表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
499/563

498.叙爵式翌日の届け物

『魔導具師ダリヤはうつむかない』10巻、6月25日、コミックス7巻(通常・特装版)7月10日発売です。

どうぞよろしくお願いします。

「どうぞ、ウォーロック様に感謝の意をお伝えください」


 ダリヤは本日七つめの花籠に礼を述べる。

 緑の塔の一階は、作業机と温熱卓に白いテーブルクロスをかけ、急拵えの応接室となっていた。


 左右にイヴァーノとヴォルフ、室内には手伝いにきてくれたスカルファロット家のメイドがいる。

 開け放ったドアの向こう、マルチェラとメーナが門の前でお祝いを届けに来た馬車の対応をしてくれていた。


 叙爵式の翌日の午後は、自宅にお祝いの手紙や花が届くことが多い。

 ロセッティ商会はスカルファロット家の別邸だが、ダリヤの住所はここ、緑の塔だ。

 受け取りに失礼がないようにと準備しておいてよかった――そう胸をなでおろした。


 昨日の叙爵式後、ヴォルフと共に服飾魔導工房へ行った。

 すぐドレスを預けようとしたところ、ルチアに会議室へと案内された。

 そこでは立食パーティの準備がなされており、イヴァーノ、メーナ、マルチェラとイルマ、服飾魔導工房で一緒に作業をした者達がそろっていた。

 目を丸くしてしまった自分に、友はいい笑顔を向けた。


『ダリヤが叙爵のドレスを着ているうちにお祝いしたくて! こんなにきれいなんだから、見せびらかさないともったいないでしょ』


 その明るい声でわかった。

 叙爵の日は家族で祝うことが多い。

 ダリヤは一人暮らしだし、ヴォルフは夜から兄グイードの祝いだ。

 友人を招いてもいなかった。

 一人で祝うことすら考えていなかった自分のため、ルチアはこの場を用意してくれたのだろう。


 一人ではなく、友人や仲間達が叙爵を祝ってくれる日。

 残念ながらヴォルフは途中で帰ることになったが、皆と話して、しっかり食べて飲んで――

 ルチアにコルセットを二度ゆるめてもらったのは内緒である。


 ダリヤの叙爵式典の思い出は、とてもにぎやかで楽しいものになった。

 そうして夜、帰宅してから、父の作った魔導ランタンを前に乾杯と報告をした。


 満足して眠りについた本日、叙爵自体は済ませており、手紙をもらったので、多くはないだろう。

 けれど念のためと準備したところ、思わぬ数の祝いが来た。


 グラート、ジルドやレオーネ、フォルトなど、お世話になっている貴族からのお祝いの手紙と花。

 魔物討伐部隊員、取り引き関係の商会からの手紙。

 フェルモ夫妻やご近所さんも、菓子やエール、ジュースなどを届けにきてくれた。


 そして、手紙と共に、王城魔導具制作部長のウロスと、副部長のカルミネから魔導具向けの染料。

 冒険者ギルドのジャンから果物の詰め合わせ、イデアリーナからスライムの粉の詰め合わせなど、どれもありがたいものばかりだった。


 驚いたのは、昨日、二つ名を付けてくれたウォーロック公からも届いたことだ。

 白を基調とした高級そうな花籠と、木箱に入った金色の天秤――素材を微量まで量れるそれは、イヴァーノが見入るほど精巧なものだった。


 手紙には、祝いの言葉と、名付け親として今後の活躍を祈ると綴られていた。

 本当にウォーロック公は気遣いの深い方だ、ウロスの兄らしい、ダリヤはしみじみそう思った。


 午後のお茶の時間をすぎると、来客が途絶える。

 マルチェラ達に一度こちらで休憩をしてもらおう、そう思ったとき、馬のいななきが響いた。

 

 門の前、魔物討伐部隊の馬車に似た馬車が止まる。

 一目でわかるそれは、ロセッティ商会が個人へ納めたものだ。

 まさかという思いに、ダリヤはすぐに立ち上がる。

 横のヴォルフとイヴァーノも同時だった。


 馬車を降り、塔へと入ってきたのは、緑琥珀の目の持ち主だ。

 他の貴族のように代理の従僕ではなく、本人である。

 黒の三つ揃え姿は初めて見るが、よく似合っていた。


「エラルド様!」


 驚いたであろうヴォルフが、その名を呼んだ。

 彼に向けて笑んだ後、エラルドはダリヤに向き直る。


「ダリヤ先生、いえ、本日はロセッティ男爵とお呼びするべきですね。改めて、叙爵をお祝い申し上げます」


 お祝いの言葉と共に差し出されたのは大きな花束――すべて真っ赤な薔薇。

 目立たぬ濃紺のリボンでまとめられている。

 赤い薔薇だけの花束は、愛を告げる、あるいは求婚の意味合いもあるのだが、彼が自分に想いを寄せるとは思えない。

 その疑問はすぐに解決した。


「父から預かってきた食用薔薇です。ダリヤ先生はお料理をなさるという話をしたら、食えない花よりこちらがいいだろうと。花びらをサラダやゼリー、ジャムにするのがお勧めとのことです」

「ありがとうございます。今夜にでも頂きたいと思います」


 エラルドは父の代理であったらしい。

 そして、セラフィノらしい選択に納得した。

 赤い薔薇の花はとてもきれいで、皿に一つ載せただけでも映えそうだ。


「エラルド様、せっかくですからお茶はいかがですか?」

「うれしいお誘いですが、これから神殿へ行くことになっておりまして」


 重病人が出たのだろうか、そう心配になったのは気づかれたらしい。

 彼はダリヤを見て、言葉を続けた。


「たまには顔を出すようにと、父が。それと、九頭大蛇(ヒュドラ)クッキーを配りに行くのです。人気が高く、なかなか買えないそうなので。神官服では買いしめづらいものですからね」


 セラフィノが顔を出すように言うのもわかる。

 神殿はエラルドの実家のようなものだろう。


 あと、九頭大蛇(ヒュドラ)クッキーは、しっかり王都の人気菓子となったらしい。

 神官達があのクッキーを食べる様子を想像し、つい笑んでしまう。


 その後に挨拶を交わし、全員で彼の馬車を見送った。

 再び部屋に戻ると、イヴァーノが薔薇をじっと見つめる。


「食べられる薔薇、ですか。こうして見ると普通の薔薇と見分けがつかないですね」

「花びらがあまり固くならないように品種改良をし、虫がつかぬよう隔離して育てられると伺っております」


 イヴァーノは手帳を取り出すと、さらにメイドに質問を続けた。


「なるほど。他の色もありますか?」

「はい、私の知る限りでは、赤、白、ピンクの濃淡や黄色と、通常の薔薇に近い種類があるのではないかと思います」

「色で味が変わったりするでしょうか?」


 部下は取引先の贈り物にできるかどうかを考えているらしい。

 花もうれしいが、食べられる花は珍しさもあり、印象に残りそうだ。


 隣のヴォルフを見れば、その目を赤い薔薇に固定している。

 ちょっと真剣な表情かおだが、おそらく味が気になるのだろう。


 むしってサラダにかけるべきか、酒のさかなにするならフライの横に添える方がいいか、ゼリーでは時間がかかってしまうし――

 そんなことを考えつつ、ダリヤはヴォルフに向かってささやいた。


「この薔薇、後で一緒に料理してみませんか?」


 驚かせてしまったか、ぴくりと彼の肩が動く。

 けれど、こちらを向いたヴォルフは、いつものように笑った。


「ああ。とげが君に刺さらないよう、花は俺がむしるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
食用薔薇って、食用なんだから 危ないトゲとか 品種改良されて無いのでは? …未確認です。
高位貴族のひも付き照会やら食品業界やらが 妬んだり恨んだり、 ちょっとは誹謗中傷や悪さを仕掛けて来ても 可笑しくないぐらい 弱小商会から急激にのしあがって来たように 思える筈だけど…。
[良い点] ウォーロックさん、取り込まれるからにはきっちりとお祝いまで送るの流石やな…本来(立場上あまり関わりがなかった為)送る気なかっただろうによくこの短時間で準備したなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ