492.服飾魔導工房での衣装合わせ
5月10日の活動報告に、赤羽にな先生 コミックス『魔導具師ダリヤはうつむかない~王立高等学院編~』1巻、5月17日発売のお知らせをアップしました。
『魔導具師ダリヤはうつむかない』小説10巻 6月25日
住川惠先生 コミックス7巻(通常・特装版)7月発売予定です。
どうぞよろしくお願いします。
「ダリヤちゃん、大丈夫か?」
「――大丈夫よ、マルチェラさん」
馬車の中、ついため息をついてしまっていたため、護衛のマルチェラに心配されてしまった。
ダリヤは反省していた。
グイードには連続で迷惑をかけ、イヴァーノからは二度目の注意を受けた。
ワイバーンの件に関しては時が戻っても同じことをしたと思えるが、模型船に関しては別である。
セラフィノであれば約束を守り、いい方向に進めてくれるだろう。
だが、我を忘れ、突っ走ってしまったことは否めない。
父カルロに言われていたことを思い出す。
その魔導具を、誰がどう使うかをよく考えるように――
危なっかしい娘、兼、弟子の自分を、父はあちらでも心配しているかもしれない。
そう思ったら、己の未熟さにため息が出てしまったのだ。
「なんかあったみたいだけど、俺でよければ聞くし、難しいなら、ヴォルフ、イヴァーノ副会長、グイード様、あとイルマにルチアちゃん。ダリヤちゃんの相談先は沢山あるだろ?」
マルチェラは鳶色の目に心配を込めつつも、わざと明るく言ってくれる。
今、護衛騎士より友人として口調を崩しているのも、ダリヤの心労をやわらげようとしてのことだろう。
「ありがとう、マルチェラさん。仕事で失敗してしまって、もう相談はしているの。さっきは自分の判断力のなさを反省していただけ」
「判断力か。俺から見ると、ダリヤちゃんは判断力のある方だと思うぞ。大体、やってみないと判断できない方が多いんだし。難しい仕事は魔導具師仲間に早めに相談するとか、先輩に教えてもらうとか……って、もうしてるんだよな。当たり前のことしか言えなくてすまん」
「ううん、ありがとう、マルチェラさん」
気遣いをありがたく思いつつ、ダリヤは気持ちを立て直そうとする。
馬車の窓からは服飾魔導工房が見え始めていた。
服飾魔導工房に入ると、事務員に二階へと案内される。
廊下を進もうとしたとき、向かいからやってくる者があった。
「おや、ダリヤ殿じゃないか、奇遇だね」
「お久しぶりです、ダフネ様」
笑顔で声をかけてくれたのは、国境で宿の同室となった、男爵のダフネだった。
白髪交じりの朱の髪を結い上げ、その目の橙と同じ色でかっちりとしたワンピースを着ている。
踵の高い朱の靴も含め、とても格好いい装いだった。
「もしかして、叙爵式のドレスかい?」
「はい、衣装合わせに参りました」
「私もだよ。セラフィノが服を贈ってくれるというので、思いきり甘えることにしたのさ」
ダフネはセラフィノの大叔母でもあるので、おかしいことではないだろう。
そう思いつつも、記憶から浮かんだことがある。
クラーケンテープの投網タイプ、その実験にダフネが参加。
軽度の火傷はエラルドが治したが、訓練服を焦がした。
そのため、セラフィノが報酬として服を二枚贈ることになった――
訓練服の一枚はドレスとなったらしい。
セラフィノの財力であれば何ら問題ないだろう、きっと。
「カナリヤイエローのきれいなのを、イキのいい服飾師に勧められてね」
その言葉に、友である服飾師の笑顔がはっきり浮かんだが黙っておく。
だが、ルチアの見立てであればきっと似合いのドレスだろう。
「ダフネ様であれば、きっとお似合いになると思います」
「そうありたいね。せっかくの機会だ、ダリヤ殿も華やかなドレスを楽しむといい。若い時分から黒一色のドレスはやめときな。長生きすると嫌でも着る機会が増えるから」
「黒のドレス、ですか……」
ふと、ヴォルフを思い出す。
黒は彼の色だが、葬儀の服の色でもある。
つい考え込みそうになったとき、ダフネが言葉を続けた。
「お勧めは金や銀入りだね。着飾る機会は逃さず、咲き誇らないと」
「――考えてみたいと思います」
金や銀を入れた、きらきらと輝くドレス。
華やかできれいそうだが、着るのは気合いが要りそうだ。
目の前のダフネであれば問題なく着こなしそうだが――
視線の先、橙の目が笑みに細められる。
「当日の会場ではよろしく頼むよ、ダリヤ殿」
「こちらこそよろしくお願いします、ダフネ様」
約束の時間もあるので、そこで彼女と挨拶をして別れる。
再び足を進めると、一つの部屋へ案内された。
中に入ると、見知った顔が並んでいた。
金髪青目の服飾ギルド長は本日、黒に赤い糸で刺繍がある燕尾服。
その隣、服飾魔導工房長であるルチアが深い赤の三つ揃え――ただし下はキュロットスカートだが、今までにないきりりとした服装で並んでいる。
二人の後ろには副工房長や以前、微風布を制作した際、一緒に仕事をした魔導具師などがそろっていた。
「ようこそいらっしゃいました、 ダリヤ・ロセッティ男爵。これまでに重ねられた功の結晶としての叙爵、王国宝玉の一つとなりて輝かれますこと、ルイーニ家当主としてお祝い申し上げます」
「ロセッティ男爵、叙爵をお祝い申し上げます。輝きを重ねるこのときに服飾魔導工房においで頂けましたこと、工房長として光栄に存じます」
フォルトには当主として、ルチアには工房長として、貴族向けの挨拶をされるとは思わなかった。
ダリヤは驚きに目を見開いたものの、積み重ねた礼儀作法の学びが、淀まぬ口上を返す。
「フォルトゥナート・ルイーニ様、ルチア・ファーノ工房長、この度は叙爵式へのお力添えに御礼申し上げます。浅学非才の身ではございますが、王国繁栄のために尽力して参りたいと思います」
貴族の二分の笑みで答えきると、フォルトがやわらかな笑みとなった。
「ダリヤ先生、いえ、ここからはロセッティ男爵とお呼びする方がいいでしょうか?」
「私も外ではロセッティ男爵と呼ぶ方がいい?」
「いえ、今まで通りでお願いします」
フォルトにもルチアにも、男爵呼びされるのは馴染まない。
このところ周囲の『ダリヤ先生』呼びがデフォルトになっているので、麻痺してきた感はあるが。
「久しぶりですし、ここまでの話をゆっくりと伺いたいところですが、叙爵前でお忙しいでしょう。まずは隣室で衣装合わせを――ルチア、任せますね」
「はい、お任せください、フォルト様!」
ルチアが拳を握り、ポニーテールを緑の尻尾のように揺らしてうなずいた。
そこからはルチアとダリヤ、女性の工房員数人で別室に移る。
部屋には白いトルソーが、鮮やかな赤いドレスを着て立っていた。
「これがダリヤのドレス、フォルト様が『咲き誇る大輪』って名付けたの」
これまでも聞いていた。
ルチアが基本のデザインをし、フォルトから貴族向けの点を聞いて改変、ルチアを含め、服飾魔導工房で縫ったというドレスである。
「とても……きれいね」
答えながらも、ダリヤの目はドレスに向いていた。
色はダリヤの髪と同じ赤。
上に魔物討伐部隊相談役としてローブを羽織るので肩はきっちり出ているが、裾はほぼ床まであり、足が見えることはない。
叙爵の式典向けであり、ダンス用ではないので、スカート部分のボリュームは抑えめ。
だが、赤い布の上に、とても薄い赤のシフォン生地を重ねてある繊細なデザインだった。
特徴的なのは、左身頃の胸脇から中心に、一段明るいシフォンの赤で薄い花びらのような飾りが描かれていることだ。まるでドレス上に大きく花開いたダリアのようだった。
とてもきれいで華やかなドレスなのだが、自分では着られてしまうことにならないだろうか。
化粧でどこまで本体がカバーできるだろう、そんなことを思いつつも、ルチアに促されてドレスのすぐ前に立つ。
「九頭大蛇が来る前にはほとんどできていたんだけど、時間があったから刺繍も追加したの」
「とても細かいわね」
距離をつめてわかったのは、シフォンの先やドレスの裾に細かく刺された刺繍――金糸で刺されたそれは、植物の意匠のように見えた。
「金で小さめだから見えないかもしれないけど、刺繍は蔦のつもりなの、緑の塔の」
ロセッティ家の象徴だからだろう、そう納得したとき、ルチアは自分へ笑顔を向けた。
「安心するという点ではカルロさんがいいんだけど、ドレスにカルロさんを刺繍するわけにはいかないでしょ?」
「――そうね、ちょっとそれは避けて欲しいわ」
友の心遣いに、一拍、言葉が遅れてしまった。
あと、うれしいのだが、父の顔が刺繍されたドレスを想像すると、どうしても笑み崩れてしまう。
「それと、ドレスにつけられなかったから、コルセットに『背縫い』じゃなく『お腹縫い』をつけたわよ」
「『お腹縫い』って?」
話の中、工房員がトレイを持ってきてくれる。
上に載っているのは、白絹のコルセットだ。
ルチアが紐を伸ばし広げたその裏に、小さな刺繍があった。
赤い花に黒い犬――ロセッティ商会の商会紋である。
「あれだけ沢山、凄い魔導具を作ったんだもの、胸を張って自慢していいじゃない。赤いドレスも、踵の高い靴も、ダリヤにすごく似合うわ」
露草色の目にあふれんばかりの応援を込め、ルチアは笑う。
「安心して、思いっきり咲き誇ってきてね」
「ルチア……」
まったく、友は自分の勇気づけの方法をよく知っている。
堪えても目が潤んでしまい、言葉が出てこなくなった。
そんなダリヤの肩を、ルチアは二度叩き、逆向きに撫でる。
初等学院で流行った、試験前の不安を取り除き、点数を上げるおまじないだ。
思いをこめてもらったこのドレスとコルセットがあれば、きっと大丈夫。
叙爵式でもダリヤ・ロセッティとして、胸を張って立っていられる、そう思えた。
「素敵なドレスと応援を本当にありがとう、ルチア。叙爵式には踵の高い靴を履いていくから、転ばないように祈っていて」
「ええ、全力で祈っておくわ! さあ、着替え着替え。足さばきがいいよう、裾も調整するから」
ルチアにとびきり明るい声で返される。
咲き誇る大輪の花びらが、初夏の風に揺れていた。