507.お披露目会前の雑談
・アニメ8話、本日より放映です。グッズ各種追加されました。
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・公式X『まどダリ』第18話更新されました。
どうぞよろしくお願いします!
「晴れてよかったよ」
「ええ、本当に」
まぶしく笑んだヴォルフのエスコートで、ダリヤは馬車を降りる。
ここはスカルファロット家の馬場、見上げる空は澄みきった青だ。
一昨日から昨日午前までの激しい雨が嘘のようである。
本日のスカルファロット家のお披露目を祝ってくれたのかもしれない。
「父に魔導ランタンを見せたかったんだけれど、土砂崩れの対応で時間がかかっていて――今日の夜の部に間に合うように来ると、魔鳩が来たんだ」
ヴォルフの父レナートは、移動日に領地で土砂崩れがあり、その対応をしているそうだ。
人的被害はなかったものの、王都への道の一部が埋まってしまったのだという。
水と氷の魔石はスカルファロット家の領地から王都、そして国内へと輸送される。
王都にはストックがあるだろうが、やはり復旧は急がれるだろう。
せっかくのスカルファロット家のお祝いなのだ、どうか間に合いますように、とそっと祈った。
ヴォルフと共に屋敷に入ると、メイドや従僕から挨拶を受ける。
なんだか眼鏡をかけている者が多くなった気がする、そう思ったとき、廊下の向こうからグイードともう一人、暗めの赤髪の持ち主がやってきた。
「ようこそ、ダリヤ先生。いや、今日はロセッティ男爵と呼ぶべきかな」
「あらためまして、叙爵おめでとうございます、ロセッティ男爵!」
黒い燕尾服姿のグイードの斜め後ろ、明るい声で言祝いでくれたのはシュテファン――王城騎士団の魔導部隊員であり、グイードの部下である。
本日の彼は、紺のベストスーツの上に黒のローブ姿だ。
もしかするとヨナスに代わって、今、護衛となっているのかもしれない。
「ヴォルフレード様、ダリヤ先生、この度、中央区でスカルファロット家の眼鏡店が開店となりました。ぜひお越しください!」
彼はヴォルフと自分に小さなカードを手渡す。
『白薔薇眼鏡店』の文字の下、店主『シュテファン・キエザ』の名、そして住所が青インクで書かれていた。
「度の入ったものから、色なし色ありガラスだけのアクセサリー眼鏡まで、フレーム、色も豊富に取りそろえております!」
シュテファンがスカルファロット家の眼鏡店、店主となったらしい。
次のヴォルフの眼鏡には、そちらで弦をお願いするのもいいかもしれない。
「開店おめでとうございます。眼鏡を探す際は、どうぞよろしくお願いします」
「ぜひ! 弦に飾りを入れたものでお顔を明るく見せたり、仕事向けに知的に見えるようなデザインのものも置いております。度がなくても楽しめますし、お試しだけも歓迎致します」
赤みのある褐色の目をきらきらと輝かせ、シュテファンが説明してくれる。
すでに売り込み上手な店主に見えた。
「なるほど。アクセサリー的な面もあるのですね」
「はい、ヴォルフ様。視力の向上はもちろん、お洒落としてご利用頂くもよし、いつもと違う自分、本来に近い自分をそれぞれ表現するもよし。人は眼鏡をかけている姿こそがよいと私は思うのです!」
「シュテファン、そのぐらいにしておきなさい」
拳を握って力説する部下に向き、グイードが声をかけた。
その青い目が、ダリヤ達へ移る。
「新規事業はスカルファロット家のお家芸だからね。掛け心地の確認のために、家族はもちろん、最近は屋敷の皆に眼鏡を試させているんだ。来客にもその旨を伝えてね」
「――兄上、じつにいいことだと思います」
ヴォルフはうなずいた後、いい笑顔となった。
ダリヤは隣で、ただ無言で笑む。
グイードによる新規事業は、妻であるローザリアのためだろう。
彼女は他人の魔力が視えるため、その顔をはっきりと視認することができない。
魔力ゼロの者であれば可能だが、大抵は顔と光が重なる形で見えづらいそうだ。
妖精結晶の眼鏡であれば、そういったことをカバーし、その顔を、表情を見ることができる。
よって、彼女の周囲の者はその眼鏡をつけることが多くなったと聞いていた。
だが、オルディネでは眼鏡をかけている者は多くない。
神殿で治せることもあり、貴族ではさらに少ない。
ローザリアの周囲にだけ眼鏡をかけた者が多くては、不自然に見える。
それに対し、家の新規事業として眼鏡の制作販売を始めた。
中央区に眼鏡店を開き、屋敷の者にも眼鏡を試させている、そう主張すれば納得される。
『白薔薇眼鏡店』――その名に深く納得した。
グイードの妻への愛あってのことだろう。
部下であるシュテファンは協力する形になったのだろうが、眼鏡に対し熱い情熱があるので、なんら問題なく――
いや、とてもいい機会だったろうと思える。
「それと、シュテファンが私に忠誠を誓ってくれてね。我が家に住まいを移した。ヨナスもいろいろと仕事が増えたから、護衛役も担ってもらうことになったんだ」
「私ではヨナス様には到底かないませんが、全力でお守り申し上げます!」
「ほどほどで頼むよ。シュテファンの全力だと馬車が炭になるからね」
過剰防衛についての冗談が怖い。
ふるりとしていると、廊下の向こうから早足でやってくる姿が見えた。
「あ、ルチア……」
濃灰のパンツスーツの彼女、そして同じ装いの金髪の女性が後ろに続く。
「ダリ……いえ、ロセッティ男爵、お時間が押していますので、お召し替えをお願いします」
「は、はい!」
仕事モードのルチアに、返事が少しばかり高くなってしまった。
しかし、彼女の言う通りだ。
まだ午前の茶の時間前だが、ここから化粧にドレスの合わせにと、お披露目の準備をしなければならない。
グイードが貴族後見人なので、スカルファロット家で準備をしてもらう形なのだ。
ありがたいことに担当がルチアなので、まだ緊張は少なくて済むが。
「ファーノ工房長、昼夜共になるが、うちのダリヤ先生をよろしく頼むよ」
「全力を尽くさせて頂きます、スカルファロット侯」
シュテファンに続き、今度はルチアに拳を握って言われた。
貴族のお披露目では、昼と夜で着用する服、メイク共に異なる。
昼は黒の燕尾服や騎士服、女性は胸や肩の露出を減らしたドレス、騎士服などだ。
王城での叙爵式と同じ服装が基本である。
それに対し、夜は意味のある色付きの服やドレス、華やかな刺繍や艶のある布の服、アクセサリーなどで、きらびやかに装うことが求められる。
メイクと着替えが二度確定しているダリヤとしては、ため息が出そうだ。
しかし、気を取り直して背筋をしゃんと伸ばす。
ヴォルフの家、スカルファロット侯爵家でお披露目をしてもらうのだ。
迷惑になることのないよう、今日一日、精一杯頑張ろう。
「じゃあ、また後で、ダリヤ」
隣のヴォルフに小声で言われ、はい、と声を返す。
陽光の差す廊下、ルチアが白手袋の手を自分へ伸ばした。
「参りましょう、ロセッティ男爵」
ルチアは担当服飾師として、自分のエスコートをしてくれるようだ。
自分より背は低いのに、その姿は大きく――この服飾師に任せれば安心だ、そう確信できる。
友は、ルチアは、本当に頼れる服飾師になった。
「どうぞよろしくお願いします、ファーノ工房長」
ダリヤは男爵、そして貴族女性として笑み、その手に指を載せた。




