表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
510/566

509.お披露目会~夜の部準備と青の装い

「えっ?」


 お披露目夜の部の着替えをするにあたり、ダリヤは青いドレスを二度見した。


 スカルファロットの青――それは宝石の瑠璃るりに近く、鮮やかで深い青。

 布が揺れる度、藍から瑠璃までの奥行きを見せる神秘的な色である。


 ドレスの上部は肩先をレースで隠しつつも身体に添った形、ウエストから下は花びらをつないだかのような個性的な形だ。

 青い花を咲かせたようなそれに、最初はちょっとだけ驚いた。


 だが、今、二度見しているのはそれが理由ではない。


「ルチア、ここ、銀色じゃなかった……?」


 花びらのフチを囲むようにきらめく刺繍、その糸が金色に見える。

 スカルファロット家の色は濃い青と白、そして銀が基本だ。

 この金色では、まるでヴォルフの――


「だって、ペンダントもイヤリングも金じゃない。それと、ダリヤは銀より金の方が合うからって説明して、グイード様の許可は頂いたわよ」

「そ、そうなの」


 ルチアにあっさり言われ、こくこくとうなずいた。

 自分は一体何を考えたのか。

 お披露目で少々混乱しているだけに違いない、きっと。


 平常心平常心と言い聞かせつつ、ドレスの着付けにメイク、ヘアセットを終えた。

 結い上げられた髪は鏡で見るときれいだが、触れるとカチカチに硬い。

 コルセットはゆるめだが、すでに内側に汗をかきそうだ。

 幸い、微風布アウラテーロの裏地があるのでまだいいが。


「昔は出番ぎりぎりまで、ドレスの中に送風機を入れてしのいでいたんですって。だから、夏は微風布アウラテーロ様々なの」


 耳元でささやくルチアに納得した。

 開発者ではあるが、微風布アウラテーロの価値がよくわかった気がする。


「えっ?」


 仕上げにアクセサリーをつけようとしたとき、ダリヤは再び声を上げてしまった。

 雪の結晶のイヤリング、金に鎖が伸びた先、黒く輝く宝石が増えている。


「ルチア、これは?」

「スカルファロット家が後見なのに輝きが足りないって、昼間に来ていた商会長さんが、お気に召したらご購入をって、売り込んでいったそうよ」


 伯爵家の一員で、宝石を扱う商会を持つ女性の名を聞き、記憶を手繰り寄せる。

 貴族にしては珍しい短髪の女性は、こちらを見てふっと笑み――あれはダリヤを笑ったものではなく、商機を見つけた商売人のものだったらしい。


 そして、その目は確かなのだろう。

 小さめだが輝きの強い黒い石は、ダリヤの横顔を引き立ててくれる気がする。


「これって、いくらぐらいかしら……?」


 珍しく、アクセサリーに関して物欲が湧いた。

 そっと尋ねると、ルチアが鏡のダリヤへ向かって笑んだ。


「それに関しては、本日のパートナーの方にお尋ねください」

「え? どうして?」


 自分はこの短時間に何回聞き返すことになっているのか。

 けれど、笑顔の服飾師は答えをくれない。

 手を伸ばされ、そのエスコートで椅子から立ち上がる。


 立ち上がったダリヤのドレスの裾を直すと、ルチアが自分の正面に立つ。

 すると、ドレスの着付けやメイクをしてくれていた者達が、その後ろにそろった。


「これにて仕上がりとなります。ロセッティ男爵。今回のご利用、誠にありがとうございます。ここからのお披露目、美しき花として咲き誇り、よき思い出として結びますよう、我々一同、心より願っております」


 かっこいい服飾師から淀みない口上を贈られ、ダリヤはお披露目の広間に向かうこととなった。



 廊下では、今宵のパートナーであるヴォルフが待っていた。

 その立ち姿に、ダリヤは思わず息を吞む。


 スカルファロットの青の燕尾服は、比較的スタンダードな形だ。

 だが、艶やかな青とシルクシャツが、彼自体の華やかさを底上げしている。

 昼の燕尾服姿もかっこよかったが、こちらはより男性らしいというか、艶やかというか、目を吸い寄せられる感じだ。


 襟と内側の青いベストには白銀でつた模様の刺繍――それが緑の塔を思い出させる。

 胸ポケットには、ダリヤの髪と同じ赤のチーフが飾られていた。

 色合い的にそれがとても目立つ。


 確かに自分は本日のパートナーなのだが、いいのだろうか、本当に。

 いや、それより今、とてもカメラが欲しい。

 早描きの肖像画家でもいい。

 ヴォルフににじり下がって距離をおかれそうなので、絶対に口にできないが。


 混乱し、目を丸くしたままヴォルフを見続けていたためだろう。

 彼もこちらをじっと見続けたまま、ここまで無言だった。

 コホン、という彼の咳で、止まった時間が動き出す。


「今宵、ロセッティ男爵が一番美しい花です――本当にそう思う」


 開口一番、貴族の口上を変化球で投げつけないで頂きたい。

 上ずった声が出そうなのを必死に呑み込み、両手でお腹を押さえて呼吸を整える。

 廊下の夕暮れのおかげで、顔の赤さが紛れるのがありがたい。


 ここまで貴族の礼儀作法は泣きたいほどやった。

 ヴォルフの隣、まっすぐに立ちたいと願ってきた。

 だからダリヤは、全力で淑女の微笑みを返す。


「今宵、最も素敵な方に支えて頂けますことをうれしく思います――本当に」


 夕暮れが赤く、ヴォルフの顔も染めていた。



 ・・・・・・・



「とても美しい花々が並んだね。お披露目を忘れて、このまま鑑賞していたいほどだ」


 グイードが女性陣に微笑みかける。

 大広間に来ると、ちょうどやってきたグイード・エルード夫妻と一緒になった。


 こちらも全員がスカルファロット家の青の燕尾服、そしてドレスである。

 ただ、それぞれ細かいデザインは異なっている。


 侯爵家当主、本日の主役であるグイードは、襟と胸元に銀糸の刺繍。

 内側のベストは、白に銀糸で薔薇の総刺繍。

 ポケットには青みを帯びた銀のスカーフ、タイの止め飾りは銀細工の薔薇。

 どう見ても妻のローザリア一色である。


 そのローザリアは、肩や上腕を薄いレースで覆ったシンプルなドレス、と思いきや、椅子に座った後、スカート部分に薔薇を思わせるオーガンジーのカバードレスが追加された。

 本日は座ったままでいること、着替えや移動に最小限の負担ですむようにだろう。


 彼女のイヤリングとネックレスは銀。

 そこに重さを感じる青い宝石が濃淡取り交ぜて輝いている。

 座っていても咲き誇る薔薇を思わせる姿に、ため息が出そうだ。


 エルードはヴォルフに近いデザインの青の燕尾服だが、ベストの刺繍は百合だった。

 タイの色はアイボリーだが、そこに飾られた緑のピンは、光が当たったときのディアーナの目と同じ。


 隣り合うディアーナのドレスは、ダリヤと少しだけ似ている。

 ただ、花を連想させる形ではあるが、その花びらは長く伸びるような感じだ。

 引き締まった体躯たいくの彼女にとても似合い、りんとして美しい。


 服飾ギルドの全力を見た思いである。

 ローザリアのドレスを整えきったフォルトが、いい笑顔で退室していった。

 その背をつい見送っていると、入れ違いに広間へやってくる者達が見えた。


 一目でわかる青の燕尾服は、ヨナスである。

 内側のベストはヴォルフ達と同じく青だが刺繍はなく――と、歩く光の加減で、氷の結晶が無数に光るのが見えた。

 ベストと限りなく似た色で、光沢の強い糸を使ったらしい。

 とても粋である。


 後ろに流してくしけずられた赤錆色の髪は、黒く細いリボンでまとめられていた。

 胸元のポケットのチーフは鮮やかな緑だった。


 ヨナスのエスコートで歩んでくるのは、小柄な黒髪の女性だ。

 ふくよかな身体にまとうのは、濃い赤から薄い緋に移るグラデーションのドレス。

 首回りに装飾品はなく、耳にブドウを思わせる赤いイヤリングが揺れている。


「こちらがカッサンドラ嬢、本日の私のパートナーです」

「カッサンドラ・ロヴィーノと申します。スカルファロット侯、そして皆様、お目にかかれて光栄です。本日のめでたき日をお祝い申し上げます」


 紹介に続けられた声は、よく通る美声だった。

 柔和な顔立ちに、ダリヤよりも少し濃い緑の目。

 落ち着いたたたずまいに、おそらく貴族女性なのだろうと思える。


「ようこそ、スカルファロット家へ。今、王都で一番、『会いたいと切望される姫君』を招けたことに感謝しよう」


 貴族女性ではなく、姫君。

 ということはエリルキアかイシュラナの方だろうか、そう考えたとき、エルードとディアーナが熱い声を上げた。


「先日の『嵐の女王』は素晴らしかったです!」

「歌劇場に日参したいと思えるほど感動しました!」


 そこでようやくわかった。

 カッサンドラ・ロヴィーノは、王都にある中央歌劇場の歌い手だ。

 その舞台衣装の制作にルチアも携わった。


 ダリヤは『部屋の本を叩き落とせる強風のドライヤーより強いドライヤーってない?』と、ドレスの裾をはためかせる相談をされたことがある。

 もっとも、それは服飾ギルドの魔導具師と魔導師が解決したそうだが。


 現在の演目、『嵐の女王』がとても好評で、長期公演となってもチケットは即完売。

 まさに、『会いたいと切望される姫君』だろう。

 堂々としたたたずまいも納得だった。


「今日という日、我が家が『嵐の女王』に祝われたことを良き思い出としよう」

「グイード侯、祝いに来てくれたのは、歌い手の『カッサンドラ』です」

「これは失礼した」


 ヨナスの言葉に、グイードがうなずく。

 だが、カッサンドラ本人が笑んで続けた。


「いいえ、お気遣いなく。もし望めますなら、余興として一曲、お贈りさせて頂ければと」

「それはうれしい話だね。次の楽屋に黄色い花を箱でお届けしよう」


 黄色い花を箱で――それは歌の代価として、金貨を支払うという意味だろう。

 けれど、彼女が答える前に、ヨナスが口を開く。


「グイード侯、花を贈るのは今宵のパートナーである私の役ですので」

「我が家で祝ってもらうのに、花も贈らせない気かい、ヨナス男爵?」


 軽口を叩きあう二人を前に、歌姫はたおやかに笑うばかりだ。

 その余裕を少しでいいから分けてほしい。


 それにしても、今まで歌劇に行ったことがなかったが、少し興味が湧いた。

 もしかしたら、興味深い魔導具が他にも使われているかもしれない。


 歌劇場は貴族のデートの場として有名なので、ヴォルフに願うのは駄目だろう。

 一人ではややハードルが高そうだが――


「ダリヤ、そのうちに、歌劇に行かない?」


 まるで心を読み取られたかのよう、ヴォルフのささやきに視線を向ける。

 楽しげな金の目は、いつもと同じ。

 だからダリヤは、素直に言えた。


「はい、行ってみたいです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
歌劇場。これもまた 後の伏線が入る対象でしょうが 新たな魔道具の誕生も確定事項でしょうか…。 ここまで来ると、(残りの話数から) タイトル的に敵対勢力との対戦は 仄めかしだけで終わりそう。
外堀が埋め立て工事中だーw
強いドライヤー?火炎放射器なら……(違うそうじゃない カッサンドラさんはどういう縁でヨナス先生のパートナーになったんだろ??? ヴォルフ、グイグイ行くけど暖簾に腕押し…………
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ