501.王城大浴場の給湯器点検
・TVアニメ「魔導具師ダリヤはうつむかない」本日より2話め放映開始となります。
https://dahliya-anime.com/
・コミックス『魔導具師ダリヤはうつむかない』7巻発売となりました。
どうぞよろしくお願いします!
「ゾーラ子爵、ロセッティ男爵、本日はよろしくお願いします」
「ご協力できますこと、光栄に存じます、ザナルディ副部長」
「ご指導のほど、よろしくお願いします」
互いに挨拶を交わすのは、王城の兵舎の大浴場前である。
カルミネの後ろには王城魔導具課の魔導具師が数名、そして、ダリヤ達の後ろには護衛役のマルチェラ、オズヴァルドの妻のエルメリンダが並んでいた。
本日は式典もなければ魔物討伐部隊の業務でもない。
王城魔導具制作部長からの依頼で、オズヴァルドと共に給湯器の点検・修理の協力である。
「急なお願いで申し訳ありません。港や灯台の整備などが重なりまして――」
カルミネが藍鼠の目線を下げ、申し訳なさそうに言う。
だが、その忙しいところに疾風船の開発を重ねたダリヤとしては、こちらが頭を下げたい思いだ。
「お声がけ頂けるのは光栄なことです。ウロス部長はもうお発ちに?」
「はい、今朝早くに島へ向かわれました」
王城魔導具制作部長のウロスはすでに出発したらしい。
今、王都にある港は拡張工事が進められている。
しかし、進行に遅れがあり、桟橋や建造物の補強に王城魔導具師達も協力している。
ウロスは島へ灯台を設置するために向かったそうだ。
王城魔導具師の活躍の広さに感心した。
その後はカルミネの指揮の下、作業に取りかかる。
「ゾーラ子爵、ロセッティ男爵は大浴場の大浴槽への給湯器の点検と修理にご協力ください。個室の浴槽、シャワールームの給湯器につきましては、こちらの人員で行います」
大浴場は男性、女性、個室エリアと三種に分かれている。
オズヴァルドとダリヤが最初に向かうのは男湯、その奥の管理室だ。
初めて入る大浴場は、名前の通りかなり広かった。
中央の黒い浴槽は今はカラだが、熱め、ぬるめの二つ。
浴室全体に古さを感じるが、掃除は行き届いていた。
ここが、ヴォルフや魔物討伐部隊員の皆が入浴している場――
ダリヤはそう考え、続けて九頭大蛇戦後の露天風呂を思い出しかけたが、振り切った。
管理室の金属のドアを、カルミネが鍵で開ける。
ここで、マルチェラとエルメリンダは待機となった。
管理室に入れるのは王城関係者か、その協力者という決まりがあるからだ。
管理室は細長い部屋で、壁は棚になっていた。
そこに給湯器らしい金属箱がずらりと並んでいる。
ダリヤは目を丸くした。もっと大型の物を想像していたからだ。
「大型給湯器の方が一気にお湯が出せますが、故障の際やメンテナンスを考えるとこちらの方が安全なのですよ」
気づいたらしいオズヴァルドが、そう教えてくれた。
王城の魔導具であれば大型と思い込んでしまったが、確かに修理もメンテナンスも分割できた方が安全だ。
「なるほど、納得しました」
「あとは維持管理の経費も違ってきますね。この大きさなら、通常の給湯器の部品がそのまま使えるでしょう」
オズヴァルドの商会長らしい言葉に、ダリヤはさらに納得を深める。
確かに、新規開発で大型化するより、コスト的にも優れている。
よく考えられているとしか言いようがない。
しかし、目の前のカルミネは顔を曇らせた。
「本来であれば、新規開発に予算を割くべきなのですが、今期は港の拡張・増設に予算枠が移りまして……」
「いえ、カルミネ様、経費削減は大事ですから」
少しだけ声が高くなってしまった。
しかし、製造と維持管理のコストカットは前世も今世も大事なことだ。
いい魔導具があったとしても、使用コストが高ければ普及は難しい。
「私もそう思います。こちらはすべて国の税からのものですから、一台一台、大事に確認させて頂きましょう」
オズヴァルドがフォローを入れてくれたので、そのまま給湯器の点検に移った。
給湯器の箱を開ければ、火の魔石と水の魔石が二つずつ入っており、そこから魔導回路が引かれていた。
通常の給湯器は魔石一つずつのものが多いが、最近はこの二つタイプも販売されているので、珍しいことではない。
魔導回路自体もスタンダードなものだった。
この給湯器からのお湯が、つながれた筒を通り、大浴槽へ流れる形だ。
一台二台が故障しても、通常通りお湯を張ることができるだろう。
「実際に動かして頂いて結構です。修理の必要なものや、魔導回路に問題があると思われるものは赤い札を貼ってください」
「わかりました」
カルミネともう一人の魔導具師、そして、ダリヤとオズヴァルドが組む形で、給湯器の箱を点検していく。
半分ずつ確認し、その後に場所を交代して再点検の予定だ。
二人がかり、二度の確認であれば見落としも少ないだろう、そう思っていたのだが、すぐに問題が発生した。
「失礼ながら――ザナルディ副部長、どの程度を合格ラインとすればよろしいでしょうか?」
三台続けて赤い札を貼り、続けて三つの給湯器の蓋を開けたオズヴァルドが尋ねる。
その声の抑揚は少なかった。
とはいえ、ダリヤも蓋の開いた給湯器を見つつ、手の札を指で確認してしまっている。
対して、カルミネ達はすでに数台の蓋を閉じたところだ。
まだ一台も赤い札は貼られていない。
「どの部分に問題がありましたか?」
カルミネ達が歩み寄ってくると、オズヴァルドは赤い札を貼った給湯器の蓋を再度開いた。
「こちらの水の魔石止め、この部品にゆるみがあります。目視はできませんが触れた段階でわかりますから、魔石交換の担当者に交換時に確認させる方がいいでしょう」
「わかりました。担当者の業務として確認作業を組み入れます」
カルミネが答えると、続けて二、三台目の蓋も開けられる。
「こちらとこちら、魔導回路に強弱がつきすぎです。この線と、この線、同じ値の魔力を通すはずが、元の方が太くなっています。経年劣化によって、この細くなる部分から壊れる可能性があります」
「魔導回路の強弱――新しい給湯器を作り次第、入れ替えます」
続く指摘に了承が返されたとき、彼の斜め後ろにきた魔導具師が片手をあげる。
「横から申し上げる失礼をお許しください、ゾーラ子爵」
「構いませんとも」
「王城魔導具師は高魔力の者が多く、こちらの給湯器の回路には強弱が出たものと――出来として完全ではありませんが、台数を仕上げなければいけませんし、最終出力は基準値の範囲です」
「なるほど、確かに皆様は高魔力ですから、仕方がないとも言えるでしょうね」
そう答えたオズヴァルドは、銀の目を細め、口角を吊り上げた。
「給湯器の回路が引けないなら、魔力の低めの魔導具師に担当させるか、私のような外部の魔導具師に依頼する方が良いのではありませんか? これは王城の魔導具としてはあまりに――失礼、私とは違い、お忙しいのを失念しておりました」
「オ、オズヴァルド先生!」
ダリヤは思わず呼びかけてしまった。
彼がこの給湯器の出来が気に入らないのはわかる。
自分としても微妙なものを感じた物もあった。
だが、ここで喧嘩を売るような言い方をしてどうするのだ?
いつものオズヴァルドとは違う気がして――そう思ったとき、カルミネが一礼した。
「助言に感謝申し上げます」
「副部長! 前回、無理な納期を指定してきたのは上層部で――」
「それが水準に満たない魔導具を作っていい理由にはなりません。納期を延ばせなかったのも、給湯器の基準を決めたのも、私の責です」
彼はきっぱりと言い切ると、オズヴァルド、そしてダリヤへまっすぐな視線を向けた。
「どうか、このまま正しい点検をお願い致します。少々期間を頂いても、必ず改修、もしくは新規で製作致します」
カルミネはやっぱり魔導具師だ、不意にそう思った。
魔導具制作部の副部長という立場で、無理な納期を受けざるを得なかったのはわかる。
オズヴァルドの指摘があるまで、気づく余裕すらなかったのかもしれない。
けれど、わかった以上、直す以外の選択肢はない。
「では、点検を続けさせて頂きましょう」
オズヴァルドが、今度は柔らかに笑う。
ダリヤは気づかれぬよう、安堵の息を吐いた。
「ザナルディ副部長、よろしければ新規制作の際にお手伝いをさせて頂けませんか?」
「願ってもないことです。どうぞよろしくお願いします」
「それと、もし王族の皆様の給湯器制作などがありましたら、私にもお声がけ頂ければと」
「……ゾーラ子爵?」
カルミネが確認するように呼んだ。
王族の給湯器制作、それは王城魔導具師の仕事だろう。
いや、オズヴァルドは子爵、王家御用達魔導具師・商会という立場もあるのでおかしなことではないのか――ダリヤがそこまで考えたとき、声が続いた。
「子爵となりましたので、もう少し王国のお役に立ちたいと思いまして。今後、私のことはどうぞ『オズヴァルド』と。お気軽にお呼びください」
さすが、オズヴァルド先生である。
陞爵したことから、より王国に貢献するためのものだった。
ダリヤが感動していると、目の前の副部長がうなずいた。
「わかりました、『オズヴァルド殿』。私のことも『カルミネ』とお呼びください」
「ありがとうございます。カルミネ副部長」
二人が整った笑みで名呼びを許し合った後、作業を再開する。
オズヴァルドが容赦なく――ダリヤも遠慮なく貼った赤い札は、最終的に給湯器全体の七割におよんだ。
けれど、誰の顔にも不満はなかった。
大浴場二つを確認し終えると、兵舎の前で解散となった。
オズヴァルドは王城の外へ、ダリヤとカルミネは魔導具制作棟への移動である。
挨拶を交わした後、カルミネとマルチェラと共に、移動の馬車に乗った。
「お忙しい中、ご協力をありがとうございました、ダリヤ先生」
「いえ、こちらこそ、お忙しいところに仕事を重ねてしまい……」
言外に疾風船のことを込めると、彼は首を横に振る。
「新しい魔導具に関しては、私自身も希望したのです。ウロス部長の推薦を頂いたというのも確かにありますが」
「カルミネ様なら、きっと次期部長にふさわしいと思います」
「ありがとうございます。ここから精一杯、努力をしていきたいと思います。まだ、部長に追いつける日が夢にも見られませんが」
その感覚はよくわかる。
ダリヤは父に対しても、ウロスやオズヴァルドに対してもそう思う。
より正確にいえば、墨色の髪の副部長にも追いつける日が見えないが。
「私も父に追いつける日が見えないので、長生きしようかと思います」
「なるほど、それはいいですね。私も見習わせて頂きましょう」
ダリヤの言葉に、カルミネが楽しげに相槌を打つ。
この前と違い、今日は砕けた話ができそうだ。
だが、カルミネが、セラフィノといるときに口数が減るのは仕方ない。
年齢のそう変わらぬ甥でも、現ザナルディ公爵家当主でオルディネ大公。
魔導具制作部では二課と三課だが、カルミネは中間管理職、セラフィノは自由上司という感じである。
そんなことを考えていると、名を呼ばれた。
「ダリヤ先生、今回のことに御礼申し上げます。セラフィノ様のような権力も財もありませんが、今回お借りする分に関しては、必ず私がお支払いいたします」
とても真摯な声とまっすぐな目で――
これを断っては失礼になる、ダリヤはそう判断し、必死に頭を回す。
もっとも、希望は簡単に見つかった。
「では、魔導回路の組み方と、私の魔力では足りない付与があったときに、ご相談させて頂きたいです」
「わかりました。いつでもご連絡ください」
先輩魔導具師は、笑顔でうなずいてくれた。