526.スカルファロット家の魔導具見学(一)
・公式X『まどダリ』第27話公開となりました。
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「こちらのお部屋です。魔導具が沢山ありますので、ご存分にどうぞ!」
「ありがとう、ドナ」
「ありがとうございます、ドナさん」
午前のお茶の時間すぎ、ダリヤとヴォルフは領主館一階の奥へ来ていた。
昨日は夕食後の歓談で、追加のデザートにスカルラットエルバのお酒までしっかり頂いた。
部屋に戻ったときにはすでに夜、メイドが用意してくれた胃薬を飲んで寝ることとなった。
そして今日、ドキドキしつつやってきたのは、領主館の一室だ。
スカルファロット家で保管している、古い魔導具の見学のためである。
両開きの扉の左右には護衛騎士がおり、ダリヤと一緒に来た女性騎士も彼らの隣にそろった。
ここまで案内してくれたドナが扉を大きく開き、ヴォルフと二人で中へ入る。
「おはよう、という時間でもないか。私達だけだ、楽にしてくれ」
会議室のような広い部屋には、レナートだけだった。
前当主が広い部屋に一人でいるというのはどうなのか、領主館だからありなのか、一瞬そんなことが頭をよぎったが、そこまでだった。
長テーブルの上にずらりと並ぶ魔導具。
窓からの光に宝物のように輝いている。
魔導具師として、そちらに目がいってしまうのは仕方ないではないか。
「普段は地下に保管している魔導具を運ばせた。地下より明るいこちらで見る方がいいかと思ったのでな」
「お気遣いをありがとうございます」
「順番に説明するが、何かあれば遠慮なく質問してほしい」
「メモを取らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。私が答えられない質問があればあとで筆頭魔導具師を呼んでくるから、そちらへ聞いてくれ」
至れり尽くせりである。
ダリヤはメモを取るためにテーブルの空いたスペースに、艶やかな黒革のケースを広げた。
大きめの黒い木板の上、書きやすい大きさの紙数枚はセット済み。
携帯用のインク瓶に、黒軸のペンの先端を沈め、すぐに書ける体勢を整える。
「――見事な品だ。どなたからの贈り物かを伺っても?」
「分不相応ではございますが、オルディネ大公より拝受しました」
レナートが目を留めるのも当然かもしれない。
黒革のケースは、九頭大蛇戦後、セラフィノから受け取ったものである。
材質はブラックワイバーンの脇の皮だと、王城の革好きの魔導具師が教えてくれた。
脇の下翼と胴体の接続部にある、しなやかで柔らかい部分。
軽量で丈夫なため、武具関連の素材としても使われる希少部位だという。
なお、その場に一緒にいて、『ワイバーンの脇の下製!』と言ったヴォルフに対しては、馬車に戻るまで『ヴォルフレード様』と呼んでおいた。
「オルディネ大公から――いや、期待の大きいことだ」
レナートには納得されたようだ。
セラフィノの期待は大きいというか、いろいろと丸投げをし、現在進行形でやらかし対応をしてもらっている相手なので、何も言えない。
よって、ここは貴族の二分の笑みで流しておく。
「では、奥のテーブルから行くか」
レナートが話を切り替え、魔導具の説明が始まることとなった。
最初に向かったのは、窓に近いテーブルである。
左端には、銀色の古びたポットのような魔導具があった。
「これは『濾過ポット』だ。三層のフィルターで水を濾過し、飲み水にするものだ」
それなりの大きさである。
持たせてもらうとずっしりと重かった。
携帯にはちょっと向かなそうだと思ったが、続く説明に否定された。
「時間のかかる移動や旅行の際に重宝されたと聞く。だが、泥水をそれなりにきれいにすることはできるが、それ以外は防げない。腐った水、汚れた水などは無理だ」
仕様書を見れば、布、特定の砂、そして植物を焼いた炭をフィルターにしていた。
手軽ではあるが、確かに濾過の限界があるだろう。
「使えない場合も多かったのですね」
「短期間でフィルターが駄目になる、値段が高いなどの問題もあったそうだ」
ランニングコストも嵩んだらしい。
なかなか難しい話である。
「より普及したのが、こちらの『五日水袋』だ」
ポットの隣、使い込まれた茶色い革の大きな水袋があった。
「こちらは牙鹿の革からできており、内に特殊な防腐処理をしたものだ。名前の通り、五日間程度、中の水が悪くならずに飲める」
暑い時期には便利そうである。
ただ、こちらも重量があるのが難点だ。
その横には陶器の壺でできた『七日水壺』があった。
きれいな花々が描かれた高級花瓶にも見えるが、期間は二日延びている。
軽量化の魔法が付与されていたが、ここに水を入れればやはり重くなるだろう。
そして耐久性も気になるところである。
「父上、これは割れませんか?」
「割れる。当時は搬送中に割れた壺の責を負い、仕事を無くした者もいたそうだ」
それが理不尽に思えてしまうのは、水の魔石があり、豊富に使える時代に生まれているからだろう、そう思いつつ、次の魔導具に目を向ける。
こちらはダリヤも似たものを目にしたことがあった。
「飲料用の蒸留器だ。火の魔石があれば海水でも蒸留して飲める。効率はよくないが」
ガラスと金属を組み合わせたそれは、薬品の蒸留器とほぼ一緒。
火の魔石で飲めぬ水を沸かし、蒸留した水を得る形である。
水の魔石より、火の魔石が先に普及したのがよくわかる。
水晶ガラスの加工があり、なかなか割れぬようになっているらしい。
だが、蒸留という手間を考えると考え込んでしまう一品だ。
「このあたりからは魔導具らしくなるか――東ノ国の『清水布』だ」
「『清水布』……」
青銀の風呂敷に見えるが、広げて渡され、その濃い魔力に驚いた。
やや厚手のそれはまちがいなく魔物素材だ。
ぬめつるりとした独特な感触の後、わずかにひんやりとしたものが指先に残る。
「泥水はもちろん、多少問題のある水も濾過して飲料水に変えられる。コップ一杯の水を作るのにもわずかな時間しかかからない」
「素晴らしいですね……!」
効果は絶賛したが、仕様書ではないメモ書きを見て、普及の無理を悟った。
これは東ノ国からの贈答品。
かの国にしかいない月光蜘蛛の糸で編んだ布に、水龍の肺を付与したものらしい。
どうやって付与をしているか、その方法も気になるが、そうそう買えるお値段ではなさそうだ。
そこからも飲料水向けの魔導具が続いた。
飲料水向けの濾過や、より長期に保管する方法を求め、当時の魔導具師が力を尽くしたのがよくわかる。
ダリヤの度々の質問に対し、レナートは淀みなく答えてくれた。
ここにある魔導具はすべて熟知しているようだった。
「こんなにいろいろな種類があるのですね……」
テーブルの端までくると、ヴォルフが感心した声をあげた。
ダリヤも同感である。
「そうだな。安全な水の確保はオルディネ王国の悲願だったからな」
「オルディネの悲願、ですか?」
ヴォルフが目を丸くして聞き返した。
砂漠の国イシュラナであればわかるが、水のそれなりにあるオルディネ王国で、悲願という言葉が不思議なのだろう。
だが、レナートはしっかりとうなずいた。
「王国の初期、河川や沼、湖は魔物が多く、水場に来る人間が狙われた。開墾では水場の魔物を倒すのが最初の仕事だと言われていたそうだ。この領主館の外の湖も水魔馬の縄張りで、初代と騎士達が戦って場を得たものだ」
ダリヤは部屋の窓から見た、きらめく水面を思い出す。
生存を懸けた人と魔物の戦いは、各地であったにちがいない。
いいや、今も魔物討伐部隊が戦い、魔物と人の領域を守っているのだ。
この戦いはこれからも続くのだろう。
「他の領地でも水源の確保で苦心したところは多い。水の足りぬ地域もあれば、水があっても飲料に向かぬこともある。水の汚れ、淀みでの腐敗なども多い。澄んだ水でも寄生虫がいたり、鉱物関係で人間にとって毒となるものがあり、使い続けたことで住民の多くが短命になった地域もある」
水は当たり前に安全なものではない、レナートはそれを噛み砕いて教えてくれる。
そして、問題はそれだけではなかった。
「王国の歴史では、上流の住民が水を汚したとして、下流の住民と諍いになり、殺し合いになったことがある。また、領主関係者が土魔法で川の流れを変え、他の領地の水を奪ったことで爵位剥奪になった例もある」
「そういったことが……」
「水の安定供給ができなければ、平和な暮らしは望めない。だから、初代王からの命で我が家は水の確保、そこから水の魔石の生産、その大量化、効率化、安定供給を目指し続けている。『水の魔石は王国の血』――これは王族の受け売りだがな」
そう言った彼は、水の伯爵の顔だった。
ここまで見せてもらった魔導具は、どれも興味深い。
仕様も素材も構造も、実際の稼働も気になる。
けれど、水の魔石はそれらをすべて超えたものだ。
連綿と続くスカルファロット家の歴史は、そのままこの国の水のそれにもつながる。
オルディネ王国におけるスカルファロット家は、正しく水の伯爵家、そして、氷の侯爵家だろう。
「水の魔石は、とても重いものですね……」
「ロセッティ男爵にそう言ってもらえるのは、光栄なことだ」
ダリヤのつぶやきは、笑んだレナートに拾われた。
自分の横、ヴォルフがこれまで説明された魔導具を振り返っている。
「ヴォルフ、気になるものはあったか?」
「いえ、俺はこれまで家の事業を深く考えたことがなく……水の魔石の重さを、やっと考えられた気がします」
「それはうれしいことだ。ロセッティ男爵からの褒め言葉ももらったことだし、ヴォルフの成長を合わせ、夕食に祝い酒を足すことにしよう」
「父上、ジュナ様に飲み過ぎと言われたばかりでは?」
親子は当たり前のように笑い合う。
ダリヤには、それがまぶしく見えた。
「さて、次のテーブルに行こう。これは水の魔導具ではないが、我が家の家宝のようなものだ」
二つ目のテーブルの上、レナートが木箱から出したのは小さな水色の竪琴だ。
丸みのある本体には、十九本の白い弦が張られている。
高等学院の授業、楽器演奏を選択した生徒が弾くような、一般的なデザインだ。
「大海龍のウロコと髭が用いられたという竪琴だ」
訂正、素材は完全に未知との遭遇だった。
レナートの弾いた弦が、思わぬほど高い音を響かせる。
美しい残響を耳で追っていると、彼の声が続いた。
「効果は音が大きく響く程度だが、初代より、これを奏でた後に求婚すると、成功確率が十割という言い伝えがある」
「成功確率が十割……」
父から竪琴を渡されたヴォルフがつぶやき、その金の目でひたすらに見つめている。
ダリヤは十割の理由がなんとなくわかったが、あえて尋ねることにした。
「お使いになった方はどのぐらいいらっしゃるのですか?」
自分の質問に、レナートは柔らかな笑みを返した。
「聞く限りは初代だけだが、試す価値はあると思っている」




