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533.水の魔石製作所見学

・私用で遅れて申し訳ありません。

・公式X、寺山電先生『まどダリ』第30話公開となりました。

どうぞよろしくお願いします。

「あちらが水の魔石製作所、こちらは運搬用の待機所となっている」


 レナートの説明を聞きつつ、ダリヤは視線を動かす。

 目的地である水の魔石製作所は、小山を背にした平地にあった。


「水の魔石製作所は、主に地下だ。そこで水の魔石と人員を管理している」


 建物は堅牢な煉瓦作り、正面に両開きの金属ドア一つ。

 その左右に金属鎧の騎士がいた。

 二階建てで、両階に窓はあるのだが、すべて金属の格子があり――

 よく言えば安全そう、悪く言えば囚人の収容所のようにも見える。


 だが、水の魔石は国にとってとても重要なものだ。

 厚い警備も必要だろう。


 水の魔石製作所の手前には、広い馬場と運搬用の待機所があった。

 待機所の一階半分を、馬車が通り抜ける形となっている。


 待機所内外に並んでいる馬車は二十台程。

 四頭立てが多く、緑馬グリーンホース八本脚馬スレイプニルの引く馬車なども交じっている。

 すべての馬車は運搬用の箱形で、車輪もしっかりしたものだ。


 先頭の馬車が止まると、水の魔石用の大きな木箱が台車で運ばれ、渡し木の上を通って積み込まれていく。

 一台が出て行くと、次の馬車が進んで定位置にそろう。

 それが淀みなく続いていた。


 見学していると、馬達も物珍しげに自分達を向き始め、ちょっと落ち着かなくなる。


「ここでは我々が馬達に見学されるな。上で話すとしよう」


 レナートの言葉に皆で笑った後、運搬場の二階へと上がった。

 ダリヤとスカルファロット家の面々は客室へ、騎士達は隣の待機室へと分かれる。


 広い客室には、すでにお茶の用意がなされていた。

 ダリヤが椅子に腰を下ろしたとき、ノックの音が響いた。


 入ってきたのはレナートに近い年齢の男女二人――

 ダリヤはヴォルフに続き、挨拶のために立ち上がる。


「ようこそ、ヴォルフレード殿、そして、はじめまして、ロセッティ男爵。フリート・スカルファロットと申します。待ちかねた甥と、女神のごとき魔導具師殿の来訪を歓迎いたします」

「妻のシャルリーヌと申します。お二人にお目にかかれてうれしく思います」


 青みの強い銀髪と青い目のフリートは、レナートの弟。

 亜麻色あまいろの髪と紺の目を持つシャルリーヌは、その妻。

 二人とも魔導師の黒いローブ姿だ。

 仕事の途中で来てくださったのだろう。


 ダリヤはヴォルフと共に挨拶を返す。

 夫妻はそれに温かな笑顔を返してくれた。


「『ヴォルフ殿』、と、呼ばせてもらってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ、『ヴォルフ』と呼んでください、叔父上」


 フリートはまぶしげに甥を見つめた後、口を開く。


「本来であれば家に帰り、酒宴でヴォルフやエルードと競いたいところですが、イシュラナに送る分の増産に追われていて――まだ水路が復旧していない地域もあるそうですから」

「人命がかかっているのですから、当然だと思います。次の機会を楽しみに待ちます、叔父上」

「次はワイバーンで来ますので、そのときにお願いします、叔父上!」

「それを楽しみに、いい酒をたるで準備しておきましょう」


 親族のなごやかな会話の後、騎士の一人がトランクを持ってきた。

 テーブルの上に置くようシャルリーヌが指示を出し、蓋がゆっくりと開けられる。


「水の魔石製作所の見学ということで、本来であれば内部もご覧頂きたいのですが、勤務者以外禁止の規定がございます。また、体質的に合わない方もありますので、こちらで説明させていただきます」


 守秘があることと、水魔法の使用が多いためだろう、そう思いつつ、ダリヤは続く説明を待つ。

 シャルリーヌの隣、フリートがトランクの中から取り出したのはからの魔石だった。


「水の魔石製作所の地下には、『魔素溜まり』――水の魔力が高濃度で存在する領域があります。『魔素溜まり』の魔力を利用、この魔石に魔力を蓄積保管することで、水の魔石の生成を行っています」

「『魔素溜まり』……」


 ダリヤは思わず単語をくり返してしまう。

 高等学院時代、世界ではいたるところに魔素があり、手順を追うことで、魔法が発動すると教わった。


 そのとき、水の魔石は空気中の水分を集めるか、水を転移させているのかなどと考え、教師に尋ねたが、詳しい理論と検証はないと聞いた。


 おそらく、理論と検証がないのではなく、秘されていたのだろう。

 『魔素溜まり』で水の魔石が作れるなら、この土地の奪い合いがおきてもおかしくはない。


 いや、それならば火や風の魔石なども、それに向いた『魔素溜まり』があるのだろうか?

 頭の中に浮かぶ疑問を口に出せずにいる間にも、説明は続く。


「『魔素溜まり』は各地に多くあります。大きさはそれぞれですが、それこそ王都にも。今までは教科書にありませんでしたが、そろそろ魔法学の教科書の二巻あたりに載るでしょう」


 聞きたいことがすぐに聞けた。

 納得していると、レナートが補足をくれる。


「一度、水の魔石を作ってしまえば、水の魔力持ちがいれば魔力をこめられる。必ずしも『魔素溜まり』が必要なわけではない。我が家がここを利用しているのは、単純に他より効率がいいからだ。上流に『澄んだ湖』があり、その恩恵もあるかもしれん。だが、そこまで行く必要はないと判断した」


 上流にあるのはグラティア湖――

 もしかすると、ウンディーネの魔力が関係しているのかもしれない。

 けれど、スカルファロット家の友であるグラティアを知られぬよう、こちらに水の魔石製作所を作ったのだろう。


 隣のヴォルフも同じように考えたのかもしれない。

 同じタイミングでうなずいてしまった。


「魔石自体は以前からありましたが、現在の規格は水の魔石が始まりです。水の魔石は、他の魔石も同じですが、魔石の表面に魔法陣を書きます。魔法陣の構成要素は、主に『流動環アクアリング』と『凝縮紋コンデンスグリフ』を重ねたものです。これによって魔力を制御し、持続的に水を生み出すよう設計します」


 フリートは手のひらの魔石に、トランクから取り出した銀の小さな印章を近づける。

 わずかに魔力が揺れ、魔石の表面に銀色の魔法陣――とはいえ、小さいのでどのように書かれているかはわからないが、それが淡く光った。


「あとはここに指定の魔力を――初回は少し高めに籠めなくてはいけませんので、よろしいでしょうか?」

「はい」


 強い魔力が動くと、魔力の低い者は魔力揺れ――魔力に揺らされ、乗り物酔いに似た状態になることがある。

 ダリヤは肩に力を入れ、魔力揺れに備えた。


 自分を確認したフリートは、指を手のひらの魔石に添える。

 ゆらり、強い魔力が一瞬だけ空気を揺らす。

 色は見えない、それなのに水のような青を全身に感じた気がした。


「魔力を入れると魔法陣が消えます。これで、できあがりです」


 テーブルの上、見慣れた水の魔石が輝いていた。

 ダリヤはそれにしみじみと見入ってしまう。


 紅茶を勧められたが、すぐには手を伸ばせなかった。

 そんな自分へ、フリートがその青い目を向ける。


「ロセッティ会長、製作工程が地味なので、がっかりされてはいませんか?」

「いえ、素晴らしいです……!」


 勘違いしないでいただきたい。自分は深く感動していただけだ。

 その思いが、ついダリヤを早口にさせた。


「魔法陣一つで水魔力の保管をさせる、しかも、『流動環アクアリング』と『凝縮紋コンデンスグリフ』という難しい魔力制御二つを一つにまとめ、この小ささです。しかもスタンプ形式にしているということは、簡略化の上、すべて一定ライン以上の太さがあるのかと……」

「どちらも手間と工夫ですな」


 そう言ったリチェットに視線を移し、ダリヤは大きくうなずく。


「ここまでなさった開発者、設計者の方は本当に凄いと思います」

「――ダリヤさんはご覧になっていて、疑問や気になったところなどはありませんか?」


 スカルファロット家筆頭魔導具師らしい質問に、ちょっとだけ考えた。


「そうですね……水の魔石というのは、初回はすべて同量の水が出るのでしょうか? 二度目、三度目になると水量が減ると言われていますが、これは入れる術者による違いでしょうか?」


「残念ながら初回の水の量に少々の差はあります。最初に魔力をどれぐらいこめるか――適切な量の魔力を流すことで、魔石内部を一定魔力で安定させるかが大きいようです。二度目以降は術者ですね。回数が上がるにつれて魔石も劣化していきます。あとは遠距離運送になると、どうしても魔石の傷みが出やすくなりますから、耐久性が落ちるようですね」


「運搬のときの衝撃でしょうか?」

「ええ。ですから小型木箱を区切って布を敷き、なるべく傷がつかないように運んでいます。とはいえ、イシュラナに関しては遠距離の上、荷下ろしもあり、重量問題も出てきますから」


 ダリヤも魔石を入れる小型木箱の中身は知っている。

 がたつく道はともかく、荷下ろしでの揺れには対応しきれないだろう。


「一つずつ布で包めればいいのですが、そうなると単価が……」

「単価が……」


 汎用技術者にどこまでもついてくるもの、それが単価。

 きっと小型木箱の軽量化などはすでにしているだろう。

 いっそ、木箱ではなくもっと軽く割れないような箱で――


 そこでダリヤは思い出す。

 軽くて重ねられ、耐久性があり、くり返し使え、今、ちょうど倉庫にみっしりとある素材で作れるものがある。


「リチェットさん、私の商会では、砂漠蟲(デザートワーム)の外皮で『卵ケース』を作っています。それで卵は割れづらくなりました。今の小箱の代わり、『魔石ケース』を作るのはどうでしょうか?」

砂漠蟲(デザートワーム)の外皮で、『魔石ケース』、ですか?」


「はい。単価は上がりますが、くり返し使えます。それに砂漠蟲(デザートワーム)の素材はイシュラナの品ですから、あちらで準備していただくことも可能かと。お試しになる場合、砂漠蟲(デザートワーム)の外皮をお持ちします」


 イシュラナのハルダード商会からもらった素材だ。

 水の魔石の運搬で使えるならちょうどいい。

 そんなつもりで言ったのだが、いつの間にか周囲の音が消えていた。


「ダリヤは、本当に……」


 隣のヴォルフのつぶやきにびくりとする。

 自分の言動を振り返れば、貴重な場所を見学させてもらっている中、営業をかけた形だ。


 いや、こちらでリチェットに似たようなものを作って、イシュラナへの運搬に使ってもらえればと思っただけだが、改めて説明するのもおかしいだろう。

 ぐるぐると考えを回していると、フリートが口を開いた。


「ロセッティ会長は、かの国の貴族でもありましたね……視点高きことに敬服しました」

「いえ! それに関しては、ハルダード商会のご厚意によるものなので」


 ハルダード家がイシュラナ皇帝の連なりの一族になった、それに流された形である。


「せっかくだから試してみてもいいだろう。砂漠蟲(デザートワーム)の外皮はイヴァーノに注文していいかな、ダリヤ先生?」

「ありがとうございます、グイード様。すぐにお納めできると思います」


 グイードが助け船を出してくれたので、即行で乗り込んだ。

 商会の営業を通したようで申し訳ないが、魔石の運搬がうまくいくことを祈るばかりである。


 ダリヤは話を変えようと、視線を動かす。

 再び目に入ったのは水の魔石。

 透明感のある涼しげな青が、心を落ち着かせてくれる気がした。


「他に質問があれば、なんでもご遠慮なく」


 この際なので、フリートの言葉をありがたく受けることにする。


「他の魔石もほぼ同じ形ですが、この水の魔石が最初にできたか、元になっているのでしょうか?」

「それに近い形ですね。それまで少量しか保持できなかった水魔法を、現在の量まで引き上げたのが水の魔石ですから。それに、魔力効率は今も水の魔石が一番と言われています」

「本当に素晴らしいです……」


 今まで当たり前のように使っていた魔石が、技術の結晶だとよく理解できた。

 大型の水に関する魔導具もすごいが、この水の魔石もすごい。

 感動を新たにしていると、それまで黙っていたコルンが口を開いた。


「ロセッティ会長、水の魔石の開発者と話をしてみたい、といった思いはおありですか?」

「それはもちろん――教えを乞えるのでしたら、代価をお支払いしてお願いしたいです」


 三十年近く前にこれだけのものを開発した魔導師か魔導具師だ。

 ご存命ならば、ぜひお話を伺いたい。


「ということなので、引退はおやめください。リチェット師匠」


 コルンの声がけに、あちこちから笑い声があがった。

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― 新着の感想 ―
単純に、前世の知識のフル活用! でもでも、この世界の人からしてみれば 魔道具界の救世主、いや女神様! なんでしょうね…。 もう、責任取って 身バレして 国の相談役になった方が安全なのでは?
商会長なんだから、営業かけていいんよ
水の魔石が最初にできたか元になっているのに、普及は火の魔石の方が早かった(526話)というのが、ちょっと不思議な感じがしました。初期は水の魔石の生産量が少なかったとか、効率の悪い火の魔石が先に普及して…
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