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534.一番村の昼食と川遊び

・『魔導具師ダリヤはうつむかない~今日から自由な職人ライフ~』12巻、3月24日発売です。

どうぞよろしくお願いします

 見学も一区切りということで、フリートとシャルリーヌ夫妻は水の魔石製作場へ戻っていく。

 フリートは、ダリヤへは再訪、リチェットには引退延期を願い、周囲を笑ませて退室した。


 そこからは休憩のため、近くの村へ移動することになった。

 水の魔石制作場や領主館に勤める者、その家族などもその村に住んでいるのだという。

 それほどの時間もなく、馬車の中でリチェットが教えてくれる。


「見えてきましたね。あちらが『一番村』です」

「村……?」


 ダリヤは目を見開き、ついつぶやいてしまった。

 馬車の窓から見えるのは、切り石を組み合わせた堅牢な防壁。

 高さはそれほどないが、左右に長く、かなり面積がありそうだ。

 門の横、物見櫓ものみやぐらの上には、しっかりと見張りの衛兵もいた。


 門を過ぎると、大きな宿場街にもひけを取らぬ、しっかりとした煉瓦作りの建物が並ぶ。

 石畳の通りにずらりと軒を連ねた商店からは、人々の賑わいも聞こえてくる。

 遠目だが、小さいながら神殿らしき建物もあった。

 どこをどう見ても、村というより街である。


「水の魔石製作所で働く者はそれなりにいますし、その家族もおります。また、水の魔石を運びに来る者達が逗留とうりゅうすることもあり、宿や食堂ができ、どんどん広くなったのです。そこで名称を『街』に変えようとしたのですが、スカルファロット家が一番初めに開いた村ということで、『一番村』の名称があり、これを変えたくないと住民に願われたのです」

「『一番町』は別の町の区画名として、すでに使われていますから。今の三倍に広くなっても拒否されるでしょう」


 リチェットとコルンの説明に納得した。

 村民の強い希望で村の名称が守られているのは、スカルファロット家の領地運営の賜物たまものだろう。


 ちょうど水の魔石を運ぶらしい馬車とすれ違う。

 互いに二頭立ての馬車が、問題なくすれ違えるほどの道幅だ。

 しっかりと整地されたその上を、馬車はカラカラと車輪を響かせて進んでいく。


 そうして案内されたのは、二階建てのしっかりした煉瓦作りの建物だ。

 それなりの年月を経ているらしく、壁にはところどころ濃緑の苔も見えた。

 看板に宿の文字を見つけたとき、こちらの食堂で昼食と休憩を取ると告げられた。


 朝寝坊で軽いブランチを摂ったダリヤは、それほど空腹ではない。

 軽めにしようと思っているのに、漂ってくる香りの良さに揺らぎそうだ。


「王都のように洒落たものはありませんが、ここはどれもおいしいと評判なんです」


 ドナがそう言いながら、食堂の奥へ案内してくれる。

 それに従い、大きな飴色のテーブルを、ヴォルフやレナート達と囲む形になった。


 すぐ隣のテーブルにはリチェットやコルンが着く。

 騎士達もテーブルに着いたところで、湯気の立つ料理と、果実水や炭酸水が手際よく並べられていった。


「ようこそおいでくださいました、スカルファロット家の皆様。本日のメニューは、湖魚のセージバターソテー、川海老のパスタ、オッソブーコスープ、川貝のオイル漬けです。ごゆっくりお召し上がりください」


 店主の言葉の後、それぞれがグラスを持ち、昼食と歓談が始まった。


 冷めないうちにと勧められたので、ダリヤもナイフとフォークを手にする。

 湖魚のセージバターソテーは、白い皿の上、きれいな狐色を見せていた。

 切り取った一口は、外側がカリッと香ばしく、中はふわりとした食感だ。

 バターと共にセージのさわやかな香りが口内に広がる。


 魚の身の味わい、そしてバターの塩とコク、セージのほろ苦さ、それがちょうどよく混じり合い、とてもおいしい。

 湖魚と一口に言うが、スカルファロット領で食べるそれは味わいの幅が広いようだ。


 川海老のパスタは、頭も殻もついた海老達が麺の海を泳いでいた。

 川海老にそれほどの硬さはなく、背中側に切れ目があるので、ナイフとフォークでもそれほど苦労せずに剥がすことができる。


 騎士達では丸ごと食べている者もいた。

 川海老の濃いうまみにニンニクとコショウが効いており、エールの進みそうな味わいだった。


「ダリヤ先生、水の魔石製作所はどうだったね?」

「水の魔石について伺えて、とても勉強になりました」


 向かいのグイードに問われたので、そちらに声を返す。

 彼はオッソブーコの皿にスプーンを沈めつつ、言葉を続けた。


「魔石の傷みは、ある程度仕方がないと思っていたが、卵のような脆いものも安全に運べるなら、イシュラナへ送るのも安心できそうだ。その砂漠蟲デザートワームの外皮は、王都でも多く購入できるだろうか?」

「はい、一般に流通している素材ですので。商会の方にも倉庫に積んであります」


「では、私からイヴァーノへ仮予約を入れても構わないかな? ちょうど注文しているものもあるのでね」

「もちろんですが、ご注文の品は、魔導具でしょうか?」


 もしや自分がうっかり忘れていないか、ちょっとだけ心配になって尋ねると、彼はにこりと笑った。


「ローザがホロホロクッキーを、グローリアがリンゴ飴を好んでね。おいしい店のものを買ってきてくれるよう頼んでいるんだ」


 それはどちらも下町のお菓子だ。

 口に入れるとホロホロ崩れるアーモンドの焼き菓子、そして、とても甘く歯にくっつくリンゴ飴。

 確かにイヴァーノであれば詳しそうである。 


 納得し、ダリヤもオッソブーコスープを口にする。

 じっくり煮込まれた牛のすね肉は、スプーンで崩せるほど柔らかい。

 スープも、肉やトマト、香味野菜の旨みがとても濃厚で、深みのある味だった。


 隣のヴォルフも食事をしつつ、エルードと話している。

 今の話題は川海老の捕り方だ。

 エルードが子供の頃に川で獲ったと聞いて、目を輝かせている。


「父上も獲りましたか?」

「子供の頃、村の横の川で、家族分の皿に載るぐらいは獲ったな」

「楽しそうですね」


 自然に父へ問うヴォルフの声に、よかった、と思った。

 弟の表情かおになった彼は、家族のいる安心感に包まれている気がする。


 家族とわかりあうことができ、話すことも当たり前になったヴォルフ。

 緑の塔に最初に来た日のよう、一人だけで、さみしそうな彼はもういないのだ、それに安堵し、それでいて――わずかにさびしさを覚えた。


 いや、これはきっと羨ましいだけだろう。

 たった一人の父を亡くした自分には、大人数の家族が、一族がまぶしいのだ。

 ダリヤはそう理由付けをしながら、川貝のオイル漬けを口にする。

 コクのある味わいの中、ピリリとした唐辛子が舌に残る気がした。


「これから久しぶりにどうだ? 川遊びは貴族の嗜みだ。川海老と蟹探しでも、釣りでも水切りでも構わない」

「あの、ダリヤはどう?」


 不意の川遊びの誘いに、ダリヤは咄嗟の返事が返せなかった。

 午後は散策ぐらいで、予定を決めていない。


 けれど、川遊びはヴォルフと家族でいってほしい、そうも思う。

 レナートはこのまま領地に残るし、グイードも王都では忙しい。

 エルードもそのうちに国境へ帰るのだ。


 そこに自分はいない方がいい気がして――

 そう言えずに言い訳を探していると、隣のテーブルから名を呼ばれた。


「ダリヤさん、一度、領主館の工房で卵ケースをお作り願えませんか? 砂漠蟲デザートワームの外皮はありますし、実際の形を拝見したいので」

「私も、できましたら魔導具に関してリチェットさんに教えを乞いたいと思いまして――これからそちらでもよろしいでしょうか?」


 ヴォルフがちょっと残念そうな表情かおになる。

 しかし、向かいから助け船が来た。


「ヴォルフ、ダリヤ先生はスカートだよ」

「あ! すまない……」

「それに、コルンとダリヤ先生には、ちょっとしたお願いをしているのでね」


 声をひそめることもなく、グイードはそのまま続ける。


「王城魔導具制作部のカルミネ副部長と、うちのコルンが中心となって『疾風船』を開発したんだ。王城の他、海でも試している。せっかくだから、リチェットも含めた三人で、スカルファロット家向けのものも試作してもらえないかな?」


「はい、お受け致します」

「喜んで承ります」

「ほう、それは楽しそうですな」


 ダリヤとコルン、そしてリチェットの声がきれいに重なった。

 それに対し、グイードは楽しげに言う。


「家の前はちょうど池だ。三人で好きなだけ船を駆けさせるといい」


 領主館前の池で、魚達の受難が決まった瞬間であった。


「ヴォルフは川遊びを思いきり楽しんできてくださいね」

「わかった。君に川海老と蟹をバケツで捧げられるようにするよ」


 少年のように笑う彼にうなずく。

 ヴォルフが家族と楽しめることを、ダリヤは心から願った。



  ・・・・・・・



 食後しばらくして、ヴォルフは父と兄達、そして騎士達と共に川へ向かった。

 村の防壁の外をかすめるように流れる広い川は、太陽の光を受けてきらめいている。

 時折、小さな魚が跳ねたり、水面に小鳥がクチバシを入れたりしているのが見えた。


「こちら側からあちらの木までは浅瀬だよ。その先はいきなり深くなるから、気をつけて」


 グイードもこちらで川遊びをしたらしい。

 エルードはと見れば、すでに上着どころか、シャツも靴も靴下も脱いでいた。


「今日ぐらいなら泳げるな」


 暑さを感じる今日は、川遊びにはちょうどいいかもしれない。


やぐらの方から見ていてくださるそうなので、あと、犬も放しましたから、皆様、遠慮なく泳いでください」


 ドナがそう言うと、馬車で共に来ていた夜犬ナイトドッグ達が周囲を駆け回り始めた。

 そうして、騎士達もそれぞれ、上着を脱いで袖をまくったり、靴と靴下を脱いだりし、川へ近づいていく。


 ヴォルフは父を真似て、上着を脱ぎ、袖をまくった。

 そして、靴と靴下を脱ぎ、ズボンを膝までまくり上げる。


 魔物討伐部隊の遠征でも川へ入ったことはあった。

 ランドルフが魚を獲るのを手伝ったこともある。

 けれど、これほど心が浮き立ったことはない。


「ヴォルフ、こっち! 蟹!」

「今行きます!」


 エルードの手招きに川を走る。

 ざばざばと冷たい流水を蹴って、足下の動く砂や、ぬるりとした石の感触を覚えた。


 向こう岸に近い岩の間、小さい蟹がいた。

 ちょっと具にするのはかわいそうな大きさだ。


 しかし、ダリヤに見せるにはありか――迷っていると、エルードがひょいと岩を持ち上げる。

 そこには一回り大きな蟹がいた。

 持ち上げたそれに威嚇されているのに、どうしても顔がゆるむ。


「ふ、川海老は私の方が早かったようだな」

「父上……」


 隣に来た父の手には、小さな川海老がいた。


「ほら、そこ! 岩の下に蟹がいるぞ!」

「大きいぞ、逃がすな!」


 騎士達も子供のように川に入り、ざぶざぶと水しぶきをあげている。

 目が合うとにこりと笑みが返ってきた。


「捕ったっ!」


 不意の叫びに振り返れば、グイードが両手で大きめの魚をつかみ、頭上に持ち上げていた。

 周囲からは、さすが当主、大物だ、と明るい歓声が上がる。

 その後は負けられぬとばかり、生き物を探したり、魚を獲ったりに騒がしくなった。


 バケツに三杯の戦利品がたまると、一度、川から上がる。

 シャツとアンダーシャツが濡れてしまったので、あきらめて脱いだ。

 兄達も同じである。


「ヴォルフ、水切りは得意か?」

「はい、それなりに。隊の者とやったこともあります」


 川縁かわべりで父に問われたので、うなずいて答えた。

 水切りは石を水面に向かって投げ、できるだけ多くバウンドさせる遊びだ。

 遠征帰り、ドリノ達とやったことがある。

 それなりにできる方だと思う。


「ヴォルフ、俺の贈った石は試したか?」

「いえ、もったいなくて使っていません」

「気に入ったなら、潜ってまた拾えばいいさ」


 領主館の自室には、エルードからの贈り物である灰色の平たい石があった。

 平べったい石ほど水切りには有利である。


「水切りをするなら、木の向こうあたりがいい。流れがゆるやかだ」


 レナートの提言に、皆で移動した。

 そこからすぐ水切りには進まず、平たい石探しが始まった。

 ヴォルフはあっさり見つけたが、皆はいまだ真剣に石を選り分けている。


 試しに投げて見ると、ぽんぽんと五回ほど水面を跳ねた。

 悪くない。


「兄が手本を見せてやろう!」


 エルードが笑いながら石を持つ。

 手首のスナップを利かせ投げられたそれは、六回、水面に跡を残して沈んだ。


「久しぶりなので勝手が分からないな……」


 そう言うグイードは、滑らかな石の表面を指でなぞり、慎重に投げた。

 石は滑るように進み、水を七回跳ねさせた。

 さすが兄達だ、そう感動していると、父が姿勢を低くした。


「私もずいぶん久しぶりだ」


 膝にためを作り、低く鋭く投げられた小石は、速度がよくのっていた。

 水面を切るように進んだそれは、軌跡を十一回残し、水中へ沈んでいく。


「うわぁ……!」


 子供のように声を上げてしまったが、仕方がないだろう。

 父がここまでうまいとは知らなかったのだ。


 その後は騎士達も投げ、ヴォルフ達も再び投げる。

 力を入れすぎると沈む、角度を間違えても沈む。


 父に手首のスナップのかけ方を教えてもらったが、それでもヴォルフは七回がやっとだ。

 騎士達も、三回から十回までで、それ以上はなかなかに難しいらしい。


 今度はエルードに小石の選び方を教わっていると、軽い声がした。


「では、私も」


 端にいたソティリスが、それほどタメもなく投げる。

 が、その石の軌道は低く、思わぬほど勢いがあった。

 十三回ほど水面に軌跡を残し、向こう岸近くで沈む。

 その瞬間、周囲からわっと高い歓声が上がった。


「石が良かったようですな」


 余裕げに言った彼を、レナートが、じと目で見る。

 父とソティリスはとても仲がいいようだ、そう思いたい。


「今の石は名品に違いない。参考に潜って拾ってくる!」

「俺も行きます!」

「ヴォルフ様、ズボンのまま泳ぐのはおやめください!」

「ここはいっそ、兄弟で泳ごうか」


 貴族の顔どころか、誰も大人の顔すらしていない。

 そして今、高く飛沫を上げた自分が、まちがいなく一番子供だ。


 眩しい日差し、冷たい水、小さな生き物、跳ねる石、にぎやかな声――

 川のせせらぎだけが変わらぬ調子で響く。

 ヴォルフは一番村の川遊びを満喫した。

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― 新着の感想 ―
こんな日が来るなんて 感無量だな ヴォルフ、本当に生きててよかったねぇ
これまでに何度か『ヴォルフにはがっかり』『よくわからない』と感想に書いてきて、この話では『読むことは諦める』と書いたけど、そういうことではないのかもしれないと、思い始めました。 きっかけは、書籍は買…
黒犬さんが楽しそうで何よりです >疾風船 風を生み出す魔石があるならタービン的な物を回してモーターも作れるんでないかなー?
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