535.とある家の始まりの話
・ 住川惠先生コミカライズ、マグコミ様にて第46話「獅子と夏の大輪」更新となりました。
・公式X、寺山電先生『まどダリ』第31話公開となりました。
どうぞよろしくお願いします。
「夕食は少し遅くしてもらわなければな」
夏の夕暮れの道を進む馬車の中、レナートがそう言った。
ヴォルフは兄達と共に同意する。
そして、川遊びの後の心地よい疲れを感じつつ、座席に身を預けた。
今は領主館への帰路、父と兄達と同じ馬車に乗っている。
本来、当主・前当主・次期当主候補が同じ馬車に乗ることはない。
警備を考えてのことだ。
しかし、本日はやむにやまれぬ事情があった。
「着替えを持ってくるべきだったね」
「母上やメイド長に見つからないよう、こっそり家へ入らないと」
兄達が悪戯っ子のような会話を交わすと、父が口元をゆるめる。
川遊びに夢中になり、全員がびしょぬれ。
濡れた服は風魔法で乾かしたが完全ではなく、風邪をひいてはいけないと心配され、全員毛布巻きで馬車に乗ることになった。
今は夏、それにヴォルフとエルードは騎士である。
自分達は多少濡れていても問題ない、馬で戻ると主張した。
だが、ソティリスに、『万が一、軽い風邪をひいて近しい方にうつしたらどうなさるのですか?』と真顔で尋ねられ、そろって白旗を上げた。
タオルで拭き足りなかったのだろう。
こちらを見つめる父の髪から、ぽたりと滴が落ちる。
同じくそれに気づいたグイードが、口角を上げた。
「まさに『水の伯爵』ですね、父上」
「ここからは『氷の侯爵』の方が有名になるだろう、当主殿」
軽口を交わす父と兄に笑みつつ、ヴォルフは下がりかけた毛布を肩へ引き上げる。
隣のエルードは両肩を出しており、毛布は腹から下に巻いている状態だ。
その彼が続けて口を開いた。
「そういえば、グローリアの代には公爵位になるんじゃないかと、国境伯――いや、グッドウィンの義父上もおっしゃっていた」
スカルファロット家は子爵から始まり、今や侯爵。
早すぎると言われている陞爵である。
だが、水の魔石、そして他の魔石の開発に関わっていることが評価されたのだろう。
今回の見学で素直にそう思えた。
「そうなったところでおかしくはないな」
「なるべく地盤を整えてから、娘に代替わりしたいと思っているよ」
「父上もグイード兄上も強気だな。まあ、魔石にはそれだけの価値があると俺も思うが……」
当然のように言う二人に、エルードが苦笑する。
だが、父は青い目をこちらへ向けてきた。
「いい機会だ。お前達にもスカルファロット家の始まりを教えておこう」
スカルファロット家も、一応は建国からある家の一つ、王の家臣の一人だと聞いている。
それ以外に特筆することがあるのだろうか? ヴォルフはそう思って聞き返す。
「我が家の始まり、ですか?」
「ああ。初代のスカルファロット家当主は、遠い北からやってきた氷魔法使いの傭兵だ。もっとも、オルディネ王国建国時は、他の公爵家の初代も貴族ではなかったが」
「ご先祖が傭兵からここまで出世したと思えば、あと一爵ぐらい、いけそうだな……」
我が家の祖は傭兵であったらしい。
あと、隣の兄がとんでもないことをつぶやいているが、黙って話の続きを待つ。
「このオルディネ王国は、初代の王が建国、そのとき、七人の騎士や魔導師が支えた。王の部下であったグッドウィンの三兄弟。そして、治癒魔法のラヴァニーノ、火魔法のザナルディ、土魔法のウォーロック、風魔法のガストーニ。そして、水魔法を担ったのは王とされている」
そこにスカルファロットの名は無い。
あれば、もしかしたら公爵という可能性もあったのかもしれないが。
「そして、もう二人、建国を支えた者がいる。王の婚約者であり、オルディネ地域近くに住んでいた案内役の女性、そして、その護衛をする女性騎士だ」
初代王妃の話になったが、スカルファロット家と関わりが見えない。
不思議になっていると、父の声が低く響いた。
「建国後、グッドウィンの三兄弟は、それぞれ王からの剣と領地を得た。他の四人は公爵位と領地を受け取った。水魔法を引き受けていた初代スカルファロットは、報酬も名誉も断り、王の婚約者を希望した」
「え……?」
「は……?」
エルードと共に聞き返してしまったが、当然だと思う。
先に聞いていたであろうグイードは、涼しい表情だ。
「初代スカルファロットは望む女性、『ファロッティア』を得た。王はその護衛騎士、『オルディラ』を妻とした。そうして、オルディラは初代王妃となり、『オルディネ王国』の名の元となった」
我が家の初代は王の婚約者に横恋慕をしたのか、よくそこで処罰されなかったものだ。
いや、それよりも何故許されたのか、それぞれの想いはどうであったのか――
ぐるぐると回る思考を止められずにいると、エルードが尋ねる。
「いろいろと問題になったりはしなかったんだろうか?」
「この話をするときは、『双方、相思相愛だったとよくよく伝えろ』、とのことだ」
双方、幸せに結ばれたらしい。
良かったと言うべきだろうが、初代はずいぶんと思いきったことをしたものだ。
「これを知っているのは、建国時にいた、今あげた貴族だけだ。記録も二人を取り替える形に偽装されている。個々の名誉もあるので、直系の信頼できる子にしか教えぬこと、スカルファロット家では領地でしか話さぬことに決めている」
「いや、父上、これは話せないでしょう」
エルードの言う通りだ。
他家にはとても教えられない内容である。
そして、スカルファロットの名についても理解した。
「スカルファロットの姓は、『ファロッティア』様からとっているのですね」
「そうだ。それと、初代は敵の骨を積み上げるほどに強い傭兵で、『スカル』と呼ばれていたという。それを合わせた名だそうだ」
初代の命名はとてもかっこいい、ヴォルフは素直にそう思う。
もしかすると、自分の名付けへのこだわりは初代からつながっているのかもしれない――
そんなことを考えていると、父と目が合った。
「スカルファロット家の者は、『この人』という人に巡り会ってしまうと、とても厄介らしい」
「そうですね……」
ついうなずいてしまったのは、ここまで聞いたことへの納得で、己のことではない。たぶん。
「初代は王の婚約者を得た。二代目は庶民の冒険者を妻とした。三代目は妻を娶るために領地を拡張した。曾祖父は派閥違いの家から妻を迎えている。妻に捧げるために城のような家を建てたり、森の空気が好きだと聞いて森までも庭とした当主もいる。家に迎えられぬ相手で、その護衛騎士となって生涯を捧げた者も、家から籍を抜き、相手を追って他国へ旅立った者もいる」
「ご先祖の皆様は、とても情熱的だったと思わないかい?」
「はい……」
「近いところでは、妻のため、薔薇園を作らせた者、精肉店に弟子入りして学んだ者もいるな」
にやりと笑った父に、兄達が浅い咳をする。
ヴォルフはつい笑んでしまった。
「そういえば、お祖父様もお祖母様へは三度求婚したとか。子供の頃、お祖母様がおっしゃっていたよ。『スカルファロット家の男達はあきらめが悪い』、と」
グイードはそう言うと、何故かヴォルフに笑いかける。
自分の隣、エルードも兄の笑みとなった。
「だからこそ、勝率も高いのさ」




