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552.人工魔剣制作10回目~空奏の魔剣

・臼土きね先生、コミックス 『服飾師ルチアはあきらめない』5巻、7月18日発売です。

・梶山はる香様、オーディオブック「魔導具師ダリヤはうつむかない」2巻、7月18日配信開始です。

どうぞよろしくお願いします。

「これがグレースライムの布……」


 ヴォルフが両手で持つのは、グレースライムの布のサンプル、その一枚だ。

 いくつかのサイズに切られたそれは、薄いもの厚いもの、何枚かある。

 イデアがダリヤの研究用、そしてヴォルフへの報告用にとくれたものである。


「これに空気が入って、遠征用のマットになるんだね」

「ええ。うまくいけば、大きさは自由にできるから、遠征用マットは隊員ごとのサイズに合わせられると思うわ」

「成功するといいなぁ」


 祈るように言った彼は、ダリヤに向き直った。


「遠征の馬車は全部、これでできた車輪カバーがついたんだ。アウグストが悪路の試乗調査という名目で、隊に多く回してくれたから。とても乗りやすくなって、エラルド様が一番喜んでた」


 元副神殿長であるエラルドは、魔物討伐部隊員、兼、専属治癒魔法師となった。

 養父となったセラフィノの依頼で、その馬車はいたれりつくせりの一台になっている。

 それでも、車輪カバーによる乗り心地の改善は大きいらしい。


「物資運搬の馬車も速度が上がったし、馬の機嫌もいいんだって」

「よかったわ」


 隊員だけではなく、馬の負担まで減ったらしい。

 じつにいいことだ。


「いっそひづめに蹄鉄代わりにつけたら、馬の膝に優しくなったりしないだろうか?」

「衝撃を吸収してくれるかも……イデアさんに伝えておくわね」


 ヴォルフのアイディアを忘れないよう、その場でメモを取る。

 ダリヤ、イデア、ルチアの三人は、それぞれ商会、養殖場、服飾魔導工房と働く場は違うが、使用感や意見、希望、アイディアはできるだけ伝え合うようにしている。


 アイディア、開発案はどれだけあってもいい。

 予算と時間が許すかぎり、実験と試作に打ち込みたいところである。


「ダリヤは、これに何を付与する予定?」

「まだ決めていないわ」


 ヴォルフに当たり前のように尋ねられた。

 確かに、いつもであればすぐ試しているところだが、これは完成品。

 付与する魔力が入りづらいという性質もある。

 高魔力による付与は問題ないそうだが、ダリヤには工夫がいるかもしれない。


「そういえば、耐久性を上げた車輪カバーは逆に裂けやすくなるんだって。スピードはのるし、交換も手間じゃないからいいんだけど」


 柔軟性のなくなった分、破損率が上がるのだろうか。

 このあたりはバランスを模索していくことになりそうだ。

 車輪カバーの話をさらに聞いてから、ダリヤはグレースライムの布の付与について考え始めた。


 濃灰の布の主要な素材は、グレースライム。

 イデアのスライムのレポートも読ませてもらっているが、他のスライムたちのように特定の魔法は持たず、毒性もない。


 区切られた場で一定以上の数になると分裂せず、核無しの体を切り離す。

 そんな特性を持つ、心の痛まぬ素材である。


 イデアは、この分裂方法を他のスライムにも伝えられないか、試行錯誤しているそうだ。

 グレースライムの水槽を各種スライムの部屋に置いたり、核のない切り離し素材部分を水槽に入れたりしているという。


 まだ結果は出ていないが、もしかすると未来の養殖場のスライムは、核無し分裂になっているかもしれない。


「見て、ダリヤ。これ、剣の形みたいだ」


 ヴォルフが声を弾ませた。

 手にしているのはグレースライムの布の、一番厚い一枚。

 布端だったそれは剣に近い長さで、形も微妙に剣っぽい。


「でも、魔剣の素材にはできないよね……」

「硬さが足りないから、難しいと思うわ……」


 残念そうな彼に、そう返すしかない。

 基本、スライムも布も魔導具の素材としては扱いやすいものだ。

 グレースライムの布に付与しづらいのは、加工工程によるものだろう。


 だが、考えてみれば、剣に使われる金属も加工品である。

 そもそも通りづらいといえども通らないわけではない。


 ダリヤの魔力値でも、付与する素材によってはいけるかもしれない。

 そう考えたとき、ヴォルフが布の端を持ち、ゆるりと揺らす。

 シュンと小さく――それでいて、ちょっといい音が響いた。


「魔物は斬れなくても、風魔法をつけて振動を大きくしたら、少し音が出せるかも……どんな音になるかはわからないけれど」

「音の出る魔剣だね! 楽しみだ!」


 剣の形であれば何でもいいのか、そう聞きたくなったが、キラキラしている金の目に考えを改めた。

 これも試作である、無駄はない。


「風魔法といえば、グリーンスライム?」

「ええ。まずは試してみないと」


 幸い、素材の在庫はそれなりにある。

 小さいグレースライムの布の横、グリーンスライムの粉を使った薬液を少量準備した。

 計算も工程も紙面では安全だが、ポーションも横にきっちり準備する。


 そして、指先から魔力を流し、薬液を濃灰の布に広げ――すべてがつるりと滑り落ちた。

 通りが悪いを通り越して、魔力がまったく入っていかない。

 三度試してあきらめた。


「スライム同士の縄張り争いだろうか?」

「そうかもしれないわ」


 切り換えるように言ってくれたヴォルフに、笑んで返す。

 実験と試作はうまくいかないことの方が多い。

 落ち込むことなどないのだ。


「では、ここでとっておきの素材、鷲獅子グリフォンを出したいと思います」

「お待ちしておりました、かっこいい魔物素材!」


 わざと丁寧に言えば、今度はヴォルフが笑んで合わせてくれた。

 ダリヤは棚にある銀の魔封箱から、鷲獅子グリフォンの鷲部分、その長い黒茶の羽根を取り出した。


 一番小さいそれの先端の柔らかな部分を切り、父カルロの魔導書にあった薬液を準備する。

 すでに暗記していたが、比率は再度確認した。

 少し緊張しつつ、作業机の上、グレースライムの布に薬液と鷲獅子グリフォンを混ぜたものを並べる。


 指先の魔力で持ち上げるそれは、想像よりもねっとりと重い。

 鷲獅子グリフォンの魔力の特性か、そう思いつつ付与を開始した。


 ダリヤの虹色を帯びた白い魔力で、布の上にきれいに広がっていくそれ。

 問題なさそうだ、そう安心しかけたとき、ぴしぴしと細かいヒビが入り始めた。


「あ!」


 半透明の虹が砕けるように光った後、作業机の上には焦げ茶色の破片がパラパラと散る。

 魔力が多すぎたか、それとも少なすぎたか、そう思って試したが、こちらも連続で三度失敗した。

 せっかくの鷲獅子グリフォンだが、相性が悪いらしい。


 頭を整理しつつ結果を書き留めていると、ヴォルフが口を引き結んで自分を見ているのに気づいた。


「ダリヤ、疲れてない? 今日はもう休んだ方が……」

「大丈夫。そんなに魔力は使っていないから」


 心配されてしまったが、まだ魔力にゆとりはある。

 ただ、少し部屋が暑いようだ。

 汗が首筋から胸元へつたうのが感じられ、ダリヤは作業場の窓を開けた。


 窓からの涼やかな風に、まとめていた髪が一筋落ちる。

 髪の先が目に入りそうになったことで、ダリヤは一つの素材を思い出した。


 棚へ向かうと、下段から魔封箱を取り出す。

 中にあるのは月光を閉じ込めたような美しい金髪――とはいえ、人のものではない。


「ダリヤ、それは? 俺には人の髪に見えるんだけど」

「セイレーンの髪。魔道具の『声渡り』に使う素材だけれど、これは古くなってきたから、そろそろ魔力が抜けてしまうの。だから試してみようと思って」


 セイレーンの髪は色合いこそそのままだが、指先に感じる魔力は以前より弱い。

 声渡りを作る際も少量で間に合うので、長く在庫となっていた。


 オズヴァルドに注意を受けたが、素材というのは適正に使える期間というものがある。

 今回の試作で使いきってもいいだろう。


「『声渡り』って、ダリヤのお父さんが開発した魔導具だよね。俺と最初に会ったダリさんのときの」

「ええ」


 ヴォルフには、声渡り、イコール、ダリらしい。


「声渡りは純銀にセイレーンの髪を付与して、変声と声の強弱の効果をつけるの。それをグレースライムの布に試してみようと思って」

「じゃあ、ついに喋る魔剣が?」

「喋るのは無理だけど、音の調整はできるかも。ヴォルフはどんな音がいいという希望はある?」

「そうだな……風を斬る音が大きく響いたら、かっこいいと思う」

「風を斬る音……」


 それは魔物討伐部隊の鍛錬でよく聞く音ではないのだろうか?

 いや、これも剣だから、やや音を硬く変え、大きくすればいいのかもしれない。


 脳内でイメージを固めつつ、セイレーンの髪を丁寧にほぐす。

 そして、作業机の前、再びグレースライムの布に向き合った。

 セイレーンの髪、そのキラキラと金色の光を巻き込んで、ダリヤの魔力が剣を模した布に向かっていく。


「あ……」


 不意に鉄板に当たった風が流れるように、魔力が横に大きくそれた。

 金色の塗料がついたように、布には薄く付与跡が残る。

 入りづらいのは覚悟していたが、気負いすぎたらしい。


 三度、深呼吸をして、左手で濃灰の布を持つ。

 そして、再度、右手の人差し指と中指を向けた。


 音が高く、大きくなるように――それに対し、付与はできるだけ薄く、平たく魔力を絞る。

 そうして、刀身となる部分の下から上へ、包帯を巻くように重ね部分を作って付与していく。

 油断すると重なりがなくなるので、つい息をつめてしまいそうになった。


 先端まで付与を終えると、ここからヒビが入らないか、剥がれ落ちないか、内心はらはらしながら観察する。

 けれど、魔力に揺らぎはなく、無事落ち着いた。


 虹色に金を混ぜ込んだ魔力は、濃灰の刀身にくるりと薄く金の斜線を付けた。

 よく見なければわからないほどだが、なんだかヴォルフらしいと思えてしまう。


「なんだかかっこよくなった……」


 やはり彼らしくなったかもしれない。

 その後、一角獣ユニコーンの角の粉で魔力遮断、上に首長大鳥くびながおおどりくちばしで硬質化をかけた。

 幸い、こちらの付与も問題なくできた。


 これで剣がぐにゃりと曲がることはない。

 とはいえ、ヴォルフが本気で振ったら折れるかもしれないので、先に注意しておく。


 つかは、以前、武器屋で購入した長剣のものを使用した。

 斬れない刃とはいえ外れぬよう、ヴォルフに頼み、しっかりと固定してもらう。


 布で仕上げ拭きをした後、両手で持ってみる。

 それなりに重みがあり、なかなか剣らしい。

 とはいえ、ダリヤは剣の扱いは素人、正しい素振りのやり方もわからない。


 ただ上から下へ軽く動かせば、シュッと、いい音が響いた。

 まるで速度はないので、純粋にセイレーンの髪の効果だろう。


「あとはヴォルフが試してください」

「ありがとう! じゃ、振ってみる」


 グレースライムの布からできた形だけの剣だが、ヴォルフは宝剣のようにうやうやしく受け取る。

 そして、壁際まで下がった。


 彼は構えを取った後、鍛錬と同じ動作で振る。

 シュン!と、ダリヤのときよりも高くしっかりした音が響いた。

 つい、にじり下がりたくなったほどなのは内緒である。


「三倍くらいいい音が出る気がする。これ、外で試してみてもいいかな?」


 ダリヤはすでに笑顔のヴォルフにうなずいた。



 ・・・・・・・



 塔の庭に出ると、ヴォルフは、ゆっくりめに三度、剣を振った。

 それでも、シュン! と、しっかり音が響く。


「やっぱり、すごくかっこいい音だ!」


 その後、少しずつ速度を上げていく。

 シュンという音はギュンッ! という音に変わり、迫力が増した。

 ヴォルフの笑顔も大きくなっている気がする。


「これ、素振りの確認ができるかもしれない。人によって、悪い振り癖が出ることがあるから、音で左右どちらに力がかかっているとかが判断できる」


 ダリヤには音の強弱と高低だけだが、彼には左右の違いもわかるらしい。

 だが、これで魔物討伐部隊用の素振り確認の模造剣ができそうだ。

 安全な上、なかなか魔物討伐部隊相談役らしい開発ではなかろうか。

 そう思う自分の前、ヴォルフは再び剣を振るい始める。


 音はさらに高く、ビィーン! と空気を震わせるように響いたり、ヒュウ! と鳴くように聞こえたりと変化する。

 続けて聞くと、剣が意志を持っていろいろな音を奏でているようで――剣というより楽器のようでもある。


 ヒュウー! と、一際高い音が、空に向かって響く。

 そのとき、ヴォルフがぴたりと動きを止めた。


「母の剣の音みたいだ……」


 空を見上げ、小さくつぶやいた彼に、何と言えばいいのか。

 迷いつつもその名を呼ぼうとしたとき、硬いものがぶつかる強い音が響いた。


「ヴォルフ様っ! ロセッティ会長と塔の中へ! 敵は私どもが!」


 門柱を駆け上がり、ドナが上から降ってきた。

 両手に黒塗りの短剣を持っている。

 その姿と敵という言葉に、ダリヤは身を固くした。


「敵!?」

「複数の剣の音がしました!」

「あ! 違うよ、ドナ! これ、ダリヤの作ってくれた魔剣の音」

「魔剣の、音?」


 ドナの草色の目が丸くなった。

 と、再びガツンと重い音が響いた。

 門を蹴るように飛び越えてきたのは、ソティリスだ。

 右手にはすでに抜かれた剣、いつも穏やかな顔が仮面のような無表情に固定され、ちょっと怖い。


「ソティリス! 敵じゃないから、素振りだから!」

「ヴォルフ様の剣の音ではありませんでした。周囲に敵が隠れている可能性もありますので、確認させてください」

「いや、そうじゃなく――ダリヤに作ってもらった魔剣の音なんだ」

「魔剣の、音?」


 ソティリスの水色の目も丸くなった。

 顔に疑問符を張り付けた二人に、ヴォルフと共に必死に説明する。

 その後、斬れぬ刃を振って音を聞かせれば、二人の表情かおがようやく緩んだ。


「そういう魔導具なんですね。剣の音がこんなに変わるとは……」

「振るとクセがわかるのはいいですね。悪い癖がつくと直すのは大変なので、スカルファロット家の騎士にも、ぜひ使わせていただきたいです」


 警戒からすぐ興味深そうに切り替わるのは、彼らが騎士、そして護衛という立場だからだろう。


「この剣の名前は何にしようか?」

「そうですね、素直に名付けたら、『素振り用、音追加魔剣』ですね」

「うん……的確な表現ではあると思う……」

「とても……わかりやすくはありますね……」


 ヴォルフとドナが微妙に声をそろえた。

 ソティリスは無言で、肩を震わせて耐えている。

 いっそ三人で笑っていただきたかった。


「私が今まで作った魔剣は、全部ヴォルフの命名じゃない」


 小声で言うと、ヴォルフが晴れやかに笑う。


「じゃあ、今回も俺が。これは――『空奏くうそうの魔剣』かな。奏でる音が空の向こうにまで聞こえそうだ」


 空の向こうにいる母、ヴァネッサを思っての名付けかもしれない。

 だが、それを口にすることなく、うなずいた。


「きれいな名前だし、合うと思うわ」


 ドナとソティリスも同意した。

 なお、二人の目は、しっかりヴォルフの手元に向いている。


「それ、ちょっとだけ貸していただいてもいいですか?」

「ああ。これ、すごく楽しいよ」

「じつに興味深いですね」


 庭の奥へ移り、三人が交代しつつ、空奏くうそうの魔剣を振る。

 より高い音を奏でようとするヴォルフ、己のクセ探しに左右の腕で試すドナ、音階が作れそうだと試すソティリス――

 ダリヤは安全、かつ有効な仕上がりに安堵しつつ、実際の運用を興味深く見つめる。


 青空の下、魔剣は笑い声をまとい、長く音を奏で続けていた。

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― 新着の感想 ―
コメント欄がハイセンス過ぎて好き❤️
確かに演劇に使うの良さそう。 殺陣のシーンでわざわざ音足す必要ないし。 素材がゴムなら安全だし。
なんて平和な魔剣( ´∀`)
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