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499.薔薇のフライと雑談

「魔導具師ダリヤはうつむかない」10巻御礼~ご感想を頂くスペースを作ってみました。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1300935/blogkey/3309393/

どうぞよろしくお願いします。

「サラダより、フライの方がいいかも……」


 ダリヤの向かい、王都一と表される美青年が赤い薔薇を食べている。

 文章にすると様になるが、実際はモシャモシャ、シャクシャクと咀嚼音が響いていた。


 夕方まで叙爵の祝いを受け取ると、それぞれが帰宅した。

 食事の約束をしていたので、ヴォルフだけはそのまま塔に残ってくれた。

 そうして、行儀が悪いが乾杯しつつ料理をし、ようやくテーブルについた形である。


 セラフィノから贈られた薔薇の花は、居間のテーブルの上、サラダとフライになっていた。

 これが全部というわけではなく、台所には、ジャムとなったそれがガラス瓶に入っている。


 少しの間、飾っておこうかとも思ったが、家の花瓶は本日贈られた花束で使い切ってしまった。

 また、各部屋に花籠が複数ある状態だ。

 食用薔薇は新鮮なうちに調理することに決めた。


 ありがたいことに、ヴォルフが全ての花びらを取り外してくれたので、ダリヤは指に傷一つ負うことはなかった。

 その上、余った花びらをジャムにしようとしたら、彼が自ら煮る役を買って出てくれた。

 そこからは、ダリヤがフライを、ヴォルフはジャムを、魔導コンロ前で並んで作った。


 葉物のサラダの上、赤い薔薇の花びらがかけられているのは特別感がある。

 花びら単体で食べると、わずかに甘く、薄く剥いた果実の皮のような感じだ。

 噛みしめると、かすかに薔薇の香りがして、優雅な気分になれた。


 とはいえ、オリーブオイルと塩、コショウ、レモンを合わせたドレッシングをかければ、通常のサラダとほぼ一緒。

 身も蓋もないのだが、やはりこれは特別な日の食材という気がする。


 次にヴォルフがシャクシャクと食べているフライ――薔薇の花びらを豚バラ肉で巻き、それをからりと揚げたものを口にする。

 いつもだとキャベツとチーズなどを巻くのだが、今回は薔薇だけ。

 半分にした切り口から覗く薔薇色は、なかなかきれいだ。


 揚げ立てなので慎重にかじりつくと、一瞬、薔薇の香りを感じた。

 けれどそれはすぐ豚の脂の甘さ、肉の香ばしさにとって代わられる。

 総合的には、甘めの野菜を巻いた豚バラのフライ――エールともよく合う味だった。

 一通り味わうと、ヴォルフが口を開く。


「でも、ちょっと驚いたよ。エラルド様が薔薇を持ってきたから……」

「私もびっくりしたわ。食べられる薔薇って初めて見たから」


 前世では親戚の結婚式の料理に花びらがあったが、実際に花本体を見て、それを調理して食べるのは初めてだ。

 叙爵の翌日ではあるが、ヴォルフと共に祝う料理に、まさに花を添えてもらえた。

 それがうれしかった。


「ダリヤは、食べられる薔薇は好み?」

「特別感があって、お祝いの日にはいいと思うわ」


 赤い薔薇が皿に載ると、食卓は華やぐ。

 だが、食材として考えた場合は別である。

 お値段を想像し、次に可食割合と調理の安全性諸々を考えると、普段の食事には向いていないと思えた。

 爵位は得ても、自分の庶民気質は抜けないものだ。


「国境のワイバーンの件なんだけど、グッドウィン伯の建物の準備は終わったって、エルード兄上から手紙が来た」

「よかった。ミトナさんも、早めに雛の移動をしたいっておっしゃっていたから」


 ハルダード商会からワイバーンのつがいを預かる計画は、迅速に進められているらしい。

 飼育員も一緒に来てくれるそうだが、ワイバーンを騎龍とする者も、幼いうちから共に過ごさないと難しい。

 相性もあるので、龍騎士候補達と時間をかけて付き合う必要があるのだそうだ。


 なお、成人ならぬ成ワイバーンの背に乗るには、基本、その個体と一騎打ちで勝つしかないという。

 魔物討伐部隊でも集団で倒す魔物に対し、無理すぎる。


「ミトナ殿もお祝いに?」

「ええ、別邸の方にいらして、王蛇キングスネークの皮を取り入れた日焼け止めを頂いたの」


 ハルダード商会からは、花ではなく、王蛇キングスネークの皮を原料の一部とした日焼け止めを贈られた。

 『お住まいが花で埋まってしまうかと思いまして』、ミトナからはそう言われた。

 そのときは、まさかと笑んでしまったのだが、本日の塔は花一杯、日焼け止めにしてもらってよかった。

 王蛇キングスネークというのが、ちょっとだけ気になるが。


王蛇キングスネークの皮……だと、森大蛇フォレストラスネイクの皮なんかも日焼け止めの材料になるんだろうか?」

「蛇繋がりで可能性はあるかも。ただ、砂漠に生息している方が太陽に強いと思うわ」


 薔薇から魔物に話題を移し、酒と料理が進む。

 グラスに赤エールを注がれたとき、ふと、叙爵式で会った人を思い出した。


「どうかした、ダリヤ?」


 自分は今、どんな表情かおをしていたのか――ヴォルフに心配されてしまった。

 ダリヤはグラスを置き、誰にも言わなかった話を軽い声で切り出した。


「昨日の叙爵式で、ランベルティ伯爵代行の奥様からお祝いの言葉を頂いたの」

「何か心配なこととか、気になることはあった?」

「いえ、何も。ヨナス先生にも同じようにお祝いの言葉を伝えていたから、普通に挨拶だけだったと思う」


 何もなかった。

 お互い、これまでの話もこれからの話もなかった。


「ダリヤ」


 向かいの金の目が、とても心配そうに自分を見つめている。

 ダリヤはゆるく首を横に振った。


「平気よ。ただ、ランベルティ夫人が母と似ているのかと、ほんの少し考えただけ」


 ミラーナ・ランベルティと名乗った女性は、おそらく母の妹。

 もしかすると、その面差しは母と似ているのかもしれない。

 母の顔を知らぬ自分には、比べることができなかったが。

 『どうぞ、ご壮健で』、ただその響きだけを、耳が繰り返す。


「思っていたよりも、こう、気にならなくて。ただ、遠さを再確認した感じだったの……」

「それなら、俺の方が君に近い」


 自分に言い聞かせるような台詞は、ヴォルフにきっぱりと折られた。


「何かあったらいつでも相談してほしい。俺で力不足のときは、兄上もヨナス先生も、義姉上あねうえもいるから、遠慮は一切なしで」

「今もいろいろと相談にのってもらっているものね……」


 すでに迷惑は山とかけていた。

 そう思いつつ答えると、王都一の美青年らしい笑みが返ってきた。


「ダリヤは、家族のように大事だから」

「……あ、ありがとう……」


 見惚れそうな笑顔で、その甘い声をかけないで頂きたい。

 美の破壊力か、酔いのせいかわからないが、耳で繰り返す響きが完全に塗り替えられてしまった。

 むしろ今、これを止める方法を相談したい。

 ダリヤは内で慌てつつ、必死に話題を変える。


「ええと! 叙爵式で、ヨナス先生に声をかける方がとても多かったの。三つ揃えも騎士服もお似合いだし、騎士としても強いからよくわかるわ」


 あの日、男爵エリアでの一番人気は、まちがいなくヨナスである。

 説明すると、ヴォルフはちょっとだけ目を丸くした後、真面目な表情かおで聞き入っていた。

 彼の騎士の師匠でもあるのだ、納得したに違いない。


 区切りのいいところまで話すと、テーブルの上の瓶を見て立ち上がる。


「新しいエールを持ってくるわ」


 そのついでに、冷蔵庫で冷やしていたピクルスも追加しよう。

 ヴォルフ好みの唐辛子入りなので、酒のさかなにいいだろう、そう考えながら、台所へ足を向けた。


 その背後、空のグラスを持ったままの青年が、金の目を伏せる。


「……ヨナス先生は、確かにかっこいいし、強いし……俺はもっと頑張らないと……」


 小さな呟きは、いまだ耳で繰り返される響きで拾えなかった。

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― 新着の感想 ―
頂戴するなら、日持ちする消耗品が一番ですね。 花だと枯れて処分しかないですが、この世界観だと、染料にも使えそう。
ランベルティ伯爵夫人って本当にダリヤの叔母なんですかねえ…? 実母だったりしない…?
[良い点] 薔薇ジャムと言えば黒鍋のハート形ミルクプリンに薔薇ソース掛け!!(婚礼菓子!)
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