483.二人の魔剣構想~氷の大剣
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「グイード様って、本当に凄いわ……」
「ああ、本当に。俺には全然考えつかない方法だった……」
ヴォルフは感謝と感動にあふれるダリヤを前に、深く納得する。
国境のワイバーンの件は、兄グイードと師匠ヨナスが完全解決した。
自分が大蛙の討伐から帰って来たときには、すべてきれいに終わっていた形である。
「私も一つも無理だったわ。それにグイード様のように、全部をつなぐような考え方は絶対できないもの」
兄を褒められてうれしいのに、わずかに内に引っかかるものがあった。
ダリヤが悩んでいるときに近くにいられなかった、いや、いたとしても自分は何もできなかったであろうことが歯がゆい。
階段を上る足取りは、少しだけ重くなる。
今は長めの朝食会の後、スカルファロット邸から緑の塔へ戻ったところだ。
イヴァーノはこれから商業ギルドで打ち合わせとのことで、別行動となった。
二階に上がると、鞄を置いて作業着を羽織る。
本日、ヴォルフは休暇なので、ダリヤの魔導具制作の助手、という名の見学だ。
ダリヤが自室へ着替えに行ったので、先に一階の仕事場に下りた。
視線を動かすと、壁際に蓋付きのガラス瓶がずらりと並んでいるのが目に入った。
三〇本程はあるだろうか。中には微妙な青緑の液体が濃淡違いで入っている。
防水布用の液にしては緑が強いし、少し濁った感じだ。
新しい魔導具の素材だろうか、そう考えていると、作業服姿のダリヤが階段を下りてきた。
「ダリヤ、あのガラス瓶、中身は何?」
「防水布の軽量化ができないかと思って、グリーンスライムや空蝙蝠の骨の粉を加えた薬液を配合別で作ってみたの。全部失敗したから、しばらく置いてから、廃液缶に入れて、処分業者に出すつもり」
「そうなんだ」
新しい魔導具を多く開発している彼女だが、試行錯誤も多い。
並ぶガラス瓶を見た後、ヴォルフはちょっとだけ言いづらいことを口にする。
「ダリヤ、その、今年の秋まで、少し、ここに来る回数が減るかもしれない。秋からは戻ると思う」
「……ええと、男爵の勉強?」
「ああ。王城でドリノ達と男爵の礼儀作法の勉強会があるのと、家で――基本的なことだけだけど、当主教育を受けることになったんだ」
「エルード様は国境で新しいお家を興されるから、ヴォルフも当主の勉強をしなければいけなくなったのね」
ヴォルフはスカルファロット家の継承順位が上がった、だから当主教育を受けるのだろう、ダリヤはそう思ったらしい。
「グローリアが次期当主なのは決まっているから。俺は庶民になるつもりだったし、アルテア様のところでも基本的なところだけだったから、いろいろと足りなくて。これから貴族であるためにと――あとは、可能性を考えての勉強なんだ」
言葉を選びつつも、ダリヤへ正しく説明ができない。
当主教育に関しては、昨夜、兄から提案されたのだ。
『ダリヤ先生はいずれ子爵に上がるだろう、本人が望まなくてもね。そのとき、お前が手助け、いや、その隣にありたいとは思わないかい?』
『そうありたいと思います』
気がつけば即答していた。
兄はじっとヴォルフを見つめ、うなずいて笑んだ。
何も言われることはなかったが、おそらく自分の気持ちは気づかれただろう。
けれど、それを恥ずかしいとは思わなかった。
ダリヤが庶民でも爵位がどうあっても関係ない、そう思うけれど、自分が魔物討伐部隊を辞めた後、その隣にいられるとしたら、できることは一つでも多い方がいい。
思い出した出来事を流し、ヴォルフは明るい声で話を切り換える。
「グローリアは縁談の話が多くて、兄がまだ早すぎるって嘆いてた。あと、ヨナス先生への縁談も増えたんだって。ベルニージ様に全部投げているって」
魔付きを理由に忌避されることもあったヨナスだが、先日、魔物討伐部隊の訓練で強さが知られた。
結果、騎士を輩出する貴族家や、騎士本人からも話を持ちかけられているそうだ。
ヨナスが正しく評価されてよかったと思う反面、その漂う疲労感に同情を禁じ得なかった。
「大変そう……ヴォルフも増えた?」
「いや、何も聞いてない。受ける気がないし、兄が全部断ってくれていると思う。ダリヤは?」
「最近はまったくないわ。でも、素材を扱う商会から新規お取り引きの話があったの。遠くの島の魔物素材も扱っているところで、銀風蝶の鱗粉なんかもあるんですって」
貴族との縁談より、魔導具素材の商会との縁を喜ぶのがダリヤらしい。
少しだけ早口で説明された。
目の前の作業机に、いずれ珍しい魔物素材が並びそうである。
「ここからは楽しみがたくさんあるね」
「ええ。来月の叙爵式を除けば……」
「やっぱり緊張する?」
「王から名前を呼ばれるのも、叙爵後の挨拶回りも、緊張しかないわ」
ダリヤの笑みが消え、遠い目と水平な口元がとって代わる。
名誉なことではあるのだが、彼女にはとても避けたいものらしい。
残念ながら、ヴォルフが男爵となるのは秋以降。
ダリヤと共に叙爵式に参加することはできない。
「俺がダリヤと一緒になれたらよかったんだけど……」
「ええ、ヴォルフと一緒になれたら安心だったのに……」
言い合った後、なぜか同時に口を閉じた。
男爵の単語を互いに省略しただけ、何も問題はない会話である。
彼女は絶対に気づかないし、俺はけして勘違いしない。
ヴォルフは自分にそう言い聞かせつつ、作業着の袖を意味もなくまくった。
ダリヤは足早に棚に向かうと、スケッチブックを持って戻ってくる。
「今日は次の魔剣について話し合おうと思って!」
開かれたスケッチブックには、漆黒の大剣が描かれていた。
その表面に走る魔導回路が、とても格好いい。
作業机の前、並べた椅子にそれぞれ座る。
そうして、ダリヤによる次期魔剣案の解説が始まった。
「今回の目標は、攻撃力のある魔剣。案がいくつかあるんだけど、大剣は武器屋のフロレスさんのところにある一番大きい剣の寸法を参考にしたの」
「攻撃力のある魔剣、しかも大剣!」
先日の黒風の魔剣も攻撃力と耐久性は素晴らしかったが、この大剣であればさらに凄くなりそうだ。
ヴォルフははやる気持ちを抑えつつ、続く言葉を待つ。
「素材はミスリルが理想だけれど、お値段的なことがあるから、試作は鋼で。表面に氷の魔力が通る魔導回路をひいて、増幅回路も入れて、柄に氷の魔石を直列で三つ付ける。根元まで刺したら、スイッチを動かして、周囲に氷の刃を一気に出す形を考えているの」
「凄いね! 完全に氷の魔剣だ!」
「大剣だから重いのと、氷の魔石の消費量が厳しいけれど……」
「大丈夫! 俺は身体強化があるし、魔石は家から持っていく」
グラート隊長の灰手の氷版のよう、しかも黒く格好いい大剣。浪漫しかない。
わくわく大剣の魔導回路を見つつ、ヴォルフはふと思い付いたことを尋ねる。
「ダリヤ、この大剣、根元まで刺さらない場合、氷の刃はどうなるんだろう?」
「そのまま前方向と左右に伸びるわ。方向性は基本前方にしてあるから、持つ人は凍らずに」
ということは、魔物に根元まで刺せない場合、氷魔法の刃が共に戦う騎士に伸びる可能性がある。
追い込みで向かい合わせ、あるいは横並びで魔物を倒すときなどは、ちょっと難しいかもしれない。
そしてもう一つ、大剣の使い方で迷う。
「ダリヤ、その、大剣は根元まで刺さる魔物はそういないかもしれない。あと、刺して使うことより、叩くようにして戦う方が多くて……」
「あ! 機能的に合わないし、横で一緒に戦う人が危ない……」
ダリヤはすぐに理解していた。
けれど、氷の刃が一気に伸びる大剣、それはぜひ使ってみたい。
自分が先頭で斬り込み、最初の一撃として使うならば効果はきっとある。
その後に方向を間違わないようにするか、普通の大剣として使えばいいだけだ。
「いや、少し大きい魔物なら使えるし、俺がまっ先に斬り込むからこれで!」
「駄目です!」
声高く止められてしまった。
隣で見上げる緑の目はとても心配そうで、ヴォルフはどうにも困る。
なので、表情を懸命に整え、笑んで尋ねた。
「俺、そんなに巻き込みそう? これならワイバーンとも戦えると思うんだけど」
「ヴォルフがまたワイバーンに持ち帰られたら困るわ。森へ探しに行かなきゃいけなくなるもの」
「うん、それはダリヤが大変そうだ。そうならないよう努力するよ」
ワイバーンに使うのは却下された。
うまくすれば灰手の一歩手前ぐらいにはいけるのではないか、そんな期待感満載の魔剣なのだが、なんとか制作に進む方法はないものか。
「そうだ! 九頭大蛇なら、きっと根元まで刺さると思……」
「あれはクラーケンテープでぐるぐる巻きにするから、氷の大剣は使いません! よってこの魔剣は却下です!」
敬語になったダリヤが、勢いよくスケッチブックのページをめくった。
浪漫ある氷の大剣は見えなくなってしまう。
「ああ、言わなければよかった……!」
自分の嘆きの声にも、ダリヤはいい笑顔だった。