499.薔薇のフライと雑談
「魔導具師ダリヤはうつむかない」10巻御礼~ご感想を頂くスペースを作ってみました。
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どうぞよろしくお願いします。
「サラダより、フライの方がいいかも……」
ダリヤの向かい、王都一と表される美青年が赤い薔薇を食べている。
文章にすると様になるが、実際はモシャモシャ、シャクシャクと咀嚼音が響いていた。
夕方まで叙爵の祝いを受け取ると、それぞれが帰宅した。
食事の約束をしていたので、ヴォルフだけはそのまま塔に残ってくれた。
そうして、行儀が悪いが乾杯しつつ料理をし、ようやくテーブルについた形である。
セラフィノから贈られた薔薇の花は、居間のテーブルの上、サラダとフライになっていた。
これが全部というわけではなく、台所には、ジャムとなったそれがガラス瓶に入っている。
少しの間、飾っておこうかとも思ったが、家の花瓶は本日贈られた花束で使い切ってしまった。
また、各部屋に花籠が複数ある状態だ。
食用薔薇は新鮮なうちに調理することに決めた。
ありがたいことに、ヴォルフが全ての花びらを取り外してくれたので、ダリヤは指に傷一つ負うことはなかった。
その上、余った花びらをジャムにしようとしたら、彼が自ら煮る役を買って出てくれた。
そこからは、ダリヤがフライを、ヴォルフはジャムを、魔導コンロ前で並んで作った。
葉物のサラダの上、赤い薔薇の花びらがかけられているのは特別感がある。
花びら単体で食べると、わずかに甘く、薄く剥いた果実の皮のような感じだ。
噛みしめると、かすかに薔薇の香りがして、優雅な気分になれた。
とはいえ、オリーブオイルと塩、コショウ、レモンを合わせたドレッシングをかければ、通常のサラダとほぼ一緒。
身も蓋もないのだが、やはりこれは特別な日の食材という気がする。
次にヴォルフがシャクシャクと食べているフライ――薔薇の花びらを豚バラ肉で巻き、それをからりと揚げたものを口にする。
いつもだとキャベツとチーズなどを巻くのだが、今回は薔薇だけ。
半分にした切り口から覗く薔薇色は、なかなかきれいだ。
揚げ立てなので慎重にかじりつくと、一瞬、薔薇の香りを感じた。
けれどそれはすぐ豚の脂の甘さ、肉の香ばしさにとって代わられる。
総合的には、甘めの野菜を巻いた豚バラのフライ――エールともよく合う味だった。
一通り味わうと、ヴォルフが口を開く。
「でも、ちょっと驚いたよ。エラルド様が薔薇を持ってきたから……」
「私もびっくりしたわ。食べられる薔薇って初めて見たから」
前世では親戚の結婚式の料理に花びらがあったが、実際に花本体を見て、それを調理して食べるのは初めてだ。
叙爵の翌日ではあるが、ヴォルフと共に祝う料理に、まさに花を添えてもらえた。
それがうれしかった。
「ダリヤは、食べられる薔薇は好み?」
「特別感があって、お祝いの日にはいいと思うわ」
赤い薔薇が皿に載ると、食卓は華やぐ。
だが、食材として考えた場合は別である。
お値段を想像し、次に可食割合と調理の安全性諸々を考えると、普段の食事には向いていないと思えた。
爵位は得ても、自分の庶民気質は抜けないものだ。
「国境のワイバーンの件なんだけど、グッドウィン伯の建物の準備は終わったって、エルード兄上から手紙が来た」
「よかった。ミトナさんも、早めに雛の移動をしたいっておっしゃっていたから」
ハルダード商会からワイバーンの番を預かる計画は、迅速に進められているらしい。
飼育員も一緒に来てくれるそうだが、ワイバーンを騎龍とする者も、幼いうちから共に過ごさないと難しい。
相性もあるので、龍騎士候補達と時間をかけて付き合う必要があるのだそうだ。
なお、成人ならぬ成ワイバーンの背に乗るには、基本、その個体と一騎打ちで勝つしかないという。
魔物討伐部隊でも集団で倒す魔物に対し、無理すぎる。
「ミトナ殿もお祝いに?」
「ええ、別邸の方にいらして、王蛇の皮を取り入れた日焼け止めを頂いたの」
ハルダード商会からは、花ではなく、王蛇の皮を原料の一部とした日焼け止めを贈られた。
『お住まいが花で埋まってしまうかと思いまして』、ミトナからはそう言われた。
そのときは、まさかと笑んでしまったのだが、本日の塔は花一杯、日焼け止めにしてもらってよかった。
王蛇というのが、ちょっとだけ気になるが。
「王蛇の皮……だと、森大蛇の皮なんかも日焼け止めの材料になるんだろうか?」
「蛇繋がりで可能性はあるかも。ただ、砂漠に生息している方が太陽に強いと思うわ」
薔薇から魔物に話題を移し、酒と料理が進む。
グラスに赤エールを注がれたとき、ふと、叙爵式で会った人を思い出した。
「どうかした、ダリヤ?」
自分は今、どんな表情をしていたのか――ヴォルフに心配されてしまった。
ダリヤはグラスを置き、誰にも言わなかった話を軽い声で切り出した。
「昨日の叙爵式で、ランベルティ伯爵代行の奥様からお祝いの言葉を頂いたの」
「何か心配なこととか、気になることはあった?」
「いえ、何も。ヨナス先生にも同じようにお祝いの言葉を伝えていたから、普通に挨拶だけだったと思う」
何もなかった。
お互い、これまでの話もこれからの話もなかった。
「ダリヤ」
向かいの金の目が、とても心配そうに自分を見つめている。
ダリヤはゆるく首を横に振った。
「平気よ。ただ、ランベルティ夫人が母と似ているのかと、ほんの少し考えただけ」
ミラーナ・ランベルティと名乗った女性は、おそらく母の妹。
もしかすると、その面差しは母と似ているのかもしれない。
母の顔を知らぬ自分には、比べることができなかったが。
『どうぞ、ご壮健で』、ただその響きだけを、耳が繰り返す。
「思っていたよりも、こう、気にならなくて。ただ、遠さを再確認した感じだったの……」
「それなら、俺の方が君に近い」
自分に言い聞かせるような台詞は、ヴォルフにきっぱりと折られた。
「何かあったらいつでも相談してほしい。俺で力不足のときは、兄上もヨナス先生も、義姉上もいるから、遠慮は一切なしで」
「今もいろいろと相談にのってもらっているものね……」
すでに迷惑は山とかけていた。
そう思いつつ答えると、王都一の美青年らしい笑みが返ってきた。
「ダリヤは、家族のように大事だから」
「……あ、ありがとう……」
見惚れそうな笑顔で、その甘い声をかけないで頂きたい。
美の破壊力か、酔いのせいかわからないが、耳で繰り返す響きが完全に塗り替えられてしまった。
むしろ今、これを止める方法を相談したい。
ダリヤは内で慌てつつ、必死に話題を変える。
「ええと! 叙爵式で、ヨナス先生に声をかける方がとても多かったの。三つ揃えも騎士服もお似合いだし、騎士としても強いからよくわかるわ」
あの日、男爵エリアでの一番人気は、まちがいなくヨナスである。
説明すると、ヴォルフはちょっとだけ目を丸くした後、真面目な表情で聞き入っていた。
彼の騎士の師匠でもあるのだ、納得したに違いない。
区切りのいいところまで話すと、テーブルの上の瓶を見て立ち上がる。
「新しいエールを持ってくるわ」
そのついでに、冷蔵庫で冷やしていたピクルスも追加しよう。
ヴォルフ好みの唐辛子入りなので、酒の肴にいいだろう、そう考えながら、台所へ足を向けた。
その背後、空のグラスを持ったままの青年が、金の目を伏せる。
「……ヨナス先生は、確かにかっこいいし、強いし……俺はもっと頑張らないと……」
小さな呟きは、いまだ耳で繰り返される響きで拾えなかった。