504.遠征話とブラチョーレ
・アニメグッズ、ねんどろいど、缶バッジ、ポスター等のお知らせを活動報告(2024年7月27日)にアップしました。どうぞよろしくお願いします。
※ムカデ等の話があります。虫が苦手な方はご注意ください。
「遅くなってごめん」
「ううん、私の方こそ、約束もないのに作ってしまって――」
「いや! 俺としてはダリヤのおいしい料理が食べられるんだから、うれしい限りだよ」
塔の居間、ダリヤはヴォルフとテーブルをはさんでいた。
中央には蓋をした浅鍋。
その周囲には、ざく切りのバゲット、削りチーズをかけた野菜サラダ。
台所のオーブンでは、先日メーナ達に食べてもらったものと同じ漬け込みの羊肉を焼いているところだ。
ボリュームはそれなりにあるが、どれも庶民向けの料理である。
本日午前、魔物討伐部隊が遠征から戻ったと連絡があった。
ダリヤはヴォルフが来るかもと考え、夕食の準備をした。
けれど、彼は来ることなく夕食の時間が過ぎ――あきらめかけたとき、ドアベルが鳴った。
ヴォルフが素材とワインを届けに来てくれたのだ。
時間が遅いし、夕食も冷蔵庫で保存できるから明日で問題ない。
あらためて約束をすれば――頭ではそう思うのに、口が動いた。
『煮込み料理を作りすぎてしまって、それだけでも食べていかない?』と。
今回の遠征は、一週間超えと長めだった。
久しぶりにヴォルフの顔を見たから、少しの時間でも話したくて――そう言えず、料理のせいにした。
遠征で疲れているところ、身勝手な話である。
けれどヴォルフは、『喜んで!』と大袈裟なほどの反応で受けてくれた。
そうして、向かい合っての今である。
金の目が浅鍋に向いたので、ダリヤはその蓋を取る。
白い湯気が上り、トマトと香草、脂の香りがふわりと広がった。
「今日はブラチョーレ。バルバラさんが教えてくれたの」
フェルモの妻のバルバラから教わった料理である。
セロリ、パセリを小さめに切り、チーズとパン粉を加えたものを、薄めに切った豚バラ肉で巻く。
きれいに作るならタコ糸で止めた方がいいのだが、作りたての食べやすさを優先するなら木串で刺し止めた方がいいそうだ。
それをオリーブオイルで炒めて焼き目をつけ、トマトソースを入れて煮込んだ。
「すごくおいしそうだ」
食べる前からおいしそうな表情をするヴォルフに、レードルを渡す。
肉巻きを互いの取り皿に載せた後、遠征からの帰還に乾杯した。
明るい色合いのロゼワインは、グイードからの差し入れである。
喉を通すと、ふわりとフルーティな香りが強くなった。
少しの甘さと爽やかな酸味が、疲れを溶かしてくれるようだ。
しみじみと味わった後に向かいを見れば、ヴォルフが目を閉じ、ひたすらに咀嚼していた。
口の端を赤くして味わっているのはブラチョーレ。
どうやら気に入ったらしい。
「やっぱり、ダリヤが作る料理はおいしい……」
うるり、ここまで金の目を潤ませて言われると色々と心配になる。
一週間以上の遠征だ。
食料事情に何か問題があったのかもしれない。
「遠征でちゃんとした食事ができなかったの?」
「いや、遠征用コンロもあるし、近くの村からも買えたからちゃんと食べたよ。ただ――やっぱりここでダリヤと食べる食事が、一番おいしい」
ふと、先日ドナから差し入れとしてもらったサンドイッチを思い出す。
あれはとても丁寧に作られていて味がよかった。
スカルファロット家の料理人と自分の料理では、差がありすぎる。
もしかすると、ヴォルフは庶民料理舌になっているのかもしれない。
そう考えるとちょっと申し訳なくなった。
しかし、自分を見るその目は、まだちょっと潤んでいる気がする。
ダリヤは手を伸ばし、彼の皿に豚の肉巻きをたっぷりと追加した。
その後に自分も食べてみたが、香草の香りと、肉とチーズの味わいがとても良かった。
バルバラいわく、豚バラ肉ではなく、牛肉でもいいそうだ。
ヴォルフも気に入ったようなので、次に作る時は試してみたいところである。
肉巻きを二つ食べた後、隣のざく切りバゲットのガーリックパウダーまぶしを、トマトソースに浸してみた。
こちらはフェルモに教わった食べ方だ。
彼のおすすめ通り、酒の肴にちょうどいい味わいだった。
そこでちょうど漬け込みの羊肉が焼き上がったので、テーブルへ追加する。
ドナ達に仕事場の床を磨いてもらったことをヴォルフへ話すと、フォークを止められた。
二階の床は俺が全力で磨くと言われたので、笑ってしまったが。
その後は今回の遠征に関する話となった。
「大百足の討伐はどうだったの?」
「前より全然楽だった。支給の剣と槍がよくなったから、外皮も普通に斬れたし」
王城魔導具制作部、ウロス達がミルフィーユ付与を駆使して作った剣と槍である。
とても硬く丈夫なそれは、希望隊員全員に行き渡ったそうだ。
一本も折れることなく、使い勝手もよかったらしい。
「それと、ランドルフと先輩二人が魔力ポーションの被験者になって、魔力値があがったんだ。大百足で試させてくれって、先駆けの仕事を取られたんだけど、三人ともますます強くなって――」
それは三課のセラフィノのおかげである。
九頭大蛇戦の褒賞分を魔力ポーションにし、希望隊員の魔力上げをする。それが実行されたようだ。
きっと大百足はバッサバッサと切られたのだろう、そう想像しているとヴォルフが続けた。
「先輩達が槍で足止めして、ランドルフが大楯で頭を潰してって感じ。あとはグリゼルダ副隊長が槍で刺して、レオンツィオ様が大楯とか。俺とドリノは全然出番がなくて、解体係だった。逃げたのがいたらしくて、帰り道で戻ることになったけど」
大百足にしてみれば、全力で逃げて当たり前である。
逃げた先が村というのが悪かったが――隊の相談役としては、余裕がある戦いでよかったということにする。
「それで素材として持って来てくれたのね」
今日、ヴォルフから受け取った金属缶の中身は大百足。
遠征での獲り立てほやほやらしい。
「ああ。素材だからダリヤは平気かもとは思ったんだけど、前、谷苔虫が苦手だって言ってたから、カルミネ様に加工してもらったんだ。それで今日来るのが遅くなってしまって……連絡もせずにすまない」
「ううん、ありがとう、気を使ってくれて」
ダリヤは深く感謝した。
谷苔虫が苦手なのを覚えてもらっていたのもありがたい。
前世と今世で違うとはわかっていても、艶々で黒の長方形の身体と長い触角を持つ、盥サイズのカサカサ速い虫は、生理的に受け付けない。
そして、大百足の外皮や足が缶にそのまま入っていたら――正直、それもできれば避けたい。
『スライムも虫も大差ないでしょう!』
そうイルマに言われたことがあるが、大差で違う。
だが、魔物自体には気になることもあった。
「大百足って、百足がそのまま大きくなった感じ?」
「近いと思う。頭が赤くて、体は茶褐色、腹側は黄色だった。エラルド様が言うには良品だと」
「良品?」
「丸ごとだと、火傷の痕や皮膚炎の痕の治療薬になるって聞いた。昔は惚れ薬になるって言われていたらしいけど、皮膚がきれいになるのが理由で、今も化粧品に使われることがあるって」
エラルドは治癒魔法を持ちながら医学・薬学にも通じているようだ。
さすがである。
「知らなかったわ。素材としては外皮だけだから」
「あの缶の中身は全部外皮だから。魔導具ではどんな付与効果があるんだろう?」
「解毒の付与、効果が強めの毒消しの腕輪に使うことがあるわ。森や山へ行ったとき、毒虫や蛇にも対応できるように」
毒キノコなど食べるものの毒ではなく、害虫や蛇など、外部からの毒に対応するものだ。
冒険者の装備などによく使われる。
魔物討伐部隊でも遠征先によって貸与のアンクレットがあるので、もしかするとそちらに付与されているかもしれない。
そういった話をすると、ヴォルフはなるほどとうなずいた。
「気づかないで使っている魔導具にも、いろいろな魔物の素材が入っているんだね」
「ええ。必要があれば、クラーケンのようになることもありえるもの」
九頭大蛇をクラーケンテープ巻きにしたことで、クラーケンは重要視されることとなった。
養殖しようと、冒険者ギルドでは大きな生け簀を作って、幼体を育成・観察中だと聞く。
航路を妨害する恐ろしい魔物は、現在、船に乗った冒険者が全力で追う魔物となった。
「世界は見えないところで繋がっているみたいだね」
ヴォルフの哲学的な言葉にうなずきつつ、食事を続けた。




