表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
472/564

471.薄紅のワイバーンは炎龍の夢を見る

お読み頂いてありがとうございます。

『魔導具師ダリヤはうつむかない』9巻

『服飾師ルチアはあきらめない』3巻・特装版

コミックス『服飾師ルチアはあきらめない』3巻、12月25日同日発売となります。

どうぞよろしくお願いします。

 ヨナスはシュテファン達が戻ってくるまで待ち、龍騎士と共に移動する。

 グイードから遠回しに同行を希望されたが、業務を理由に置いてきた。


 相手はワイバーン。

 大型の魔物に餌をやるのだ、ある程度の危険を覚悟するべきだろう。

 実際にヨナスを見て、これは勝てると判断したら、序列闘争を求められる可能性もある。

 スカルファロット家当主を、そんな危険のある場に連れてはいけない。


 緊張をおもてに出さぬよう移動した先は、龍舎――ワイバーン飼育の場だ。

 しかし、最初に目にしたのはベルニージの明るい笑顔だった。


「おお、やっと来たか。儂も立ち会うぞ!」


 このじじがどうしてここにいるのか、聞くまでもない。

 魔物討伐部隊の訓練で一緒に威圧をかけた者であり、自分の祖父の立ち位置だ。

 王城内でのあれやこれやもすでに耳の内だろう。


 しかも、ワイバーンの警戒を解くためか、鎧も着けない騎士服姿だ。

 それで自分の真横にいるのだから、過保護も大概である。


「孫と儂の加減知らずの詫びだ。ワイバーンの好みがわからんので、いろいろと取り揃えてきた」


 ベルニージが大きな木箱を開けると、氷と共に大量の肉が並んでいた。


「左から、牛肉、猪、牙鹿(ファングディア)九頭大蛇(ヒュドラ)だ」

「え?」

「は?」


 龍騎士は目を丸く、ヨナスは目を細くする。

 最後の肉だけ種類が違いすぎる。

 それはワイバーンに食べさせていいものなのか? 二人で尋ねそうになったとき、明るい声が続いた。


「ワイバーンは、魔力がある肉の方がよく育つと文献にあるじゃろう。それと、九頭大蛇(ヒュドラ)を食べれば、次は餌だと思って怖がらぬのではないかという仮説があってな」

「なるほど――」


 龍騎士がこくりとうなずく。

 こういうとき、ベルニージの好々爺(こうこうや)の顔はとても便利だ。


 実際は、どなたかの希望する実験を引き受けたのだろう。

 少々の危険があったところで、ベルニージとヨナスがいれば問題ないと判断してのことだろうが。

 灰色のレンズの下、好奇心あふれる目が、今もどこからかこちらをうかがっているような気がする。


「では、こちらでお待ちください。ローザマリアを連れて参ります」

「ローザマリア……?」

「はい、私の騎乗するワイバーンの名です。ローザマリアは王城のワイバーンの中では一番若い雌ですが、とても賢く、とても美しいワイバーンです。まだ成長途中で、他のワイバーンより一回り小さいのですが、飛行速度も同じぐらいあります」


 龍騎士は、どこぞの奥方と似た響きの名のワイバーンについて、熱く熱く語る。

 グイードを同行させなくて本当によかった。

 隣のベルニージは、目を伏せて三度の空咳からぜきをしていた。


 愛ワイバーンについて語り終えた龍騎士が、ようやく巨大な龍舎に入っていく。

 ローザマリアの名が二度呼ばれ、重量感のある移動音が響き始めた。

 つい肩に力を入れたヨナスの前、それは重いすり足でやってくる。


 薄紅色のワイバーン。

 時折見る他のワイバーンよりもすらりとしたシルエットだ。

 その身は艶やかな薄紅のウロコに覆われ、陽光をきらきらと反射していた。


 その顔はワイバーン独特のものではあるが、賢いと言われてもうなずける。

 口元をきっちりと閉じ、顎を引いた様子は、真面目ささえ感じさせた。

 澄んだ青の目がヨナスを見て――ずるずると頭を低くしていく。


「クキャー……」


 自分の足元に平伏するワイバーン。

 挨拶なのか謝罪なのかわからないが、か細く震える鳴き声。

 子犬に謝られるような感覚に、どうしていいものか迷う。

 すると、ベルニージに軽く肩を叩かれた。


「かわいそうに、完全に怯えているではないか。ヨナス、そこはちょっと愛想良く――近づいて、なるべく大きく笑ってやれ。ローザマリア嬢にもわかるように」


 共犯者の祖父が無理を言う。

 しかし、確かに怖がられているようなので、助言に従うことにした。

 一歩近づいてしゃがみ、顔の筋肉を大きく動かして笑顔を作る。

 

「キュ……アァ……」


 さらに平伏された、何故だ?

 顎も翼も地面にぴったりとつけ、ふるふると身を震わせられた。

 青い目は悲しげにうるりとし、ヨナスだけを見つめている。

 龍騎士が慌てた声を出す。


「ローザマリア、大丈夫だ、この方はお前に害はないから! 餌をお願いできますか、ヨナス・ドラーツィ様?」

「――わかりました」


 ここまで怯えられると、確かに自分がいじめているようにも見える。

 一度はワイバーンに乗って空を駆けたいと思ったこともあったが、一生無理らしい。

 そんな複雑な思いを抱えつつ、ベルニージから肉を受け取る。


「ほれ、ヨナス。この際、九頭大蛇(ヒュドラ)でよかろう」


 大雑把な祖父らしく、大きい塊をぽんと渡してくる。

 ワイバーンならこれも一口でいけるだろうが、今の体勢では食べづらそうだ。


 それに、魔力の高い肉を好むなら、これは高級肉のようなもの。

 味わって食べてもらった方がいいだろう。

 そう判断したヨナスは、暗器のナイフを取り出し、肉をそれなりに小さく切る。

 なお、自分から見てもおいしそうに見えたが、口に出すことはしない。


「ローザマリア嬢、どうぞ」


 鼻先にそっと肉を近づけると、ワイバーンはちょっとだけ寄り目になる。

 その後、ヨナスの手を傷つけぬようにか、薄く口を開いたので置き入れた。

 ローザマリアは、時折ヨナスを見て、ゆっくりと肉を咀嚼する。


「キュウッ!」


 目のうるみはそのままだが、首を上げ、甘えた声を出された。

 さすが九頭大蛇(ヒュドラ)の肉である。

 恐怖よりもうまさが勝ったらしい。


 二枚目、三枚目、四枚目。

 ローザマリアは時折、キュウキュウと甘え声を出しながら、とてもおいしそうに九頭大蛇(ヒュドラ)をたいらげた。


 身体の大きさは恐怖を感じてもおかしくないが、その様は子犬のよう。

 案外かわいいかもしれない――そう思ったら、つい笑ってしまった。


「クー……」

 

 ローザマリアが、その深い青の目でじっと自分を見る。

 その色合いがヨナスのよく知る者と似ているのだが、それを言うと氷漬けになりそうなので内に秘することにする。


 その後、追加の肉を龍騎士とベルニージが与えたり、自分も首や翼を撫でたりした。

 薄紅のワイバーンの食欲と機嫌が戻ったのを確認し、任務は終わる。


 ヨナスは安堵し、魔導部隊棟に戻ることにした。



 ・・・・・・・



 王城で最も若いワイバーンは、幸せな満腹感に浸りながら、薄紅色の身体を丸めていた。


 先日、自分よりはるかに大きく強い魔物――九頭大蛇(ヒュドラ)の存在を知り、警戒と恐れを最大限にした。


 しかし、直接対峙することはなく、王城に届いたのは勝利宣言であろう首のみ。

 共に暮らす小さき者達でも、魔力のそれなりにある者は多い。

 皆で狩りをしてきたのだろう。そう考えて、匂いや魔力の残滓ざんしを感じても、いつものようにすごしていた。

 

 それが昨日、ワイバーン舎で牛骨を囓っていたところ、いきなり威圧をくらった。

 本能に刻まれたそれは、強き龍種のもの――ワイバーンのローザマリアより、確実に上位の存在である。


 死んでいる九頭大蛇(ヒュドラ)がおり、自分の縄張りだと主張するために、強い威圧をかけてくる龍種がいる。

 そう理解した結果、自分はここにいてはいけないのではないか、そう思い至った。

 

 とはいえ、ここで育ったローザマリアは、他の場所を知らない。

 餌をくれる小さき友はいつも通りで変わらず、キュアキュアと懸命に説明するも通じない。


 運悪くか運良くか、威圧を感じたとき、他のワイバーン達は王城の外にいた。

 夕刻、戻ってきたワイバーン達に説明しても、王城内に龍種はいないだろうと、話が通じない。

 ローザマリアは、恐怖と緊張で食事ができなくなった。


 そこに本日やってきた、小さき友と同じぐらいで、似た姿の生き物――

 しかし、なぜか匂いは龍種である。

 その魔力からして、あの強い威圧の主である。


 その頭と目は血を乾かしたかのような赤。

 まとう魔力は炎龍ファイヤードラゴンのそれ。


 若きワイバーンは即時に決断した。

 序列争いはもちろん、逆らう気は一切ないとひれ伏すと、短くも艶やかな白い牙を見せられた。

 恐怖しかない。

 さらに平伏した。

 

 自分の背を預ける小さき友と、あまり見ない小さき者が、龍種に何かを伝えている。

 命が惜しいからやめるよう伝えたかったが、人型の炎龍ファイヤードラゴンは怒ることなく聞いていた。


 そして、何かの肉の固まりが小さき者から龍種に手渡される。

 風にのった香りに、ローザマリアはウロコを逆立てそうになった。


 待て?! この匂い、この魔力は、九頭大蛇(ヒュドラ)ではないか!

 ということは、やはりこの人型の炎龍ファイヤードラゴンが倒したのか?

 

 ここは、お前もこうならないように従えということか。

 いや、もしかすると、これから自分もこういった餌になるのかもしれない。


 ふるふると身を震わせ、ほろりと絶望的な思いでいると、人型の龍は手元に爪代わりの刃物を持ち、肉を小さく刻み出した。


「ローザマリア嬢、どうぞ」


 名を呼ばれ、鼻先に差し出されたのは、九頭大蛇(ヒュドラ)の肉。

 自分では絶対に倒すことのできぬ大物だ。


 本当に自分に与えるつもりなのかと、おそるおそる口を開くと、呆気なく肉が落とされる。

 魔力たっぷりの肉の甘さに、唾液が一気にあふれてきた。


 薄い肉を噛みしめ噛みしめ、若きワイバーンは痛感する。

 食べたことがないこの肉は、まぎれもない強者の味わいで――


「キュウッ!」


 ローザマリアは唐突に理解した。

 これを食べ、力をつけろということだ!


 この龍種が統べる群れでは、自分はまだ弱き幼子。

 餌をくれる行為は母ワイバーンのそれ。

 この龍種は雄のようだが、子を育てるのに自ら手を伸ばすとは、なんと心優しきおさだろう。


 ローザマリアは今度は感動に身を震わせ、親への礼の鳴き声を返す。

 そうして、続けて口に入れられる肉をありがたく噛みしめ続けた。


 食事が終わると、龍舎の自分の区域に戻る。

 たっぷり食べた満腹感。魔力の満ちた高揚感。おさに期待されたという誇り。

 ローザマリアは、藁の上、艶やかな身体を横たえる。 

 そして、青い目を閉じ、今宵の幸せな眠りに就いた。



 その後、薄紅のワイバーンはヨナスをみかける度、その前で頭を下げ、キュウキュウと甘えた声を出すようになった。


 食べ盛りの若いワイバーンが腹をすかし、ガードの甘そうな自分に食事をねだっている――

 そう判断したヨナスは、担当の龍騎士にことわりを入れ、時折、追加の餌を手ずからやるようになる。


 担当の龍騎士は、ヨナスが炎龍ファイヤードラゴンの魔付きであることから、ローザマリアを子供のようにかわいがってくれていると、好意的に受け取った。


 他の龍騎士は、龍つながりで通じるものがあるのだろうと、黙認することでまとまった。

 けして、自分の騎乗するワイバーンの心を奪われたくなかったからではない。


 結果、ヨナスによるローザマリアへの餌やりは、当たり前のように繰り返されていくことになる。


 これを食べて力をつけろ、お前には特別に目をかけている――

 群れのおさたる赤の龍種より、そう激励されていると思った若きローザマリアは、しっかり肉を食べ、全力で訓練に向かった。

 

 薄紅のワイバーンは一段赤さを増し、歴代のワイバーンの中でも有数の強さと速さを誇るようになっていく。

 ワイバーンの血統、龍騎士による育成、共に賞賛が重ねられるが――

 本当の理由は、人にはわからぬ話である。

申し訳ありません。

来週は私用でお休みを頂きます(雪国の冬支度です)

一週空けて再開しますので、どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても良い話でした、ワイバーンから見る人間とヨナスに対する見方が、こう考えてたんだと分かりやすかったです。 そっか、強い長が期待してるぞと自ら肉をくれると判断したなら納得するかも ちょっと可愛い!
全話何周もしてるし、好きな話もたくさんありますがこのお話がなぜか一番お気に入りです笑 ローザマリア嬢が可愛すぎるしヨナスとの認識違いのギャップが微笑まし過ぎます!
この国では同性婚も認められてるんだし、 異種間婚も許されるのでは!?(混乱
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ