471.薄紅のワイバーンは炎龍の夢を見る
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『魔導具師ダリヤはうつむかない』9巻
『服飾師ルチアはあきらめない』3巻・特装版
コミックス『服飾師ルチアはあきらめない』3巻、12月25日同日発売となります。
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ヨナスはシュテファン達が戻ってくるまで待ち、龍騎士と共に移動する。
グイードから遠回しに同行を希望されたが、業務を理由に置いてきた。
相手はワイバーン。
大型の魔物に餌をやるのだ、ある程度の危険を覚悟するべきだろう。
実際にヨナスを見て、これは勝てると判断したら、序列闘争を求められる可能性もある。
スカルファロット家当主を、そんな危険のある場に連れてはいけない。
緊張を面に出さぬよう移動した先は、龍舎――ワイバーン飼育の場だ。
しかし、最初に目にしたのはベルニージの明るい笑顔だった。
「おお、やっと来たか。儂も立ち会うぞ!」
この爺がどうしてここにいるのか、聞くまでもない。
魔物討伐部隊の訓練で一緒に威圧をかけた者であり、自分の祖父の立ち位置だ。
王城内でのあれやこれやもすでに耳の内だろう。
しかも、ワイバーンの警戒を解くためか、鎧も着けない騎士服姿だ。
それで自分の真横にいるのだから、過保護も大概である。
「孫と儂の加減知らずの詫びだ。ワイバーンの好みがわからんので、いろいろと取り揃えてきた」
ベルニージが大きな木箱を開けると、氷と共に大量の肉が並んでいた。
「左から、牛肉、猪、牙鹿、九頭大蛇だ」
「え?」
「は?」
龍騎士は目を丸く、ヨナスは目を細くする。
最後の肉だけ種類が違いすぎる。
それはワイバーンに食べさせていいものなのか? 二人で尋ねそうになったとき、明るい声が続いた。
「ワイバーンは、魔力がある肉の方がよく育つと文献にあるじゃろう。それと、九頭大蛇を食べれば、次は餌だと思って怖がらぬのではないかという仮説があってな」
「なるほど――」
龍騎士がこくりとうなずく。
こういうとき、ベルニージの好々爺の顔はとても便利だ。
実際は、どなたかの希望する実験を引き受けたのだろう。
少々の危険があったところで、ベルニージとヨナスがいれば問題ないと判断してのことだろうが。
灰色のレンズの下、好奇心あふれる目が、今もどこからかこちらを窺っているような気がする。
「では、こちらでお待ちください。ローザマリアを連れて参ります」
「ローザマリア……?」
「はい、私の騎乗するワイバーンの名です。ローザマリアは王城のワイバーンの中では一番若い雌ですが、とても賢く、とても美しいワイバーンです。まだ成長途中で、他のワイバーンより一回り小さいのですが、飛行速度も同じぐらいあります」
龍騎士は、どこぞの奥方と似た響きの名のワイバーンについて、熱く熱く語る。
グイードを同行させなくて本当によかった。
隣のベルニージは、目を伏せて三度の空咳をしていた。
愛ワイバーンについて語り終えた龍騎士が、ようやく巨大な龍舎に入っていく。
ローザマリアの名が二度呼ばれ、重量感のある移動音が響き始めた。
つい肩に力を入れたヨナスの前、それは重いすり足でやってくる。
薄紅色のワイバーン。
時折見る他のワイバーンよりもすらりとしたシルエットだ。
その身は艶やかな薄紅のウロコに覆われ、陽光をきらきらと反射していた。
その顔はワイバーン独特のものではあるが、賢いと言われてもうなずける。
口元をきっちりと閉じ、顎を引いた様子は、真面目ささえ感じさせた。
澄んだ青の目がヨナスを見て――ずるずると頭を低くしていく。
「クキャー……」
自分の足元に平伏するワイバーン。
挨拶なのか謝罪なのかわからないが、か細く震える鳴き声。
子犬に謝られるような感覚に、どうしていいものか迷う。
すると、ベルニージに軽く肩を叩かれた。
「かわいそうに、完全に怯えているではないか。ヨナス、そこはちょっと愛想良く――近づいて、なるべく大きく笑ってやれ。ローザマリア嬢にもわかるように」
共犯者の祖父が無理を言う。
しかし、確かに怖がられているようなので、助言に従うことにした。
一歩近づいてしゃがみ、顔の筋肉を大きく動かして笑顔を作る。
「キュ……アァ……」
さらに平伏された、何故だ?
顎も翼も地面にぴったりとつけ、ふるふると身を震わせられた。
青い目は悲しげにうるりとし、ヨナスだけを見つめている。
龍騎士が慌てた声を出す。
「ローザマリア、大丈夫だ、この方はお前に害はないから! 餌をお願いできますか、ヨナス・ドラーツィ様?」
「――わかりました」
ここまで怯えられると、確かに自分がいじめているようにも見える。
一度はワイバーンに乗って空を駆けたいと思ったこともあったが、一生無理らしい。
そんな複雑な思いを抱えつつ、ベルニージから肉を受け取る。
「ほれ、ヨナス。この際、九頭大蛇でよかろう」
大雑把な祖父らしく、大きい塊をぽんと渡してくる。
ワイバーンならこれも一口でいけるだろうが、今の体勢では食べづらそうだ。
それに、魔力の高い肉を好むなら、これは高級肉のようなもの。
味わって食べてもらった方がいいだろう。
そう判断したヨナスは、暗器のナイフを取り出し、肉をそれなりに小さく切る。
なお、自分から見てもおいしそうに見えたが、口に出すことはしない。
「ローザマリア嬢、どうぞ」
鼻先にそっと肉を近づけると、ワイバーンはちょっとだけ寄り目になる。
その後、ヨナスの手を傷つけぬようにか、薄く口を開いたので置き入れた。
ローザマリアは、時折ヨナスを見て、ゆっくりと肉を咀嚼する。
「キュウッ!」
目のうるみはそのままだが、首を上げ、甘えた声を出された。
さすが九頭大蛇の肉である。
恐怖よりもうまさが勝ったらしい。
二枚目、三枚目、四枚目。
ローザマリアは時折、キュウキュウと甘え声を出しながら、とてもおいしそうに九頭大蛇をたいらげた。
身体の大きさは恐怖を感じてもおかしくないが、その様は子犬のよう。
案外かわいいかもしれない――そう思ったら、つい笑ってしまった。
「クー……」
ローザマリアが、その深い青の目でじっと自分を見る。
その色合いがヨナスのよく知る者と似ているのだが、それを言うと氷漬けになりそうなので内に秘することにする。
その後、追加の肉を龍騎士とベルニージが与えたり、自分も首や翼を撫でたりした。
薄紅のワイバーンの食欲と機嫌が戻ったのを確認し、任務は終わる。
ヨナスは安堵し、魔導部隊棟に戻ることにした。
・・・・・・・
王城で最も若いワイバーンは、幸せな満腹感に浸りながら、薄紅色の身体を丸めていた。
先日、自分よりはるかに大きく強い魔物――九頭大蛇の存在を知り、警戒と恐れを最大限にした。
しかし、直接対峙することはなく、王城に届いたのは勝利宣言であろう首のみ。
共に暮らす小さき者達でも、魔力のそれなりにある者は多い。
皆で狩りをしてきたのだろう。そう考えて、匂いや魔力の残滓を感じても、いつものようにすごしていた。
それが昨日、ワイバーン舎で牛骨を囓っていたところ、いきなり威圧をくらった。
本能に刻まれたそれは、強き龍種のもの――ワイバーンのローザマリアより、確実に上位の存在である。
死んでいる九頭大蛇がおり、自分の縄張りだと主張するために、強い威圧をかけてくる龍種がいる。
そう理解した結果、自分はここにいてはいけないのではないか、そう思い至った。
とはいえ、ここで育ったローザマリアは、他の場所を知らない。
餌をくれる小さき友はいつも通りで変わらず、キュアキュアと懸命に説明するも通じない。
運悪くか運良くか、威圧を感じたとき、他のワイバーン達は王城の外にいた。
夕刻、戻ってきたワイバーン達に説明しても、王城内に龍種はいないだろうと、話が通じない。
ローザマリアは、恐怖と緊張で食事ができなくなった。
そこに本日やってきた、小さき友と同じぐらいで、似た姿の生き物――
しかし、なぜか匂いは龍種である。
その魔力からして、あの強い威圧の主である。
その頭と目は血を乾かしたかのような赤。
まとう魔力は炎龍のそれ。
若きワイバーンは即時に決断した。
序列争いはもちろん、逆らう気は一切ないとひれ伏すと、短くも艶やかな白い牙を見せられた。
恐怖しかない。
さらに平伏した。
自分の背を預ける小さき友と、あまり見ない小さき者が、龍種に何かを伝えている。
命が惜しいからやめるよう伝えたかったが、人型の炎龍は怒ることなく聞いていた。
そして、何かの肉の固まりが小さき者から龍種に手渡される。
風にのった香りに、ローザマリアはウロコを逆立てそうになった。
待て?! この匂い、この魔力は、九頭大蛇ではないか!
ということは、やはりこの人型の炎龍が倒したのか?
ここは、お前もこうならないように従えということか。
いや、もしかすると、これから自分もこういった餌になるのかもしれない。
ふるふると身を震わせ、ほろりと絶望的な思いでいると、人型の龍は手元に爪代わりの刃物を持ち、肉を小さく刻み出した。
「ローザマリア嬢、どうぞ」
名を呼ばれ、鼻先に差し出されたのは、九頭大蛇の肉。
自分では絶対に倒すことのできぬ大物だ。
本当に自分に与えるつもりなのかと、おそるおそる口を開くと、呆気なく肉が落とされる。
魔力たっぷりの肉の甘さに、唾液が一気にあふれてきた。
薄い肉を噛みしめ噛みしめ、若きワイバーンは痛感する。
食べたことがないこの肉は、まぎれもない強者の味わいで――
「キュウッ!」
ローザマリアは唐突に理解した。
これを食べ、力をつけろということだ!
この龍種が統べる群れでは、自分はまだ弱き幼子。
餌をくれる行為は母ワイバーンのそれ。
この龍種は雄のようだが、子を育てるのに自ら手を伸ばすとは、なんと心優しき長だろう。
ローザマリアは今度は感動に身を震わせ、親への礼の鳴き声を返す。
そうして、続けて口に入れられる肉をありがたく噛みしめ続けた。
食事が終わると、龍舎の自分の区域に戻る。
たっぷり食べた満腹感。魔力の満ちた高揚感。長に期待されたという誇り。
ローザマリアは、藁の上、艶やかな身体を横たえる。
そして、青い目を閉じ、今宵の幸せな眠りに就いた。
その後、薄紅のワイバーンはヨナスをみかける度、その前で頭を下げ、キュウキュウと甘えた声を出すようになった。
食べ盛りの若いワイバーンが腹をすかし、ガードの甘そうな自分に食事をねだっている――
そう判断したヨナスは、担当の龍騎士にことわりを入れ、時折、追加の餌を手ずからやるようになる。
担当の龍騎士は、ヨナスが炎龍の魔付きであることから、ローザマリアを子供のようにかわいがってくれていると、好意的に受け取った。
他の龍騎士は、龍つながりで通じるものがあるのだろうと、黙認することでまとまった。
けして、自分の騎乗するワイバーンの心を奪われたくなかったからではない。
結果、ヨナスによるローザマリアへの餌やりは、当たり前のように繰り返されていくことになる。
これを食べて力をつけろ、お前には特別に目をかけている――
群れの長たる赤の龍種より、そう激励されていると思った若きローザマリアは、しっかり肉を食べ、全力で訓練に向かった。
薄紅のワイバーンは一段赤さを増し、歴代のワイバーンの中でも有数の強さと速さを誇るようになっていく。
ワイバーンの血統、龍騎士による育成、共に賞賛が重ねられるが――
本当の理由は、人にはわからぬ話である。
申し訳ありません。
来週は私用でお休みを頂きます(雪国の冬支度です)
一週空けて再開しますので、どうぞよろしくお願いします。