表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
561/569

560.別邸庭の子犬とサマードレス

・『護衛騎士ヨナスはふりむかない』 9月25日発売です。どうぞよろしくお願いします!

「今日は、ダリヤとこっちで夕食にしようと思って」


 スカルファロット家の別邸の馬場に着くと、ヴォルフがマルチェラに向かって言う。

 御者台から下りてきたマルチェラは、うなずいた後、ダリヤの方を見た。


「わかりました。こちらですと、会長の護衛は不要でしょうか?」

「護衛は要らないけど、この時間だし、マルチェラも夕食を一緒にどうだろう?」

「いえ、私は邪魔、じゃなくて、護衛が仕事なので、その場合は廊下で待機を――」


 マルチェラが固辞する中、明るい声が響く。


「ヴォルフ様、ロセッティ会長、お帰りなさいませ!」

「ただいま。ドナも今日はこっち?」

「はい、犬の世話にきました」


 ヴォルフがこちらで過ごすことを伝えると、彼は笑顔になった。

 

「皆、暇だったので喜びます! あ、マルチェラは家に帰してやってくれませんか? 明日の夏祭りで、朝早くから本邸の警護があるので。そうですよね、マルチェラ?」


 こくり、ドナがうなずく。

 こくり、その向かいで、マルチェラもうなずいた。


「――そうでした、朝早くからなんです」


 それは早めに帰ってもらった方がいいということになり、マルチェラとは馬場で別れる。

 ダリヤの帰りは、ドナが送ってくれることになった。


 ちょうど外にいるのだからと、そのまま犬舎へ向かう。

 夜犬ナイトドックの訓練をするのは主に本邸なので、あちらほど数はいないそうだ。


「領地から来た二匹を放しますんで、足元に気をつけてください」


 言葉の意味はすぐわかった。

 ドナが犬舎のドアを開けると、子犬達が黒い弾丸のように駆けてきた。

 そして、ヴォルフとダリヤの足元をぐるぐる回る。

 覚えていてくれたのだろうか、その尻尾はちぎれんばかりに振られていた。


「うわ! 一回り、いや、もうちょっと大きくなってるね」


 領地で会ったときから半月ほど、一回り大きくなった子犬は、動きが速くなり顔も凜々しい感じになっている。

 それでも、まだかわいさの方が強く、ふわふわの毛並みだ。


 ぐるぐると回りに回った後、大きい方の子犬が前脚を上げ、ヴォルフに抱っこをせがんだ。

 彼がかがんで持ち上げると、もう一匹がダリヤの前でお座りをした。

 こちらは撫でてほしいのかもしれない。


「ローブに犬の毛がつきますから、犬と遊ぶ間、持っておきますよ」


 子犬に手を伸ばしかけたとき、ドナに言われた。

 その間に、お座りをした子犬は片足をあげて抱っこをねだりはじめている。

 ダリヤは急いでローブを脱ぎ、ドナに手渡した。


「お願いします」


 待ちかねたように子犬が飛びついてきて、よじよじと自分を登り始める。

 おかしい。

 抱っこではなく、ダリヤがアスレチック遊具になっている。


 体勢を変えつつ、子犬をなんとかつかまえ、胸の前で抱っこする。

 近くなったかわいさに目を細めたとき、背側からドナに呼びかけられた。


「ロセッティ会長、失礼ながら、背中に汚れが――」

「あ……」


 緊張が解けて、完全に忘れていた。

 モーラに拭いてもらったが、セラフィノの靴底のあとが薄く残っていたのだろう。


「ロセッティ会長、お怪我はありませんでした? それ、靴跡みたいですが?」

「ええと、これは……」

「うっすらですけど、両足なんで、ぶつかったとかじゃなく、踏まれてますよね? ヴォルフ様はご存じで?」

「ええと、訓練で……」

「魔物討伐部隊って、相談役も訓練に参加するんですか? ロセッティ会長が対人戦で踏まれるような?」


 ドナが淡々と質問してくる。

 声を高くしているわけでも感情的な響きでもないのだが、普段との落差で落ち着かなくなる。

 腕の犬達は尻尾を振るのをやめ、ぴたりとその頭を抱っこしている者の胸につけた。


 ダリヤの腕の中の子犬から、わずかな震えが感じとれる。

 自分が叱られたと思ったのかもしれない。


「――ダリヤ、ドナは信頼できるから、話してもらってもいいだろうか?」

「はい」


 ここまでドナにはお世話になったし、ダリヤとしても信頼している。

 ヴォルフの願いにちょっとほっとしつつ、説明することにした。


 内容は、イヴァーノがマルチェラ達に説明するものを参考にする。

 相手がオルディネ大公とは言わず、王城で襲撃訓練がある部屋に、偶然居合わせた。

 巻き込まれたダリヤは、高位の方が逃げるときの踏み台役を自ら引き受けた。

 背中の治療はしてもらったし、充分すぎるほどのお詫びもされた。


 グイードにもすでに報告している――

 そこまで言うと、ドナは長く息をつき、草色の目にたっぷりの同情を宿した。 


「つついてもいないやぶから大蛇が出てきて、そのまま上を這ってったような話ですね……」

「その通りです」


 即答した自分は悪くないと思う。

 ヴォルフが苦笑しているが、本当にそんな感じだ。


「大蛇が落としたウロコが金貨に代えられても、手放しでうれしくは思えないでしょうし……」

「ええ、本当に……!」


 ドナの表現が一々合っていて、クッションを複数枚、進呈したくなるほどだ。

 こくこくうなずいていたら、子犬に顎を舐められ、くすぐったさに笑ってしまった。


「でも、まだよかったです。もしロセッティ会長をいじめるようなのがいたら、月のない夜に家の犬全部で襲わなきゃいけないので」


 物騒な物言いをするドナだが、けらりと笑っている。

 いつの間にか、数匹の犬がその後ろをうろうろと歩いていた。


「その前に俺が噛みつきに行くよ」

「ワフ!」


 ヴォルフが言うと、その腕の子犬も同意するように鳴く。

 周囲を見渡した後、ダリヤは笑む。


「皆さん、やめてくださいね。もし、いじめられたら、自分でちゃんと対処しますから」

「えー、そこは頼ってくださいよ。内緒でガブッといってきますよ。なんなら、靴の持ち主の名前をこっそり教えてもらえません? 今から靴の踵くらいは噛んできますから」

「……あの方の靴の踵は、いくらするんだろう……?」


 ヴォルフは真面目に考えないでほしい。

 オルディネ大公の靴の値段はわからないが、きっと超高級品、付与もつけているだろう。


 そもそも、バルコニーで大人しくダリツムリになっていなかった自分が悪い。

 今日で忘れてほしい。

 いや、自分が一番忘れたいが。

 ダリヤは笑って話を打ち切ることにする。


「やめてくださいね。きっととっても丈夫な靴ですから」


 その後は、犬達にボールを投げたり、おやつをあげたりして遊ばせてもらった。

 成犬は即座にボールを持って帰ってきたが、子犬はそのまま咥えて持っていってしまい、茂みに突進する。

 出てきたらボールは口になく、不思議そうにキョロキョロしていた。


 一番大きな夜犬ナイトドッグが茂みに入り、ボールを探すと、なぜかダリヤに持ってくる。

 すると、ドナにその日の犬のおやつを袋ごと渡された。

 ヴォルフと二人で、目を輝かせる犬達に囲まれるのは、なかなか楽しかった。

 

 犬達と戯れまくった結果、ダリヤの上着とスカート、ヴォルフの騎士服には、犬の毛がついた。

 洋服ブラシを貸してもらうしかなさそうだ、そう思っていると、ドナがくんくんと犬のように鼻を動かす。


「ヴォルフ様、今日ってきつい鍛錬でした? 失礼ですが、ちょっと汗の匂いが……」

「ああ、訓練のせいだと思う。急いでシャワーを浴びてくるよ」

「急がなくていいです、ヴォルフ」


 彼を止めると、ドナが自分に向き直る。


「ロセッティ会長も、せっかくですから、踏まれた服を着替えるついでに、お湯につかってきた方がいいんじゃないですか?」

「え?」


 もしや、自分は匂うのだろうか? 今日は香水もつけていないのだが、やはり威圧訓練の冷や汗か。

 思えば、抱っこした子犬も、くんくんとダリヤを嗅いでいた。


「訓練に巻き込まれた上、お偉いさんとのやりとりなんて緊張しっぱなしでしょ。肩とかバリバリになってません?」

「なっていますが……」


 ドナの的確すぎる言葉に、うなずくしかない。


「料理人だけじゃなく、暇なメイド達にも仕事をくださいよ。お二人がテーブルにつくまでには、エールも氷で冷やしておきますから」


 気が利きまくる庭番に笑顔で言われ、ヴォルフと共に了承した。



 ・・・・・・・



「ロセッティ様のお世話ができて光栄です。何かあれば遠慮なくお申し付けください」


 ベテランのメイドと若いメイド――ロセッティ商会への来客でお茶を出してくれることの多い二人に、にこやかな笑みを向けられた。


 ダリヤの着替え用として準備されていた部屋には、隣に浴室がついていた。

 貴族女性は、入浴時に世話をする女性が共に浴室へ入ることも多い。

 だが、それは慣れられそうにないので断り、一人で入った。


 浴室を出てからは髪を乾かしてもらい、本当に凝りまくっていた体をマッサージでほぐしてもらうという、自分からすれば贅沢リラックスコースを味わった。


 魔導具の付与で汗をかいたり汚したりすることに備え、下着や仕事向けの着替えは部屋に置いていた。

 だが、今回着せてもらったのは、エンパイアラインのサマードレス――胸の下で切り換えがあり、コルセットも要らないものだ。

 貴族女性のくつろぎの装いである。


 胸下のリボン、裾のレースといった飾りはあるが華美ではない。

 肩にふわりとした袖がついており、腕の上げ下げも楽。

 絹ではなく加工した綿、涼しいが透けない。

 アイボリーだが、特殊な仕上げ糊を吹きつけており、汚してもすぐ拭けば落ちる。

 ウエストラインが高めなので食べ過ぎても目立たない。


 ちなみにどうしてこんなに詳しいかというと、デザインも作ったのも納品したのも、友人のルチアだからである。

 まさか自分が着るものだとは思わなかったが。


 そうして、髪をゆるく結い上げ、薄く化粧をしてもらう。

 遊びにきたはずがここまで手間をかけさせていいのか、罪悪感がこみあげたとき、メイド達に笑顔を向けられた。


「別邸では手が空く上、女性の髪に触れることも、お化粧もできませんでしたので、とても楽しく――ぜひ、また機会をいただけますようお待ちしております。ヴォルフレード様がお留守のときも、どうかお声がけくださいませ」

「次はぜひ、私も学びの機会をお願いいたします、ロセッティ様」


 気遣われての言葉だとわかる。

 それでも向けられた柔らかな声は、心からのものだとわかった。


「ありがとうございます。そのときはどうぞよろしくお願いします」


 ダリヤはこの別邸に、今日、ようやく慣れた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
色んな意味で身内扱い。
明日に備えて(笑)読み返していて気づいたので、誤字で報告させて頂いたんですが、、、 ドナさんが、ちびワンズを出す時の注意の漢字が足下で、そのあとダリャーさんの部分の漢字が足元だったんです 意図があ…
外堀も内堀も埋め尽くして更地にして踏み固めたので、そろそろ教会(結婚式場)建築開始かな…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ