536.魔導具師達は笑う(1)
時は少し遡る――
ヴォルフ達が川遊びに向かうと共に、ダリヤはリチェット達と領主館へ戻ってきた。
そこから案内されたのは裏手の庭が少し見える奥部屋、スカルファロット家専属魔導具師の工房だ。
数部屋あるうちの一つで、主にリチェットが使っている場だという。
広めの部屋には作業台が二つと書き物机が一つ。
天井までの背の高い棚が壁を埋めていた。
「散らかっておりますが、一応、必要なものはそろっているかと思います」
彼はそう言うと、大きな作業台の上、雑多に並ぶ素材をせっせと棚へ移す。
その作業にコルンも加わったので、ダリヤも手伝うことにした。
作業場に入ったのは、リチェットとコルン、そしてダリヤだけだ。
廊下側、拳一つ開けられたドアの左右に、女性騎士と従僕の二人が控えている。
『誰かが倒れるようなことや煙が出たら許可無く入ります』
安全管理の確認なのか、女性騎士が宣言するように告げ、リチェットがうなずいていた。
作業机を囲んで座ると、すぐ開発に関する話となった。
「船は準備がありますので、先に卵ケースから魔石ケースへの転用について話し合いましょうか。ダリヤさん、砂漠蟲の外皮で作るとのことでしたが、二等級のものでも構いませんか?」
「はい。等級に関わらず、薄手のものも使用できますので」
リチェットが棚から砂漠蟲の外皮を出してくれた。
幸い、ダリヤが持ち歩いている黒革のケースの中、スケッチブックに卵ケースの改善案を書いていたものがある。
より軽量にして積み重ねも安全にできないかとメモしていたものだ。
それを開き、卵ケースの製造方法について説明した。
「卵に合わせた形状でポケットを作り、上下で押さえるのですね」
「なるほど、これならずれないわけです。こちらは魔力成形でしょうか?」
「最初は魔力成形でしたが、今は金型があります。それで熱をかけてから挟み、冷やす形です」
フェルモと話していたときに、金型を勧められ、その工房も紹介された。
試作二度でぴたりとはまった形になり、そこからは工房で卵ケースを製作してもらっている。
「この薄さの皮で、卵は割れませんか?」
「大丈夫だと思います。これと同じくらいの薄さでも、魔物討伐部隊の遠征で割れたことはないと伺っています。あと、最近はインクボトルの運搬にも使われています」
「それほど便利であれば、これから一気に普及しそうですね」
「いえ、似た形状で紙の卵ケースができました。その方がお手頃ですし、お店で買って家に持ち帰るぐらいなら充分な強度です。ただ、水濡れに弱いので、遠征や長距離輸送には向かないそうです」
ダリヤの作った卵ケースは自信作ではあったが、紙のケースの後ろにゼロがつくお値段だ。
十回使えば元が取れるとはいえ、回収の手間も考えれば紙になるのは当然だろう。
試しにということで、魔石と薄い金属板を出し、卵ケースと同じ形に成形していく。
途中でリチェットとコルンも金属板を手にし、スケッチブックを見つつ話し合う。
「ダリヤさん、卵より魔石は丈夫ですから、砂漠蟲の外皮を、もっと薄くしたらどうでしょう?」
「薄く、ですか? 加工が大変ではないでしょうか?」
「大きめのローラーを通せば可能です。ところで、魔石の運搬の際はいくつも重ねるでしょうから、いっそ蓋なしにしてはどうかと。こう――一番上に魔石を入れなければ蓋になるように……」
リチェットは己のスケッチブックを持ってくると、炭芯で形状を描き始めた。
ダリヤとコルンは食い入るように見つめ、すぐに納得する。
「これなら同じ型一枚でいけますね。あ! 魔石がずれないよう、浅くツメの形状で留めるのはどうでしょう?」
「それは、こう……こんな感じのツメでどうでしょう?」
「魔石を入れたらぴったりですね、コルンさん」
作業台の周囲に三人で座っていたはずが、気がつけば、皆で立ち上がって作業をしていた。
「砂漠蟲の外皮をもっと薄くしてみましょう。ちょっと隣でローラーをかけてきます」
「頼みます、コルン。私達は形状を詰めておきます」
隣室には大型ローラーや魔物革向けの特殊裁断機があるという。
しばらくすると、機材の音だろう、何かが回る重い音が響いた。
機材がそろっているのはうらやましい環境である。
コルンはそれほど間を置かずに戻ってきた。
一枚だけ持って行った革は 、魔石ケースを作るのによさそうな大きさで、束となって返ってきた。
三人で魔力による成形をし、水の魔石を止め外し、さらに整える。
魔石は卵より丈夫であり、形状は均一だ。
より簡略化した形にするのも簡単だった。
「これならばよさそうです。イシュラナにも山越えの国内にも、傷なしで魔石が輸送できますね」
「残りの問題は砂漠蟲の外皮の費用でしょうか。イシュラナであれば三分の一の値段と聞きますが、運搬費がかかりますから。できるかぎり薄くするしか……」
コルンの言う通りである。
販売するための魔導具には必ず必要経費がついて回る。
世知辛いが、利益割合に関しては、ダリヤもイヴァーノに重々言われている。
運搬費用を抑えることはできないか、他で削れないか、そう話し合いながら気づく。
何もオルディネで作る必要はないではないか。
「イシュラナで作ってもらってはどうでしょうか? あ、でも、大型ローラーはないですよね……」
言っておいてなんだが、初手から無理そうだ。
イシュラナに大型ローラーを持っていくのは難しいだろう。
向こうで新しく組み立てるには、どのぐらいの期間と費用がかかるだろうか、そう考えるダリヤに、リチェットが答える。
「イシュラナにもありますよ。絨毯の表面を整えるための道具で、魔物素材の絨毯に対応したものですが、砂漠蟲の外皮にも流用できるでしょう」
「師匠、イシュラナには成形魔法を使う魔導具師が、オルディネほど多くはないと聞きます。成形も金型の方がいいかと。革を一度濡らしてから温め、金属の型で挟み、氷の魔石で温度を下げてもらえばよいのではないでしょうか?」
「そうなると、今度は氷の魔石の数が……」
「そうでした。今年、氷の魔石は出荷数が厳しいとグイード様も……」
あちらを立てればこちらが立たず。
今度は経費より氷の魔石の必要数である。
砂漠であれば仕上げの乾かしはお手のものだろうが――
ダリヤは砂漠の天候を想像する。
「砂漠は夜、気温がかなり下がるそうですから、革を金型で挟んで、夜の砂漠においたらどうでしょうか?」
「それなら冷えますね! 金型も昼の砂漠において熱くし、それで濡れた革を挟むのはどうでしょう?」
「黒い金型にすれば、火魔法並みに熱くなるかと。あとは一晩放置して、翌朝早くに取り込めば完成……あちらで試す必要がありますが、いけるかもしれません」
ダリヤ、コルン、リチェットと声が続いた後、互いに顔を見合わせる。
お互いに話が通じ、考えが透けるようにわかるのは、とても楽しい。
笑顔になりかかっていると、リチェットが渋い表情になった。
「ただ一つ、懸念事項がありますが……」
「え? なんでしょうか?」
イシュラナからの輸入となるのだ、国際的な何かか、それとも利益の問題か、そこはグイード達やイヴァーノに思いきり相談しなければ――ダリヤがそうあせったとき、彼はその先を口にする。
「魔導具師の出番がありません」
わざと嘆いてみせる彼に、コルンと共に笑った。
イシュラナは国を挙げ、大竜巻からの復興に取り組んでいた。
いまだオアシスや水路は砂に埋まっているところも多い。
復旧に向かう人員は、オルディネから贈られた水の魔石を持つことになった。
水の魔石とはいえ、無尽蔵に水が出るわけではない。
しかし、水袋よりもはるかに多くの水を与えてくれるそれは、渇きに苦しむ者を救い、救助者の活動を後押しした。
『救いの水石』――水の魔石がそう呼ばれることになったのも無理からぬことだろう。
しばし後、その救いの水石の運搬に、イシュラナの砂漠蟲の外皮で作られたケースが使用され始める。
砂漠蟲の外皮を絨毯整形のローラーで薄くし、金型によって挟み、砂漠に一晩おく。
そして、早朝、金型を外せば完成だ。
特殊技術も魔力も不要である。
作業環境は過酷だが、砂漠の町や村の者達には、再建費用と生活を賄う貴重なものとなった。
ハルダード商会が各地で作業場建設などの後押しを強く行ったこともあり、製造は一気に拡大した。
オルディネ王国は低価格で魔石ケースを輸入する形になり、魔石の破損と摩耗が減少する。
魔石ケースは、イシュラナの産業の一つとして長く続いていくことになる。
もっとも、今、三人の魔導具師に考えがおよぶ話ではなく――
「では、ここからは船の製作に移りましょう。今度こそ、魔導具師らしい開発になるように!」
そろって笑いながら、次の試作に向かうこととなった。




