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480.報告とワイバーン獲得会議

・応援ありがとうございます!おかげさまで『魔導具師ダリヤ 番外編』3月25日発売です。

https://mfbooks.jp/news/news/entry-12008.html

・住川惠先生コミカライズ『魔導具師ダリヤはうつむかない』マグコミ様、

 寺山電先生による4コマ『まどダリ』公式Xにて、更新となりました!

どうぞよろしくお願いします。

「あの、ハルダード商会、いえ、ユーセフ様から、ワイバーンをつがいでというお話があり、できれば頂きたいと思いまして……」


 微笑むグイードの前、ダリヤは声を上ずらせてしまう。

 怒られていないのに背筋が冷える。

 完全に自業自得なので仕方がないが。


「お話の途中、横から失礼します。グイード様、先にこちらをご覧になってください」


 イヴァーノがイシュラナの入国許可証と、ユーセフのメモをテーブルに載せた。

 グイードは二枚を手にすると、笑みを崩さずに言った。


「そうだね、これでは仕方がないね――とでも言うと思ったかい、イヴァーノ?」

「おっしゃってほしいとは思いました。ですが、これを頂いて当方が辞退できますか?」


 しれっと言い返した副会長に、グイードは少しだけ目を細める。


「ヨナスが戻ってから話そう。私の相談役として仕事をしてもらわなくては」


 幸い、待ち人はすぐに紅茶のワゴンを引いて戻ってきた。

 ブランデーの瓶が二本あるのは、彼らが倉庫の冷凍で冷えたためだと思いたい。

 各自に紅茶を配ると、ヨナスは自分のグラスに半分ほどブランデーを注ぎ、グイードの隣に座った。


「ヨナス、これを見て、相談役として意見を聞かせてくれないか?」

「わかりました」


 手渡されたイシュラナの入国許可証とユーセフのメモに、ヨナスは目を走らせる。

 両方に動いた視線は、また最初に戻り――三度読みしているのがはっきりわかった。


 ヨナスは二枚をテーブルに戻したが、表情に変化はない。

 無言でグラスを手にすると、中のブランデーを一気に干した。


「ヨ、ヨナス、先生……」


 水のような飲みっぷりに、ダリヤはいろいろと心配になる。

 カツン、と、グラスの底がテーブルに当たる音がやけに響いた。

 錆色の目がじっとりとした光をたたえ、自分に向く。


「ダリヤ先生、ハルダード一族の『連なりの一族』になったのはいつでしょうか? ユーセフ殿を助けたときですか?」

「い、いえ、大竜巻で急ぎお帰りになるときに物資をお贈りしたところ、そうして頂いたようで……」

「ユーセフ殿が竜巻見舞として受け取ったわけですね。失礼ながら、どのぐらいの量を?」


 物資に関しては、隣のイヴァーノが答えてくれる。


「物によりますが、商会からは倉庫在庫の四分の一ほどです」

「他にはありますか、ダリヤ先生?」

「私が個人資産から、大金貨を五枚ほど――無理のない範囲です、イシュラナは一刻を争う状態だと思いましたので」

「よくよく理解致しました……」


 ヨナスが眉間を押さえ、天を仰いだ。

 向かいのグイードが、己の紅茶にだばだばとブランデーを入れた後、ヨナスのグラスへなみなみと注ぐ。 


「ハルダード商会に救援物資を贈ったという報告は受けていたし、うちからも水の魔石を多少は贈っていたが。ハルダード一族の連家……この際、すべて大竜巻のせいにするのはどうだろう?」

「グイード、現実から目をそらすのはやめろ。俺もそうしたいが」


 天を仰いでいたヨナスが姿勢を戻す。

 ダリヤは思わず背筋を正した。


「ダリヤ先生、竜巻見舞は親戚関係になくても、それに準じる連なりの一族が行うものです。おそらく、援助のお返しが不要になると言われたのでは?」

「はい、そうおっしゃっていました」

「『連家』は近しい一族なので、助けるのにお返しは不要。代わりに、相手一族が何かに巻き込まれて困ったときはできるかぎり力を貸す。助け合いというより、一族の同盟に近いものです」

「同盟……?」


 そして思い出す。

 イシュラナへ帰る日、ユーセフはこう言った。

 『ロセッティ一族がおさ、ダリヤ・ロセッティ殿、末永きお付き合いをお願い致します』

 そして、握手をして別れた。

 あれが一族の同盟の挨拶だとは、まったく思っていなかった。


「ハルダード一族の『連家』となっても、オルディネでの男爵位に変わりはないよ。まあ、生家がイシュラナの侯爵のような扱いで、公爵家までとの縁談が楽になる、あるいはロセッティの名で婿取りがしやすくなるかな」

「国外でも信用度が上がりますので、今後の商会にとっては便利かと」


 ダリヤは予定のない結婚話に顔をひきつらせる。

 対して、隣のイヴァーノは商売拡大の機会に目を輝かせた。


「ただし、イシュラナで侯爵に準ずる扱いは確定だ。この入国許可証の区分が『貴族』ということは、ユーセフ殿はダリヤ先生の名で金銭を国に入れたんじゃないかな。国を越えてそれだけの物資と金銭を贈ったんだ、あちらでは私と同格、いや、それ以上の扱いかもしれないね、『ロセッティきょう』」

「……っ」


 ロセッティきょう――初めての呼称が、とても耳に痛い。

 ダリヤは再び声を上ずらせる。


「あ、あの、連家を解消して頂くにはどうすればいいでしょうか?」

「一度、連家となれば、族長同士が話し合いで解消するか、どちらかの家が途絶えるまでになります。あちらは先に大恩だいおんを受けた側です。誇りあるイシュラナ人としても、ハルダード一族としても、解消しないでしょう。何より、ユーセフ殿はあきらめの悪い方です」

「う……」


 ヨナスに思いきり笑顔で答えられ、ダリヤは両の指を額につけてしまう。

 両手で顔を覆えないのは化粧が崩れるからだ。

 もう冷や汗で流れている気もするが。


 ユーセフがロセッティ商会へワイバーンを贈ろうとする理由がわかった気がした。

 犬猫ではない、簡単に飼えるものでもない、影響力も大きい。

 わかっているけれど、今後の安心のために、やはりワイバーンが欲しい。


「悪用のような形であるのは承知しておりますが、やはり、ユーセフ様からワイバーンを頂きたいのです」

「王城へ寄進するかい? それならすぐにでも子爵に上がれるだろう。私としては、それもありだと思うが」

「いえ、国境大森林の近くで、グッドウィン伯爵家で飼って頂くことはできないかと。かかる費用はできるかぎりこちらで出しますので」


 そう言うと、グイードの表情かおから何かが抜け落ちた。


「いつの間にそちらの家とえにしを結んだのかな、ダリヤ先生?」

「ランドルフさんが友人で――」


 ヴォルフと共通の――と言葉を続けようとしたとき、ノックの音が響いた。

 ヨナスが立ち上がって対応へ出向く。

 ドアの向こうに従僕の姿が見えた。

 小声でのやりとりの後、ヨナスがドアの内側に戻る。


「ランドルフ・グッドウィン殿がロセッティ商会へお見えになったそうですが、いかが致しましょう?」

「ダリヤ先生、これから会う予定だったかな?」

「いえ、お約束はございません。魔物討伐部隊で何かあったのではないでしょうか?」


 心配で思わず立ち上がりかけると、イヴァーノに止められた。


「申し訳ありません、私のミスです。グッドウィン様は遠征に不参加で、手紙の内容でご心配頂いたのでしょう。うちの商会名で、『国境大森林の魔物についてお教え願いたい』とお送りしたので」

「ああ、そういうことか。ワイバーン舎の話もあるからね、一緒に話し合ったらどうだろう? 私がワイバーン獲得会議の進行を務めるよ」

「ありがとうございます」


 整った笑みのグイードに、ダリヤはほっとして礼を述べる。

 本当に頼れる――こんな兄がいたらと、つい不敬なことを思ってしまった。

 口には絶対にできないが。



 少しして、茶系のスーツに赤茶のタイという出で立ちのランドルフが、部屋に入ってきた。


「失礼します。本日は先触れもなく申し訳ありません」


 彼はグイードとヨナス、そして次にダリヤ達へお詫びを含めた挨拶をする。

 ここでマルチェラは退室し、ドア前の警備役となった。


 ランドルフは二日前に神殿で親知らずを抜いたため、今回の遠征に不参加。

 兵舎にいたところに、ロセッティ商会からの手紙を受け取ったそうだ。


「国境大森林の魔物についてお話とのこと、再び、九頭大蛇(ヒュドラ)出現の予兆があったのでしょうか?」


 いつもより早い口調のランドルフに、そのあせりと心配を悟る。

 自分が説明していいものか、向かいに視線を動かすと、グイードが口を開いた。


「その心配はないので安心してほしい。けれど、国境大森林に関係するちょっと危ない話なのは確かだ。秘密を守ってくれるかな、グッドウィン君?」

「はい。スカルファロット侯がお望みでしたら、神殿契約を」

「いや、君はヴォルフの親友だ、信用するよ。ああ、私のことは『グイード』で構わない」

「光栄です、グイード侯。自分も『ランドルフ』とお呼びください」


 そう答えた彼も、流れるようにワイバーン獲得会議の一員となった。


「うちのダリヤ先生が、ワイバーンの雛のつがいを入手することになってね。国境大森林近く、グッドウィン伯爵家で飼ってもらいたいそうなんだ」

「は……?」


 ランドルフはしばらく動きを止めた後、グイードから自分に視線をさまよわせた。

 混乱させてしまい、本当に申し訳ない。


「その、ダリヤ嬢、確かに我が家では以前ワイバーンを飼っており、ワイバーン舎も水場もいまだある。しかし、国に寄贈すればほぼ確実に王城への配置になるだろう」

「いえ、国ではなくグッドウィン伯爵家に寄贈し、所有をお願いできないかと。王城ではなく国境大森林近くで、九頭大蛇(ヒュドラ)の警戒用にして頂きたいのです」


九頭大蛇(ヒュドラ)の警戒用……」

「国境大森林をこまめに上空から確認できれば、九頭大蛇(ヒュドラ)がみつけやすくなるのではないかと。発見が早くなれば、グッドウィン伯爵も国境警備隊の対応も、住民の避難もしやすくなります」


 誰も口を開かない。

 おそらく、自分はかなり無理を言っているのだろう。

 それでも、九頭大蛇(ヒュドラ)戦の血と泥にまみれた魔物討伐部隊員達を思い出し、ダリヤは言葉を続ける。


「それに、また九頭大蛇(ヒュドラ)戦になっても、ワイバーンがあと二頭いれば、魔導師やポーションが運べます。戦う方々の回復も早くなります。ですから、ランドルフさんの――いえ、グッドウィン伯爵家にお願いできないかと思ったのです。もちろん、かかる経費はお支払いしますし、育成知識のある方もご紹介頂く予定です」


 懸命に説明していると、ランドルフが眉間に深く皺を寄せていく。

 やはり無茶な願いだろうか、そう思いつつ、ダリヤは説明を終えた。 


「ダリヤ嬢の清きお心に感謝申し上げます。しかし、当家がダリヤ嬢からの贈答を受けるわけには参りません」


 ランドルフにきっぱりと断られた。

 貴族は誇り高いものだ。

 ほどこしは受けられないということだろう。

 ダリヤがそう納得しかけていると、ヨナスが冷めかけた紅茶を取り替え、花飾りのついた角砂糖を勧めてくれた。

 自分の向かい、グイードがカラになったカップをソーサーに戻す。


「ロセッティ商会の負担を考えてかな? それともエリルキアの『騎馬贈り』扱いで、誤解を招くからかな?」

「二つともになります。『騎馬贈り』とされ、友の一点の曇りにもなるわけにはまいりません」


 グイードとランドルフの話が見えない。

 貴族は妙なたとえや訳の分からない決まりが多すぎる。

 ダリヤは角砂糖をスプーンに載せたまま、横から質問していいか迷う。

 しかし、それよりも先に、ランドルフが赤茶の目を自分に向けた。


「ダリヤ嬢は『騎馬贈り』をご存じではないと思うが――エリルキアの姫君や貴族女性が、独身男性、もしくはその家に立派な騎馬を贈るというのは、『自分の騎士になってほしい』という意味合いになる。受け取り方によっては、独身男性への求婚とも取られる」

「えっ?」


 ポロリ、スプーンの上の角砂糖が落ちた。

 ソーサーにかつんと当たったそれは、テーブル上にころりと転がる。


「いえ、私はそのつもりはなく! それに馬ではなくて、ワイバーンなので――」

「自分はよく理解している。しかし、ワイバーンは騎馬より貴重な騎龍だ。より一層重きとされると思う」


 隣国の貴族もややこしかった。

 ようやくオルディネの貴族マナー本を十冊読みきったというのに、次は隣国。

 本当にいい加減にしてもらいたい。

 壁に向かってちいちい鳴きたい気持ちになっていると、ランドルフが真顔で続ける。


「自分がダリヤ嬢に対し、一切間違うことはない。だが、万が一にも悪用と勘違いをされることがなきよう、気をつけることをお勧めする」

「はい、気を付けます!」


 思わず声強く答えると、斜め前の騎士は肩を少し震わせて耐えていた。

 ヴォルフと同じく、とことん紳士である。

 もう素直に笑ってもらった方がいい気もするが。


 やらかしの恥ずかしさをこらえ、ダリヤは新しい角砂糖をカップに入れる。

 そこで、これまで黙っていたイヴァーノが口を開いた。


「グッドウィン様、グッドウィン伯爵家と国境警備隊とで、ワイバーンを合同で受け取って頂くという形ならいかがですか? 国の為になるとお考え頂けないでしょうか」

「そうしたいところだが、やはり贈答は悪い噂につなげられる可能性がある。それはダリヤ嬢、ロセッティ商会、共に迷惑がかかる。当家でロセッティ商会からワイバーンを購入させて頂きたい。九頭大蛇(ヒュドラ)戦の影響もあるため、分割の非礼を申し上げるかもしれないが――」

「いえ、ワイバーンは、元々うちの商会も頂く形ですので」


 言いながら気づいた。

 何もダリヤを、ロセッティ商会を仲介することなどないのだ。 


「ロセッティ商会を通さず、グッドウィン伯爵が、ハルダード商会からワイバーンを貸してもらうという形はどうでしょう? 子供が生まれたら頭数をお返しするという名目で」

「ワイバーンは借りるだけでも、それなりの対価がいる。まして、その形で借りられるのであれば国が希望し、王城へという流れになるだろう」


「グッドウィン様、国境大森林で採れた素材を優先的にハルダード商会に販売する、それでワイバーンを借りた――そういった理由付けはできませんか?」

「国境大森林で採れた素材の多くは冒険者ギルドに出している。その関連で苦情が出るかもしれない」


 イヴァーノがとてもいい提案をしてくれたと思ったのだが、あちらを立てればこちらが立たず。

 泣きたい。


「冒険者ギルドはこちらで対応できるよ。副ギルド長のアウグストは、家の分家だからね」


 さらりと一族当主権限をちらつかせ、グイードが言った。


「だが、ロセッティ商会を通さないのでは、そちらに利がなく――」

「今後、新しい魔導具をご購入の際、お声をかけて頂ければ充分です」


 ランドルフの迷いは、イヴァーノが途中で止めた。

 続けたのはグイードだった。


「さて、ランドルフ君、一つ確認だ。ワイバーンの入手は、一歩間違うとグッドウィン家による国への反抗と取られかねない。グッドウィン家に二心にしんがないことは王家がよく知っているが、エリルキアやイシュラナと通じていると噂されれば厄介だ。そういったことを超えても、君の父君はワイバーンを望むと思うかい?」

「ワイバーンの保有は我が家の悲願。何を天秤に乗せても願いたい、そうお答えすると思います」


 ランドルフは迷いなく言い切った。

 九頭大蛇(ヒュドラ)が出なくとも、国境大森林の魔物との戦いもある。

 ワイバーンがいればどれだけ救われるか、それを一番知っているのがグッドウィン家かもしれない。


「イヴァーノ、ワイバーン貸しはハルダード商会とグッドウィン家で決めたことだと言っても、ロセッティ商会はおそらく辿られる。ハルダード一族の連家ともなったしね。そちらの面倒事と向き合う覚悟と準備はあるかい?」

「問題ございません。会長の欲しいものを手にするために商会を立ち上げたのですから」


 商人の顔で、副会長が笑った。

 本当に頼もしい部下、いや、仲間である。


「ダリヤ先生はどうかな? 何か希望はあるかい?」

「私も覚悟を致します。グッドウィン伯爵様の方でワイバーンを国境大森林の警戒にお使い頂ければ……」


 自分はロセッティ商会の会長だ。

 今回で面倒事が出てくるなら、逃げずに向き合おう。


 そして、できれば希望をもう一つ。

 ワイバーンが欲しいと最も繰り返していた者がいる。

 ヴォルフの兄、国境警備隊員のエルードだ。


 『国境大森林で九頭大蛇(ヒュドラ)の早期発見をして、なるべく小さいうちにクラーケンテープで巻き倒す。それなら楽勝じゃないか』、そう言っていた明るい笑顔。

 グッドウィン家ではない彼が、ワイバーンに騎乗できるかどうかはわからない。

 それでもエルードは、龍騎士がとても似合いそうだ。

 

「ワイバーンに乗って、国境大森林で九頭大蛇(ヒュドラ)の早期発見をというのは、国境警備隊のエルード様も希望なさっていました。できることなら、エルード様にも乗って頂けたらと……」

「………」


 グイードは無言で自分を見つめ、瞬きを二度した。

 その薄い唇がゆるりと弧を描き、指先はテーブルの上で組まれる。


「ダリヤ先生、いや、ロセッティ卿。この件、私に丸ごと譲って頂けないだろうか?」


 いきなり妙なからかいをはさまないで頂きたい。

 しかし、少しは慣れたので、ダリヤは貴族の二分の笑みで答える。


「もちろんです。こちらはお願いする立場ですので」

「この件を譲ってもらう代価に、何か欲しいものはないかい?」

「希望したのはこちらですのでございません。私が安心したいだけですので」


 最後につい本音がにじんでしまった。

 グイードは青の目に興味深そうな色を重ねる。


「安心とは抽象的だが、具体的にどうというのはあるかな?」

「――天災や魔物に脅かされず平和に、住まいや食事に困らず、仕事ができて……今のように暮らしていけることでしょうか」

「ダリヤ先生は無欲でいらっしゃいますね」


 ヨナスの声に、ダリヤは首を横に振る。

 無欲どころか、自分は今の暮らしと人生に強く固執している。

 

「いえ、無欲ではありません。天災や魔物との戦いで、今の暮らしが壊れるのを避けたいだけです」

「男爵で商会長のダリヤ先生が、この先、暮らしを傾けることはないと思いますが」

「自分だけがいい暮らしをして、人がそうでないというのも嫌なので。こう、皆で平和に暮らせればと……すみません。きっと、私はどこまでも庶民気質なんだと思います」

「庶民気質……」


 グイードとヨナス、二人にそろって目を細められてしまった。

 希望する安心の説明は難しかった。


 無欲でも善良だからでもない。

 臆病な一庶民としては、安全平和に波風少なく生きたいのだ。

 ここ一年、なんだか実現できていない気がするが。


「では、ダリヤ先生には安心を届けるよう尽力するよ。ランドルフ君も、この件は私に任せてもらっていいかな? 明日にでも魔鳩を飛ばし、グッドウィン伯と密談しようと思うが」

「どうかよろしくお願い申し上げます」


 ランドルフが立ち上がり、深く一礼する。

 グイードはそれにうなずくと、自らも立ち上がった。

 その肩に、ヨナスが無言で黒のローブを載せる。

 窓からの陽光には、すでに夕焼けの赤さが混じっていた。


「本日はここまでにしよう。私の方で調整をし、グッドウィン家に問題なくワイバーンを所有してもらうようにするよ。一段落したら知らせるから、次は祝杯だね」


 なごやかに笑って部屋を出る彼を、全員が立ち上がって見送る。

 これだけの面倒事も、グイードは余裕の表情かおで調整しきれるということだ。

 やはりグイードは侯爵当主だ――つくづくそう思った。


 心から感動するダリヤに、廊下を進む侯爵のつぶやきは届かない。


「庶民気質? 君こそが貴族じゃないか、ロセッティ卿」

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― 新着の感想 ―
頼れる兄貴グイードさん!
強欲だなぁ
貴族としての生き方は知らねど、貴族としての在り方を突き進む 生き方を知らなければ寝首をかかれる世界なので矛盾をはらんでるけど 眩しいねぇ
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