462.騎士の養子話と父呼び
コミック、赤羽にな先生『魔導具師ダリヤはうつむかない~王立高等学院編~』(FWコミックスオルタ様)最新話更新となりました。
臼土きね先生『服飾師ルチアはあきらめない』は今月お休みですので、次回までお待ちください。
どうぞよろしくお願いします。
歓談中、別のテーブルにいた白髪交じりの茶金の髪を持つ男性――
ベルニージと同じ年嵩の新人騎士が、ワイン瓶を片手にやってきた。
「おめでとう、ドリノ殿! いや、お二人だからバーティご夫妻だな。改めて、おめでとう!」
「ありがとうございます、ゴッフレード様」
グラスに酒を注がれたドリノとファビオラが、礼の言葉を返す。
が、そのグラスが空かぬうち、ゴッフレードは魔導義手をドリノの肩に伸ばした。
「ドリノ殿、急でなんだが、私の養子となってもらえないか?」
「は……?」
ドリノの聞き返す声と同時、場が止まった。
だが、肩の手をそのままに、ゴッフレードは声を続ける。
「私は独り身でな、実家が遠いので、ぽっくりいったときに面倒だ。だから、兵舎の荷物整理と、身仕舞い――神殿で砂にし、実家に送ってくれる者が欲しい。同居も不要だし、病となったらさっさと引っ越す、面倒のないよう書面も入れる。代わりに、死んだら財はすべて渡そう。そうないがな」
「縁起でもないことをおっしゃらないでください、ゴッフレード様。それは俺のような者がお引受できることでは……」
困惑混じりに答えるドリノの背を、大きな手がばんと叩く。
「何を言う! ドリノ殿の九頭大蛇戦での活躍は見事だった! このような息子がいればと、つくづく思ったぞ」
「ゴッフレード様……」
「私はこれでもグッドウィンの一員で、男爵だ。ドリノ殿がグッドウィンの名を持てば、鎧を脱いでも、王城残りぐらいは目指せるだろう」
グッドウィンの姓を持てば、魔物討伐部隊を退役しても、王城で何らかの務めにつくことができる――そう勧める騎士を、ドリノがその青でじっと見つめる。
誰も言葉を発せずにいる中、まっすぐな声が返された。
「ゴッフレード様のお気持ちは、とてもありがたく思います。それでも俺は、『バーティ』を名乗りたく。けれど、俺にお声をかけて頂いたことは、大事に心に刻みます。ゴッフレード様が何十年か後に身仕舞いになる際、俺が元気でしたら、騎士の後輩としてお引受します。財は不要ですので」
その返答に、向き合う騎士は朱の目を細めた。
そこに不快さはなく、まるでわかっていたという表情だった。
「急な申し出を失礼した。それにしても、何十年先とは、私はずいぶん長生きさせられる予定だな」
「もちろんです。まだまだ剣技のご指導をお願いしたいので!」
その明るい声に、周囲もようやく声を出せる雰囲気に戻りかけた。
だが、ゴッフレードは再び場を止める。
「ドリノ殿、それならば、細君を養子にさせてくれんか?」
「え? ファビオラをですか?」
「え? 私ですか?」
さらに続く養子の話に、夫妻が目を白黒させている。
そして、ダリヤを含め、他の者達の目は丸くなっていた。
「ああ。別に私と交流する必要はない、書類の親名だけの話だ。『グッドウィン』の名は何かと便利だと思うぞ。この先、花を囀るうるさい雀がいたら、矢で落とせるからな」
「うるさい雀がいたら矢で、ですか?」
ドリノがオウム返しに聞き返す途中、ファビオラがその腕に手を添えた。
彼女にはその意味合いがわかっているらしい。
「ドリノ、これからのことを考えて、グッドウィン様にお願いしてもいいかしら?」
「――ああ、ファビオラが望むならかまわない」
『噂雀』という、あちこちで噂をまく仕事があるという。
雀が運ぶのは噂とも言われる。
ファビオラが花街にいたことを興味本位で話す者達を、『グッドウィン』の名で止められる、そういった意味ではないのか、ダリヤはそう思う。
もっとも、合っているかに自信はないが。
「グッドウィン様、ご迷惑をおかけすることと思いますが、お願いできますでしょうか? 代わりにその身仕舞いは私もお約束します」
「ありがたい。バーティ夫人にも手伝ってもらえるならば安心だ。それと、『娘の夫』、つまりは息子の剣技をとことん鍛えてもおかしくはないと思うのだが、受けてくれるか、ドリノ殿? 私と同程度までは保証する」
「ぜひお願いします!」
ドリノが強い声で答えた。
結局、彼はバーティ姓のまま、ゴッフレードの息子になったとも言える。
それにしても、貴族では養子が多いというのは本当らしい。
ダリヤもルチアも声がけはあったが、周囲で実際にそうなるのを見るのはちょっと不思議だ。
「今後は遠い親戚の爺とでも思ってくれ。私も父と呼ばれたくはあったが縁薄く――次の人生に期待するしかなさそうなのでな」
苦笑しつつ言う彼を、なぜかファビオラがじっと見た。
開きかけた口が閉じ、その後にまた薄く開かれた。
「あの……ゴッフレード様、私のような者がお呼びしたら、ご不快ではありませんか? 重ねてご迷惑をおかけするかもしれませんし」
「呼ばれるならうれしいが、気を使い、熊のような男を無理に父と呼ぶことはない」
「いえ、私は生家の父をそう呼んだ記憶がなく、少し、憧れがあったのです……ドリノと結婚して、義父、義母ができましたので、呼べるようになりましたが……」
小声の説明に、ゴッフレードは、くしゃりと笑った。
「そうか、ならばぜひ呼んでほしい。私も憧れだったのでな」
「……お父様……」
確かめるように小さく呼ばれた声は、まるで子供のよう。
うなずく騎士を前に、ファビオラは野薔薇が咲くようにふわりと笑った。
「お父様、これからどうぞよろしくお願いします」
ゴッフレードは再び深くうなずき――両手で顔を覆った。
「今すぐ遺言の書き換えをし、あちらに渡る日には、娘夫婦に全財産の譲渡を、いや、今すぐに分与を――」
「お父様! やめてください!」
「何を言い出すんですか!」
ファビオラとドリノの悲鳴のような声が同時に響いた。
同室でどんな表情をしていればいいのか迷ったが、次第に笑顔が伝染していく。
皆、それぞれにグラスを持ち、新しい親子を祝って乾杯した。