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525.領主館での晩餐

あけましておめでとうございます。

旧年中はたいへんお世話になり、ありがとうございました。

本年も続刊・WEB更新をお届けできるよう励んでまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます!

 ゆっくり庭を回った後、領主館へ戻る。

 時間は午後のお茶を過ぎたあたりだ。

 ヴォルフと階を分かれると、ダリヤは元いた部屋へ戻った。


 早いようだが、ここからは晩餐に参加する準備がある。

 ドレスケースに入っていた赤いドレスはすでに出され、白手袋も皺なく整えられていた。

 準備を手伝ってくれるメイドは四人。 

 浴室で身体を洗う手助けだけは断ったが、そこからはすべてお任せした。


 髪を乾かしながら、魔導具制作で少し荒れた指にハンドクリームを丁寧に塗られる。

 作業で人差し指の脇についた薄い傷は、水おしろいの二度塗りで隠された。

 それでも貴族淑女の白魚のような手とは言いがたい。


 二種類の下地の後、時間をかけた化粧が施され、髪が整えられる。

 いつもとは違うヘアオイルは、ほのかな薔薇の香りがした。


 メイド二人に締めてもらったコルセットは、ルチアに着けてもらったときより苦しく感じられる。

 侯爵家なのだからこれで当然なのかもしれない、気合いで乗りきろう――

 そんな思いを表情かおには出していないつもりだったが、昨日からついてくれたメイドには気づかれたようだ。

 晩餐を味わっていただきたいからと、笑顔で思いきりゆるめられた。


「お迎えにあがりました」


 装いが整ってからしばらく、迎えが来た。

 開け放たれたドアの向こう、燕尾服姿の執事が見える。

 メイドか従僕に案内されると思っていたので、正直驚いた。


 ダリヤは貴族らしい二分の笑みを心がけつつ、内で記憶を掘り返す。

 貴族のマナー本では、正装の執事が案内するのは、家にとって重要な客ではなかったか。

 当主の弟の友人には丁寧すぎないか、いや、当主が貴族後見人だからそのせいかもしれない。

 とりあえずの納得で、執事の案内に従い、食堂へ向かうことにした。


 階下、両開きのドアの先、予想通り広い食堂があった。

 長テーブルには、すでにスカルファロット家の者達がそろっていた。


 幸いというべきか、人数はそれほど多くない。

 長テーブルの短辺にいるのがヴォルフの父であるレナート。

 自分から見て左に、妻のジュスティーナ、親族であろう若い男性。

 右にヴォルフ、そして同じく親族であろう若い女性が座っていた。


 ダリヤは、レナートの向かいの席――スカルファロット前当主の、正式な客の位置へ案内される。

 靴の踵とドレスの裾を気にしつつも、勧められた席についた。


「ロセッティ男爵、どうぞお楽になさって」


 声をかけてくれたのは、ジュスティーナだ。

 ヴォルフが妖精結晶の眼鏡をかけ、ちょっとだけ心配そうに自分を見ていた。

 席が遠い二人にも、自分の緊張は見抜かれているらしい。


 とはいえ、晩餐を遅れさせるわけにはいかない。

 ダリヤは若い二人と挨拶を交わし、名乗りを受ける。


「アンドレア・スカルファロットです」

「アレッシア・スカルファロットと申します」


 レナートの弟の子供達――ヴォルフにとっては従弟妹だった。

 二人共に銀髪で、色も似たアクアブルーの青い目だ。


「本来であれば父母もテーブルにつくところですが、今は水の魔石製造所から離れられず、申し訳ありません」

「陛下の意向で、急ぎ、水の魔石をイシュラナへ送っている」


 アンドレアの言葉を、レナートが補足してくれた。

 

「人命に関わる大切なお仕事ですから、当然のことと思います。お気になさらないでください」


 ダリヤはイシュラナに帰ったユーセフやミトナを思い出しながら、そう答える。

 そして、健康と幸運、イシュラナの復興を祈り、皆で乾杯した。


「小エビとレモンのゼリーです」


 最初に運ばれてきたのは、エビと薄切りのレモン、そして刻みハーブをゼリーで閉じ込めた一品だ。

 エビの紅白にレモンの黄、ハーブの緑がきれいに対比していた。

 思ったほど酸味は感じない。

 ジュレに近いほど柔らかなゼリーは、口内でレモンの香りを広げた後、ほろりと溶ける。

 その後でぷりぷりとしたエビの味が引き立つ、よい味だった。


「キノコとトマトのブルスケッタでございます」


 スライスした小さなバゲット、そこへ塗られたオリーブオイルの金色の上に、完全なキューブに切られたキノコとトマトが飾られている。

 その手間に感動しつつ、そっと口に運んだ。

 キノコの豊かな香りに、トマトの爽やかさ、バゲットの香ばしさが同時にきて、噛むほどにおいしかった。


 この感動はダリヤだけではない。

 ヴォルフとレナートは咀嚼回数を多くしているし、ジュスティーナは目尻が下がっていた。


 色のよい前菜に続き、湖魚のグラタンが出される。

 そこからは食べながらの話も増えていった。


「今年は湖魚の稚魚がやや少なめだそうです。一部の湖の水質を調査したのですが、数値に変化はありませんでしたので、そういった年なのかもしれません。ヴォルフレードさんはどう思われますか?」

「私も年の差異ではないかと。魔物も数年単位で出現の数に波がありますから」

「ロセッティ男爵、湖魚はお好みですか?」

「初めてですが、おいしく頂いております」


 ヴォルフにはアンドレアが、ダリヤにはアレッシアが会話をつなげてくれる。

 湖魚から魔魚のウロコ、そこから絵の具の染料の話へと、興味深い話が続いた。

 緊張もだいぶ解けた、ダリヤがそう思ったとき、次の皿が運ばれてきた。


大猪ビッグワイルドボアのステーキです。お好みでハーブソースをお使いください」

「先日、エルードとディアーナさんが近くの山で狩ったうちの一頭ね」


 白い湯気を立てているお肉は、エルード達の狩猟の成果らしい。

 しっかり焼かれているそれは、端の焦げまでもおいしそうだ。


 切り分けようとして、カチャリ、ナイフが皿底を打った。

 気をつけているつもりだったが、その音は意外に高く響いた。


 硬い肉ではない、ゆっくり切れば問題ない、そう自分に言い聞かせ、浮かせたナイフを戻す。

 力を込めようとして、ふと気づいた。

 背筋を正しているつもりだったが、上半身が少し前に傾いてしまっている。


 テーブルにつく者達で、そんな崩れは自分だけだ。

 姿勢はまっすぐに、椅子の背もたれにはよりかからない、肘を脇から離しすぎない、改めて気をつけて肉を切ろうとする。

 しかし、指の動きが、いや、身体全体がぎこちなくなってしまっている。


 緊張が再び固まってしまった――そう思ったとき、ガチャリ、と高い音が響いた。

 ダリヤがそちらを見ることはないが、人数の少ないテーブルだ、音の先が誰かは皆わかる。 


「切り分けを。昨日、突き指をしてしまって――」


 給仕に告げたのはジュスティーナだ。

 突き指で肉が切りづらいので、切り分けを命じたようだ。


「ロセッティさんもいかがかしら?」


 不意に名を呼ばれ、ダリヤは慌てて彼女へ向いた。

 自分の無作法に業を煮やしたのだろうか、そう急激に不安になる。


「先程、庭をご覧になったとき、馬だったでしょう? 鞍のハンドルに慣れないうちはつい強く握ってしまって、指が疲れやすいことが多いですから」


 優しい笑みと深くなった青の目に、はっとする。

 ああ、この方はわざと音を立て、自分をかばってくれたのだ、そうわかった。


 ジュスティーナへ礼を言いたいところだが、それでは気遣いを無駄にしてしまう。

 ダリヤは貴族の二分の笑みで顔を整えた。


「お気遣いありがとうございます。お願いします。とてもきれいなお庭で、つい夢中になってしまいました」


 ダリヤの皿の大猪ビッグワイルドボアは、給仕によって一口サイズに切り分けられた。

 ありがたくそれを頂いていると、レナートから赤ワインを勧められる。

 甘口のそれを味わっていると、皆の話題が魔導具と魔物へ移っていった。


 父カルロの開発した樹皮粉砕機が、領内特産の鼻づまり解消の薬を作り出すのに一役買っていること、領内に大猪ビッグワイルドボアが出て、レナートの弟が氷漬けにしたものの、解体できずに領民と悩んだこと――

 興味深かったり、ちょっと笑える話に花が咲く。


 そうして、晩餐は長く続いた。

 グリルされた数種の貝、夏野菜のサラダ、ミルクシャーベットの野苺ソースがけ、ベイクドチーズケーキ――どの料理も美しく、まだ緊張はあったが、おいしく頂くことができた。


 何より、そのもてなしがありがたかった。

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― 新着の感想 ―
私はお酒のこと詳しくなくて、カルロと初めて飲んだ思い出のワインとは知ってたけど、単純に甘口の赤ワインがあるとしか思ってなかったら作品への理解が深まったので感謝です
オルディネの世界には甘い赤ワインあるんだな〜日本でも赤玉やらぶどうジュースみたいな赤もあるしなーって思って気にしたこと無かったなとコメ欄見て思った。 創作の世界は自由なんだからわざわざこっちの世界基準…
ここでジュスママの気遣いに気づいてきちんとお礼言いつつお庭のことも褒められるの凄すぎる ダリヤ、貴族コミュニケーションもこなせるようになってきたんだね…!勉強の成果だ!!
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