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546.コルセットと九頭大蛇素材

・コミックス『魔導具師ダリヤはうつむかない』 8巻発売中です。

・コミックス『服飾師ルチアはあきらめない』5巻、7月18日発売予定です。

 どうぞよろしくお願いします。

 鞄の中で、ころんと小さなものの転がる感覚に、ダリヤはつい口元をゆるめてしまう。

 スカルファロット領の湖に住むグラティアからもらった小石だ。

 お守りにすることにし、青い絹の布で小さな袋を作り、その中に入れた。


 王城に入るとき、持ち物検査で確認されたが、危険物ではない。

 オルディネ王国では、石や貝、ガラスなどをお守りにする地域もあるので、問題なく通れた。


 そうして、イヴァーノと共に魔物討伐部隊棟の隊長室にやってきて、ソファーに腰を下ろしての今である。


 本日、ヴォルフ達はグリゼルダの指揮の下、小鬼ゴブリン討伐に行っている。

 王都の市場で巨大鼠ジャイアントラットの目撃情報もあったため、隊を半数にして当たっているそうだ。


「こちらが来期の納品予定書です」


 定型の挨拶の後、ダリヤは書類を手にする。

 いつもであればソファーの向かいにグラートが座るのだが、今日は執務机の向こうだ。

 護衛騎士であるジスモンドが書類を受け取ってくれ、グラートへと渡してくれた。


 納品予定書は、防水布の交換分、遠征用コンロの新人分の追加など、すでに決まっている品目と数、金額である。

 これを魔物討伐部隊の予算書に添付してもらい、財務部で最終確認、商会は財務部から支払いを受ける形だ。

 少々ややこしくはあるが、国からの支払いなので当然だろう。


「問題ないな」


 執務机の向こう、グラートが書類を手にうなずく。

 少しばかりその顔色が悪い気がする。


 もしかすると疲労か、それとも体調不良かもしれない。

 父カルロと同世代なので、ダリヤはつい心配になってしまった。

 しかし、尋ねることも失礼になりそうで――そう思ったとき、ノックの音がした。


「グラート、持って来たぞ」


 了承の声と同時に入ってきたのは、財務部長のジルドだった。

 その手には大きめの白い布袋、中にはちょっと嵩張るものが入っているようだ。


「ジルド、今はロセッティと打ち合わせ中だ」

「納品予定書だけだろう。格好をつけるよりさっさと着けろ。椅子から立つのも大変なのだろう」

「くっ、内緒にしていたものを!」


 ジルドとグラートの間でよくわからない会話がなされている。

 イヴァーノと二人、目を丸くしていると、ジルドが袋から白いコルセットを取り出した。


一角獣ユニコーンの角と骨を使ったコルセットだ。腰痛を軽減させると共に、固定して楽に動ける魔導具だ」


 ジルドは先にダリヤに見せてくれた。

 初めて見る魔導具だが、見た目はシンプルなコルセットである。

 背中側の方が少し長めで、白い布の下、一角獣ユニコーンの骨が八本縦に入れられているようだ。


 つのの方は、内側に何本か縦線のごとく、薄く削られたものが張られていた。

 これならば腰の痛みも感じなくなるだろう。


「医療用の魔導具なのですね」

「そうともいえるな」


 グラートは鍛錬で無理をしたのかもしれない。

 痛みがあってソファーに座れないのであれば、一刻も早くこれをつけてもらうべきだろう。

 ダリヤは短い間でコルセットから離れた。


「グラート様、私とイヴァーノは退室致しますので、どうぞご無理なくおすごしください」


 今日の仕事は書類を提出し了承を得ること、そして、イヴァーノはこの後、在庫確認に立ち会う予定である。

 今すぐ隊長室を出ても問題ない。


 むしろグラートに無理をさせる方が気がかりだ、そう思って言ったのだが、彼に首を横に振られた。


「たいしたことはないのだ。次の騎馬に選んだ緑馬グリーンホースが少々やんちゃで、手懐てなずけるために少々腰を痛めただけだ」


 グラートが笑ってそう言うと、ジルドの琥珀の目が細まった。


手懐てなずけるのに落馬しまくり、治癒魔法をかけてもすぐにぶり返すまでやる馬鹿がどこにいる?」

「たいしたことはない! 大体、それはここで言うことか、ジルド?」

「ダリラが心配して手紙を出してきたほどだ。軽くはあるまい」

「ええ、久しぶりに胆が冷えました」

「ジス……」


 ジルドに続き、横に控えていたジスモンドにも言い切られ、グラートは眉間に皺を寄せる。


「本当にたいしたことはない。エラルドがいるのだから、問題なく遠征にも行けた」

「くり返す状態ですから遠征は無理ですと、エラルド様もおっしゃっていたではないですか。馬はもちろん、テントで就寝したら確実に悪化しますよ」


「そうは言うがな、ジス、寝るときの腰痛は皆だろう。できるものなら、ベッドのマットを各自が背負って行きたいところだが」

「今は遠征の話は横におけ、さっさとコルセットをつけろ」


 話も終わっているので、自分達は退散する方が良さそうだ。

 イヴァーノと目配せをし合って立ち上がろうとしたとき、再びノックの音がした。


 グラートが了承すると、黒いメイド服を着た女性が入ってきた。


「業務中に失礼いたします。ザナルディ様より、ロセッティ男爵のお帰りの前に、三課へお寄りくださいとのことです」

「お知らせをありがとうございます。すぐにお伺いいたしますとお伝えください」


 立ち上がったダリヤは、セラフィノ付きのメイドであるモーラにそう答える。

 彼女は一切表情を出すことなく、一礼して部屋を出て行った。


「ザナルディ様からの呼び出しか? 何かあったか?」

「――魔導具に関するお話だと思います」


 疾風船の話かもしれない。

 その場合、グラートには報告できないので、貴族の笑みで流すことにする。


 そして気づいた。

 本日は護衛騎士のマルチェラも、ヴォルフもいない。

 三課に行くのにイヴァーノを同行させてもいいものか、魔物討伐部隊員の同行を願うかで迷う。

 だが、助け船は意外なところから出された。


「ちょうどいい、ダリヤ先生、同行しよう。三課課長に決算の確認がある」


 ジルドにそう言われ、そのまま魔導具制作部の三課へ向かうこととなった。



 ・・・・・・・



「ようこそ、ロセッティ、ディールス部長。意外な組み合わせですね」


 魔導具制作部の三課の塔、小さな客室には、すでにセラフィノがいた。

 夏でも黒いローブに黒い手袋を外さぬ彼は、凝ったガラス瓶をテーブルに置いて眺めているところだった。


「お声がけをありがとうございます、セラフィノ様」

「所用のため、同行させていただきました、ザナルディ様」


 ジルドと並んでの挨拶は、どうしても緊張する。

 イヴァーノはジルドの勧めで、そのまま在庫確認へ向かった。

 互いの用事が終わったら、魔物討伐部隊棟での待ち合わせである。


「今日のディールス部長は、娘の護衛騎士をする父親のようですね」

「ロセッティ会長は我が家でデビュタントを行いましたから、一族の娘のようなものです」


 待ってほしい、いきなり娘話に巻き込まないでいただきたい。

 内心であせりまくりつつも、ダリヤは軽い笑みを崩さない。

 セラフィノはグレーがかったレンズの向こう、空色の細い目をさらに細めて笑んでいた。


「さて、本題に入りましょう。九頭大蛇(ヒュドラ)の素材加工が終わりました」


 その言葉に厳しい九頭大蛇(ヒュドラ)戦を思い出し、つい肩に力が入ってしまった。

 けれど、それに気づかぬ彼は、そのまま言葉を続ける。


「ロセッティには、牙二本、皮、ウロコ、加工した骨など、一式そろえました。目録にしていますから、いつでも必要な分、王城魔導具制作部の倉庫から持っていってかまいません。ああ、素材としての使い方は、ウロス部長とカルミネに聞いてください」

「ありがとうございます」


「あと、冷凍している脳と眼球と血は要ります? 脳と眼球はまだ不明ですが、血はなかなかの効果ですよ」

「いえ! 王城魔導具制作部でお役立ていただければと思います」


 九頭大蛇(ヒュドラ)の脳と眼球をもらったところで、封を開けられる気がしない。

 あと、血は子供のように素直になる自白剤だが、そちらも利用の予定はない。


 白い封筒に入った目録を受け取り、ダリヤはようやく肩の力を抜いた。

 そこへ、モーラが銀のワゴンでコーヒーとチーズケーキを運んで来た。

 そのチーズケーキは、王も好むという高級品である。


「ああ、コーヒーの前に、おいしいハイポーション、ブドウ味を一口試してみませんか?」


 凝った紫のガラス瓶は、ハイポーションブドウ味らしい。

 モーラがガラスのコップを三つ並べると、セラフィノが手ずから一口分ずつを注ぎ入れる。

 妖しささえ感じる暗い紫に、毒を連想したのは許していただきたい。


 セラフィノ、ジルドと口をつけたので、ダリヤもゆっくりとコップを傾ける。

 口の中に流れてきたのはかなり甘い液体――ブドウにさらに砂糖を少し足したような味である。

 ポーションの青臭さもなければ、後味も強めの甘さだけだ。


「甘くておいしいですね」

「子供が好みそうな甘さですな」


 ジルドは感心したのだろう、じっと紫のガラス瓶を眺めていた。


「価格が五倍になるのがネックですが、普及すればもっと落ちるでしょう。治療に味は求めないと言われ続けましたが、幼い子供がポーションを飲むようになってから、需要が上がっているのです」

「たいへん有意義な研究だと思います」


「ロセッティにそう言われるのはうれしいですね。ただ、まだ重傷者で試すことができていないので完成とは言えないのです。自分で試そうとしても止められますし」

「当然です。大切な御身を傷付けるようなことはなさらないでください」


 ジルドのまっすぐな声に、セラフィノの斜め後ろ、護衛騎士のベガが思いきりうなずいていた。

 ダリヤも全力で同意したい。


 その後、皆でコーヒーを味わっていると、ジルドがセラフィノへ呼びかけた。


「ところで、ザナルディ様、先月の収支報告書が、また合っていないようですが?」

「そうでしたか」


 今の私は調度品、そう己に言い聞かせ、ダリヤはミルクを入れたコーヒーを飲む。

 香り高く、とてもおいしい。


「予算超過の分を、ご自身の財で補填ほてんするのはおやめください。不足であれば予算増額の申請をお出しください」


 セラフィノは予算が超過した分を自分で埋めていたらしい。

 思い返せば、その血は魔物寄せにも使われ、いいで売れると言われたこともあった。

 比喩でなく、身を削ってのこと。

 ジルドが止めるのも当然だろう。


「――気をつけますね」


 返事までに一拍いっぱくがあったのは気のせいか、あと、ちょっとジルドの顔が怖い。

 セラフィノは飄々ひょうひょうとした態度を崩さず、チーズケーキを口に運ぶ。


「ザナルディ様」


 さらにジルドが言いかけたとき、強いノックの音が響いた。

 息を切らして飛び込んで来たのは、白衣ならぬ黒衣の三課の職員だ。


「セラフィノ様! 騎士団で重傷者が出ました! 模造剣が太股に刺さり、今、外すところです!」

「やっと重い怪我人ですか! すぐ行って試しましょう! 治される前に!」


 言葉だけ聞くと勘違いをしそうであるが、これもポーション発展のための研究である。

 ダリヤは怪我人の無事を内で祈った。


「ロセッティ、財務部長、急用のため退席します。コーヒーは飲んでいってくださいね!」


 セラフィノはいい笑顔で言うと、まだ蓋を開けぬハイポーションブドウ味の瓶を手にする。

 そして、黒いローブをひるがえし、部屋を出て行った。

 そのすぐ後ろ、ベガも続く。 


 ダリヤとジルドは立ち上がり、二人の背を見送った。

 セラフィノはオルディネ大公として本当に忙しく――その忙しさは人々のためなのだと思えた。


 部屋に残ったモーラが、追加のコーヒーを入れてくれる。

 ダリヤはありがたくそれを受け取った。


「……いずれ、退席なしの丁寧な話し合いを……」


 白い湯気の流れる中、財務部長のつぶやきは聞こえなかったことにした。

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― 新着の感想 ―
ダリヤさんの世界って適度に科学?と魔法がいい感じに融合されてて 文化水準がそれなりに高くそんなに不便がなさそうで かつエネルギーは魔力だからクリーンだし 医療に関しては魔法がある分現代日本よりいいよな…
感想ぐらい、自分の言葉で語ってくれ
感想に、いいねボタンが欲しいです。もう、切実に!! 感想語彙力無いので、皆様の感想に、首ががくがくになるほど、頷いてます!
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