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547.服飾魔導工房とグレースライム

・申し訳ありません、先週は体調不良でお休みをいただきました。

・コミックス『服飾師ルチアはあきらめない』5巻、7月18日発売予定です。

・コミックス『王立高等学院編』第20話がピッコマ様先行配信、第19話が電子書店様にて配信中です。

 どうぞよろしくお願いします。

 小雨の午後、ダリヤはイヴァーノと共に服飾魔導工房を訪れていた。


「ようこそ、ダリヤ先生」

「いらっしゃい、ダリヤ」


 通された客室には、服飾ギルド長であるフォルト、服飾魔導工房長のルチアがいた。

 フォルトは灰色がかった水色のサマースーツ、ルチアは水色と青のストライプのワンピースだ。

 夏らしい装いで、二人ともとても似合っている。


 本日は服飾向けの新しい魔導具素材が持ち込まれるとのことで、フォルトから招かれた。

 詳しい内容を聞いていないが、とても楽しみだ。

 イヴァーノと共にソファーに座ると、ノックの音が響いた。


 ルチアが了承すると、従者らしき男性がドアを開く。

 濃灰の巻き布を持って入ってきたのは、スライム養殖場の研究主任であるイデアリーナだった。


「遅れて申し訳ありません!」


 小雨に濡れたのか、それとも汗か、顔と白いシャツを濡らす彼女に、急いで来たことがわかる。 


「いえ、イデア先生、ちょうどの時間ですよ。お忙しいところありがとうございます。お招きが多く大変でしょう」

「いえ、ありがたいことだと思っております……」


 青藤色の目が、ちょっとだけ迷ったように伏せられた。


 しばらく前、イデアは馬車の車輪カバーを開発した。

 グレースライムが分裂、正確には、その体から不要分だけを切り離したものが、衝撃を受け止める素材となったのだ。


 濃い灰色の車輪カバー――ダリヤにとってはタイヤと思えるそれは、絶賛拡大中である。

 よって、イデアも制作関係はもちろん、あちこちに説明に出向くことになっているそうだ。


「ご無沙汰しています、ダリヤさん、イヴァーノさん」


 挨拶の中、自分達へも声がかけられる。 

 そうして、彼女はテーブルの上に濃灰の巻き布を二つ置いた。

 どうやらこれが、今回の紹介品らしい。


「こちらがグレースライムから作った、防水効果のある布です。こちらが厚手、こちらが薄手です」

「新しい防水布ということですか?」


 イヴァーノがちょっと前のめりになって尋ねる。

 ダリヤとしても、とても興味深い。


「いえ、新しい防水布とは言いがたく、硬さがこれで限界なんです。敷物などには使えると思いますが。それで、皆様からご意見を伺いたいと思い、持参しました」


 イデアが濃灰の巻き布をそれぞれに広げた。

 触れてみるように勧められ、皆、手を伸ばして確認する。

 ダリヤもそれに倣った。


 厚い方は指二本分ほど、薄い方は指一本ほど、どちらもぺたりと吸いつくような感触は、ビニールとゴムの中間というところだろうか。

 車輪カバーになるだけあって、防水布よりもかなりしっかりした感じだ。

 耐久性も高いに違いない。

 それを裏付けるように、フォルトが言う。


「厚い方は馬車の足下や荷台の敷布として、防水布より向いているかもしれません。テント関連など、防水布代わりに使えるところも多そうです。薄い方は服にするには硬さが難しそうですが」

「服は無理でも、レインコート……うーん……冒険者用のマントなどにできないか、試してみたいです」


 なんとしても服飾品にしたいらしいルチアが、薄い布の端を思案顔で引っ張っている。


「試作品を馬車に積んで参りましたので、ぜひ。ただ、現時点で、防水布と同じ面積で値段が三倍です」

「三倍だと、すぐこちらに切り換えて使うことは難しいでしょう。先に貴族向けにする方がいいかもしれませんね」


 フォルトが薄い方に指を滑らせながら言った。

 製品に関しては、やはりコストが重要だ。

 大量に作られることになれば、三倍といわず、値段は下がるだろう。

 貴族を先にして利益を上げ、製作の場を広げれば、それも可能なはずだ。


「イデアさん、グレースライムが足りなくなるということはありませんか?」

「いえ、グレースライムの増殖はとてもうまくいっていますし、ここから食品を扱う店で生ゴミ処理として試していただく予定もありますので、不足はないかと思います。ただ……」


 イヴァーノの質問に答えていた彼女が、声を低くした。


「ここだけのお話にしていただきたいのですが――今後の製作のため、場所と人を確保することになりました。今、その土地と資金調達を行っているのですが、高位貴族の方からお声がけがあり、馬車の車輪カバー製作事業を、国と提携してはどうかと。ジャン所長はお断りしたそうですが」

「相手があきらめなかったと?」


「まだお話があるそうです。車輪カバーで上がる利益は還元するとのことですが、そこからスライム養殖場や今後の研究に口を出されるのは避けたいのです」

「なるほど、今後まちがいなくおいしくなる事業に、何もしてこなかった者が噛みたいと。自由を無くして伸びる芽もないでしょうに――ああ、今のは私のひとり言ですよ」


 フォルトが笑みを作っているが、その目が笑っていない気がする。

 だが、ダリヤにもその不快さはよくわかる。


 その高位貴族は、車輪カバー、そして魔導具を軽く考えているのだろう。

 現場も知らず、現品も詳しくなく、ただ利益に口だけを出してくる者というのは、どの世界にもいるらしい。


「グレースライムは車輪カバーだけではなく、他の用途も開発中。かつ、資金も間に合っている、そう言えれば断れますね」


 完全にそうすると主張するように、フォルトが言い切った。

 じつに頼もしい。


「まずは、貴族向けの馬車の敷布、荷台の下敷きを作りましょう。あと、思いつくものはありますか?」


 先程まで布の端をつかんでいたルチアが、今度は厚い方をべしべしと叩き出す。

 手が痛くならないか心配な勢いだが、彼女はそれをくり返した後に顔を上げた。


「これ、防音がありそう。病院や神殿の廊下に敷いたら静かにならないかしら? ――ええと、お見舞いに行くときに気になりますので」


 素の口調となったルチアが、途中から言葉を整える。

 それに対し、フォルトが大きくうなずいた。 


「なるほど、その手がありました。それだと、ダンスの練習の際、足下に敷くのもありですね」


 厚めのグレースライム布は、防音マットにもなるらしい。

 ダリヤは薄い布に指を重ねながら、その独特な感覚にふと思う。

 これで遠征用のマットレスが作れないだろうか。


「イデアさん、これで人が横になれるマットレスの大きさは可能でしょうか?」

「可能です。ただ、マットレスのように厚くすると、かなり重くなりますが」

「例えば、この薄い方を袋状にして、中に空気を入れ、上で人が横になることはできないでしょうか?」

「ええと、そうした用途を考えていなかったので、なんとも……」


 イデアは眼鏡の向こうの青藤に、困惑を宿した。

 いきなりすぎる話で申し訳ない。

 前世のエアーマットレス、それに近い形ができないか、そう思って尋ねてしまった。


「会長、もしかして、魔物討伐部隊の遠征用マットレスにしようとしてます?」

「できればと思います」


 イヴァーノにすぐ気づかれた。

 けれど、自分の希望に否定の言葉は返ってこない。

 それにちょっと安心していると、ルチアに名を呼ばれた。


「ダリヤ、これ背中がかなり蒸れると思うわよ。私、防水布にくるまって眠ったことがあるけれど、汗だらけになるから」


 友はなかなか貴重な体験をしているらしい。

 だが、確かに汗を一切吸わないので蒸れそうだ。


「そこは、上に毛布を置くとか……」

「遠征で一人一枚、交代で二人に一枚としても、少々かさばりませんか?」

「空気を入れて、使用後に抜けるようにできないかと思います」

「なるほど、それで袋状なんですね」


 フォルトやイヴァーノと話しつつ、はっとした。

 マットレスの大きさでは、風船を膨らませるように、人間が空気を吹き込むわけにはいかない。


「袋状にして、風の魔石で空気を入れられればと思います。遠征先で膨らませて、終わったらたたむ感じです」

「袋状で、風の魔石で空気を入れる、ですか……」

「膨らませて、たたむ……」


 ダリヤの言葉に、皆が考え込むように視線を動かす。

 だが、テーブルの上、濃灰の布を見るだけでは、可能かどうかわからない。


「せっかくです、これから試作をしてみませんか? 皆さん、お時間はありますか?」


 幸い、今日の午後からの予定はこれだけだ。

 ダリヤはイデア、ルチアと共に、フォルトへ了承の声を返した。


「ここでは狭いですから、作業場に移りましょう。三番の作業室が空いています」


 その声に、皆が準備を始めた。

 イデアは馬車のグレースライムの布を取りに行く。

 重さがあるので、服飾魔導工房の者が運んでくれるそうだ。


「じゃあ、三番作業室に魔導具師の皆さんを呼んできます!」


 ルチアが片手を上げて宣言する。

 ダリヤは彼女に声をかけられ、共にそちらへ向かうことにした。



  ・・・・・・・



 イヴァーノは書類をまとめるふりで、わざと最後まで客室にいた。

 そんな自分へ、同じく残っていたフォルトが声をかけてくる。


「イヴァーノ、『一艘の船』の皆様に連絡をお願いできますか? アウグスト殿はご存知でしょうが、念のため全員に」

「わかりました」


 一艘の船――それは以前、スライムの粉を魔導具にできないかを試すため、ダリヤが巻き込んだ者達だ。


 商業ギルド長、服飾ギルド長、冒険者ギルド副ギルド長の三人に、スカルファロット侯爵とその相談役、そして、ドラーツィ前侯爵。

 利を釣り上げまくるダリヤ、いや、ロセッティ商会を、底の見えない川と海で、魚や怖い魔物から守ってくれている者達でもある。


 頼りがいのあることこの上なく――

 このすべてを相手にすることになるやもしれぬ高位貴族に、少しばかり同情も覚える。

 もっとも、自分は何も知らないことにするだけだが。


「私も資金集めに励みたいところですが、金貨を積むのは、レオーネ殿が一番早いでしょう」

「そうでしょうね」


 商業ギルド長であるレオーネは子爵だが、高位貴族に匹敵する財がある。

 資金融通のため、上位貴族が彼の顔色をうかがうのもよくあることだ。


 何より、彼はロセッティ商会の保証人。

 今回は白金貨を出されても驚かない。


 それはさておき、イヴァーノには今、気がかりなことがある。

 グレースライムの布の紹介後、すぐ打ち合わせと試作になってしまったが、フォルトの本日の予定は大丈夫なのか。


 服飾ギルド長の仕事もある上に、この時期、貴族のパーティにも多数招かれている。

 そこへ自分が、砂漠蟲デザートワームの外皮を置く倉庫を急ぎで願ったりもしている。

 申し訳なくなりつつも、つい彼へ尋ねてしまう。


「フォルト、ここからも大丈夫ですか? かなり忙しいのでは?」

「ダリヤ先生かイヴァーノが来るときは、その後の予定を空けることにしたのです。正解だったと思いませんか?」


 晴れやかに笑った彼に、イヴァーノはようやく笑い返した。

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― 新着の感想 ―
さすがに遠征にエアーマットは贅沢というか、嵩張るなぁと。 全員分とかじゃなくて数個持ってって不調のある人に使う感じですかね。
何でもかんでも、魔石使おうとし過ぎ。 この程度のマットレスなら 浮き輪用の足踏み空気入れで充分! 屈強な男達の手に掛かれば一瞬で出来上がるでしょう。 競いあって空気入れる姿が目に浮かんで来ます。 …
ダリヤは遠征先のマットとして空気で膨らませるエアーマットを考えているようだけど、あれって意外と使いづらいんですよ。膨らませる時は風の魔石を使うとして、実際に時間がかかるのは空気を抜く時なんです。使った…
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