474.森大蛇の魔力測定と判定
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「箱が沢山あるね……」
「窮屈でかわいそうだな……」
ヴォルフはランドルフと共に、王城の魔導具制作部三課の塔に来ていた。
進む廊下の壁際には、平たい箱が山と積まれている。
時折ごとごとと音がするのは、中にいる緑の蛇達が動いているからだろう。
蛇同士が争って傷がついてはいけないと、ザナルディから一匹ずつ箱に入れるよう指示があった、入り口の護衛がそう説明してくれた。
木箱なので中身は見えない。
これならばダリヤもそれほど怖がらないだろうと考えた後、ヴォルフはこめかみに指を伸ばす。
本日、彼女は三課どころか王城にも来ない。
それなのに近くにいることを前提に考えてしまうのだから、いろいろと重症らしい。
「ヴォルフ、体調が優れないなら、自分が持って行くが」
「いや、大丈夫! なんともないよ――あ、ヨナス先生!」
ランドルフに振り返って答えたとき、ちょうど三課のドアをくぐる姿が見えた。
自分達に目を向けたヨナスは、そのまま歩み寄ってくる。
ランドルフと短い挨拶を交わすと、こちらに顔を向けた。
「ヴォルフ、何かあったか?」
「三課のザナルディ様へ、書類をお届けに参りました」
正確にはグリゼルダが書いた礼状と報告書に近いものだ。
内容は、三課で森大蛇の選別をしてもらっていることに関しての礼、蛇の捕獲地の詳細である。
だが、書いた本人が三課に届けることは、グラート隊長が止めた。
グリゼルダと急ぎの打ち合わせをすると言うグラートから、書類を預かったのがヴォルフである。
なお、共に来たランドルフは別件だ。
魔物討伐部隊で威圧訓練を行った夜、怯える馬達の話を聞いた彼は、三課に出向いた。
許可を得て魔羊の様子を見せてもらい、震える二頭と三課の一室に泊まったという。
よほど怯えがひどかったのだろう。
担当からの願いもあり、魔羊達の食欲が戻るまで、毎日様子を見に来ている。
『魔羊使い』の名が、また広まりそうである。
「ヨナス先生はどちらへ?」
「グイードがザナルディ様に呼ばれた。私は所用を済ませ、今から行くところだ」
「そうでしたか」
そこまで話したとき、案内役の騎士に声をかけられる。
ヴォルフとヨナスは廊下の先へ、ランドルフは別の部屋へと別れた。
自分達が案内されたのは二階の一室、重厚な金属扉の部屋である。
緊張しつつ足を踏み入れると、春とは思えぬ冷たさを感じた。
思わず肩に力を入れると、飄々とした声がかけられる。
「ようこそヨナス君、ヴォルフレード君。足下に気をつけてくださいね」
笑顔のザナルディの左右、護衛騎士のベガ、少しだけ渋い表情のグイードがいる。
テーブルを隔てた反対側では、カルミネともう一人の魔導具師が作業をしていた。
注意通り、近くの床に動かぬ緑の蛇が十五匹ほど転がっている。
壁際にはこれから測定なのだろう、蛇入り木箱が山と積まれ、ごそごそと動く音が響いていた。
「残念ながら、まだ『緑の王』にはお目にかかれていません。元気のいい個体が多く、測定が大変で……グイードに冷やしてもらうと楽でいいですね。さすが『冷蔵神』です」
「セラフィノ、あまり褒めないでくれないか。照れてこの部屋ごと凍らせてしまいそうだ」
部屋の冷気は兄の氷魔法だったらしい。
蛇は体温を下げれば動きが鈍るので、いい解決法だ。
氷ではなく冷気にして調整するあたり、冷蔵神と呼ばれるにふさわしい。
さすが兄である。
「カルミネ殿、もう少し冷やした方がいいだろうか?」
「いえ、このくらいで――あまり冷やしてしまいますと、蛇種や龍種は魔力測定ができるかどうかわかりませんので」
蛇種や龍種は、冬眠すると動かなくなるだけでなく、魔力測定も難しくなるらしい。
もしや、炎龍の魔付きであるヨナスも、冷えると魔力が――思いつきに視線を向けかけ、すぐに止めた。
しかし、世の中にはそういった遠慮を持たぬ者もいる。
「ヨナス君、思いきり冷えると冬眠できます?」
「いえ、人の身でもありますので、氷漬けになっても冬眠は致しません」
「氷漬けということは、すでに試したことがありますか?」
「鍛錬で偶然に、ですが……」
「そのときはどの程度まで氷漬けに? 中にいた時間は覚えていますか?」
質問に淡々と答えるヨナスに対し、グイードが眉間に皺を寄せていた。
ザナルディは聞き取りを終えると、テーブルに向かうカルミネに目を向ける。
命じられる言葉はないが、そこからは魔力測定器の説明となった。
「こちらが、蛇型魔物向けの魔力測定器です」
作業テーブル上にある長い金属製の板、中央に長いくぼみがあり、左端にはいくつかの魔石と貴石がはめ込まれている。
くぼみ部分に蛇をまっすぐに置いて固定、そうして魔力を測定するという。
「理論上は完成していますが、正確な検証には、森大蛇の個体が必要です。また、冷えている場合の魔力測定値が正しいかどうかという問題点もあり――」
説明途中、カルミネの持っていた蛇が、突然、うねりと動いた。
もう一人の魔導具師が、すかさず尻尾を捕まえる。
二人がかりでも動きは完全には止められない。
蛇というのは意外に力があるものだ。
冷気がまったくない状態での測定は大変に違いない。
温まれば暴れ、冷やしすぎれば測定値が正しいかどうかわからなくなる。
なんとも難しいものである。
「ああ、そろそろ起きてしまう個体がいますね」
テーブルの横、動かずに転がっていた蛇の一部が、ぴくりと身体を動かした。
冷えた身体が少し温まったのかもしれない。
「一度、箱に戻した方がよろしいでしょうか?」
「私がもう一度冷やすから問題ないよ――いや、問題かな、これは?」
動いた蛇は三匹だけ。
引き寄せられるかのように一方向へ向かっていく。
まだ身体が冷えて動きづらいのだろう、するするというよりは、ずるたずるたという感じで、必死ささえ感じる。
言葉なく見つめるヴォルフの前をすぎ、すぐ隣――
「は……?」
三匹の蛇はヨナスの足下で首を床に付け、ぴたりと動かなくなった。
他の蛇は元の場所から動かぬままだ。
「冷やした私へ抗議に来るかと思ったんだが、お目当てはヨナスか……」
「ヨナス先生が、一部の蛇に人気……?」
「まったくうれしくないのですが……」
訳の分からない会話になっていると、ザナルディがぽんと手の平にこぶしを当てた。
「ヨナス君の足下の蛇の測定を」
「はい!」
魔導具師に暴れることなく捕まえられた三匹は、順繰りに蛇型魔物向け魔力測定器にかけられる。
緑の魔石と貴石が光ったので、どれも魔力があるようだ。
「魔力が、この大きさにしてはかなりあります……三匹ともに森大蛇と思われます」
「それはよかった! これで蛇型魔物向け魔力測定器が完成ということですね。あとは、冒険者ギルドの魔物学者に、他の蛇と相違点がないかを観察させましょう。今後に役立つかもしれません」
目の前で森大蛇の判定成功が喜ばれているが、隣のヨナスは無言無表情である。
ヴォルフとしては、なんと言葉をかけていいかわからない。
こちらを見つめるグイードの目にも、困惑が浮かんでいる。
「今日はとても良い発見ができました。ヨナス君は森大蛇にも人気があるとは思いませんでしたよ」
いい笑顔となった大公に、ヨナスが錆色の目を細くした。
「その稀なる才を活かしに、三課にいらっしゃいませんか? 今の給与を倍掛けしますよ」
「光栄なお声がけではございますが、移るつもりはございません」
「では三倍。加えて、いずれ陞爵のお約束では?」
「ご容赦ください。浅学非才の我が身には過分すぎるお話でございます」
二人の声だけが響く中、冷気が足下から上がってくる。
はっとして兄を見れば、唇だけの笑みをザナルディに向けていた。
「セラフィノ、我が家の大事な相談役を引き抜こうとしないでくれないか?」
「有能な方を望むのは当然のことでしょう。脈がなさそうなので、今回は引きますが」
「脈を止めかねないので、あきらめてくれ」
兄は一体、誰の脈を止めるつもりなのか。
気がつけば壁際の箱、蛇達の音が消えている。冬眠に入ったのかもしれない。
あと、魔導具師二人の顔が青白い。冷えすぎである。
ここまで無言のベガが、二度、浅い咳をした。
「――グイード、残りの蛇の選定に、友人のあなたと、あなたの相談役のご協力を希望しても?」
「いいとも、友人として請け負おうじゃないか」
冷気はゆるゆると散っていく。
笑顔となった二人を眺めるばかりになっていると、横のヨナスがそっと自分へ耳打ちする。
「三倍値でも腑分けされてはかなわん」
それに思い出すのは、ザナルディが言ったとされること――
『グイード君、君の護衛なんですが、ちょっとだけ腑分けさせてもらえませんか? 麻酔と魔法をかけた上、その場ですぐ完全に治癒させますから』
脈が止まりそうなのはヨナスではないか。
ザナルディの元で給与と待遇がよくても、元銀襟神官が息子ですぐ治せるとしても駄目だ。
そもそもヨナスはスカルファロット家の相談役なのだ、このまま家にいてもらいたい。
「ええ、絶対に駄目です。スカルファロット家のヨナス先生ですから……!」
ささやきで返すつもりが、つい語気強くなってしまった。
そんな自分に周囲の視線が向き、兄には微笑まれ――ヴォルフは深呼吸をしつつ平静を装う。
耳を赤くした彼は、ヨナスの隠し笑いを聞き取らない。
「ずいぶんと、ダリヤ先生に似てきたな……」




