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527.スカルファロット家の魔導具見学(二)

申し訳ありません、私用で更新が遅れました。

・住川惠先生、コミック『魔導具師ダリヤ』第45話更新となりました。プレゼン回開始です。

・臼土きね先生、コミック『服飾師ルチア』第26話更新となりました。ドレスデザイン回です。

どうぞよろしくお願いします。

 部屋にある魔導具を一通り見学し、言葉を交わす。

 ヴォルフは希少素材故か、それとも楽器に興味があるのか、竪琴が今も演奏できるのかなどを細かく尋ねていた。

 それを横にメモを確認していると、レナートからダリヤへ話がふられる。


「ロセッティ殿が作ることが多い魔導具は、どのようなものだろう?」

「生活関連の魔導具で、給湯器や小型魔導コンロ、温熱座卓などが多いです」


 下請けに出すことも多くなってきたが、それでも一定数は自分で作っている。

 魔力付与の腕を鈍らせたくはないのと、純粋に作るのが楽しいためだ。


「ヴォルフの眼鏡を含め、我が家はあなたの魔導具に助けられた。言葉で感謝が尽くせぬほどだ。いずれあらためて御礼を贈らせていただきたい」

「もったいないお言葉です。ですが、私の方が皆様にお世話になっておりますので――今回のお招きをそれとして受け取らせてくださいませ」


 妖精結晶の眼鏡は、ヴォルフの他、ローザリアのためにもなった。

 制作中の魔剣――今は黒風の魔剣だが、ヴォルフの力にそれなりになっているという。


 しかし、ワイバーン譲渡の件といい、疾風船の開発といい、グイードに丸投げし、スカルファロット家に盾となってもらっているものは多い。

 お披露目をしてもらい、こうして領地に招いて歓迎を受け、貴重な魔導具を見せてもらい――

 どう考えても天秤はきつく傾いている。


 あと、正直に言えば、何を贈られるかがちょっと怖い。

 それで今回の招きを代価にと申し出てみたのだが、レナートは納得がいかないらしい。

 眉間に薄く皺を寄せ、顎に指を当てて考え始めた。


 思えば、ヴォルフもこれと似た仕草をしたことがあった。

 そして、その後に突拍子もないことを言い出し――


「では、次に見る魔導具の一部を進呈しよう」

「え……?」


 突然の提案に固まってしまったが、レナートは天気を語るように続ける。


「もう一室に、水関連以外の魔導具をそろえてある。気に入ったものがあれば持ち帰ってくれ。ああ、その前に昼食だな。今日は鹿肉ソースのパスタだそうだ」

「楽しみだね、ダリヤ」


 笑顔の親子を前に、辞退の言葉が言うに言えなかった。


 ・・・・・・・


 しっかり昼食をとった後、一階の別室へ移動する。

 こちらも会議室を思わせる広い部屋だが、壁、天井ともに茶の煉瓦であった。

 長テーブルの上、小型から中型までの魔導具が点々と並んでいる。


「私では説明できないので、我が家の筆頭魔導具師に任せよう」

「そろそろコルンに譲りたいのですが」


 白髪交じりの青髪の男性が、苦笑しながら歩んできた。


「魔導具師のリチェット・マリーノと申します。ヴォルフレード様、お帰りなさいませ。そして、ロセッティ男爵、ようこそおいでくださいました」


 彼はレナートより一回りぐらい上の年代だろうか、丁寧な挨拶をされた。

 ヴォルフとそろって挨拶を返すと、その青紫の目がまぶしげに細められる。


「ヴォルフレード様は、ヴァネッサ様ととてもよく似ておられますね」

「マリーノ様は、母をご存じなのですね」

「はい、婚約腕輪などの付与をさせていただいておりましたので。私はスカルファロット家の家臣、爵位もありませんので、『リチェット』と名前のみお呼びください。男爵であるロセッティ様も同じくお願いします」


 そう言ったリチェットが、自分に視線を移す。

 しかし、スカルファロット家筆頭魔導具師、魔導具師の先輩である。

 ダリヤも自身の名呼びを願った後、互いの『さん』付け呼びが確定した。


 そうしてようやく、魔導具見学の第二部が始まる。


「こちらにあるのは火・土・風魔法を中心とした魔導具です。一部、水魔法と混合のものもあります」


 リチェットは紺色のローブを揺らし、テーブルへ向かっていく。

 ダリヤは彼の後ろ、再び黒い木板を手にし、一言の聞き漏らしもないよう耳を立てた。


「こちらは『風火灯ふうかとう』、本来であれば高いところにつるしますが、ここで失礼します」


 大きな四角い金属枠の中、大きめの炎が灯り、左右へゆらゆらと揺れている。

 炎はガラスの内側だが、それでも少し熱を感じる気がする。


「火の魔石と風の魔石を合わせ、風に揺れる炎を作り出します。右向きだけ、左向きだけといったことも可能です」


 スイッチを押すと、赤い炎が風に揺れるかのように右へ、左へと動きを変える。

 貴族の屋敷でうまく使えば、インテリアのポイントになりそうだ。


「きれいですね。赤がとても引き立って見えます」

「この色合いは遠くからもよく見えますから。屋外で矢の軌道をずらすのに使われたそうです」

「矢、ですか?」


 なぜここで弓矢の話になるのか、そう不思議に思っていると、リチェットが説明してくれる。


「はい。人や小鬼ゴブリンの襲撃による、遠方からの矢を防ぐためです。火を灯した場合、その近くにいる者が狙われやすい。そこで、炎が風で揺れているのを考慮して矢を撃っても、ずれるようにするためです。犬を放っても長距離の射手まで見つけられないこともありますから」

「なるほど……」


 ヴォルフが深くうなずいている。

 ダリヤもようやく理解した。

 矢の軌道を人からずらすことを目的とした魔導具。

 自分がこれまで考えなかった方面のものだ。


「もっとも、これが作られた後、弓矢が発達してより長距離になったり、ランタンを複数灯すなどの対策であまり使われなくなりました。今は見た目のきれいな暖房具です。熱効率はあまりよくありませんが」


 最初にダリヤが思った通りの使い方となったが、なんとなくすっきりしなかった。

 風火灯ふうかとうを消すと、リチェットは机に寝かせていた箒を持ち上げた。


「こちらは初期型の、『掃風箒そうふうぼうき』です」


 ダリヤも知っている魔導具だ。

 『掃風箒そうふうぼうき』は、風の魔石を使い、箒の先端から風を出し、ゴミを浮かせるものだ。

 床や地面のゴミをかき出すのに便利で、今も屋外掃除で見かけることがある。


「『掃風箒そうふうぼうき』自体は今もありますが、初期型はこのような感じです」


 リチェットが壁際へ箒の先端を向け、赤い紐を引いた。

 ブオー!と強めの音がして、風が壁に当たり、少ないが埃を舞わせる。

 逆効果にも見える状態だ。


「初期のものに風の強弱はありません。あと、平たい一方向ではなく、このように円状の風です。初期は落ち葉をまとめて吹き飛ばし、箒でまとめるために開発されたものです」


 魔導具の歴史という本で見た通りである。

 しかし、ここまで強風だとは思わなかった。

 顔にかかった髪を指で直しつつ、やはり実物は見ないとわからないと納得する。


「初期型は高等学院で開発されたのですが、当時の生徒が悪戯で魔石を直列、風量を最大値にし、箒で中空を飛んだことがあるそうです。怪我の有無は記録にありませんが」


 無謀な挑戦者がいたらしい。

 そういえば、前世の魔女は箒に乗っていたが、何か通じるものがあるのだろうか。


「あの箒で飛べるのか……」

「試さないでくださいね、ヴォルフ」


 隣の興味あふれるつぶやきは、即座に止めておいた。

 レナートがくつくつと笑っているのに気づき、ダリヤはリチェットと共に次のテーブルへ足を向ける。


東ノ国(あずまのくに)の『天炎鏡てんえんきょう』です。本来は火魔法付きですが、すでに魔力は切れていますから、触れても問題ありません」


 リチェットが天炎鏡てんえんきょうを下布ごとダリヤへ渡してきた。

 白い布の上に見えるのは、周囲が金属枠の丸い鏡である。

 鏡面をのぞいても顔が映るだけ、魔力の流れも一切感じない。


火山魚ボルケーノフィッシュの肺を付与してあり、魔力を流すと、鏡の表面から明るく細い火が高く上がります。連絡の他、救難の位置知らせにも使われたそうです」


 非常ベルならぬ、非常鏡だった。

 火の高さを尋ねたところ、リチェットが試したときで領主邸の二階天井までだったという。

 ただ、手で持つにはちょっと熱い。

 また、延焼の危険を考えると、山や森などで使うのは難しいとのことだった。


「ヴォルフレード様、魔物討伐部隊では位置知らせはどのようになさっていますか?」

「これまでは、火の魔石で白煙の立つ木を燃やしていました。今年からは、延焼の心配のない白花火を携帯しています。まだ使ったことはありませんが」


 魔物討伐部隊の相談役でありながら、それについて知らなかった。

 メモに『白花火、要確認』と書いて、下に二重線を引く。

 そして、気を引き締めつつ、次の魔導具へ向かった。


「こちらは『山風やまかぜのマント』です。風で裾が大きくひるがえります」


 一瞬、黒い防水布かと思ったそれは、大きなマントだった。

 リチェットはヴォルフに頼んで着てもらった後、首元にあるスイッチを入れる。

 長いマントは背中側にぶわりと大きく広がり、裏側の深紅を際立たせた。

 これなら遠方からでも赤が見え、とても目立ちそうだ。


「動物や魔物は、この内側の赤さを口とみなし、逃げることがあります。山のように大きな生き物と思わせて、威嚇することもできます」

森大蛇フォレストラスネイクあたりを想像するのでしょうか?」

「おそらくはそうでしょう。私は本物の森大蛇フォレストラスネイクにお目にかかったことがないので、比較はできませんが」


 リチェットの悪戯っぽい言葉に笑んでいると、ヴォルフの声が響いた。


「かっこよさそうです! 自分で見られないのが残念ですが」


 どうやら気に入ったようだ。

 レナートが天炎鏡てんえんきょうを傾けて、彼の姿を見せていた。


 そこからもいろいろな魔導具見学が続いた。

 氷と風の魔石を使った『八本脚馬スレイプニル指示器』。

 幼い八本脚馬スレイプニルが言うことを聞かないときに、その足下や爪先に氷の粒をかけるのだという。


 氷魔法を持つ魔物は少ないので、かける相手に手を出すのは駄目だと本能的に従うらしい。

 その後に、食事と教育と世話で信頼関係を結んでいくという。

 もっとも、牧場によっては、すでにいる八本脚馬スレイプニルが己より強ければ、群れとみなして人に従うといった順位付けの方が簡単らしい。


 土の魔石を使った『煉瓦修理機』。

 土の魔石自体でも付与ができるなら欠けた煉瓦の修理はできる。

 だが、きれいな表面にするのはコツがいるのだ。

 部屋の壁で試した煉瓦修理機は、一定の魔力でなかなか滑らかにできた。

 ただし、十倍ほど時間がかかったが。


 並ぶ魔導具にはどれも意味があった。

 その変遷と理由も学べ、ダリヤのメモ帳は厚みを増す。


 テーブルの端、最後に持ち上げられたのは、繊細な模様の彫り込まれた黒い扇だった。


「『守護扇シールディングファン』の一種で、象牙ぞうげと魔蚕の布、巨大蛾ジャイアントモス鱗粉りんぷんを使った扇です」

巨大蛾ジャイアントモスというと、あの、とてもかゆい……」

「ヴォルフレード様も、あれの被害を受けられたのですね……」


 リチェットとヴォルフが深くうなずきあっている。

 巨大蛾ジャイアントモスの鱗粉は毒、強いかゆみを引き起こさせるという。

 ダリヤとしてはその効果は一生知りたくないのだが、付与するとどんな効果があるのだろう?

 それとも、黒の上に載ったこの金のきらめきが鱗粉なのだろうか?

 考え込んでいると、レナートに問いかけられた。


「ロセッティ殿、どうだったね?」

「すべて、とても勉強になりました」


 心からそう答えると、彼はこれまでのテーブルを振り返る。


「お気に召すものはあっただろうか? 複数でもかまわない」

「いえ、どれも貴重な品ですから」


 いつかスカルファロット家に魔導具博物館が作れそうではないか、自分がもらうわけにはいかない。

 そう思って断ると、レナートの視線は黒い扇に向いた。


「では、この『守護扇シールディングファン』ぐらいは手にしてくれ」

「あの、この扇の効果はまだお伺いしておらず――」

「これで打つと、打たれたところがとてもかゆくなる」

「え?」


 まさかの武器だった。

 それを自分が持ってどうしろというのか。


「ロセッティ殿に不埒ふらちなことをしようとするやからがいたら、これで遠慮なく打ち据えるといい。事後処理はスカルファロット家で責を持とう」

「……安全対策でしたか」


 氷結フリージングリングなどの護身用魔導具の一種らしい。

 それならば持つことで一つの安心が得られそうだ。


「ありがたく頂戴します」

「そうしてもらいたい。安全対策は大事だ」


 レナートが青い目を細めて笑う。

 その表情かおはヴォルフとよく似ていて――


「父上がなぜ、ダリヤへ、扇を贈っているのでしょうか?」

「ヴォルフレード様、それは護身用魔導具で――」


 ヴォルフによるレナートへの質問に、リチェットが解説し始める。

 それを聞いていると、レナートが自分の横、一段声を低くした。


「『塔の番犬』が必要になったなら、我が家から出そう。いつでも言ってくれ」


 その言葉に、領主館の近く、スカルファロット家が運営する犬の飼育場がある、そうドナが言っていたのを思い出す。


 長距離の散歩は難しいが、塔の周りには庭がある。

 自主的にぐるぐる運動してくれるような犬がいれば、一匹お願いするのもありかもしれない。


 庭を駆け回る子犬を想像しながら、ダリヤは微笑んで答えた。


「ありがとうございます。そのときはどうぞよろしくお願いします」

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― 新着の感想 ―
これでマジでダリヤさんからワンコを求められたら レナート様も「えーーー…そっちかぁ」だよね
もう、埋める外堀は無いね…
スカルファロット家の領地場面、読み直し中。 レナート様、その番犬ってまさか隣にいる二足歩行する立派な黒い犬の事じゃないですよね……?既に餌付けで懐いてますけど。
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