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463.薔薇ソースがけのミルクプリンと身元保証人

応援ありがとうございます!

おかげさまで、書籍『服飾師ルチアはあきらめない』3巻(通常版・特装版)

コミックス3巻(臼土きね先生)、12月25日同時発売です。

どうぞよろしくお願いします!

(10月21日の活動報告にてもお知らせしています)

 歓談が再開する中、サミュエルと店員が追加の皿を運んできた。


「うちの店はデザートも自慢です!」


 言葉通り、宝石のようなカットフルーツの載ったタルトに、ハート型のミルクプリンなどがテーブルに上る。

 ランドルフとルチアが、そろって目をきらきらさせた。


 タルトはテーブルの大皿から取り分け、ミルクプリンは希望者に小皿で渡される。

 ぷるぷるとした白いハートは、赤い薔薇ソースをたっぷりかけられ、ダリヤの前にも置かれた。


「はい、ヴォルフも!」


 甘い物がそれほど得意ではない彼の前、サミュエルは当然のように小皿を置く。


「うちの料理人が作る度に腕を上げてるので、次はぜひよろしく!」

「――ありがとう」


 一拍遅れたが、ヴォルフもミルクプリンを食べることとなった。

 白いミルクプリンに、薔薇の香りのする甘いソースは、とても合う。


 口の中、混じり合う味わいを堪能しながら、ふと思い出した。

 以前、ヴォルフと店に来たとき、『これは隣国の婚礼料理だ』とサミュエルが教えてくれた。

 今日の祝宴にはぴったりの一品だ。

 次に魔物討伐部隊員の誰かが結婚祝いをするときも、きっとこれがテーブルに上がるのだろう。


「これ、薔薇の香りだ……」

「おいしいし、ロマンチックー!」


 メーナとルチアが感動の声を上げている。

 その横、目を閉じてしみじみと味わっているランドルフに、好みの味なのだろうと納得した。


 ミルクプリンを味わい終えたとき、階段を上がり、部屋に入ってくる姿があった。


「遅れて申し訳ありません。王都外からの戻りで、馬車に不具合が出まして」

「いえ、お忙しいところありがとうございます。ヨナス先生!」


 ドリノが笑顔で立ち上がった。

 彼がファビオラを紹介すると、ヨナスは整った笑みを返す。


「ヨナス・ドラーツィと申します。ドリノ殿がうるわしの君を迎えられたことに、心よりお祝いを。お二人の末永いお幸せをお祈り致します」


 王城から来たグリゼルダや他の騎士は、二階でドリノの父母に挨拶をしているそうだ。

 隊長達も行っているところ、その胃がちょっと心配である。


 ヨナスは挨拶を終えると、ダリヤの隣に座った。

 サミュエルが店員に合図すると、端に色とりどりの小花が飾られた皿が運ばれて来る。


「ドラーツィ様、国内牛三種の食べ比べです。追加もありますので、ぜひどうぞ!」


 その好みはしっかりと伝えられていたらしい。

 ヨナスも祝いの食事をすることができてよかった、そう思ったとき、その錆色が自分に向いた。


「ダリヤ先生、本日の装いもお似合いですね。ヴォルフとも、金鎖きんぐさりの刺繍がよく映えていらっしゃいます」

「ありがとうございます。ヨナス先生も、そのベストがよくお似合いです」

「ヨナス先生、そのカフスボタンがよくお似合いです!」


 本日のヨナスの装いは、艶やかなダークグレーのベストに同色のトラウザーズ。

 ベストの衿には、盾を模した銀の飾りピンが光っている。

 ヴォルフが褒めたカフスボタンは白銀、中央に青く刻まれたのはスカルファロット家の紋章だ。


 ヴォルフと共に部分褒めになってしまったせいか、ヨナスが薄く笑う。

 その視線は、テーブルをはさんだルチアへ向いた。


「ルチア先生、リボンとレースがとてもよくお似合いです。それと、大変にご尽力なさっておられるようで……」

「ありがとうございます。ここからも創意工夫を重ねたいと思います」


 ヨナスの褒め言葉に対し、ルチアは完全に仕事モードで返す。

 その握りこぶしを見て、ヨナスがこくりとうなずいていた。


 階下から挨拶を終えた騎士達が上がってくると、新しい料理の皿が並べられる。

 そうして、二次会兼祝宴の続きが始まった。


「ルチア先生、このところの服飾魔導工房は変わりないか?」

「おかげさまでとても良い稼働率です、ベルニージ様」


 隣のテーブル、椅子をこちらへずらし、ベルニージが声をかけてきた。


「とても忙しそうだな。私の方で入れた依頼分は、納期の無理はせんでくれ」

「お気遣いありがとうございます。でも、そちらは問題なくお納めできますので」


 ルチアが工房長の顔で答えた。

 昨年の冬以降、温熱卓と温熱座卓の掛け布や敷き布で、だいぶ忙しくさせてしまった。


 いや、それを言うならその前に五本指靴下と微風布アウラテーロの制作もあったわけだが――

 ダリヤは、ためらいがちに尋ねる。


「ルチア、工房の人は増えたの?」

「ええ、縫い子さんに、布管理担当、事務員さんが増えたわ。縫い子さんで刺繍担当の人はまだ追加で募集中だけど」

「刺繍……」


 金文字の美しい刺繍を思い出し、つい視線はファビオラに向く。

 ルチアはそれに気づいたらしい。

 身を乗り出して彼女の名を呼んだ。


「ファビオラさんは刺繍って得意です? これからお仕事を探すご予定はありますか?」

「ええと、私は刺繍を長くやっているだけで、縫い子さんほどうまくはないと思います。これから洗濯店を回って、つくろい物のお仕事を探そうと思っていました」

「服飾ギルドの方がお給料は出せると思います。もしお仕事として考えて頂けるなら、一度、刺繍を見せて頂けませんか?」


 ルチアがそう言うと、ドリノが妻に向く。


「ファビオラ、ハンカチ出していい?」

「ええ、いいわ」


 ドリノがベストとズボンのポケットからハンカチを出す。

 それぞれ、ドリノ、ファビオラ、二人の名が、白いハンカチに金と青で美しく刺繍されていた。


「ドリノ、三枚もポケットに入れてたんだ……」

「使う用、観賞用、お守り用!」


 ヴォルフの感心なのか呆れなのかわからぬ声に、新郎は笑顔で返す。

 ハンカチを借りたルチアは、真剣なまなざしで表面、裏面と確認した。


「ぜひ、服飾魔導工房に! これなら絶対即戦力です!」


 勢い込んで言う彼女に、ファビオラがちょっとだけ慌てた声を返す。


「ありがたいお話ですが、私で本当に大丈夫でしょうか?」

「この腕ならもちろん! 私が推薦して、あと身元保証人二人に書類を書いてもらっていつからでも――あ、新婚さんなので都合のいい日からでいいです」


 行動力高く、気遣いのできる工房長である。

 上司に持つにはいいかもしれない、ダリヤがそんなことを思っていると、ドリノが尋ねる。


「ルチア先生、ファビオラの身元保証人って、俺でいいかな?」

「私も可能ならば!」


 夫と成り立てほやほやの父が同時に申し出た。


「服飾魔導工房は、家族の他にもう一人いるんです。大丈夫です、そちらは私の方で立てますから」


 ルチアがそう言ったとき、隣のテーブルで食べかけの肉串が持ち上げられた。


「ルチア先生、儂でもよいか?」

「ベルニージ様」


 意外なところからの声に、皆の視線が向かった。


「ルチア先生の部下としたいのだろう? ルチア先生の家は孫の前家。それに仕事でも世話になっているからな。この老いぼれの名ぐらい使ってくれ」

「ありがとうございます、ベルニージ様!」

「ですが」


 ファビオラが言いかけると、ベルニージは片手を少し上げる。


「ああ、皆まで言わんでもよい。儂の年を考えると不安じゃろうて。息子の名も添えよう。儂にもし何かあれば息子に交代だ。それで問題ないか、ルチア先生?」

「完璧です! でもベルニージ様、長生きしてください!」

「もちろんだ!」


 からからと笑うベルニージだが、ファビオラの表情は固い。

 その膝の手に、隣のドリノが手を重ねた。


「ドラーツィ様のお申し出はとても光栄に思います。ですが、私はこれまで花街で酌華しゃくかとして働いておりましたので――」

「ん? それがどうかしたか?」


 ベルニージは肉に食いつきかけていた口を止め、不思議そうに聞き返す。

 花街勤めへの偏見はないようだ。

 じつに彼らしい。


「ベルニージ様、明日にでも書類をお持ちします!」

「いや、こちらから出向こう。次のシーズン向けに、ユリシュアのドレスも願いたいのでな。時間を頂けるか、ルチア先生?」

「もちろんです!」


 服飾師が容赦なく話を進め、老騎士はそれに乗る。

 固まっていたドリノとファビオラが、立ち上がって礼を述べ始めた。


 ファビオラの緊張がわかる横顔に、ちょっとだけ親近感を覚える。

 商会の保証人が商業ギルド長のジェッダ子爵になったとき、貴族後見人がスカルファロット伯爵家のグイードになったとき――

 当時を思い出したダリヤは、後で花嫁に胃薬を贈ろうと心に決めた。


「サミュエル、うまい料理にいい店だな」

「お褒めの言葉をありがとうございます」

「遠征で肉を黒焦げにしていたとは到底思えん」

「ステーキは、レア・ミディアム・ウェルダン、どれでも気軽にお申し付けください」


 遅れてやってきた騎士達に料理を勧めながら、副店長がいい笑顔で返す。

 先輩騎士に酒を注ぎに行ったランドルフが、隣で彼をじっとみつめた。


「なるほど、これが『店長の余裕』というものか」

「ランドルフ、俺は副店長だからな。店長は義父だ」

「うむ、虎視眈々こしたんたんと店長の座を狙っているのだな」

「お前は、相変わらず真顔で人をからかって!」


 ランドルフの広い肩を、サミュエルが両手で強くつかむ。

 どちらの頬も酔いで赤い。

 サミュエルは副店長という立場ではあるが、元魔物討伐部隊員で仲間。

 あちこちで酌をしては返されていたからだ。


 肩をつかむサミュエルの指が白くなると、ランドルフは酒瓶をテーブルに置いて向き合う。

 互いに無言の笑みで、指と肩、それぞれに力を入れ合った。


 距離が近いため、薄い魔力のゆらぎが広がってくるのがわかる。

 身体強化まで使って、何をやっておられるのか。

 それでも、学院生がじゃれあうような表情かおに、誰も止めることはなかった。


 階下からは笑い声に混じり、誰かの歌声が聞こえ始める。

 黒鍋での楽しい祝宴は、いつまでも続くように感じられた。

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― 新着の感想 ―
お貴族さまの保証人 というのはいいけど、 討伐部隊で固めるばかりもなー。 救護院の弟分の勤め先であるダリヤの方がいいかと。 その方がスカルファロット家やら某前公爵夫人とか各ギルド長とか巻き込  げふ…
ヨナス先生とルチアの裏の会話がめっちゃ見える。そう、あれでも駄目なんですよ…… そして増えた胃薬仲間……
[良い点] ヨナスからルチアへの貴族褒め、後半がメインみたいになっていますが、リボンとレースが似合っていると褒めるところ好きです。 ベルニージ様はサラッとおっしゃってますが、彼の守るべきものにドリノや…
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