500.疾風船と墓参り話
・アニメ「魔導具師ダリヤはうつむかない」本日7/6より放映開始です。
https://dahliya-anime.com/
どうぞよろしくお願いします!
「本日は、お声がけをありがたく――」
「ああ、いらっしゃい、ロセッティ。ヴォルフ君も。こちらへ、楽にしてかまいませんよ」
叙爵式から日を空け、ダリヤは王城の魔導具制作部三課の塔に来ていた。
セラフィノに招かれたためだ。
本日、王城へは護衛のマルチェラと一緒に来た。
だが、三課の地下二階、このプール付きの『子供部屋』はセラフィノの私室扱い。
王族扱いの彼の親族か親しい者、加えて貴族でないと入れない。
よって、付き添いはヴォルフである。
マルチェラは魔物討伐部隊棟で待機――のはずが、隊員の訓練に参加するそうだ。
『相談役の護衛なのだからいいだろう』とはグラートの弁だ。
マルチェラの胃を心配したが、彼の師匠となったベルニージが引き連れていったので大丈夫だと判断した。
もちろん、後で聞き取りはするつもりだが。
地下とは思えぬ明るさの部屋の中、大水槽の横、勧められた丸テーブルにつく。
そこには、セラフィノの他、見知った顔があった。
「例の船――『疾風船』については、カルミネ副部長が先頭で開発することになりました。ウロス部長にも許可をとっていますよ」
「どうぞよろしくお願いします、ダリヤ先生」
立って一礼したのは、王城魔導具制作部の副部長であるカルミネだ。
すでにテーブル上、形の違う金属の船が四つ並んでいるあたり、どれほど試作に打ち込んでいたのか。
だが、魔導具師として『付与の神』の二つ名を持つ彼だ、きっと素晴らしいものを作り出すだろう。
忙しいところ仕事を重ねさせたのではないかと、それだけが不安である。
「こちらこそよろしくお願いします、カルミネ副部長。お忙しいところ、お手数を――」
「いえ、今回、多大な功績をお譲り頂くことに深く感謝申し上げます」
言葉の途中、カルミネにしては珍しく強い声で言われた。
巻き込む形になったのは迷惑ではなかったか、そうダリヤが思ったとき、セラフィノが口を開いた。
「ウロス部長の意向です。カルミネ副部長にこれで功績を挙げ、男爵位をとってもらいたいので。ウロス部長の後、魔導具制作部の部長になるには爵位があった方がいいですから」
カルミネはすでに副部長であり、皆が認める魔導具制作の腕もある。
生まれもザナルディ公爵家だ。
それでも足りないのだろうか。
「今のままだと、ちょっと他から嘴を入れられそうなのです。魔導具をほどほどに知っている錬金術部の上部が、横滑りで部長になると面倒なので」
内容的に、ダリヤは言葉が返せない。
驚くと共に、王城の暗い部分を聞いた気がする。
「これで三課の権限を減らされたり、やっている業務を細かく出せとか言われたりしたら、私が面倒じゃないですか。叔父上、いえ、カルミネ副部長でしたら、ウロス部長も認めていますし、この甥にも多少は目をつぶってくれるだろうと期待しているのです」
「セラフィノ様」
訂正、面倒の意味合いが違ったらしい。
本音らしきものをこぼした甥を、カルミネが止める。
コホン、とセラフィノが重さのない咳をした。
「話を変えましょう。近いうち、二課にも大きい水槽を入れます。それと、スカルファロット家からコルンバーノ君を時々借りることにしました。カルミネ副部長とコルンバーノ君、希望する部員で開発する形になります。私もちょくちょくのぞきに行く予定ですが、ロセッティとヴォルフ君も頼みますね」
はい、と、ヴォルフとそろって返事をした。
コルンバーノの参加が決まったことは、ダリヤもグイードから聞いていた。
風の魔石単体の他、水の魔石と共に使う金属船も、開発の選択肢である。
カルミネとコルンバーノの付与と技術を組み合わせれば、きっとより凄い船ができるだろう。
期待に胸をふくらませていると、セラフィノが一番小さな金属船を持ち上げた。
「早く進めたいものですね。今日、ウロス部長は会議だそうですから、明日にでも細かいところを詰めましょうか」
「セラフィノ様、明日は……」
カルミネが、言いかけて声を濁した。
部外者が聞いてはいけない予定なのかもしれない、そう思ったが、セラフィノが聞き返す。
「カルミネ副部長は、外せない予定が?」
「いえ、明日は、『祈りを捧げる日』ではないかと……」
一段小さくなった声に、セラフィノはぽんと手を打った。
「ああ、すっかり忘れていました。そういえば、最初の月命日も叔父上に迎えにこられましたっけ……」
少しばかり苦笑した彼は、自分達へ説明してくれる。
「ザナルディ家の前当主――父の命日です。当主が亡くなって三年は、墓へ行かなくてはいけませんから」
「そうでしたか……」
ダリヤはそっと目を伏せた。
つまり、明日がセラフィノの父が亡くなった日ということだ。
父カルロが亡くなったのが二年前なので、同じ年かもしれない。
時間が経っているので、お悔やみを述べるところでもないだろう。
言葉を選んでいると、いつもと同じ軽い声が響いた。
「気遣いは不要ですよ。私は子供の頃から王城暮らしで、父というより、『ファウスト・ザナルディ公』でしたから。むしろ叔父上の方が、父と話す機会が多かったのでは?」
「仕事でしたので」
叔父の立場で話を振られたカルミネが、抑揚なく答えた。
カルミネからすれば兄だが、セラフィノとは疎遠だったのだから、言葉に困るだろう。
「父は公爵当主でしたが、実務は叔父に任せ、 一人であちこち動き回るような人だったらしいです。私は黒髪も強い火魔法も受け継ぎませんでしたが、そこだけが似ましたね。ちょっと早くに亡くなったのは、まあ、いろいろと無理をしすぎたと言っていいでしょう」
もしや、ファウスト・ザナルディ公爵は、前世の自分と同じ過労死だろうか?
だとすれば、セラフィノは淡々と語っていても、やりきれない思いがあるかもしれない。
何より、気にかかることがある。
視線をあげたとき、その水色の目は、すでにダリヤを見ていた。
「差し出がましいとは思いますが――セラフィノ様、どうぞお体を大切になさってください」
気がかりを願いとして口にする。
彼はそれをいつもの笑みで受け止めてくれた。
「そうしましょう。まだまだロセッティの作る魔導具が見たいですからね。ヴォルフ君もそうでしょう?」
「はい、そう思います」
「では、あなたも遠征から無事に帰ってこなくてはいけません。寄り道も禁止です」
その言葉にそろって笑う。
空気が軽くなったと思えたとき、ノックの音がした。
了承の後、入ってきたのは三課の護衛騎士だった。
「スカルファロット様へ魔物討伐部隊より伝言です。北街道に大百足が出現、討伐の命が出たとのことです」
「すぐに参ります」
急な遠征は、魔物討伐部隊では当たり前のこと。
それでもダリヤは、胸の奥に小さな氷が生まれるような感覚を覚える。
きっとこれは、ヴォルフが無事に帰ってくるまでは消えないのだろう。
「ダリヤ、途中ですまない。護衛はマルチェラを一階まで呼ぶから」
「私の方は大丈夫だから、気をつけて――」
隣同士、小声で会話をしていると、向かいから声がかけられる。
「モーラにヌヴォラーリ君のところまで送らせましょう。それでいいですか、ヴォルフ君?」
「はい、お願いします、セラフィノ様。途中での退席を失礼致します」
ヴォルフが立ち上がってドアへ向かうのに、なぜかセラフィノも続くように立ち上がる。
「私もちょっとタイを直してきたいので。カルミネ副部長、ロセッティへ試作の説明をしておいてください」
別室でタイを直す――それは紳士がエチケットルームへ行くという意味だ。
ダリヤは何も言うことはなく、見送るのもどうかと迷う。
すると、向かいのカルミネが書類の束をテーブルに滑らせてきた。
「ご説明申し上げてよろしいでしょうか、ダリヤ先生?」
「お願いします、カルミネ副部長」
ヴォルフは任務へ向かうのだ。
それであれば、自分も仕事に打ち込むべきだろう。
ダリヤは背筋を正し、椅子に座り直した。
・・・・・・・
ヴォルフはセラフィノと共に廊下に出る形になった。
通路の途中までは一緒である。
急いでいるとはいっても、大公の自室扱いの区域で走るわけにはいかない。
護衛騎士のベガと横並びで進んでいると、前から質問が飛んできた。
「ヴォルフ君、食用薔薇はどうでした?」
「はい、その……おいしかったです」
「それはよかった。担当がもう少し甘くできないか改良中ですので、次も楽しみにしていてください」
「――ありがとうございます」
もしや、からかわれているのだろうか、そう思えて、ヴォルフは少しだけ眉を寄せる。
けれど、足を止めたセラフィノは、いつもの薄い笑みだった。
「ウォーロック公によるロセッティの二つ名は、『魔物男爵』だそうですね。魔物討伐部隊の相談役に実に似合いです」
「はい、自分もそう思います」
「あなたの叙爵の二つ名も楽しみですよ」
言い終えた彼と、通路で分かれる形になる。
階段へ向かおうとしたとき、不意に名を呼ばれた。
「ヴォルフ君、一つ命じておきましょう」
灰色のレンズの下、水色の細い目が糸のように細められた。
その薄い唇から、命が低く紡がれる。
「ロセッティを守りなさい」
「え……?」
聞き返す間は与えられない。
セラフィノはそのまま歩み去って行く。
その背を目に、ヴォルフは己に言い聞かせるよう、声を返した。
「はい、必ず――」