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488.子供部屋と模造船

・長さと区切りの関係で今週2話更新です。

 ダリヤは以前、三課の地下に来たことがある。

 おいしいポーションの研究、そして、首無鎧デュラハンの鎧がある宝物庫の見学のためだ。


 今、歩いているのは地下二階の廊下。

 どれも同じ金属のドアの一つを開くと、そこから通路が続いていた。

 壁の魔導ランタンの間隔が広く、ここまでの通路よりも暗い。

 けれど、歩くのに不自由はなかった。


 地下なのにカビ臭さなどが一切ないのは、空調が整えられているからだろう。

 どんな魔導具を使用しているのか、わずかに頬を撫でる風につい考えてしまう。

 そんなダリヤに、前を歩くザナルディが速度をゆるめて振り返った。


「そうそう、先日、クラーケンテープの投網とあみで広がるタイプができまして。試作なので、小さめですが。試そうと叔父上に願ったら宰相殿に止められ、殿下達に願ったら近衛に止められました。そこは国益の為に協力してくれるべきところでしょうに」

「そ、そうだったのですか……」


 肯定も否定もできない会話に、ヴォルフと共に表情かおを固める。

 だが、大公は前へ向き直ると、軽い声で続けた。


「仕方がないので大叔母様――ダフネ副隊長に頼んだら、面白そうだと二つ返事で受けてくれました。訓練場で網を投げたら、いい具合に絡まりましたよ。ただ、その後に火魔法で焼き切られたので、魔物によっては向かないという判断になりました」


 さらに詳しく聞きたい思いはあるが、それよりも心配なのはダフネである。

 国境で自分に女性が男爵になるときについて助言をくれた女性だ。

 食い込んだクラーケンテープを火魔法で焼いたとき、火傷はしなかったのか。


「あの、ダフネ様にお怪我はありませんでしたか?」

「軽い火傷があり、立ち会っていた息子が治療しました。あとは訓練服を少し焦がしまして。私が実験の報酬に服を二枚贈ることになりました」


 やはり無傷とはいかなかったようだ。

 だが、エラルドが治療にあたったなら大丈夫だろうと思えた。

 それと、ダフネに丈夫な訓練服が増えそうな気がする。


「さて、ここです。私の『子供部屋』は」


 話が終わったとき、黒塗りの金属のドアが見えた。

 いつもはドアを開けるベガが横に避け、ザナルディが前に出る。

 こちらに背を向けた彼は、自らドアノブを回した。


「灯りをつけて参ります」


 モーラが先に中に入り、魔導ランタンを灯してくれるようだ。

 ザナルディに続いて入った部屋は、白く明るい光に満ちていた。

 壁際には大きめの魔導ランタンが等間隔でずらりと並んでいる。

 外側のガラスは白で、火の魔石のオレンジの光を淡く変えていた。


 部屋の広さは高等学院の教室二つ分ほどか。

 灰色の床の先、水槽と呼ぶにはちょっと大きすぎるものが、中央に埋め込まれる形で見えた。

 ダリヤにとっては前世の補助プールにも見えるそれに、ヴォルフが感嘆の声をあげる。


「とても大きいです!」

「深さはそうないのですが、泳げますよ。飛び込みは額を打つことがあるので、お勧めしませんが」


 ザナルディは泳いだことがあるのか、的確な説明が続く。

 そうして、大水槽の横、丸テーブルに案内された。

 席につくと、モーラが大きめの木箱を三つ抱えてきた。


「こちらが組み立て式の模型船と、追加の材料です。棚にも素材がありますので、ご希望のものがあればおっしゃってください」


 木箱の中には、いくつかの袋と共に、加工のための工具、木の板や棒、カットされた布や魔物の皮、数種類の金属板、風・土・水の魔石、糸や紐などが入っていた。


「私のはこちらです。まだ作りかけですが」


 ザナルディが両手に小さな模型船を持つ。

 黒い船体に黒い帆。

 流線型の船体に多数の帆、後部に風の魔石をセットし、水面を進ませるらしい。


「とてもかっこいいです、ザナルディ様!」

「そうでしょう、ヴォルフレード君! 風の魔石を使うなら帆の枚数が少なくてもいいのですが、やはりこちらの方が浪漫がありますよね。それに黒い船は夜に見づらいと言われますが、やはりかっこいいではないですか!」

「私もそう思います!」


 ヴォルフとザナルディの声の高さと大きさが、完全に一致した。

 少年めいた顔と声で話す二人の近く、ベガも楽しげな笑顔である。


 彼らには共通のかっこいい基準があるようだ。

 ザナルディの船は夏に暑そうだ、そんなことを考えていたダリヤは、そっと視線をずらした。


「ロセッティ会長、よろしければ中をご覧になってください」

「ありがとうございます」


 モーラに勧められ、白い布袋を開ける。

 部品としてばらばらに入ってはいるが、大体の船の形は想像できた。


 一つめはこげ茶の船体にクリーム色の三枚の帆。

 実際に使われていそうな、目に馴染んだ模型船だった。


 二つめは深紅の船体に赤い帆。

 流線型でかっこいいとは思うが、海に浮かんでいたら絶対に目立つ。

 魔物の標的になりそうだと思ったが、口には出さずにおく。


 三つめは少し高さのある、前世のヨットを思わせる形だった。

 水色の船体に二枚の白い帆が、海によく合いそうに感じる。

 ダリヤはこれを選ぶことにした。


「この袋でお願いします」

「わかりました。ここに出ていない工具やご入り用の素材があれば、どうぞご遠慮なくお申し付けください」


 そこからは組み立て設計図を見つつ、模型船を作っていく。

 ザナルディとの話から戻ってきたヴォルフも、隣で作ることになった。

 彼が選んだのは、先程の船体も帆も赤い船だ。


 向かいではザナルディが黒い船から風の魔石を外し、ベガに命じて船体の一部を彫っている。

 その部分に、風の魔石をもう一つ追加するのだという。


 それからは各自、組み立てと改造を進めた。

 ダリヤは最初に模型船の内側、底の部分に金属の重りをつける。

 風力を上げる際は追加の重りをいれるようだが、まずは既定量とした。

 そこに蓋のような板――甲板となるそれをはめ込む。


 次に、指示書通りに、布に付いた紐を帆柱となる棒に通して張っていく。

 あとは、甲板の後方に風の魔石用のスイッチ部品を設置し、風の魔石をセットするだけだ。

 ついスイッチ部分の魔導回路を確認してしまったのは職業柄である。


 組み上がると、帆に当たる風の調整のため、テーブルの上に置いてみる。

 底部分が平らではないので、手で支えつつスイッチを入れた。

 ヨットのような模型船は、帆に風を受けてまっすぐ進みそうだった。


「もうできあがったんだ」


 隣からささやかれたが、ヴォルフの船もほぼ仕上がっていた。

 赤い船は、最初から布が張られた形の部品となっており、帆柱にそれをはめ込んでいく形だ。

 帆布に風をどの角度で当てるかを、彼は目が乾きそうなくらい近くで確認していた。


「できあがりですね。三人で水槽に浮かべてみませんか?」


 すでに改造を終えた模型船を持ち、ザナルディが声をかけてきた。

 それに従い、床に埋め込まれた水槽の端、ザナルディ、ダリヤ、ヴォルフの順で並ぶ。


 向かいの突き当たりには、ベガとモーラが待機してくれた。

 進んだ船を水槽の壁にぶつかる前に止めてもらうためである。


「では、始めましょう」


 水槽前の三人は、それぞれの模型船にスイッチを入れた。

 先頭、水を切り裂く勢いで進んだのは、ザナルディの黒い船だ。

 風の魔石を二つ使ったこともあり、進みがとても速い。

 あっという間に向こう側へ到着する。

 水槽の端で待ち構えていたベガが、壁に当たる前に持ち上げ、スイッチを切った。


 次に続いたのは、ヴォルフの赤い模型船だ。

 水上に一時いっときの軌跡を残し、滑らかに進んでいく。


「あれ……?」


 赤い船は次第に右にずれる形となった。

 モーラが駆け出し、コースから外れたそれが水槽の側面にぶつからぬぎりぎりで拾い上げる。

 重心が少し右に寄っていたのかもしれない。


 スイッチを入れるのが一番遅かったダリヤの船は、まだ水槽の中央にあった。

 とりあえずまっすぐ進んでいる。

 その姿はやはりヨットのようだ――そう思ったとき、船体がくらりと揺れた。


「あ……」


 そのまま横倒しになった模型船は、呆気なく水中に没した。

 そして、わずかな気泡を立て、そのまま浮いてこない。

 ダリヤは水底で揺れる船をただただ見つめてしまう。


「ロセッティ君、元の船のバランスが悪かったのでしょう」

「ダリヤ、付属の重石が重かったのかもしれないから……」


 二人に慰めの言葉を重ねられ、ようやく顔を上げた。


「ロセッティ会長、今、お取りいたしますので」


 ベガが長いのついた網を持ってきた。

 それで模型船をすくってくれるつもりだろう。

 だが、ダリヤは彼に歩み寄って願う。


「申し訳ありませんが、網を貸して頂けないでしょうか? 自分ですくいたいと思いますので」

「どうぞお使いください」


 彼は捧げるように網を渡してくれた。

 ダリヤは水槽に近づき、腕を伸ばして水底の船をすくう。

 服に水が跳ねるのも、爪先が濡れるのも気にならなかった。


 網から模型船を取り出し、水のしたたるそれを、角度を変えながら観察する。

 形状と縦の長さに対する重りをよく確認すれば、確かに元々のバランスが悪い。

 今さらそれに気づくとは不甲斐ないかぎりである。

 どうしても表情かおが固まってしまう。


「子供の玩具ですし、お気になさることはありませんよ。別の模型船を組み直しましょう」

「ダリヤ、これは木製だし、俺の船も斜めに進んだし、調整前だから」


 再び二人が声を重ねてフォローしてくれる。

 気持ちはありがたいが、顔と共に頭の後ろにじわじわと熱が上がる。

 それでいて、指先は冷えてくる感覚があった。


 確かにダリヤは、貴族男子のように模型船を作ったことはない。

 魔導具師としても、木の加工をすることは少ない。


 しかし、組み立て式とはいえ、元の船のバランス、重石による重心移動、帆の張り具合、風の魔石の位置など、いくらでも調整が利いたはずだ。

 水に浮かべるまで、何故気づかなかったのか。


 魔導具師は、魔石と各種魔力素材を扱うのが仕事である。

 魔力を動力とした物を作り出す職人である。


 それが魔石を使った舟を水中に沈めるとは何事か。

 組み立て式とはいえ論外である。

 玩具の船だろうが、子供の遊びの品だろうが許されぬ。


「――ザナルディ様、もう一艘作りたいので、材料を頂いてもよろしいでしょうか?」

「もちろんですとも。ここにあるものでしたら、なんでもお好きにお使いください」


 努めて平静を装った己の声に、大公がにこやかにうなずいた。

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― 新着の感想 ―
負けず嫌い発動
あ、職人としてのプライドが……
[一言] あー、うん………… 今となってはどプレミア品のニチモ30cmシリーズ、自宅裏手のため池に7隻は沈めたなぁ大昔の俺…………(トオイメ あとスクリューハウジングに水密用のポマードの替わりにマーガ…
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