するため、金具を作っていく。
固定はドナがやってくれたので簡単にできた。
しかし、金属コップを固定すると、予想と計算よりも聞こえづらくなってしまった。
金具の固定部分がしっかりしすぎたのもあるかもしれない。
ムステラからも、三割前後、聞こえづらくなったと言われた。
このため、新たに金属コップを大きく作り、内側に魔導回路を引き、ハーピーの羽根三枚を使用して付与を強め、音量を上げる。
片手で持つのは辛い大きさになったが、固定できるのでよしとした。
「『聞こえますか?』」
「聞こえます! これなら、耳をぴたっとつけなくても聞こえますね。お互い同時に喋れるんじゃないです?」
「ささやきは厳しいのではないでしょうか?」
その後、ようやくヴォルフが金属コップに向けて、ダリヤを呼んだ。
ささやきが小声ほどになったので、金属コップに顔をつける距離であれば聞き取れそうだ。
なお、通常の声であれば、金属コップから少し離れても問題なかった。
「ロセッティ会長、これ、もうちょい距離伸ばせません?」
「伸ばせますが、糸に触れるとそこで声が止まりますよ」
言う端から、ドナが魔絹の糸を押さえる。
指を切らないかあせったが、彼は残念そうに言った。
「本当だ……惜しいなぁ。思いきり長くできたら、食堂から調理室までつないで、追加の料理をすぐ頼めるかと思ったのに」
「それは階が違うので無理では? 床と天井に穴を開けて通せるなら別ですが、位置も違いますし」
ムステラの言う通りである。
あと、あれほどきれいな部屋で、床や天井に穴を開けないでほしい、もったいない。
「だと、やっぱり寝たきりの人と話すとか――神殿か病院なら売れそうですね。ロセッティ会長、これ、売り込みます?」
「いえ、まだ何も。ヴォルフに使ってもらって、グイード様とヨナス先生へ報告します。それとイヴァーノへ。神殿や病院でお使いいただけるならいいですが、類似のものもあるかもしれませんし、話し合って決めたいと思います」
今後、新規に作るものは、まずヴォルフ、イヴァーノ、そして、グイードとヨナスと話し合うことにしている。
製品にするかどうかは、そこから十分に叩いてからだ。
開発だけではなく、類似の確認、価格設定、素材の確保、流通、在庫の保管場所、販売方法、悪用防止など、ダリヤには手の届かぬところが多くある。
信頼して相談できる方々がいるのは、本当にありがたいことだ――そう、心の中で感謝した。
「ありがとう、ダリヤ……これなら楽に話せる……」
「どういたしまして」
ヴォルフはベッドで横になったまま、ダリヤは隣の椅子に姿勢良く座って話す。
彼は無理に声を大きくする必要がなくなり、自分は心臓に優しく話せる、理想的な環境となった。
「夏休み中……ゆっくり、話せたらいいな……」
ただし、彼のささやきが大きく聞こえると、甘やかさが増すのは予想外であった。
ここからもヴォルフに定期的な水分摂取を勧めなければ――ダリヤはそう思いつつ、笑顔で話を続けた。
・・・・・・・
赤髪の魔導具師の明るい声、黒髪の騎士の少し甘さのあるささやきが部屋に響く。
どちらの横顔も幸せそうで、どれだけ見ても飽きない。
ドナとしては、歌劇よりこの光景を、酒を片手に、いや、せめて砂糖なしのお茶を飲みながら、観賞したいところである。
とはいえ、じっと見つめ続けるわけにもいかず――ドナは糸を撚りつつ、同室のメイドに視線を移す。
部屋の端、二人を見ていたムステラが、にこりと笑んだ。
先程まで、糸付き拡声器を見る目に困惑を宿していた彼女だが、考えるのはやめたらしい。
確かに、考えても無駄である。
あれに関しては、自分達の判断できる範囲にない。
ダリヤがヴォルフのために作る魔導具、その手伝いが少しでもできればうれしいかぎりだ。
そう思いつつ少しだけ手伝い、なかなか有用なものが完成したようだが――
悪用する方法ばかりが頭に浮かぶのは、自分が悪い犬だからにちがいない。
まあ、犬の考えることではなく、主が千思万考することだろう。
ドナはそう切り替え、メイドにミルクティをねだることにした。




