487.三課へのお届け物
更新が遅れて申し訳ありません。
・赤羽にな先生『魔導具師ダリヤはうつむかない~王立高等学院編~』1巻、5月17発売予定です。
・寺山電先生、公式4コマ『まどダリ』Xにて更新となりました。
どうぞよろしくお願いします!
「ワイバーンの件は決まったけど、今、関係者で集まると目立ってしまうから祝杯は少し待ってほしいって、兄上が」
午後の馬車の中、一緒に乗ったヴォルフにそう告げられた。
本日はこれから王城魔導具制作部三課、ザナルディ大公へ届け物をするところだ。
王城には護衛のマルチェラが同行してくれているが、三課へはヴォルフと一緒に来るようザナルディから言われている。
よって、ヴォルフが魔物討伐部隊公認で付き添いをしてくれることになった。
手空きとなったマルチェラは、隊の鍛錬に加わるそうだ。
師匠であるベルニージの希望だが、グラート隊長は魔物討伐部隊の相談役の護衛騎士なのだからと、あっさり許可していた。
動じることなくそちらへ向かったマルチェラを尊敬しつつ、馬車に乗り込んでの今である。
「無事に決まって、本当によかったわ……」
ハルダード商会からもらうワイバーンの雛を、国境伯の元に置く、そんな無謀な希望をグイードが完璧に叶えてくれた。
ただただ感謝するばかりだ。
「ああ。あと、もう一つ祝杯があって――兄上達の子が、冬に生まれる予定だって。まだ公表はしていないんだけど、ダリヤには教えておいてと、義姉上が」
グイードとローザリアの笑顔を同時に思い出す。
ダリヤもつい笑顔になっていた。
「おめでとうございます、とお伝えして。あ、お祝いは何をお贈りすれば……」
「俺も贈りたいから、一緒にヨナス先生に相談してみよう」
ヴォルフも笑顔で答えてくれる。
彼はその後、膝の上の布包みを持ち直した。
「これ、三番から何番まで?」
「三番から六番で四つ」
黒い布包みの中身は四つの白木の箱。
中には九頭大蛇戦勝記念のマグカップが入っている。
少し前、ザナルディへ九頭大蛇のマグカップに名前を入れたもの――彼と護衛騎士のベガ、専属メイドのモーラの分、そして、通し番号一番と二番を渡した。
通し番号の方は、クラーケンテープに巻かれた尊き御方の分と、念のため、王妃様の分もと二つにした。
その数日後、ザナルディから、番号がなくてもいいので二つ注文したいと連絡があった。
伝言役は息子のエラルドである。
関係者に渡すのだろうか、そう思った自分に、彼はこそりと続けた。
『殿下達の分です。太陽たる方がいたくご自慢なさったようで』
顔がひきつったがすぐ立て直し、『献上させていただきます』と返せた自分は、少しは男爵らしくなったのではないだろうか?
胃は痛いが。
あと、もしもに備え、二十番までは空けておこうと主張したイヴァーノ、その先見の明に感心する。
今回、二つのところ四つ持ってきたのも彼の勧めである。
そういったことを話しているうちに、馬車は三課についた。
ヴォルフのエスコートで馬車を降りると、苔むした塔に足を向ける。
と、その横から白と黒の羊が歩んでくるのが見えた。
毛刈りの済んだ白い羊は一回り小さくなり、すらりと華奢な体だった。
その横、黒い羊も以前より小さくは見えるが、こちらはちょっと違う。
しっかりと筋肉がついている四肢、特に前脚の肩の厚みが一目でわかる。
魔物図鑑にはなかったが、魔羊の雄はこういう体型なのだろうか、そう考えていると、ヴォルフが口を開いた。
「ノワルスール達は、これから鍛錬?」
「メェ!」
「メェェ」
肯定のように鳴いた黒い羊と白い羊が、タカタカと早足で横を過ぎて行く。
それを見送りつつ、ダリヤはヴォルフに尋ねた。
「あの二匹も、鍛錬を?」
「ああ。魔物討伐部隊の鍛錬に時々参加してる。朝は一緒に走ってるときもあるし、組み手のときはノワルスールが隊員達と力比べをしてる。フランドフランは見学だけど」
「魔羊の雄には、鍛錬というか、そういった運動が必要なの?」
「いや、前に脱走してたのは自然や牧場と違って活動量が足りないからではないかって、ランドルフが提案した。魔物討伐部隊の訓練場なら思いきり動けるだろうし。打ち合いや集団戦のときなんかは、ちゃんと端にいて邪魔もしないんだ」
魔羊はよほど賢いらしい。
いや、そういったことをきちんと教える羊飼い、いや、魔羊使いがいるのかもしれないが。
訓練場に向かう二匹とは逆に、ダリヤ達は三課の塔に向かう。
護衛騎士が金属のドアを開け、迎えの騎士が客室へ案内してくれる。
足を踏み入れると、ザナルディがすでに九頭大蛇のマグカップでコーヒーを飲んでいた。
その後ろ、護衛騎士のベガから目礼される。
「この度はお声がけをありがとうございます、ザナルディ様」
挨拶をした後、ヴォルフがローテーブルに包みを置く。
ダリヤはそれを開き、木箱を一つだけ開けた。
ベガがそれを取り出すと、確認した後にザナルディへ渡す。
「四つあるようですが、こちらもいいのですか?」
「はい、お渡し頂いても、予備として手元に置いて頂いても構いません」
「手間をかけましたね、ロセッティ君。請求は私に回してください」
「いえ、九頭大蛇戦勝の記念に献上させて頂ければ光栄です」
「殿下達が喜ぶでしょう。では、私からの代価は叔父好みのチーズケーキということにしましょうか。ヴォルフレード君もどうぞ」
ザナルディに悪戯っぽく笑まれた。
テーブルの上にはすでにチーズケーキとクッキーがそろえられていた。
叔父好み、つまりは王の好まれるチーズケーキは、王城の中央棟のものだ。
以前、魔物討伐部隊長の執務室でご馳走になったことがある。
全体は美しいクリームイエローで、上部は焼き飴のこげ茶。
隣にはたっぷりの生クリームが添えられ、その上になんと赤いダリアの飾り砂糖が載っていた。
まるで自分のために焼かれたもののようだ。
ヴォルフと共にソファーに座り、ありがたく頂くことにした。
「あなた方はコーヒーより紅茶がいいでしょうか。遠慮なく言ってくださって構いませんよ」
ザナルディの言葉通り、横ではメイドのモーラがワゴンに両方の準備をしていた。
けれど、せっかくなのでザナルディと同じものを願うことにする。
「コーヒーでお願いします。こちらのチーズケーキはコーヒーも合うと思いますので」
「私もコーヒーは好きなので、そちらでお願いします。ザナルディ様は、紅茶よりもコーヒーがお好みですか?」
「いえ、私は紅茶のおいしさが今一つわからないので」
ヴォルフの質問に彼はあっさりと答えた。
だが、それこそは好みではないのか、ダリヤにはそう思えてしまう。
彼は銀のマグカップを傾けた後、ローテーブルに音もなく戻した。
「子供の頃に色々と入った果実水を飲まされまして。早いうちに濁りと味でわかりやすい紅茶に替えられたのですが、そちらも似たようなもので。『毒』というのは大抵、味が落ちますからね」
『毒』という単語に一瞬あせったが、高位貴族は子供の頃から慣らしておくことも多いと聞く。
ザナルディは公爵家なのだ、幼少から慣らしが大変だったのかもしれない。
そう思って彼を見れば、水色の細い目がすでにダリヤに向いていた。
「ロセッティ君は、毒消しの魔導具制作はお得意ですか?」
「いえ、毒キノコなどの基本食材向けまでです」
「そちらの腕輪は色々とついているようですが、自作の魔導具では?」
「いえ、こちらは、お借りしているものです」
左手にある金の腕輪はオズヴァルドからの貸与品。
完全防毒と混乱防止、石化防止、眠り薬やしびれ薬、媚薬なども効かなくなるという高級品だ。
同じものを作れるようになったら返す予定である。
ダリヤの答えに、ザナルディは何故か視線をヴォルフに移した。
「貸与品ということなら、私の方で防護一式を付けた腕輪をお贈りしますよ。何かと協力してもらっていますので、そのお礼に。それとも準備中ですか、ヴォルフレード君?」
「――それにつきましては、その、準備をしているところですので、今しばらく……」
ザナルディから腕輪の申し出を、ヴォルフが濁しつつ断ってくれた。
オズヴァルドから借りている腕輪だが、スカルファロット家からのものだと思われたのかもしれない。
ダリヤとしては早く自力で作りたいのだが、まだ許可は出ていない。
いつまでに作りますとも言えず――視線をずらしたとき、壁際のローテーブルに、帆船の模型を見つけた。
白い船体に青い帆の、優雅なデザインだ。
つい見とれていると、ザナルディが説明してくれる。
「それはストルキオスが作った模型船です。なかなか上手でしょう?」
ストルキオス殿下はとても器用らしい。
きれいに着色されたそれは、飾り棚にあってもおかしくなさそうだ。
「はい、水に浮かべたらより格好よくなりそうです」
「残念ながら、こちらは観賞用で水に浮きませんが……私は子供の頃、模型の船で遊んだことがないのですが、ヴォルフレード君とロセッティ君はどうです?」
「いえ、ありません」
「私もありません」
そう答えると、向かいのザナルディは黒手袋の指を組んだ。
そして、少しだけ声を低くする。
「お二人とも、ここから少し時間はありますか?」
「はい、ございます」
「はい、問題ありません」
「じつは、三課の地下にも水槽がありまして、私が子供時分に遊び損ねた分を取り返しているところなんです。少々付き合ってくれませんか?」
水槽に模型船を浮かべて遊ぶのは、ちょっと楽しそうである。
上位である大公、そして世話になっているザナルディからの誘いだ。
ヴォルフとそろって了承の声を返した。
オルディネ大公は自分達の返事に、その水色の目を線にして笑む。
「では、行きましょう。大人になってからの水遊びも、悪くありませんよ」