513.お披露目会~余興の歌と友の父
しばらく後、ダリヤは曲調が変わったのに気づいた。
ヨナスにエスコートされたカッサンドラが、楽団の近くへ移動していく。
今、王都で一番、『会いたいと切望される姫君』――グイードが言った通り、彼女を知る貴族は多いらしい。
王立歌劇場の歌姫が歌う、そう気づいた者達が、ざわめきを広げていく。
小柄で柔らかな雰囲気のカッサンドラは、楽団の横に立つと、花開くように笑む。
人々のささやきは、期待の静寂に置き換わった。
彼女が指揮者へ目を向けると、聞いたことのある旋律が流れ始める。
勇壮とも言えるそれに、目を輝かせる男性達がいた。
カッサンドラは両の指を合わせ、ゆっくりと口を開く。
伸びやかな歌声は、曲と共に広がった。
「金の太陽の下 白き騎士は剣を手にする
強き風をものともせず 無事祈る乙女に振り返ることなく――」
素晴らしい歌声に、誰もが口を閉じて聞き入る。
先程までの柔らかさが消え失せ、騎士を思わせる強さを感じるほど、さらに高らかに声を増して続く。
「その目 敵を見据え かかる困難 すべて斬り伏せて
嵐が吠えるとも 大地が震えるとも その身と心は鋼よりも強く
凱歌響くまで 決して揺るがず」
初等学院の頃から時折聞く、『騎士の歌』。
古くからあり、学生が音楽の授業で歌うこともあれば、飲食店で酔った者が歌う曲でもある。
騎士を讃える歌は、間奏の後も続く。
「銀の月の下 赤き騎士は槍を手にする
深き闇を恐れもせず ささやく死神に答えることなく
その目 閉じるまで前へ 迷いなく 勝利向けて歩め――」
聞き入る者達が多い中、ダリヤはそっと目を伏せる。
カッサンドラの濃い赤から薄い緋となる美しいドレスに、国境の九頭大蛇戦、血だらけの隊員達を思い出してしまった。
この歌は苦手だ、そう思う。
子供の頃はわからなかったが、続く歌詞は騎士の死を仄めかしている。
勝利を収めて帰ってくる騎士は名声を手にし、帰らぬ騎士は未来に名を残すといわれる。
それよりも無事帰ってきてほしい、そう思うのは、自分が臆病だからだろう。
魔物討伐部隊の相談役として、口にはできない話である。
歌が終わると、人々の強い拍手と賞賛が広がる。
ダリヤもようやく視線を上げ、拍手の一つに加わった。
そこからはまたダンスが再開される。
予定の順番は少しずれたが、ダリヤも続けて踊った。
最初に貴族へのお披露目をしてもらった、商会保証人でもあるジルド。
魔物討伐部隊長であり、上役ともいえるグラート。
服飾ギルド長で、今回のドレスでもお世話になっているフォルト。
冒険者ギルドの副ギルド長で、魔導具に使用するスライムを含めた素材で助けてもらっているアウグスト。
皆、ダンスにとても慣れている上に、話題は魔導具や魔物討伐部隊のことがほとんどだ。
それなりに緊張はしたが、失敗もなく踊りきることができた。
その後はローザリアの隣で、ティルナーラと共にグラスを手に話をする。
以前のお披露目のときに話をしたご婦人達もやってきて、お祝いの言葉を頂いた。
そのまま会話は続き、前回と同じく健康に関することから、食事に関することとなった。
今、貴族の若い女性の間では、朝食に花だけを食べるというのが流行っているらしい。
痩せてきれいになるという話だが、母親としては心配だそうだ。
ダリヤとしても、カロリー不足と栄養の偏りが気になってしまった。
そこからは、花つながりでブーケの話に飛び、最終的にそれぞれが若い頃のデート内容について伺った。
歌劇に船遊び、庭園巡りといった優雅なものから、乗馬で駆け競べ、剣の手合わせなど、双方が騎士科らしい活動的なものまで様々だ。
なお、『丘の上から領地を眺めてのピクニック。今後の領地運営について熱く語り合った』については、それはデートなのかと尋ねるに尋ねられなかった。
また、『夏に魔法の試し打ちをしてもらい、凍った池の隣で涼んだ』とおっしゃる方もあった。
周囲のご婦人達が一瞬だけ固まったが、すぐに切り換えていた。
お相手の魔法の凄さはダリヤも承知しているので、池の魚の無事を祈るにとどめた。
そうして、盛り上がった歓談も人がひいていく。
ダリヤは誰にも気づかれぬよう、そっと息を吐いた。
グラスに注がれても飲まれぬ酒、整髪料と香水の香りが、少し重い。
華やかな宴は、間もなく終わりの時間を迎えようとしている。
そんな中、こちらに近づいて来る者と目が合い、つい構えてしまった。
「ロセッティ男爵、一曲よろしいだろうか?」
「はい、光栄です」
目の前にやってきたのは、ヴォルフの父、レナートだ。
スカルファロット家前当主なので、気を使ってくれたのだろう。
二人でダンスエリアに立っても、そう目立つことはない。
今、周囲の視線を多く集めているのは、セラフィノとカッサンドラのペアである。
彼らから離れたところで指を合わせると、レナートが口を開いた。
「ロセッティ男爵、ヴォルフが、いや、息子達がとても世話になっていることに、心から礼を言う」
「もったいないお言葉です。こちらこそ大変お世話になり、ありがとうございます」
思わず早口になってしまった。
初めて話すヴォルフの父相手に、話す内容も口調も迷う。
失礼なことだけはしたくない、そう思った瞬間、爪先で靴を踏んでしまった。
「申し訳ありません!」
懸命に謝るダリヤに対し、レナートは息子と似た声、似た口調で言った。
「いや、あなたなど羽のように軽い。靴の上に乗せても踊れるだろう」
貴族紳士というのは、緊張をほどくのがうまいのかもしれない。
ダリヤは少しだけ安心し、続くステップを踏み出した。
「そのうち、ヴォルフと一緒に領地にいらっしゃるとのことだが、水関連以外の魔導具も見たくはないかね? 少々古いものになるが」
「……よろしくお願い致します」
リップサービスだったらどうしよう? そう思いつつも、魔導具への興味が勝ってしまう。
だが、レナートは楽しげにうなずいてくれた。
「では、古い魔導具の埃を払って――湖魚と似合いの酒も、たっぷり準備しておこう」
「ヴォルフ、様も、お喜びになるかと思います」
危うく『様』を忘れかけ、付け足す形で答える。
ターンで回る視界、レナートがひとり言のようにつぶやいた。
「――喜ぶ、だろうか?」
「はい、きっと!」
これまで父親とあまり話せなかったというヴォルフが、これから沢山話せるように願いたい。
その思いで、声は少し強くなってしまった。
見上げた青の目は、少しだけ不思議そうで――
つい見つめてしまうと、彼も自分を見返した。
「ロセッティ男爵は、カルロ殿に似ているな」
「父親似だと、よく言われます」
そう答え、父と面識があるかを尋ねていいか迷う。
それはすぐ、レナートに気づかれたらしい。
「高等学院の頃、家業で忙しく、部や会に入れぬ私を哀れんで、ウロスが魔導具研究会に招いてくれたことがある。まあ、氷の魔石を作らされたり、夏に涼むための氷をねだられたりが理由の気もするが……」
「そうだったのですね」
王城魔導具制作部長は、当時からしっかりなさっていたらしい。
それでも、懐かしげなまなざしに、いい思い出になっているのだろうと思えた。
「カルロ殿とはあまり話したことはないが、テーブルを囲んだことが何度かある。あそこで出る紅茶と茶菓子は、なかなかおいしかった」
レナートの言葉に、貴族の二分どころか、八分くらいの笑みになってしまった。
ちょうど隣、ヴォルフがオズヴァルドの第一夫人であるカテリーナと踊っている。
そのせいか、話題は彼へと移った。
「ヴォルフは、私ではなくヴァネッサ――妻によく似ている」
本人は似ていることに気づきづらいものらしい。
ダリヤは笑みを押さえて言葉を返す。
「スカルファロット様にも似ていると思います。お声と、その響きが」
本当は、『羽のように軽い』と自分に言うところまでそっくりだが、口にするのはやめておく。
レナートはわずかに首を傾け、ああ、と小さく声にした。
「思い出した。ヴァネッサに言われたことがある。私とヴォルフのイビキは似ていると」
「そうなのですね。ヴォルフ様は、眠っていても、あまりイビキはかくことなく――」
待て、自分!
確かにヴォルフは、塔の温熱座卓で猫のように丸まったり、ソファーで食後に昼寝するライオンのようになったりしている。
だが、この言い方は誤解を生みかねない。
「い、いえ! イビキをかかないような、印象があり――」
必死に続けた言葉は、完全に言い訳の響きだった。
目の前のレナートは貴族らしい二分の笑みで、何も問いかけてくることはない。
できるなら、塔でのヴォルフのうたた寝状況について、この場で事細かに説明させて頂きたい。
しかし、それもできない。
今すぐ話題を変えようと、ダリヤは必死に頭を回す。
そして、思い出した魔導具に全力で飛びついた。
「あの! 魔導ランタンが完成しましたので、ヴォルフ様からお受け取り後、不具合があればお教えください」
「それは楽しみだ」
「傘に風景画を入れておりますので、そちらは、ヴォルフ様とお話し頂ければと思います」
それが父と子の、話のきっかけになれば――ダリヤは内でそう祈る。
「仮眠機能もついているそうだが、効くだろうか?」
「個人差がありますので断言はできませんが、ヴォルフ様はよく眠れるとおっしゃっていました」
そう答えると、レナートは柔らかなまなざしとなった。
「そうか。私ももう、夜が怖くなくなりそうだ」
その笑みも、ヴォルフと似ている気がした。




