468.第一騎士団員の謝罪と鍛錬準備
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『魔導具師ダリヤはうつむかない』9巻『服飾師ルチアはあきらめない』3巻・特装版
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「これからよろしく、カノーヴァ殿」
「こちらこそよろしくお願いします、スカルファロット先輩」
ロドヴィーズから、先輩付けで呼ばれ、深く一礼された。
周囲の隊員達が、ちらほらとこちらをうかがっているのがわかる。
彼からの謝罪は受け取ったのだ、ヴォルフは同期の隊員へ向ける声で告げた。
「騎士科で一緒だったんだし、この前と一緒の話し方でいいよ。戦闘になると呼びづらいから、『ヴォルフ』と呼んでくれ」
「礼を言う、ヴォルフ先輩。私のことは『ロドヴィーズ』、いや、『ロド』でいい」
己の名や愛称呼びを許すということは、それだけ関係が近いという証明になる。
隊員達にロドヴィーズ――改め、ロドへの風当たりが強くならぬよう、わざと願った。
彼もそれに気づいたらしい。先輩呼びのまま、その場で目礼された。
「カノーヴァ様、魔物討伐部隊にいらっしゃったんですね」
「バーティ先輩、どうかよろしく――」
「あ、俺も『ドリノ』で。俺は普段の喋りがこれなんで、お互い様にさせてもらえれば」
「わかった。私のことも『ロド』で。だが、新人なので先輩は付けさせてくれ」
ロドはなかなか義理堅いようだ。
そうして話をしていると、固い靴音が響いた。
「ロドヴィーズ・カノーヴァ様、中隊長のアルフィオ・ジオーネと申します。指導担当を仰せ付かりましたが、加減はご入り用ですか?」
丁寧な態度と声だが、目が笑っていない。
アルフィオは前回、ロドがやったことをその場で詳細に見ていたのだ。
こめられた皮肉にロドは再び頭を深く下げた。
「いえ、昨年は大変失礼致しました。私が非礼を重ねぬよう、そしてヴォルフ先輩と皆様の心遣いに甘えぬよう、遠慮なく厳しいご指導をお願い致します、ジオーネ中隊長」
その言葉に、アルフィオの顔から険しさが消えた。
「そうさせてもらおう。ようこそ、魔物討伐部隊へ、ロド!」
穏やかで頼れる先輩に戻ったアルフィオに、ほっとした。
そこでふと、ヴォルフはダリヤへ視線を移す。
今、彼女と話しているのは副隊長のグリゼルダだ。
彼女が慌てているのは、褒められているせいだろうか。
何も困っていなければいいが――そう思ったとき、ダリヤがグリゼルダへ向け、花開くようにまぶしく笑った。
ヴォルフは咄嗟に身体強化で聴力を上げてしまった。
「こちらこそ、末永くよろしくお願い申し上げます、グリゼルダ副隊長」
咄嗟に彼女の元へ行きそうになり、なんとか耐える。
そこから続いたのは、遠征用コンロの隊の在庫話だった。
ダリヤの隣にいるのは副隊長。商会長としてはごく当たり前の挨拶。
それなのに自分は一体何を考え――いや、これは難航した遠征の疲れに違いない。
ヴォルフがこめかみに指を伸ばしたとき、訓練場の入り口に人影が見えた。
「第一騎士団……」
ロドが低い声でつぶやいた。
濃紺の騎士服でやってきたのは、第一騎士団副団長を先頭に七名。
第一騎士団副団長は、グリゼルダの叔父と聞いている。
白髪交じりの青髪に青緑の目――確かに、その面差しは似ていた。
だが、グリゼルダのような柔和さはない。
彼らの姿にグリゼルダが片手を上げ、隊員達は無言で整列する。
第一騎士団副団長はグラートの元へ向かうと、頭を下げた。
「バルトローネ隊長、先日、我が団の団員が魔物討伐部隊へ失礼な言を向けたこと、深くお詫び申し上げる」
「ランツァ殿、それは個人の言と聞いている。貴殿に責はない」
グラートは謝罪を受けず、平坦な声で流した。
それを受け、第一騎士団副団長が振り返る。
彼の後ろには若い騎士と、おそらくはその付き添いであろう、各自の隣、年代が上の騎士がついていた。
顔色のあまりよくない若手騎士達は、第一騎士団副団長の半歩後ろにそろった。
「この度は大変申し訳ありませんでした。反省しております」
三者が似たりよったりの台詞を繰り返し、頭を下げる。
緊張のせいか目線は落ち着かず、それ以上の言葉もなかった。
第一騎士団副団長は、視線を一人の新人魔物討伐部隊員へ向ける。
「リカルド・ラヴァエル殿。貴殿にも謝罪を――」
「不要です。『我が隊員』は鍛錬をしただけのこと。禍根などあるはずもないでしょう」
謝罪された者の声を待たず、グリゼルダが笑顔で言い切った。
『我が隊員』と呼ばれたリカルドは、目を見開いた後、きらきらとした目で副隊長を見つめる。
彼の配属はグリゼルダの補佐でいいのではないか、ヴォルフはついそう思ってしまった。
「礼を言う、グリゼルダ、お前にも迷惑をかけた」
「――叔父上、せっかくここまでいらしたのです。鍛錬をご一緒しませんか?」
これまでを水に流すかのように、グリゼルダが話題をずらした。
「そうだな。違う者と打ち合うのもよい経験になるだろう」
「本日これから、魔物討伐部隊ならではの鍛錬があるのですが、そちらに参加なさいませんか?」
「魔物討伐部隊ならではの訓練というと――」
「はい、威圧訓練です」
フィールドの向こう、ダリヤがびくりと身を震わせるのが見えた。
帰りたい! 必死の意志が透ける表情で自分を見たので、こくりとうなずいておく。
新人隊員の顔合わせは終わったのだ、もう帰ってもいいだろう。
同じ馬車で緑の塔に行けないのは、ちょっとだけ残念だが。
「威圧を受け、百数えるだけの簡単なものですよ。威圧をかけるのは魔物討伐部隊の一人か二人です。本物の魔物――もちろん九頭大蛇には到底及びません」
グリゼルダが第一騎士団の面々に対し、にこやかに説明を続けている。
「威圧訓練か。我々もそれなりに行っているが、魔物討伐部隊でのそれはまた別格であろうな」
「人によっては、少々怖いかもしれませんね」
グリゼルダが第一騎士団副団長から、その横の若手騎士達に顔を向け直す。
幼子に向けるような笑みを向けられた彼らが、目に反感を宿した。
その後ろの騎士達の目には、隠し切れぬ闘志が宿った。
まちがいなく全員での参加になるだろう。
「では準備を。騎士は反射的に相手へ飛びかかってしまうことがあるので、鎧と剣は外してください。服の下の武器もです。十五分後に開始しましょう」
にこやかな副隊長の声に、それぞれが歩み出した。
魔物討伐部隊棟に入ると、第一騎士団員達は客室へ、隊員達は更衣室や会議室へそれぞれに移動する。
部屋に入ると、各自、短剣やナイフなどを外す。
遠征帰りなので、ヴォルフも靴にナイフを仕込んだままにしていた。
それを外していると、ドリノが声を上げる。
「ポケットの魔石とかピンも全部出しといた方がいいぞ。あと、トイレ行っとけー」
それにランドルフも続いた。
「ベルトの穴は一つきつめにしておくとよい。あと手洗いには行きたくなくても行くことを勧める」
声をかけているのは、主に自分より後輩――カーク達へ向けてだ。
彼らは素直に助言に従っていた。
新人隊員であるロドも予備武器の短剣を外し、さらに腕輪を外す。
「ロド、それは外さなくても大丈夫だと思う」
「いや、魔導具で混乱防止が入っているから。つけたままだと威圧の訓練の効果が下がる」
納得と共に、ロドの真面目さに感心した。
ヴォルフも足のアンクレットを取ることにした。
「今日、威圧をかけるのって誰だろう?」
「第一騎士団の方々がいらしているんだから、グラート隊長だろう」
「俺、膝をつかないでいられるかな……」
「いや、副隊長は一人か二人とおっしゃっていたぞ。隊長副隊長がそろってということもありえる」
「うっ、急に腹痛を催した。早退していいか?」
「自分もちょっと寒気が……」
軽口が聞こえてくるが、洒落にならない。
隊長と副隊長からそろって思いきり威圧をされた日にはどれぐらいか。
副隊長が言うとおり、九頭大蛇ほどではないだろうが――それでも重いには違いない。
ヴォルフは気合いを入れてのぞむことにした。
十五分後、魔物討伐部隊の訓練場には、隊員と先程の第一騎士団の面々がそろった。
一定間隔に並ぶと、グリゼルダから、威圧開始前には横の者と手をつなぐよう説明された。
反射的に相手に向かってしまわないためだ。
整列した者達の向かいに立つのは、魔物討伐部隊の隊長と副隊長。
どうやら隊員達の恐れは当たりそうだ。
「今日は私が行ってよいか? それとも二人とするか、グリゼルダ?」
楽しげなグラートに、グリゼルダは首を横に振った。
「いえ、新人も入ったばかりですし、本日は相談役にお願いしてはどうでしょう? それであれば、隊長も私も鍛錬に加われますので」
「なるほど。ヨナス先生、頼めるか?」
二人から少し離れたところにいたヨナスは、その言葉に整った笑みを返した。
「私でよろしければ。微力ながらお役に立ちたいと存じます」
ぴきり、ヴォルフの頬がつりかける。
「うわぁ……」
自分の隣、ドリノが微妙な声を上げた。
周囲からも疑問と好奇心をないまぜにした声が上がっている。
ヨナスも魔物討伐部隊ではある。
しかし、今まで威圧訓練に参加したこと、まして威圧をかける側に回ったことはない。
何より、ヴォルフとドリノはすでに経験済みだが、その威圧はかなり重く――
「なんじゃ、うちの孫が威圧をかけるのか。隊長、儂もヨナスと一緒にかける側に回ってよいか? 老体、いや、新人一人そちらへいったところで、そうかわらんじゃろう」
いろいろと突っ込み所満載である。
だが、ベルニージの提案をグラートがあっさりと了承した。
整列する騎士達の向かい、ヨナスとベルニージが距離を置いてそろう。
それに対し、隊長と副隊長がしれっとした顔でこちら――威圧を受ける側、一番前に立った。
「ヴォルフ、あなたは平気でしょうから、端で数え役を兼ねてください」
「わかりました!」
真正面から受けるよりはまだマシかもしれない。
だが、途中で声を止めぬようにしなければ――そう強くこぶしを握ってしまった。
「ヨナス、ドラーツィの名と共に、魔物討伐部隊の相談役、スカルファロット家相談役の職務に恥じぬよう尽力せよ。あと、老い先短いこの爺に、ちといいところを見せて安心させてくれ」
「わかりました。お祖父様に負けぬよう、本気で参ります」
祖父の激励に、ヨナスが深々とうなずく。
その本気はちょっと削ってもらえないだろうか、ヴォルフはそう願いつつも、並ぶ騎士の横、腹にしっかりと力を入れた。
高まる緊張の中、騎士達も一様に威圧を受ける構えをとる。
対する魔物討伐部隊相談役は、その薄い唇をV字に吊り上げた。
「では、百と参りましょう」