490.二度目のお叱り部屋と銀の船
・寺山電先生、公式4コマ『まどダリ』更新となりました。
・アニメ関連にて応援と励ましのメッセージをありがとうございます。
こちらでお答えができず申し訳ありません。
ここからも地道に楽しく物語のお届けに励んで参りますので、どうぞよろしくお願いします!
「本日もご迷惑を……」
「いや、俺こそ輪をかけてしまって……」
午前の茶の時間、ダリヤはヴォルフと共にスカルファロット家の別邸にいた。
廊下を歩く互いの表情は晴れない。
昨日、王城でセラフィノと別れた後、緑の塔へまっすぐ帰った。
早めにグイードに連絡をと思ったが、ヴォルフがちょうど本邸へ行くことになっていたので、先に話をしてくれるという。
夕食の時刻であることもあり、お願いすることにした。
そして本日、朝一番でお招きの手紙が届き、ヴォルフの迎えがあり、別邸の今である。
グイードは陞爵の衣装合わせで休み。
ヴォルフは休暇が貯まっているので、私用として休んだそうだ。
本当は忙しいであろうところを申し訳ない。
向かうのは、以前も入ったことのあるお叱り部屋――屋敷の奥、窓のない部屋である。
そのドアの前、ヴォルフと共に深呼吸をする。
「じゃあ、ノックをするので」
「はい」
ダリヤは深緑のワンピースの白襟を、指先で整える。
ノックにはすぐに了承の声が返ってきた。
「ようこそ、ダリヤ先生。少々お疲れのようだね」
テーブルの向こう、グイードとヨナスがそれぞれ椅子に座っている。
二人そろって貴族的な二分の笑み、ただし心から笑っていないのはわかる。
入社試験のようだ、ついそう思ってしまった。
「ほ、本日は、貴重なお時間を」
上ずりかけた詫びの言葉を、グイードに片手を上げて止められた。
椅子を勧められ、ヴォルフと共に席につく。
「私はダリヤ先生の貴族後見人だからね。どのような相談でも受けるとも」
「ありがとうございます……」
頼もしすぎる言葉に、どうしても頭が下がってしまう。
彼は笑みを一片も崩さずに言葉を続けた。
「ヴォルフから話は聞いたが、確認させてほしい。昨日、三課の地下でダリヤ先生が帆のいらない模型船を作り、セラフィノに先生になってほしいと願われた、二人そろって名呼びを許された、ということで間違いはないかな?」
「はい」
膝の上の手を握り直すと、隣のヴォルフが身を乗り出す。
「申し訳ありません、兄上。俺がダリヤの隣にいながら」
「いいや、二人とも、セラフィノ相手では無理だろう。私達も枷にされたわけだしね。『自分と遊んでくれるなら、ワイバーンの件でグイードへさらに便宜を図る、ヨナスの安全確保にも協力する』、そんなことを言われたら、ダリヤ先生は絶対に断れないし、ヴォルフも口を出せない」
「いえ、それにつきましては――私が出すぎた真似をし、内々にして頂くためのものですから」
グイードとヨナスのせいではない。
それをどうにか伝えようとしたが、その前に声は続いた。
「出すぎた真似などではないよ。魔導具の開発は大事な技術だ。できれば時と場所は選んでほしかったが、相手が悪かっただけだ」
「お二人ではあの御方を止めようがないかと」
グイードと共に、ヨナスも同意する。
大公に関し、いろいろと思うところはあるらしい。
「もっとも、セラフィノが王にもアルドリウス殿下にも、ダリヤ先生の名前を出さないと言ったなら心配はいらない。彼は約束を守るからね」
セラフィノの親しい友人らしい評価だ、そう思っていると、ヨナスが自分に視線を移した。
「ダリヤ先生、その模型船について、もう少し詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、それについてはこちらが仕様書で――大体同じものをお持ちしました」
昨晩、家でいろいろ考えた結果、ダリヤは仕様書と共に、ほぼ同じ形の船を実作した。
魔導具師以外では、仕様書だけでは想像がつきづらい。
また、もし同じ物をと言われたとき、時間をとってもらうのも気が引けたからだ。
ヴォルフがここまで運んできてくれたトランクを開く。
そして、そこから布包みの模型船を慎重に持ち上げる。
テーブルの上で白い布をほどくと、銀の模型船があらわになる。
「こちらが昨日の模型船とほぼ同じものです」
「ダリヤ先生、触れてもよろしいでしょうか?」
「はい、風の魔石はまだつけておりませんので、動きませんが」
ヨナスが白手袋をしてから持ち上げる。
その隣、グイードは仕様書をめくった。
「金属製で先端が尖った流線形の船……船は木製がほとんどだが、補強に金属を使うから、そうおかしいことではないね」
「ですが、底面に救命鏡というのは初めて見ました。それに、帆に風を当てるための魔導回路を船に刻むのは見知っていましたが、帆をなくして風を水中にというのは……」
不思議そうな声が響き、青色と錆色の目が、仕様書と模型船を交互に見つめる。
船底まで確認すると、グイードがわずかに首を傾けた。
「実際、どのぐらい速いのかな?」
「二枚の帆船の何割ぐらいでしょうか?」
行き着くところは同じだったらしい。二人同時に尋ねられた。
しかし、ダリヤは帆船の速さを知らない。
隣を見ると、ヴォルフも自分を見ていた。
「不勉強で恐縮ですが、一般的な帆船の速さがわかりません」
「俺も隊では川の移動だけで、海で帆船に乗ったことがなく……」
そろって答えると、グイードがどこかさびしげな顔をした。
「ああ、ヴォルフは覚えていないのだね」
「え?」
「お前が四つぐらいのとき、家族で船に乗ったんだ。ファビオが魚釣りをして大魚に引きずり込まれそうになったり、父上とエルードが海の上に氷を出したり、ヴォルフが跳ねる魚に手を伸ばして落ちそうになったり……とてもにぎやかな船遊びだった」
「そうだったのですね。今度、ぜひ詳しく教えてください」
記憶にない思い出に、ヴォルフがさびしげな表情を返すことはなかった。
楽しい話を待つ弟に、グイードは兄の声になる。
「もちろんだとも。あとは、落ち着いたら家族で船遊びもいいね。ダリヤ先生とヨナスも一緒に」
「こ、光栄です……」
「護衛ですので同行致しましょう。特別手当を期待しながら」
思わず硬くなってしまった自分の次、ヨナスが真顔で答える。
それに兄弟がそろって笑う。その声はとても似て聞こえた。
「さて、この模型船の速さは、実際に動かしてもらう方がいいね。庭に出ようか。小さいけれど池があるんだ」
グイードの提案に、そろって庭へ出ることになった。
・・・・・・・
青空の下、そよそよと吹く爽やかな風に、花壇の淡い色の花々が揺れる。
緑の芝生の先、涼しげに水をたたえる池があった。
本来であれば心安らぐであろう庭、ダリヤは強い緊張を持って池の端に立つ。
池の大きさは昨日のプールよりやや小さめ。
楕円なので、一番長い距離が取れる位置を選んだ。
水中をすうっと横切る小魚が見える。
驚かせてしまうであろうことを心で詫びつつ、風の魔石をセットし、模型船を水につけた。
「こっちはいつでもいいよ!」
ヴォルフが向こう岸に待機してくれる。
膝をついて両手を上げ、すぐにでも捕まえられる体勢だ。
ダリヤの斜め後ろには、グイードとヨナスが立っている。
振り返らずともその視線がわかった。
「では、動かします」
そっとスイッチを入れると、シュバババ!と昨日よりもいい音を立てて船が進む。
驚いたであろう魚が数匹、空中に高く跳ね上がった。
白い飛沫を上げる模型船は、たちまちに池の向こうへ届く。
ヴォルフがそれを即座に捕まえ、スイッチを切ってくれるのが見えた。
無事まっすぐ進んだ、速度も昨日とほぼ一緒、一安心だ。
「こういう感じで――」
説明しようと振り返り、ダリヤは声を止めた。
グイードは少し顔を伏せ、片手で両目を覆っている。
ヨナスは空を仰ぎ、眉間を指で揉んでいた。
この船を走らせると、皆、言葉が後回しになるのかもしれない。
そんな逃避をしつつ、池へ向き直る。
池の縁では、外に出てしまい、びちびちと跳ねていた魚を、ヴォルフがそっと水に戻していた。
爽やかな風の音しか聞こえない中、こめかみからたらりと汗が流れ落ちる。
やはりまずいですか? お叱りはいつですか? そう、聞くに聞けない。
「コルンを呼んでくれ」
グイードの静かすぎる声が響いた。
「急ぎとのことで参りました!」
息を少し乱してやってきたのは、スカルファロット家専属魔導具師であるコルンバーノだ。
ちょうど別邸で妖精結晶の眼鏡を作っていたという彼は、それほど時間を空けずにやってきた。
その間に、銀の模型船は池を二往復している。
今、それを手にしているのはグイードだった。
「コルン、折り入って――魔導具師として、そして船舶に詳しい者として、忌憚ない意見が聞きたいのだが、いいかな?」
「もちろんです、グイード様。何なりとおっしゃってください」
暗緑の目をまっすぐにグイードへ向け、コルンは深くうなずいた。
「ダリヤ先生、私が動かしてもいいだろうか?」
「もちろんです」
グイードが池の縁に立ち、コルンが隣にそろう。
向こう岸ではヨナスが万全の構えを見せていた。
ダリヤはヴォルフと共に池の周囲へ向かう。もし、小魚が飛び上がってきたら水に戻す係である。
「では、『走らせる』よ」
グイードがスイッチを入れると、模型船は独特な音を立てて飛び出す。
横から見ると鳥を思わせるその動きに、ダリヤもつい目で追ってしまう。
しかし、向こう岸まではあっと言う間だ。
できれば、もう少し試す距離が欲しいところである。
そして、やはりこの模型船に声は上がらないようだ。
コルンは拳を口に当て、肩を小刻みに震わせていた。
「どう思うね、コルン?」
「も、もう一度、もう一度、いいでしょうか?!」
食いつくように言った彼に、グイードが顔の向きを変え、池の向こうに呼びかけた。
「ヨナス、そちらから動かしてくれ!」
「わかりました!」
今度は逆方向に進む船に、ダリヤは人を乗せての形を考える。
船のどこから前方向を見るべきか、舵はどうするべきか、魔石の交換はどうするか――
模型であればこれで終わりだが、人を乗せるとなると難しそうだ。
だが、コルンにはそうではなかったらしい。
暗緑の目が強い光に輝いた。
「素晴らしい技術です! 風の魔石で帆を使わずというのは、昔、試された方があったそうですが、うまくいかず――こちらであれば運転位置や舵など、数ヶ所足すだけで運航も可能でしょう。風の魔石では長距離はいけませんが、特殊魔石に風の魔力を多く込めればいけるかと。有事であれば、風の魔石を大量に使って港で交換という手もあります」
ここに自分をはるかに超える船知識と改善の魔導具師がいた!
さらさらと告げるコルンへ、ダリヤは感嘆の目を向ける。
彼ならきっと実用化できるだろう。
グイードに手招かれたので、池の脇から彼の元へ向かう。
ヴォルフとヨナスもこちらへ戻って来る形となった。
「ダリヤ先生、コルンに作り方を教えてもらうことは可能かな? セラフィノについては、私が話した上で責任を持つから」
「はい、ぜひコルンさんのご意見とご指導を頂きたく」
「私がご指導頂く形かと思いますが、どうぞよろしくお願いします、ダリヤさん」
二人で挨拶を交わす横、模型船に目を向けたグイードが、少し低い声を出す。
「それにしても、風の魔石か。惜しいね、水の魔石だったなら家でも一枚噛めたのだが……」
「兄上、それは難しいかと……」
「グイード、海に水を足してどうする?」
ヴォルフとヨナスが返す横、ダリヤはふと考える。
「水の魔石でも似たことはできないでしょうか? 同じように管から水を通す形で……」
「なるほど! 水の魔石の方が一つに対する魔法効率は優れていますから、推進力としていけるかもしれません」
「コルンさん、それなら風の魔石と水の魔石の複合はどうでしょう?! ……あ」
口は災いの元、勢い開発は危険の元。
ダリヤは周囲の強い視線を感じ、口を閉じる。
昨日の今日で何と言うことか。
ここがヴォルフの屋敷だという安心感に、つい思い付きをぽろりとこぼしてしまった。
おそるおそるグイードを見ると、にっこりと微笑まれる。
「ダリヤ先生、この件に関し、コルンにはすべて話して構わない。魔導具に関する相談も適任だ。私はコルンには全幅の信頼を寄せているからね」
「グイード様……!」
コルンの頬にたちまちに朱がさす。
いきなりの褒め言葉というのは、何と返していいのかわからなくなるものだ。
うれしい言葉であればなおさらだろう。
「コホン! と、ところでダリヤさん、あとは水と風、それぞれの魔石単体で動かしたときと、魔石の複合でどうなるか――とりあえず魔導回路を書いて、組んでみたいところです」
「それでしたらこちらの魔導回路の図もお持ちしておりますので、ご利用頂ければと」
「それと、この救命鏡ですが、船体下にもう少し多めに貼ってみると言うのはどうでしょうか?」
「いいと思います! 持って来た救命鏡もありますので」
話題を切り換えたいであろう彼の話にのることにする。
あとは純粋に面白い。
船と複合の魔導回路に関してはコルンの方が詳しく、とても勉強になりそうだ。
目を輝かせるダリヤは、自分達からグイードが少し距離をとったのに気づかなかった。
「山を越えたと思ったら、すぐ海が待っていたとはね……」
「兄上……」
「ワイバーンもクラーケンも、騎士より魔導具師を恐れるべきだな……」
「ヨナス先生……」
三人の視線の先、魔導具師達は銀の船を前に、目を輝かせて話し続けていた。