498.叙爵式翌日の届け物
『魔導具師ダリヤはうつむかない』10巻、6月25日、コミックス7巻(通常・特装版)7月10日発売です。
どうぞよろしくお願いします。
「どうぞ、ウォーロック様に感謝の意をお伝えください」
ダリヤは本日七つめの花籠に礼を述べる。
緑の塔の一階は、作業机と温熱卓に白いテーブルクロスをかけ、急拵えの応接室となっていた。
左右にイヴァーノとヴォルフ、室内には手伝いにきてくれたスカルファロット家のメイドがいる。
開け放ったドアの向こう、マルチェラとメーナが門の前でお祝いを届けに来た馬車の対応をしてくれていた。
叙爵式の翌日の午後は、自宅にお祝いの手紙や花が届くことが多い。
ロセッティ商会はスカルファロット家の別邸だが、ダリヤの住所はここ、緑の塔だ。
受け取りに失礼がないようにと準備しておいてよかった――そう胸をなでおろした。
昨日の叙爵式後、ヴォルフと共に服飾魔導工房へ行った。
すぐドレスを預けようとしたところ、ルチアに会議室へと案内された。
そこでは立食パーティの準備がなされており、イヴァーノ、メーナ、マルチェラとイルマ、服飾魔導工房で一緒に作業をした者達がそろっていた。
目を丸くしてしまった自分に、友はいい笑顔を向けた。
『ダリヤが叙爵のドレスを着ているうちにお祝いしたくて! こんなにきれいなんだから、見せびらかさないともったいないでしょ』
その明るい声でわかった。
叙爵の日は家族で祝うことが多い。
ダリヤは一人暮らしだし、ヴォルフは夜から兄グイードの祝いだ。
友人を招いてもいなかった。
一人で祝うことすら考えていなかった自分のため、ルチアはこの場を用意してくれたのだろう。
一人ではなく、友人や仲間達が叙爵を祝ってくれる日。
残念ながらヴォルフは途中で帰ることになったが、皆と話して、しっかり食べて飲んで――
ルチアにコルセットを二度ゆるめてもらったのは内緒である。
ダリヤの叙爵式典の思い出は、とてもにぎやかで楽しいものになった。
そうして夜、帰宅してから、父の作った魔導ランタンを前に乾杯と報告をした。
満足して眠りについた本日、叙爵自体は済ませており、手紙をもらったので、多くはないだろう。
けれど念のためと準備したところ、思わぬ数の祝いが来た。
グラート、ジルドやレオーネ、フォルトなど、お世話になっている貴族からのお祝いの手紙と花。
魔物討伐部隊員、取り引き関係の商会からの手紙。
フェルモ夫妻やご近所さんも、菓子やエール、ジュースなどを届けにきてくれた。
そして、手紙と共に、王城魔導具制作部長のウロスと、副部長のカルミネから魔導具向けの染料。
冒険者ギルドのジャンから果物の詰め合わせ、イデアリーナからスライムの粉の詰め合わせなど、どれもありがたいものばかりだった。
驚いたのは、昨日、二つ名を付けてくれたウォーロック公からも届いたことだ。
白を基調とした高級そうな花籠と、木箱に入った金色の天秤――素材を微量まで量れるそれは、イヴァーノが見入るほど精巧なものだった。
手紙には、祝いの言葉と、名付け親として今後の活躍を祈ると綴られていた。
本当にウォーロック公は気遣いの深い方だ、ウロスの兄らしい、ダリヤはしみじみそう思った。
午後のお茶の時間をすぎると、来客が途絶える。
マルチェラ達に一度こちらで休憩をしてもらおう、そう思ったとき、馬のいななきが響いた。
門の前、魔物討伐部隊の馬車に似た馬車が止まる。
一目でわかるそれは、ロセッティ商会が個人へ納めたものだ。
まさかという思いに、ダリヤはすぐに立ち上がる。
横のヴォルフとイヴァーノも同時だった。
馬車を降り、塔へと入ってきたのは、緑琥珀の目の持ち主だ。
他の貴族のように代理の従僕ではなく、本人である。
黒の三つ揃え姿は初めて見るが、よく似合っていた。
「エラルド様!」
驚いたであろうヴォルフが、その名を呼んだ。
彼に向けて笑んだ後、エラルドはダリヤに向き直る。
「ダリヤ先生、いえ、本日はロセッティ男爵とお呼びするべきですね。改めて、叙爵をお祝い申し上げます」
お祝いの言葉と共に差し出されたのは大きな花束――すべて真っ赤な薔薇。
目立たぬ濃紺のリボンでまとめられている。
赤い薔薇だけの花束は、愛を告げる、あるいは求婚の意味合いもあるのだが、彼が自分に想いを寄せるとは思えない。
その疑問はすぐに解決した。
「父から預かってきた食用薔薇です。ダリヤ先生はお料理をなさるという話をしたら、食えない花よりこちらがいいだろうと。花びらをサラダやゼリー、ジャムにするのがお勧めとのことです」
「ありがとうございます。今夜にでも頂きたいと思います」
エラルドは父の代理であったらしい。
そして、セラフィノらしい選択に納得した。
赤い薔薇の花はとてもきれいで、皿に一つ載せただけでも映えそうだ。
「エラルド様、せっかくですからお茶はいかがですか?」
「うれしいお誘いですが、これから神殿へ行くことになっておりまして」
重病人が出たのだろうか、そう心配になったのは気づかれたらしい。
彼はダリヤを見て、言葉を続けた。
「たまには顔を出すようにと、父が。それと、九頭大蛇クッキーを配りに行くのです。人気が高く、なかなか買えないそうなので。神官服では買いしめづらいものですからね」
セラフィノが顔を出すように言うのもわかる。
神殿はエラルドの実家のようなものだろう。
あと、九頭大蛇クッキーは、しっかり王都の人気菓子となったらしい。
神官達があのクッキーを食べる様子を想像し、つい笑んでしまう。
その後に挨拶を交わし、全員で彼の馬車を見送った。
再び部屋に戻ると、イヴァーノが薔薇をじっと見つめる。
「食べられる薔薇、ですか。こうして見ると普通の薔薇と見分けがつかないですね」
「花びらがあまり固くならないように品種改良をし、虫がつかぬよう隔離して育てられると伺っております」
イヴァーノは手帳を取り出すと、さらにメイドに質問を続けた。
「なるほど。他の色もありますか?」
「はい、私の知る限りでは、赤、白、ピンクの濃淡や黄色と、通常の薔薇に近い種類があるのではないかと思います」
「色で味が変わったりするでしょうか?」
部下は取引先の贈り物にできるかどうかを考えているらしい。
花もうれしいが、食べられる花は珍しさもあり、印象に残りそうだ。
隣のヴォルフを見れば、その目を赤い薔薇に固定している。
ちょっと真剣な表情だが、おそらく味が気になるのだろう。
むしってサラダにかけるべきか、酒の肴にするならフライの横に添える方がいいか、ゼリーでは時間がかかってしまうし――
そんなことを考えつつ、ダリヤはヴォルフに向かってささやいた。
「この薔薇、後で一緒に料理してみませんか?」
驚かせてしまったか、ぴくりと彼の肩が動く。
けれど、こちらを向いたヴォルフは、いつものように笑った。
「ああ。棘が君に刺さらないよう、花は俺がむしるよ」