523.スカルファロット領主館
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馬を休ませるための休憩をはさみつつ、馬車は進んだ。
窓の外が青と緑から赤とオレンジに変わった後、紺藍に上塗りされていく。
車内の魔導ランタンが揺れるのを眺めていると、御者台後ろの小窓が薄く開いた。
「間もなく到着です!」
ドナがそう教えてくれる。
ダリヤはヴォルフと一緒に、窓から先を見る形になった。
「え……?」
「思ったより大きいな……」
声がそろってしまった。
窓から見えるのは、スカルファロット家の領主館である。
『古い石作りの三階建てで、前に池がある。夏はカエルがにぎやかで、冬はちょっと寒いんだ』
自分達を見送る際、グイードがそう教えてくれた。
だが、目の前にあるのは小さめだがしっかりした白い石造りの城、その周囲は池というより湖だ。
そこを渡って建物へまっすぐに伸びる橋は、二頭立ての馬車でも余裕の幅だった。
牧歌的な風景を想像していたダリヤとしては、目を丸くするばかりである。
馬車が進んでいくと、丸い目は遠くなっていく。
橋の左右には煌々と光る魔導ランタンを持つ騎士が並び、屋敷の正面にはずらりと騎士とメイドが並んでいた。
屋敷も歓迎を示すかのように、すべての窓に明かりが灯っている。
そして、玄関となる両開きのドアの前には、ヴォルフの父レナートと、第一夫人であろう白髪に青の目の女性が見えた。
「なんだか緊張してきた……」
自分の気持ちは、ヴォルフが代弁する形になった。
もっとも、これは物心ついてから初めて領館へ来るヴォルフへの歓迎で、ダリヤはそのオマケぐらい、そう考えてなるべく存在感を薄くしていようと思い直す。
緊張する二人を運ぶ馬車、守る馬車は橋を渡り、屋敷の正面で止まった。
「ヴォルフレード様、ロセッティ男爵、到着致しました」
御者であるソティリスがそう告げると、ドナが外から馬車の扉を開く。
ヴォルフが先に降り、続くダリヤのエスコートをしてくれた。
一斉にこちらへ向く視線に、ただ懸命に背筋を正す。
歩む先には、レナート夫妻がいる。
その数歩前、ヴォルフと横並びにそろうと、レナートが口を開いた。
「ヴォルフレード、帰還を歓迎する――」
そこまで言った彼が、言葉を切る。
その青い目に魔導ランタンの灯りが映り揺れた。
すると、整っていた顔が一転、朗らかな笑みが浮かんだ。
「おかえり、ヴォルフ。そして、ようこそ、ロセッティ殿」
「ただいま戻りました、父上」
「この度のお招きに感謝申し上げます、スカルファロット様」
ヴォルフに続き、なんとか表情を整えて挨拶する。
緊張とこちらに向く視線の多さに、頬肉がつりそうだ。
「お帰り、なさいませ、ヴォルフさん」
「ただいま戻りました、ジュナ様」
白手袋の手をきっちりと合わせ、第一夫人のジュスティーナがヴォルフに笑みかける。
その顔はやや青白く、声は硬い。
けれど、まっすぐな立ち姿に揺らぎはなかった。
「ようこそ、ロセッティ男爵。いらしてくださってうれしいわ」
「お招きありがとうございます。お目にかかれましたことを光栄に思います」
鉄板の挨拶は少しだけ早口になる。
襲撃以降、ヴォルフを見て身体が震えることがあるというジュスティーナだ、この状況は辛いだろう。
できるだけ早く切り上げられるように――そう思っていると、彼女は意外なほど優しく笑んだ。
「どうか楽になさって、二つめの家と思ってくつろいでくださいませ」
「あ、ありがとうございます……」
リップサービスだとわかってはいるが、声がうわずった。
目の前にあるのは城である。
城壁がないから城と呼ばないとか、そういった決まり事があるのかもしれないが、ダリヤにとっては家の範疇ではない。
緊張はほどけぬまま、中へ案内されることとなった。
壁や天井は歴史を感じさせるが、シミのない青い絨毯、壁に等間隔で下げられた明度高めの魔導ランタン、磨き上げられた調度と、その高級さと手入れに納得する。
そして、やはり城のイメージが濃くなった。
「移動でお疲れでしょう。あらためて宴席を設けますので、本日はお体を休めてくださいませ」
ジュスティーナに振り返ってそう告げられ、少しほっとする。
馬車で早朝から夜までの移動は、慣れぬダリヤにはこたえた。
お尻の下、衝撃吸収材を使った馬車用のクッションをしっかり敷いてきたのだが、それでも腰が重い。
とはいえ、正式な晩餐の形ではなくても、夕食はこれからとなる。
一度部屋で身繕いをし、その後に向かうこととなった。
階段を進み、ダリヤは二階の客室へ、ヴォルフは三階の自室へと分かれる。
自分の前後には、ベテランであろうメイドが二人ついた。
貴族ではこういうものだと本で学んではいるが、やはり緊張する。
そして、さらに後ろに続くのはドナと女性騎士達だ。
彼らにはトランクとドレスケースを運んでもらっている。
お世話になるのは一週間と長い。
しかも、歓迎の晩餐があるので正装のドレスもいる。
今回の服装に関し、ダリヤは悩む前に頼れる友に願った。
服飾師のルチアは二日ほど頭をひねり、コーディネイト表を書き、追加の服の準備をしてくれた。
結果、ダリヤの荷物はトランク3つとドレスケース1つになった。
朝の積み込みの際、ドナに荷物の多さを詫びたが、とても少ない方だと言われた。
貴族女性は馬車一つ二つが服でもおかしくないそうだ。
二階の廊下をしばらく進んだ先、扉が開けられる。
メイドに案内されるまま足を踏み入れたダリヤは、つい息をつめてしまった。
壁は柔らかなアイボリー、その上に細かな花模様が刻まれている。
部屋の調度品は白を基調とし、金の飾りをアクセントにしたものでそろえられていた。
壁際の飾り机の上、大きな花瓶いっぱいに色とりどりの花が飾られており、その芳香を漂わせている。
窓にかかる薄水色のカーテンは総刺繍、ルチアが駆け寄りそうな細かさだ。
夜なので窓から見える景色は限られているが、湖面に橋の魔導ランタンの灯りが映り、さざ波と共にきらめいていた。
そして、これは一部屋め、くつろぎとしての場所である。
開け放たれたドアの向こうには寝室――おとぎ話のお姫様の部屋のような水色の天蓋、たっぷりとした布で飾られたベッドが見える。
横たわっても絶対に落ち着けそうにない。
「こちらのお部屋でよろしいでしょうか?」
「――はい、とても素敵なお部屋ですね」
メイドの確認はおかしいことではない。
高位貴族では客室を数種準備し、気に入らない場合は別の客室を使ってもらうこともあると、オズヴァルドの第一夫人であるカテリーナから教わっている。
しかし、自分がされる立場になると落ち着かず――返事が一拍遅れたのは許してほしい。
そこからはメイドに荷解きをしてもらい、夕食へ行く向きに少し化粧を整えてもらった。
晩餐会ではないので、略装の紺のワンピース、やや踵が細めの青い靴、これにダリアの花の形を模したイヤリングとペンダントでできあがりだ。
なるべく急いだつもりだが、廊下に出たところ、すでにヴォルフがいた。
略式の紺色の上下は来るときと同じ装いだ。
でも、ポケットのチーフがきれいな緑で、ついそこに目がいってしまう。
「ダリヤ、聞いて」
突然、真顔でヴォルフに願われ、身構えた。
「俺の部屋があって――木箱にきれいな石がいっぱい入ってた。子供の頃、兄達が俺のために集めてくれたんだって」
「貴重な宝物ですね」
「ああ。セミの抜け殻とかもあったよ。パリパリで触れないけど」
長く来たことのない領主館、それでもヴォルフの部屋はずっとあったようだ。
そして、知らなかった宝物がずっと彼を待っていたらしい。
「それと、魔剣の模造品が飾られてて――灰手と流砂の魔剣。父が取り寄せてくれたんだって」
子供のように笑むヴォルフに、つられ笑いをしてしまう。
その居場所がまた増えたようで、とてもうれしい。
「後で見に来ない?」
「見たいです。あ、でも――」
今の自分の立場上、それは気軽に見に行っていいものなのか、この場合、ヴォルフ以外に誰かの許可がいるのではないか。
周囲にはメイドもいる。尋ねる言葉を選んでいると、ドナが右手を挙げた。
「俺、いえ、私もぜひ拝見したいので、ご一緒していいですか、ヴォルフ様? 灰手がどのぐらい似ているのかも聞きたいので」
「もちろんいいよ、ドナ」
流れるように集団見学が決まった。
メイド達もちょっと笑顔になっているのは、ヴォルフの喜びようだろう。
「じゃあ、夕食の後にでも」
そう言った彼が、こちらへ手のひらを伸ばす。
当たり前にエスコートをしようとする彼だが、ダリヤももう迷うことはない。
「楽しみです」
ヴォルフへ向けた顔は、もう整えてはいなかった。
 




