518.朝まで踊れ
・アニメ「魔導具師ダリヤはうつむかない」 キャラクターイメージ香水2種 、マイファボ様にて予約が始まりました。
・公式4コマ『まどダリ』第23話更新となりました。
・書籍11巻&特装版11月25日・コミックス王立高等学院編2巻12月18日に発売です。
どうぞよろしくお願いします。
「俺はディアーナの迎えに行く。遅れるようなら始めていてくれ」
「ああ、私は庭で主役を務めてくるよ」
グイードはエルードと玄関の手前で別れる。
そのまま向かうのは屋敷の庭だ。
すでにそこには従僕やメイドがそろい、にぎやかな話し声が響いていた。
「旦那様」
自分を目にした若い執事が早足でやってきた。
ここしばらくで、一定数の者が『グイード様』から『旦那様』へ呼び方を変えている。
『旦那様』の声に父を探してしまいたくなる感覚は、どのぐらい続くものか、頭をよぎったその考えを消しつつ、足を止めた。
左側に来た彼は、一段声を低くする。
「ヨナス様がお戻りになりました。明け方までは裏庭の警備をドナ様となさりたいと、その後にこちらと交代するとのことです」
「任せよう。番犬と守護竜がいるなら、庭で羽目を外しても問題ないね」
笑んで答えていると、早足の二人目がやってきた。
「庭の端に子猫がいましたので、言いつけ通り、毛布に包んで、親のところへ返しました」
「ご苦労だったね、シュテファン。それにしても、躾のなっていない子猫がいると、親は大変だ。外に出さないよう、私からも言っておかないと」
「グイード様、それは明日以降で――本日はスカルファロット侯が一番祝われなくてはいけませんから」
部下のシュテファンに、いい笑顔を向けられた。
彼はスカルファロット家の所属になってから、活き活き度が増した気がする。
白薔薇眼鏡店を任せたのは正解だったらしい。
それを超える働きをしてくれそうだ。
「そうだね。妻の願いもある。今日はとことん屋敷の皆と祝うことにしよう」
月明かりといくつもの魔導ランタンで照らされた庭に足を踏み出すと、周囲の者達が集まってきた。
グイードはずらりと並んだ彼らの前、右手を軽く挙げる。
話し声はぴたりとやんだ。
「さて、スカルファロット家の祝いを始めよう。門を閉め、犬を放て。酒のグラスと料理の皿をカラにせよ。明日の朝まで起きていられる者は、私と踊っておくれ。妻に靴の底を削ってくると約束したのでね」
最後の一言で、笑い声が上がった。
屋敷側にいくつも並んだテーブルには、酒、果実水、料理が山と載っている。
料理長が追加で持って来たのは、小型魔導コンロの上に載せるコーヒーポットが二つ。
夜明かしの準備も整ったようだ。
一人の騎士が剣の代わり、ヴァイオリンを手にする。
その音が高く響き始めると、グイードは青い上着の襟を整えるべく、指を滑らせた。
「シュテファンも踊っておいで」
「ありがとうございます。ですが――そうさせて頂きます」
護衛はいらないのか、そう確かめかけた彼が、言葉を切った。
今は信頼できる者だけだから、ヨナスやシュテファンといった護衛役はいらない。
そう周囲に伝えるためにも、彼には自分から離れてもらう必要がある。
「問題ありません、シュテファン殿。グイード様の上着でしたら、私でもお預かりできますので」
代わってくれたのは魔導具師のコルンである。
彼が従者役としてつく、そう理解したシュテファンは、浅くうなずいて了承する。
そうして、眼鏡をつけたメイド達の元へ笑顔で駆けていった。
「グイード様、ダンスで暑くなられましたら上着をお預かりします。お側におりますので、何かあればお声がけください」
上着に仕込んだ短杖が不要だと言うことは、コルンが背を守ってくれるようだ。
ヨナスかドナの采配だろう。
コルンは魔導具師だが、屋敷内で背を任せられるほどの戦力はある。
今日の黒い上着は少しばかりゆるそうだ。
護身用魔導具の数種類は備えているらしい。
「任せたよ。他と踊る機会を奪ってしまってすまないね。ああ、最後の一曲は付き合ってくれ」
「ありがとうございます。今夜限定ですが、グイード様の従者となれることを光栄に思います」
コルンが従者らしく一礼した。
グイードは彼を引き連れる形で、目当ての者へ歩んでいく。
彼女の正面に立つと、白手袋の右手を差し出した。
「さて、メイド長、いや、メリッサ殿、一曲目をあなたに願っても?」
幼子の頃、スプーンで食事をこの口に運び、毒見係もしてくれた彼女が、目尻を下げる。
「光栄です、スカルファロット侯。我が人生で最も幸福な日となりましょう」
指を手のひらに重ねつつ、涙を目の縁でこらえるのをやめてもらいたい。
今日が最も幸福な日ではない。
我が家の繁栄と幸せは、ここからも続くのだ。
「それは困ったな。あなたには次期スカルファロット侯になったグローリアとも踊ってもらう予定なんだ」
「まあ! それでは、その日まで両パートに磨きをかけておきますわ」
白髪のメイドは、ダンスの腕を組み合いながら、昔と同じ声で笑った。
グイードはそのままメイド長と踊り、続いて副メイド長と踊る。
伴奏は騎士のヴァイオリンと、メイドの笛だけ。
弾ける数人で交代する形である。
曲もダンスの基礎とされる三曲をひたすら繰り返すだけだ。
けれど、気負わぬそれがよかったのかもしれない。
グイードが二曲目を踊り終わったときには、周囲から緊張は消えていた。
三曲目では、騎士、従僕、メイド、料理人達がそれぞれ自由に動いている。
美しいステップを踏む者もあれば、ダンスが不得手でぎこちない者、踊れずにただ手をつないで回っているだけの者もいる。
また、ダンスに興味はないとばかり、テーブルで酒と食事に懸命な者、普段あまり話さぬ相手と笑い声を立てている者もいた。
上下なく手を取り合うこの様は、通常の侯爵家ではありえない光景だ。
だが、自分が侯爵を祝う今夜だけは、屋敷の中の者達とこうして祝いたかった。
実行に迷いはあったが、妻のローザリアが自分のわがままとして願ってくれた。
彼女と踊れぬのは残念だが、こればかりは仕方がない。
「エルード、どうしたね?」
三曲目が流れる中、浮かぬ表情でやってきた弟に声をかける。
その隣、婚約者の姿がなかった。
「ディアーナは、母と飲み会をするから、俺は朝まで踊ってくるよう言われた」
「気遣いの深いお嬢さんだね」
母はまだこちらで笑えるほどには回復していないだろう。
エルードや自分に代わり、ディアーナが母に寄り添ってくれるようだ。
この申し訳なさの穴埋めは、いずれしっかりしたいところである。
「くっ! 婚約発表の今日くらい、少しは俺との甘い時間を……」
何かごにょごにょと言っている弟に関しては、聞かなかったことにする。
「それにしても、兄弟そろってパートナー不在とはなぁ」
「今夜のパートナーならいるじゃないか、こんなに沢山。朝まで踊っても踊りきれるかどうか」
残念そうなエルードにそう言うと、胸を叩きながら返された。
「半分は俺に任せろ。スカルファロット侯ではなく、スカルファロット男爵予定で、ありがたみも半分だが」
「いや、お前はなかなか王都に来ないから、希少性で倍になる。ちょうど半分だよ」
笑い出す弟と方向を違え、それぞれにダンスに向かった。
グイードが次に決めている相手は、テーブルの横、周囲を確かめるように眺めている。
いかなるときも全体を見通そうとする努力は認めるが、今は例外にしてもらいたい。
「執事殿、君もダンスは得意だろう?」
「嗜む程度ですが」
彼の祖母は、スカルファロット家で長くダンスの講師をしていた。
嗜みの度合いが自分の限界を超えていないことを祈りたい。
一曲を願えば、若き執事はやや緊張した面持ちで受けてくれた。
ダンスの後、執事と兼任でダンス講師を打診したのは本気である。
彼は笑っていたが、近いうちに真面目に交渉するとしよう。
その後もグイードは相手を替えて次々と踊る。
子供の頃から世話になった騎士やメイドから、踊りながらの言祝ぎを受けた。
笑いながらターンをする騎士もいれば、緊張して足を踏む料理人、踊り終わって泣き出すメイドと慌ただしい。
それでも、どれも楽しいダンスだった。
エルードはどうかと視線を回せば、何をどうしたものか、護衛騎士数人で輪を作り、ぐるぐるとものすごいスピードで回り、曲の一節で今度は反対に回っていた。
酒も大変によく回りそうなダンスである。
曲が終わって目が合うと、エルードは息を切らしつつ、こちらへやってきた。
「国境で教わったダンスだ。脚力がつく」
「うん、いい鍛錬になりそうだ。でも、お前は一度シャツを替えるべきだね」
襟の下からの汗がシャツを濡らしているのがはっきり見える。
それでも弟は、スカルファロットの青の上着を脱がぬつもりらしい。
「そうだな。部屋に戻って替えてこよう。兄上もその方がいいんじゃないか?」
「私はシャツより靴下を替えたいかな」
ダンス用の靴に、乾燥中敷きを入れておかなかったのが敗因だろう。
連続のダンスで熱が籠もってしまった。
「俺は乾燥中敷きに五本指靴下を履いている。屋外で踊るならこっちの方が断然いい」
「なるほど、では私もそうするとしよう」
夏の夜の宴は、まだまだ続く。
グイードはエルードとコルンと共に、着替えに向かうことにした。
ふと見上げた二階の窓に、薄青い光が見える。
独特なあの光は、ダリヤの作ってくれた魔導ランタンのものだろう。
「ヴォルフと父上は、ゆっくり話せているようだね」
「今までの分を埋めるなら、徹夜しても足りないだろう」
つい足を止めてしまった自分に、エルードはいつもの声で答えてきた。
「エルードにも早めに機会を設けるよう、父に伝えておくよ」
この弟も同じだ。
父と距離があり、高等学院卒業後はそのまま国境警備隊へ。
話せなかった期間はヴォルフと同じく長い。
父と会えなかった期間はヴォルフ以上だ。
兄としては、エルードにも早めに父と話をして欲しいのだ。
「いや、しばらくはいい。ヴォルフと父上がとことん話して、落ち着いて、その後でかまわない」
「遠慮は要らないよ、エルード。お前にも父上としっかり話して欲しいんだ」
しかし、自分の言葉に対し、弟は曇りのない笑いを見せた。
「兄上の気持ちはうれしいが――これでも俺も、『兄』だからな」
窓越しに見える金と青の魔導ランタンの光が、少しだけにじむ。
その光は、よりまぶしい朝日が届くまで輝き続けていた。
 




