551.氷風扇と小じゃがいもの煮っころがし
・臼土きね先生、コミックス 『服飾師ルチアはあきらめない』5巻、7月18日発売です。
最新話より、彩綺いろは先生へ、バトンがつながれることとなりました。
活動報告にてお知らせしています。
・梶山はる香様、オーディオブック「魔導具師ダリヤはうつむかない」2巻、7月18日配信開始です。
・赤羽にな先生 『魔導具師ダリヤはうつむかない ~王立高等学院編~』、
彩綺いろは先生 『服飾師ルチアはあきらめない』、最新話配信となりました。
どうぞよろしくお願いします。
「これでよしっと……」
緑の塔、ダリヤは居間の端に置いた氷風扇を確認する。
オズヴァルドの指導の下、自身で作っていた最新のそれがようやくできあがった。
今年の夏は去年より暑い。
外から来るヴォルフが気持ちよく涼めればいい、そう思いつつ、一段風を強くした。
オズヴァルドの開発した氷風扇は、すでに金型もあり、量産されている。
だが、魔力による金属加工の練習をするため、オズヴァルドの息子であるラウルと製作した。
数度曲がる管を均一にそろえる加工は、ダリヤは時間をかけてできたが、ラウルは丸みづけで苦戦していた。
教えを求めたラウルに対し、オズヴァルドはあっさり答えた。
『金属のカーブを作るのは、数を重ねての慣れが一番です。加工する魔導具師が全員通る道ですよ』
ラウルは少し眉を寄せつつも、はい、と答えて作業に戻った。
父カルロも似たことを言っていた。
それを思い出し、少しだけさみしくなったのは内緒である。
ふと二階の窓に目を向けると、スカルファロット家の馬車がやってくるのが見えた。
ダリヤは足早に階段を下りた。
「ヴォルフ、遠征、お疲れ様」
「ありがとう。ダリヤもお疲れ様。こっちも服飾魔導工房の方も忙しいって、王城に来てたイヴァーノから聞いたよ」
二人で料理の仕上げをし、皿を並べながら話す。
ヴォルフはいつもの差し入れの食材に加え、ダリヤの好物のクルミパンを持ってきてくれた。
焼き立てのそれもありがたくいただくことにする。
食卓を整え、向き合って座ると、エールのグラスを打ち合わせた。
喉を潤していると、ヴォルフの視線がちらちらと大皿に向いているのがわかる。
ダリヤはそれに気づかないふりで、小皿にやや少なめに取り分けた。
大皿にこんもり山を作り、白い湯気をあげているのは、豚肉とピーマンの味噌炒め。
以前はピーマンを苦手としていたヴォルフのため、一応、肉の比率を高くしてある。
箸で口に運ぶと、豚肉の旨み、ピーマンの夏らしい味、香ばしい味噌の風味が同時に広がった。
炒め加減もちょうどよく、歯ごたえも楽しい。
やや甘辛に味付けしてみたが、コクもあって、酒の肴にぴったりだ。
「ふう……」
その後にエールを飲めば、長く息をこぼしてしまうほどの爽やかさだった。
なお、向かいではひたすらに噛み、目を閉じて味わうヴォルフがいる。
聞かなくても気に入ったのがわかり、つい笑んでしまった。
「本当においしい。去年までは、ピーマンが好物になる日がくるなんて思わなかったよ」
昨年、ピーマンに嫌われていると言っていた彼だが、今年は好物になったらしい。
うるりとした金の目が皿に向けられている。
「きっと成長したのね」
ダリヤがそう返すと、明るい笑い声が返ってきた。
豚肉とピーマンの味噌炒めの大皿は、きれいに空きそうだ。
ダリヤは安心して、他の料理に箸を向ける。
隣の大皿に盛っているのは焼き野菜のマリネだ。
在庫のある野菜を片端から切ってオーブンに並べ、少し焦げ目がつくまで焼いたものを、マリネ液に漬け込み、冷蔵庫で冷やした。
まとめて作っておくと便利なのだが、つい箸が進み、減りは早い。
冷たく爽やかな酸味は、こちらもエールと合う。
父が夜中の酒の肴とし、よく食べきっていたのに納得した。
次に、とろ火にかけていた鍋から小鉢に盛り付けるのは、薄い茶一色の小さなじゃがいも、皮付きである。
それを見るヴォルフの目の丸さは、予想通りだった。
オルディネの食料品店で、小じゃがいもはあまり見ない。
まして、貴族の彼が口にする機会はなかっただろう。
「小じゃがいもの煮っころがし。皮もそのままで食べられるわ」
説明した後、わざと先に箸をつける。
ほくりと口の中でほぐれたそれは、甘じょっぱく、よく味が染みていた。
噛む度にじゃがいもの素朴な風味も加わり、懐かしくも感じられる。
向かいでは、ヴォルフが箸で小じゃがいもを持ち上げようとし、ころりころりと逃げられていた。
彼は真顔になると、慎重な動きで小じゃがいもを箸に載せる。
そうしてはふりと口にすると、一度噛んで動きを止めた。
好みではなかっただろうか、そう思ったとき、ひたすらに口を動かし始めたのでほっとする。
こちらもエールの進む味だった。
「これもおいしい……じゃがいもは小さい方が、うまみが濃縮されるんだろうか?」
「どうかしら?」
真顔で尋ねられたが、これに関してダリヤは答えを持たない。
肉じゃがもおいしいが、煮っころがしに関しては、小じゃがいもを推したいところである。
料理を味わいつつ、話は互いの近況へと移った。
「イデアさん達の開発したグレースライムの布が、とても凄くて――」
ロセッティ商会の保証人であるヴォルフに伝えることは、イデアに了解をとってある。
グレースライムの布のこと、服飾魔導工房での話し合いと試作について説明すると、向かいの金の目が輝いた。
「遠征用マットができたらいいな。遠征先でも、ちょうど腰痛の話をしていたんだ。隊長は緑馬と勝負したから仕方ないけど、長い遠征になるほど、腰や背中を傷める隊員も多いから」
「ヴォルフも朝、腰が痛かったりする?」
「――いや、俺は若いから大丈夫!」
一拍、間があったことには触れないでおく。
その後は、グレースライムの布に関する今後の期待でまとまった。
「今回の遠征は、雷雨で足止めされて、一日余計にかかったんだ」
魔物討伐部隊員の鎧や剣、馬具、そして馬車には金属が使われている。
落雷への警戒は必要だ。
ダリヤも遠征の書類で読んだ記憶がある。
「雷のときは、高地を避けて、隊員それぞれ間隔を取る、で合っている?」
「ああ。各自、間隔を大きくとって散開、雷が落ちても被害が最小限になるようにする。ひどいときは馬から降りて、剣や槍は地面に置いて、しゃがんで待つ。その間は魔物が来ないことを祈る」
「なるほど……」
距離を取るのは遠征の説明で聞いていたが、その待機は初めて聞いた。
皆が馬車に避難できるわけではないのだ、仕方がない。
「ベルニージ様達から聞いたんだけど、馬車に落ちたこともあれば、足からビビビってきて動けなくなったこともあるんだって」
それは雷による地面からの電流だろう。
ヴォルフは足からの痺れと表現しているが、命に関わる危険なものだ。
魔物討伐部隊は魔物だけではなく、暑さ寒さ、そして雷とも戦わねばならない。
ついグラスを握りしめていると、ヴォルフが自分の名を呼び、エールを注いでくれた。
「明日は休みなんだけど、副隊長から男爵の礼儀作法を教わるから、赤鎧の皆で頑張ってくる」
ヴォルフ達、赤鎧は、秋に男爵の叙爵が決まっている。
先生役のグリゼルダは男爵から子爵に上がるわけだが、その学びや準備は誰に教わるのだろうか、そう思ったとき、彼が言葉を続けた。
「副隊長は礼儀作法も言葉使いも完璧だし、家の取り回しは実家と隊長の家で実務に強い人を出してもらえるから特に困らないって、笑顔で言われた……」
さすが次期魔物討伐部隊長である。
グリゼルダの余裕の笑顔が、ダリヤもきっちり想像できた。
「ただ、いずれ魔物討伐部隊長になるならもっと強くならなければって。隊長やベルニージ様達、時々ヨナス先生と鍛錬をしてる。見てると、本当に強いんだってよくわかるよ」
「そんなに厳しい鍛錬を?」
「うん。打ち合いだけじゃなく魔法が入るから。あと、ランドルフとドリノも魔力が上がったから、土魔法と氷魔法の攻撃が一段強くなったんだ」
友人達が強くなったことを、ヴォルフは我が身のことのように笑顔で語る。
そんな彼へ、ダリヤはそっと話題を変えた。
「もう少しで夏祭りね」
「ああ、そうだね」
七月も終わりに差し掛かっている。
末の三十一日は夏祭り。
花火――前世と違い、王城で魔導師達が打ち上げる火魔法で祝われるそれが、夜空を鮮やかに彩る。
昨年は緑の塔の屋上、ヴォルフと共に、イルマとマルチェラでそれを見た。
だが、今年は残念ながら一緒ではない。
「今年の夏祭りは、マルチェラさんとイルマは家にいるそうなの」
双子はまだ乳児である。
安全を考えて、夏祭りは家で過ごすと決めたそうだ。
「他に誰か呼ぶ予定はある? ええと、ルチアさんとか」
「ルチアは服飾魔導工房で、希望者と見るって言ってたわ」
じつはダリヤもそちらに誘われたが、断ってしまった。
理由は、昨年の――そう思い出していると、ヴォルフが口を開いた。
「俺の予約は、有効だろうか?」
昨年の夏祭りの夜、『塔に来年の予約、入れておきます?』、そうダリヤは尋ねた。
彼は『ぜひよろしくお願い致します』と答えた。
ダリヤはそれを、昨日のことのように覚えている。
だから、思いきり笑顔で言えた。
「ええ、もちろん!」