510.お披露目会~開始と当主挨拶
・アニメ第11話、本日放映開始となります。
・アニメの特別企画~ダリアのお花配布会が9月16日開催
https://dahliya-anime.com/2024/08/916/
来客を迎えるため、それぞれの立ち位置を確認する。
改めて大広間を見渡すと、やはりその広さと豪華さを強く感じた。
白い壁にはアラベスク模様がエンボス加工で陰影を作っている。
大理石の床は灰と紺、通路を示すかのような絨毯は明るい青。
高い天井から下がる魔導シャンデリアは銀で、そこに飾られた滴のような水晶が、きらきらと光を散らしている。
寒色系なのに冷たさを感じさせないのは、魔導ランタンの色味に少しオレンジを強めてあるからだろう。
昨年、ダリヤは、ディールス侯爵家で貴族へのお披露目をしてもらった。
あの大広間のきらびやかさを金とするならば、こちらは銀、そんなふうに感じる。
「間もなく時間だね」
グイードが確かめるかのように口を開いた。
「今日は渡り部屋での挨拶はなしにしているから、ここで私の挨拶、エルードの婚約発表、ヨナスとダリヤ先生の紹介、ヴォルフが乾杯の指揮、あとはダンスに進む予定だ。多少のミスがあったところで、ここまで祝いが重なっているのだから目立ちはしないよ。気軽にいこうじゃないか」
緊張をほぐしてくれるその言葉に、皆が笑みを返す。
が、エルードの隣、ディアーナの顔は青い。
そのまま低いささやきで尋ねる。
「エルード、その、参加者はかなり多いのでしょうか……ここは大変に広く……」
「気にするな、ディアーナ。この屋敷は元は侯爵家のものだったから広いだけだ。手放されたとき、当時の本邸――今の別邸が手狭になっていたから買い取ったそうだ。数代前の話だが」
「……結局、侯爵家らしい広さということですね……」
婚約者のフォローはあまり響かなかったらしい。
ディアーナの目が遠くなっていた。
それにしても、当時のスカルファロット家は、子爵家でありながら侯爵家の屋敷を買い取ったということになる。
水の魔石の重要性を思えばわかる気もするが。
水の魔石に思いを馳せていると、ローザリアが椅子から立ち上がった。
それに続くように、皆の視線が広間の入り口へ移る。
「間に合ったな」
少しかすれのある声が、低く響いた。
父カルロに近い年代、銀をわずかに帯びた白髪、深い青の目、燕尾服もスカルファロット家の青――一目でグイード、そしてヴォルフの父であるとわかった。
ダリヤは思わず背筋を正す。
「父上、お待ちしておりました」
「間に合ってよかったです、父上!」
「心配をかけたな。ああ、ジュスティーナはまだ準備にかかる。後半からという形にしてくれ」
「わかりました。時間が押していますので駆け足になりますが、ご紹介を」
そこまで言ったグイードが、ヴォルフへ視線を投げる。
「父上、こちらがロセッティ男爵です。私が大変お世話になっている――友人です」
ヴォルフが一度、浅い咳で区切った。
近づいてきたレナートが、自分の正面、その青い目を向けてくる。
そして、整った笑みを浮かべた。
「レナート・スカルファロットだ。ご挨拶が遅れたが、この度の叙爵、心よりお祝いする。王国に赤き花が絢爛と咲かれたこと、カルロ男爵もさぞお喜びだろう」
「ダリヤ・ロセッティです。もったいないお言葉、輝かしき御家でお世話になっておりますこと、重ねて御礼申し上げます」
貴族の二分の笑みを心がけ、声が上ずらないように返す。
カルロ男爵と呼んだので、もしかしたら父を知っているのかもしれない。
叙爵式のときだろうか、そう思っている中、レナートは次の挨拶へ向かった。
エルードとディアーナは、すでに顔を合わせているそうなので、次はヨナスの元だ。
「レナート様、本日の私のパートナーである、カッサンドラ嬢です」
ヨナスが紹介した後、簡単な挨拶を交わす。
レナートがグイードの隣に立つと同時、控えていた若い執事が進み出た。
そして、グイードに向け、青い小箱を捧げ渡す。
「友好はまた機会を設けるとして、開始時間だね」
白手袋を外したグイードが、小箱から銀の指輪を取り出し、左の中指に通す。
幅のある指輪は、中央にスカルファロット家の紋章が刻まれていた。
再び手袋をつけると、彼がまっすぐに顔を上げる。
視線を動かしただけで、広間の左右、従僕とメイドが一列に並ぶ。
その一糸乱れぬ動きに感心してしまった。
「さて――我が家の三幕目といこうじゃないか」
子爵、伯爵に続き、侯爵家となった当主が、貴族の笑みで言った。
壁際の楽団が、ゆるやかな旋律を奏で始める。
両開きの扉が開け放たれた後、あでやかに着飾った人々が入ってきた。
黒や紺が多めだが、色の付いた燕尾服も見える。
色とりどりのドレスはボリュームのあるものから細身のものまで様々だ。
貴族らしい豪華な刺繍、きらめくアクセサリー、整えきったメイク、優雅な歩み。
ルチアがいたら飛び回っていたに違いない、そう思えるほど華やかだった。
「お招きありがとうございます、グイード侯」
最初にやってきたのは、緑と白を取り交ぜたドレスをまとった、恰幅のよい女性だ。
その左右には濃緑の燕尾服姿の紳士が二人、彼女を守るかのように寄り添っていた。
「お越しいただきありがとうございます、ラヴァニーノ公」
ラヴァニーノ公爵――四大公爵でただ一人の女性である。
左右の二人はその夫だ。
ラヴァニーノ家は、代々、高い治癒魔法を持つ者が多い。
現当主はその血筋を守り、つなげるため、派閥それぞれから治癒魔法の高い婿をとった。
その子供達は派閥を超え、結婚や養子縁組をしたのだという。
これをオズヴァルドの妻、カテリーナから教わったとき、かなり驚いた。
だが、治癒魔法の重さは、九頭大蛇戦のエラルドの活躍でダリヤも痛感している。
高位貴族として、一族と国を守るためのことなのだろう。
重い選択だと、そう思えた。
ラヴァニーノ公爵達が移動すると、間をおかず、金髪の紳士と紺髪の淑女が続く。
こちらはグイードに近い年代で、名乗る前に見当がついた。
「改めておめでとうございます、スカルファロット侯」
「ありがとうございます、ガストーニ公」
型通りの挨拶の相手は、ガストーニ公爵夫妻。
強い風魔法の使い手が多く、風の魔石を多く製造している家として有名である。
定型の挨拶を終えたガストーニ公は、離れる際に視線を回し、一瞬だけこちらを見た。
その先はダリヤではなく、ヴォルフに向いているように感じた。
彼は、ヴォルフと交流のある公爵家のご夫人――アルテアの息子でもある。
つい目が向いてしまったのかもしれない。
そのガストーニ公に代わり、艶やかな黒茶の燕尾服の主が進んでくる。
周囲の視線が自然とそちらへ向いた。
「今夜は広間に美しい海を作られているようですな、スカルファロット侯」
「お越しいただきありがとうございます、ウォーロック公」
貴族褒めの後、定型の挨拶が交わされた。
ウォーロックは続いてヨナスに祝いの言葉を述べると、自分の元へ歩んでくる。
彼には、王城の叙爵式で大変お世話になった。
二つ名『水虫男爵』からの救世主を前に、ダリヤは抑えても笑みが大きくなる。
「叙爵式に増して、美しく咲かれましたな、ロセッティ男爵――頂いた『新作』も、早速使わせて頂いておりますよ」
「些少ですが、お礼になればと」
途中から声をひそめて告げられたので、ダリヤも同じように返す。
ウォーロックへ、名付けのお礼として五本指靴下と中敷き、イエロースライム粉による砂丘泡製クッション、それぞれの最新・一級品を、箱三つにみっちり詰めて贈った。
ちなみに、ヨナスにはカットクリスタルのタンブラーがセットで届いたそうだ。
カットが見事すぎ、まぶしくて酒に集中できないと言うので、笑ってしまったが。
ウォーロックは、本当に気遣いの深い方である。
「天秤はいかがでしたか?」
「良い品をありがとうございます。とても量り心地がよく、スライムの粉を量るのに重宝しております。大切に使わせて頂きます」
ウォーロックから祝いにもらった金の天秤は、微量まで量れ、とても使いやすかった。
心から礼を言うと、彼は朱の目を細めてうなずいた。
「それはよかったです」
彼が離れていくと、いよいよ当主挨拶となる。
大広間が狭くなったように錯覚するほどの人々を前に、グイードが口を開いた。
「本日はスカルファロット家にお集まりいただき、誠にありがとうございます。侯爵位を拝命し、このような光栄な場を設けることができましたこと、皆様のご支援と友好のおかげと思っております――」
一切の緊張を感じさせぬ口上に、つくづく当主らしいと思える。
挨拶の後は、エルードとディアーナの婚約発表へと続いた。
自己紹介はエルードが引き受け、ディアーナは貴族の二分の笑みで隣にいる形だ。
しかし、彼女の指の震えはダリヤの位置からもわかるほど、挨拶が終わると同時、エルードが支えるように腕を伸ばしていた。
間を置かず、相談役であるヨナス、貴族後見人をしているダリヤの紹介となる。
ありがたいことに、グイードからの紹介のおかげで、自分達は名乗るだけでいい。
「ダリヤ・ロセッティと申します」
貴族の二分の笑みでそう言えば、ダリヤの台詞は終わりである。
「我々一同、王国の繁栄に尽力する所存です。改めて、今宵の皆様のご来訪に感謝すると共に、末永い友好を賜りますようお願いいたします」
その言葉に合わせ、赤ワインの入ったグラスが配られる。
乾杯してもこぼさぬよう、三口分だけのそれを、ダリヤも受け取った。
「皆様、グラスをお手に――」
隣のヴォルフが、少し硬い動きでグラスを持ち上げる。
そして、会場全体に視線を向け、ワインが行き渡ったのを確認した。
熱い視線が彼に注がれる中、隣のダリヤはしっかりと顔を上げ、貴族の笑みを作る。
「オルディネ王国、スカルファロット家に栄えあれ! 乾杯!」
「「乾杯!」」
「栄えあれ!」
「スカルファロット家に栄えあれ!」
よく通った声に、乾杯の声、願いの声、拍手が入り混じって響く。
一番強い拍手の音は、いつの間にか斜め前にいたグラート隊長だ。
その隣、愛想のない表情ではあるが、ジルドも強く手を叩いてくれている。
二人とも目が合うと、口角をしっかり上げてくれた。
おかげで緊張が少し解けた気がする。
ここからは、ダリヤも気合いの要る時間だ。
来客は広間後方のテーブルで酒や料理を楽しめるが、迎えるこちらはすぐダンスである。
ダリヤは一口しか飲まないグラスをメイドに渡し、手袋の指先を直した。
隣のヴォルフもまったく同じ動作をする。
周囲もダンスに向けて動き始めた。
グイードが最初に踊る相手としてエスコートするのは、ラヴァニーノ公爵。
ローザリアが踊れないため、本日最も高位の既婚女性に願う形である。
なお、斜め後方が少し冷える気がするが、きっと気のせいだ。
ダリヤはヴォルフの差し出す手に指を重ね、大広間の中央へ向かう。
ふと、魔導シャンデリアの下、ファーストダンスの日を思い出した。
まだ男爵位もなく、初めての舞踏会とダンスに緊張していて、遠征から戻らぬヴォルフが心配でたまらなくて――
あの日に比べたら、今日は安心だ。
彼がすでに隣にいてくれるのだから。
曲の前奏が柔らかな音を重ねていく。
フロアの中央、最初に踊るのは四組。
グイードとラヴァニーノ公、エルードとディアーナ、ヨナスとカッサンドラ、そしてヴォルフとダリヤだ。
ラヴァニーノ公とカッサンドラ以外、スカルファロット家の青をまとっている。
ドレスと燕尾服の裾が広がれば、ウォーロックの言ったようにきれいな海にもなりそうだ。
その中に自分もいるのが不思議で――それでいて、なんだかうれしい。
前回踊ったとき、ヴォルフは妖精結晶の眼鏡をかけていて、父に似た緑の目をしていた。
今日はその目を隠すことなく、自分をまっすぐ見つめている。
優しさと、おそらくは少しの緊張と――本当に、吸い込まれそうに美しい、黄金の目。
「ダリヤ?」
彼をじっと見つめすぎてしまったらしい。
不思議そうに小声で名を呼ばれた。
「その、ちょっと緊張して――足を踏んだらごめんなさい」
慌てて、へにゃりとした笑いになってしまった。貴族淑女失格である。
けれどヴォルフは、少年のように笑う。
「遠慮なく。ダリヤは羽根のように軽いから、大丈夫だよ」
ダンスの旋律が流れ始める。
足を踏むのは避けたいが、彼と一緒なのだから、きっと大丈夫。
ダリヤは今度こそ、心から微笑んだ。




