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514.お披露目会~終わりと王の歌

・アニメ「魔導具師ダリヤはうつむかない」BD-BOX上巻10月30日発売です。

・書籍11巻&特装版、11月25日に発売です。

・公式X『まどダリ』第21話更新となりました。

どうぞよろしくお願いします。

 華やかなお披露目もほぼ終わり。

 歓談は続く形だが、招待客は時間をずらし、大広間を出て行く。

 馬場の混雑を避けるためである。


 ダリヤはスカルファロット家側、ヨナスとヴォルフの間でそれを見送った。

 もっとも、全員が帰ったわけではない。


 セラフィノが壁際の椅子に座って休んでいる。

 ダンスの疲れらしく、少ししてから帰るそうだ。

 護衛のベガがぴたりと付き添っていた。


 フォルトはここまではルイーニ子爵、ここからは服飾ギルド長として、女性のドレスのケアに回るそうだ。

 今日一日で、最も忙しいのは彼かもしれない。


 男性達の燕尾服はいいが、女性達はドレスを脱がないと、エチケットルームへ一人で行くのも難しい。

 ダリヤも、別室で着替えてから帰る予定である。


「カッサンドラ嬢をお送りしてきます」


 ヨナスがグイードにそう告げた。

 と、そこへセラフィノがするすると近づいてきた。


「今夜の記念に一曲依頼しても? 祝いではなく、私が聞きたいだけですが」

「もちろんです、オルディネ大公」


 さすが、王立歌劇場の歌姫である。

 セラフィノの急な願いを、一瞬の迷いもなく受けた。


「『嵐の女王』から一曲と言いたいところですが、開演中の曲を願うのは礼儀知らずですね。長い曲もなんですし……ああ、『王の歌』はどうでしょう? 短めなので全員手を止めて聞けるでしょう?」

「承りました」


 すでに楽団員は楽器を手から離している。

 指揮者がこちらを見ていたが、カッサンドラは首を横に振った。

 どうやらアカペラで歌うつもりのようだ。


 彼女が大広間の中央に立つと、セラフィノとスカルファロット家の者達がその向かいにゆるく並ぶ。

 楽団の者達は立ち上がり、従僕とメイドも一時、その手を止めた。


「人に隠れ ひとまぼろしを追うとき 誰もが一国の王となる」


 最初の一節は語りがけだった。

 ダリヤの知らぬその歌は、オルディネ王のことではないらしい。

 カッサンドラの右手がゆるやかに挙げられた。


「七色の宝珠ほうじゅを空に放ち 鮮やかなにしきを水の如く流す

 金銀の宮殿に水晶の灯りをかかげ

 笑い声はさざめき 愛を誓う恋人達が幾重いくえにも過ぎる


 子供達は鳥のごとく まりのごとく遊び

 老人達の満足げな口元からは 静かな思い出がこぼれる」


 高低差のある歌声が、絢爛けんらんたる宮殿、治世の安定を告げる。

 理想の王国を願う歌なのかもしれない。

 両手を広げていく歌姫の高らかな声は、さらに大広間に響き渡る。


「尊き賢人は隣に控え 臣下達は偽りなき忠誠を誓い

 玉座に在る己の なんときらびやかなことか」


 完璧な王が出現した――そう思ったとき、歌姫の両手はだらりと落ちた。


「だが 一陣いちじんの風に夢は揺らぎ 不意に幻は消え去る

 どのように華やいだ夢であっても 一体 何になろう?」


 一転、その悲痛な歌声に、耳も心も奪われる。

 誰もが次の声を待ち――一際高く、歌声はあふれる。


「この世界 すべての者が私に跪いたとしても あなたこそが王国のあるじ

 玉座を空けてひざまずこう

 我が王国のあるじ  我が心の支配者――!」


 不意にわかった。

 これは恋歌だ。

 せつなく、深く、消せぬ恋。

 自分の理想も、願いも、何もかもが、その想い人へ繋がるような――


 歌姫への拍手が波のようにわき上がり、ダリヤも慌ててそれに加わった。


「じつによかったです。歌のお礼は後日、歌劇場へ届けさせましょう」

「ありがとうございます、オルディネ大公」


 セラフィノが満足げに言うと、カッサンドラが優雅に笑み返す。

 そして、周囲に挨拶をした後、ヨナスのエスコートで退室した。


 その後、エルードがディアーナの元へ、そして、ヴォルフがダリヤの元へとやってくる。


「お送り致します、ロセッティ男爵」

「ありがとうございます、ヴォルフレード様」


 定型の挨拶をして、差し出された手のひらに手を重ねる。

 お披露目の終わりはパートナーとそろって退室する、その形を守るためだ。

 そうして、彼と共に魔導シャンデリアのまぶしい大広間を後にした。



「やっと、終わりました……」


 廊下に出て数歩、ディアーナの長い長いため息にエルードが笑い出す。

 ダリヤもようやく肩の力を抜いた。


 四人で先程までの緊張と、歌の感動を分かち合いつつ廊下を進む。

 区画毎に護衛騎士がいるので、ダリヤはつい挨拶をしそうになってしまう。

 他の三人が平然としているが、慣れるのはなかなか大変そうだ。


 エルード達は別の階へ移動とのことで、途中で分かれた。

 そこからはヴォルフと二人で進んでいく。


「お疲れ様、ダリヤ」

「ヴォルフも、お疲れ様」


 互いの顔に、疲れと安堵が混じっている気がする。


「その――髪、痛くなかった?」


 ヴォルフがためらいがちに尋ねたのは、セラフィノとの二曲目のことだろう。

 カフスボタンに髪が絡まってしまったが、幸い、抜けずに済んだ。


「大丈夫だったわ。でも、セラフィノ様の靴を踏んで傷をつけてしまって……グイード様が次に遊びに行くとき、砂丘泡ドゥナボーラのクッションと、乾燥中敷きと五本指靴下を持っていってもらうことにしたの」

「そうだったんだ。じつは俺もティルナーラ様の爪先を踏んでしまったから、贈った方がいいかもしれない」

「ヴォルフも緊張していたのね……」


 ダンスの上手い彼にしては珍しいと思えたが、こういった場では緊張して当然だ。


「それなら、ティル様にも砂丘泡ドゥナボーラのクッションと女性用の乾燥中敷きをお贈りしたらどうかしら? 商会の方で準備するから」

「ありがとう。そうしてもらえると助かる。支払いは俺が――」


 そんな話をしつつ、廊下を進む。

 窓の外はすでに月が輝き、星がまたたく時間だ。

 ヴォルフが不意に歩みを止め、夜空を見上げた。


 ダリヤも同じようにしようとして、つい視線を彼で止めてしまう。

 普段でさえ王都一の美形と表されるのに、本日はスカルファロットの青の燕尾服といい、後ろに撫でつけられた髪といい、格好良さ増し増しである。


 童話の王子様の具現化とすれば、目がいくのも仕方がないではないか。

 そんな弁解を自分にしていたら、ヴォルフが自分に視線を移した。

 そして少し身を寄せ、一段声を低くする。


「ダリヤ、その、父と踊ったときにたまたま聞こえたんだけど――俺って本当に、イビキはかかない?」

「う、うたた寝しているときに聞いた記憶はないわ」


 返すささやきは上ずってしまった。

 ダンス中も言い換えはした。

 ヴォルフの父、レナートに誤解はされていないはずだ、きっと。


「遠征中、ドリノに、『昨日、ガーガー寝てた』って教えられたことがあって、気になってたんだ。誰かと一緒に眠るとき、相手に迷惑をかけるんじゃないかと思って……」

「きっと気にならないわ」


 答えると、なぜか二人の間に沈黙が落ちた。

 同時に視線をそっとずらしたのは、再び歩き出すためで、他意はない。


 イビキに関しては遠征のときの話で、ヴォルフと同じテントで眠る隊員の受け取り方次第であり、実際にどのぐらいの大きさのイビキなのかわからず、自分が気になるならないの問題ではなく――

 ぐるぐるする思考を全力で投げ捨て、ダリヤは話題を変える。


「あの、できあがった魔導ランタンを、レナート様に早めに確認して頂いて。気になるところがあったらすぐに直すから」


 早口で言い切った自分に、ヴォルフはこくりとうなずく。


「ああ、今日中に渡すよ。それと、これから家でささやかな祝いをするんだけど、ダリヤもどうかな?」

「ありがとう、声をかけてくれて。でも、今日は着替えたら家に帰るわ」


 ありがたい誘いだが、お披露目をして頂いたとはいえ、一族での祝いに自分が参加するわけにはいかない。


「今日はご家族で祝って。その――私は、少し疲れてしまって、別の日に、家で祝えればと」

「ごめん! 気づかなくて。それなら、着替えが終わったらすぐ塔まで送るよ」

「ルチアと一緒だから、本当に心配しないで。今日はご家族で祝って、魔導ランタンの確認を早めにお願い。レナート様が領地にお戻りになる前に直せた方がいいと思うから」


 心配症のヴォルフに対し、理由を付け、声を明るく答えた。


 男爵のお披露目は、『王国の夢の一夜』ともたとえられる。

 庶民であった者が、きらびやかな貴族の世界を垣間かいま見るひとときだからだ。


 別世界のように豪華な場で、王子様のように素敵なヴォルフと踊った。

 だから、その雰囲気に酔っただけ。


 三曲目を踊りたいと、隣で彼をもっと見ていたいと、自分を支えるこの手を離したくないと――

 その先を一瞬でも夢見たのは、ただの酔い。


 ヴォルフは、自分の王国のあるじ でも、心の支配者でもない。

 この愚かな夢を醒ますよう、早く塔に帰りたい。 


「ダリヤ、俺の叙爵のときは――スカルファロット家で、一緒に祝ってもらえないだろうか?」


 その声がけで、我に返った。

 隣の優しい表情かおと声に、ダリヤは懸命な作り笑顔を返す。


「喜んで。友人としてお祝いにくるわ」

「ええと……」


 声の終わり、廊下の向こうからルチアとその部下であろう女性がやってくるのが見えた。

 着替える部屋もすぐそこだ。

 これなら送ってもらったといえるだろう。

 金の目をまっすぐ見返せぬままに、ダリヤは手を引いて離れる。


「ここまでで大丈夫です。今日はありがとうございました、ヴォルフ。また、そのうちに」

「ああ、明日にでも連絡するよ」


 何も変わらない。

 何も変えたくない。

 それなのに、見慣れているはずの笑顔が、胸に痛いほどまぶしかった。

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― 新着の感想 ―
王国の歌を聞いたダリヤ。 「自分の理想も、願いも、何もかもが、その想い人へ繋がるような――」恋歌と理解したならば、自分の理想、みんなで幸せに暮らしたいも、自分の魔道具で笑顔になってほしい、もヴォルフに…
別にいいんだよ。最終回間際でくっつけば。 明確に恋愛になるより恋愛一歩手前くらいの関係の方が尊いこともあるんだよ。
打って出たーーー!!(のか? アレで?) でもカウンターでスルーされたーーーwww
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