506.男爵の娘達
・活動報告(8月17日)にアニメグッズ、オリジナルブロマイド追加のお知らせをアップしました。
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どうぞよろしくお願いします!
「この度は大変お世話になります。『友人』、とならせて頂く、ディアーナ・マ……いえ、グッドウィンと申します」
緑の塔の居間、ダリヤへかけられる声は緊張でいっぱいだ。
「こちらこそ、向こうでもお世話になりました。ここからもよろしくお願いします。どうぞ、おかけください」
返す自分の声も似たようなものである。
向かいに座るのは、胸元までの黒髪に磨きぬかれた紅柱石――深い茶で、光によって緑がかって見える目の持ち主、ディアーナ。
ダリヤと同じぐらいの背丈だが、顔立ちは柔和な感じだ。
青いワンピースに包んだ体躯は引き締まっていて騎士らしい。
その両耳には濃い青のサファイヤのピアスがまぶしく光っていた。
スカルファロット家三男のエルードの婚約者であり、ダリヤの『友人』である。
国境伯であるグッドウィン家が、ハルダード商会からワイバーンを預かって育成する。
そのためにグイードが編み上げた計画の一環として、ディアーナと自分が友人ということになった。
彼女には、九頭大蛇戦後、服や日用品をそろえてもらったり、宿の部屋前の警備をしてもらったりと、とてもお世話になった。
これまでも礼状や近況など、手紙のやりとりもしている。
けれど、二人だけで会うのは初めてで、双方、緊張して向き合っているのが現状だ。
ディアーナはスカルファロット家の馬車でここまで送られてきた。
今も彼女の護衛とマルチェラが、塔の門の内側で待機している。
自分達は友人らしく、しばらく緑の塔ですごした後、ドレスの合わせに向かう予定である。
「紅茶かコーヒーはいかがですか?」
「ありがとうございます。ですが、ドレスの試着前なので……」
ディアーナの言う通りである。
ドレスは着るのも脱ぐのも時間がかかる。水物は避けた方がいいだろう。
一応、お茶の準備はしていたが、そのままにすることにした。
移動の時間まではそれなりにある。
話題を探していると、彼女が先に口を開いた。
「いいお部屋ですね。落ち着きます……」
少し小さい声は、ため息のように響いた。
「ありがとうございます。小さい部屋ですが、眺めだけはいい建物なので」
そう言ってから気づいた。
二階の眺めはそういいわけではない。
屋上であればそれなりに王都が見えるが――
いや、ここまでの段階で、お互い話し上手ではないように思えた。
今も、お互い次の話を探している感がある。
ここは時間を考え、屋上へ行って見るのもありかもしれない。
「ディアーナさん、お話の一つに屋上へ上がってみませんか? 今日はお天気もいいですから」
「はい、お言葉に甘えさせてください、ダリヤさん」
ちょっとぎこちなく言葉を交わしつつ、二人で塔の屋上へと上がることとなった。
「うわぁ! 王都がこんなに見えるのですね……とてもきれいです!」
屋上へやってくるなり、ディアーナは感嘆の声を上げた。
無邪気な子供のように笑い、手すりの手前、左から右へと顔を動かしている。
その様に、ダリヤはうれしくなった。
青空の下、王都の街並みは陽光に輝いている。
先の空には鳩だろうか、鳥が数羽飛んでいくのが見えた。
通りにはところどころに馬車や人が見える。
ダリヤにとってはいつもの景色だが、ディアーナは目を輝かせ、屋上をぐるりと一周していた。
「――子供のようで申し訳ありません。私は王都が初めてで……」
はっと我に返ったらしい彼女が、自分に謝ってきた。
ダリヤは首を横に振る。
「いえ、少しでもお楽しみ頂けたならよかったです。それに、私もあちらの街は初めてで、九頭大蛇戦の後、港の賑やかさに驚きながら回りましたから」
国境街の港は王都とはまるで違っていた。
大小様々の鮮やかな帆船が並ぶ様に、ダリヤは先程のディアーナと同じように目を奪われたものだ。
「そうでしたか――」
彼女は浅くうなずき、視線を下げた。
「失礼ながら、私は勝手に、ダリヤさんへ親近感を持っていたのです。男爵の娘で、九頭大蛇戦に加わり、その、スカルファロット家に縁があると……ダリヤさんはご自身が男爵ですし、イシュラナの侯爵家に並ぶとのことで、まったく立場が違いますが」
「いえ! 竜巻見舞の関係でそうなっただけで、私はこの通りで、その、貴族の礼儀作法も板につかず、何かある度に必死です」
「私も必死です。今、スカルファロット家でお世話になっているのですが、礼儀作法がわからず、明日から先生をつけて頂くことになりました。付け焼き刃でお披露目に間に合うのかと……」
ため息に苦悩が交じる。
男爵の娘といえば庶民に近い。
自分も男爵のお披露目ではあるが、グイードが貴族後見人によるものだ。
対して、ディアーナはエルードとの婚約発表、養子先のグッドウィン伯爵家息女としての立場、そして侯爵家であるスカルファロット本邸での滞在である。
どれもとても緊張するだろう。
胃痛が察せられると共に、自分が最初にスカルファロット本邸へ行った日のことを思い出した。
「初めてスカルファロット家へお伺いしたとき、せめて裏門から入りたいと思いました」
「私もです。屋敷に入っても、廊下の絨毯を汚してしまうのではないかと靴の裏が気になりました」
「それは私もです。白いソファーに座るのも緊張しました……」
「ああ、応接室ですね。テーブルも白い大理石で、どうして大理石なのかと考えてしまいました……」
「わかります……」
ダリヤはこくりとうなずく。
ディアーナに対する共感と親近感が一気に高くなってきた。
「頂いた紅茶はとてもおいしかったのですが、カップのあの薄さはかなりの高級品じゃないかと。グラスも薄いものが多く、乾杯のときに割れるんじゃないかと心配で……」
「おそらく硬質付与があるので大丈夫だとは思いますが、あの薄さは緊張しますよね……」
完全に同時にうなずき合う。
そこで、ディアーナがその深い茶の目で自分を見た。
陽光がそこに緑の輝きを重ねる。
「ダリヤさん、私のことは『ディアーナ』と呼び捨てでお願いできればと。その方が友人らしく聞こえると思いますから」
「わかりました、『ディアーナ』。私のことも『ダリヤ』と呼んでください。それと、楽に話してください。親しい友人なんですから」
そう言うと、彼女はほっと息をつくように笑った。
「ありがとう。では、『ダリヤ』も遠慮なく話してもらえればと思います。ああ、なんだかほっとしました……もう、ここのところ怒濤という感じで、朝になる度にどこからかが夢ではないかと思うことがあって……」
「やっぱり、養子縁組などは大変でした?」
「それなりには。元々が男爵の娘のディアーナ・マルティ。そこからスカルラッティ子爵の養女になる書類を準備していたところ、グッドウィン伯爵の養女になり、秋には男爵となったエルードと一緒になり、スカルファロット侯爵家つながり……去年の自分に言ったら正気を疑われると思います」
その目が空を映して遠くなる。
自分もディアーナの怒濤に輪をかけた立場なのだが、ここ一年ちょっとが同じく波瀾万丈だったので、多少はわかるつもりである。
「あなたは魔導具師、商会長として順当に実績を積み上げての男爵だと伺っています。父君に続いて素晴らしいことです」
「ええと、それは運と勢いがかなり入っているので……」
尊敬のまなざしを向けられ、声を濁す。
過分な評価に背中がかゆくなりそうだ。
「商会を立ち上げたのは素材の入手のためですし、男爵位は魔物討伐部隊の相談役になるために頂いたと言えるので……」
ここまでの経緯を大まかに話すと、彼女は眉を寄せたり、笑ったり、こくこくとうなずいたりしつつ聞いてくれた。
「――というわけで、ワイバーンの件ではディアーナにもご迷惑を」
「いや、ありがとう! そのおかげで、国境大森林が管理できます。魔物の警戒も確実になりますし、次の九頭大蛇戦も対策ができます。これでもう、皆が怯えずに済みます!」
両手で両手を取られ、力一杯そう言われた。
いつ国境大森林から魔物があふれ出てくるか、また九頭大蛇が出てくるのではないか、国境大森林の近隣の街や村では、常にその不安があったそうだ。
「次は王族の皆様に準備して頂いたクラーケンテープネットに、国境戦弓隊が第一隊から第三隊までありますから、九頭大蛇対策も万全です。むしろ九頭大蛇の素材は高く売れるだろうということで、出てきたら街や村の防御壁にしようと話しております」
「クラーケンテープネット……国境戦弓隊が第三まで……」
名も知らぬ尊き人を、クラーケンテープで巻いた甲斐はあったらしい。
九頭大蛇は恐怖の対象から、防御壁の予算になりつつある。
ダリヤの脳内で、九頭大蛇戦、三つの首でクラーケンテープが縮まったときの、『グブッッッ!』という悲痛な叫びが再生されたが、振り切った。
「ヴォルフレード様のおっしゃった通り、ダリヤは素晴らしい魔導具師ですね」
「えっ?」
唐突なその名に、思わず聞き返す。
「ヴォルフが、私のことを、ですか?」
「はい。素晴らしく、有能な魔導具師だと伺いました。あと、優しく可憐だが、頼りになる方で、機転が利き、料理がうまく――」
「大袈裟ですっ!」
盛り過ぎも大概にしてほしい。
次にヴォルフと会ったら問いつめよう、口止めもしよう、絶対にだ。
内心で慌てまくりつつ、ダリヤは全力で話題を変える。
「ところで、ディアーナはエルード様と同じ隊だと伺いましたが、普段もご一緒にお仕事を?」
「ええ。エルードが中隊長を務める隊で、父が副隊長、私は部下として一緒に行動しておりました。ここからはワイバーン育成機関で、エルードが龍騎士候補、父と私はワイバーン舎の警護となります」
「そうだったのですね」
ここからも一緒に仕事ができるようだ。
それがちょっとだけうらやましく――
いや、夫婦や家族一緒の仕事というのはより大変になると聞くこともあるし、今の自分が当てはまる話ではないが。
ダリヤはそのまま話を振る。
「エルード様とは、隊で交流を深められたのですね」
「エルードと父が一緒の隊で、そこに私が新人として入った形でした。おいしい肉料理を食べられる店を探し、隊の希望者で回っていました。父と私もそこにおり……その後、エルードと肉の好みが合うので、一緒に狩りへ行くようになり、精肉店で学ぶようになりました」
二人の馴れ初めを聞いたつもりが、肉に対する活動話となった。
とはいえ、それも興味深いので、うなずきつつさらに聞き入る。
そこから気が合った二人は距離を縮めたそうだ。
「爵位が違いますから夢にも見ない話でしたが、エルードは国境大森林の近くに骨を埋めたい、分家を立てるようグイード様に願うと父に伝え――その後に九頭大蛇戦があり、養子のお話が出た形です」
言葉にすれば短い。
けれど、爵位や立場の違いは小さなものではない。
夢にも見ない話と言った通り、二人が今にたどり着くまでに、超えなければいけないことがいくつもあったのだろう。
彼女の声の深さに、そう思えた。
「大変、でしたか?」
不意に、己の口から問いがこぼれた。
一体、ディアーナに何を尋ねているのだ?
そんな当たり前のことを聞かれても彼女が困るだろう。
けれど、自分の愚かな問いに対し、彼女は首を横に振る。
「越えてしまえば、いい思い出です。この先、エルードの隣にいられますから」
そう言ったディアーナは、花が咲くように笑んだ。
ダリヤは言葉が出ず、ただその笑顔に見とれてしまう。
「会長! そろそろお時間です!」
驚いて庭を見れば、マルチェラがこちらを見上げていた。
屋上で話し込んで、すっかり時間を忘れていた。
次はドレスの合わせに向かわなければならない。
「ディアーナ、ドレスの合わせに行きましょう!」
「ええ!」
二人で屋上から階下へと向かう。
背に落とされるささやきは、己の足音で拾えない。
「次はきっと、ダリヤの番です――」
 




