461.魔物討伐部隊員の結婚パーティ
ダリヤが足を踏み入れた店内は、すでに魔物討伐部隊員達でにぎわっていた。
残念ながら、王城で待機の者も多いので全員ではない。
ドリノは父母が、ファビオラは弟であるメーナと付き添いのルチアが参加する形である。
他は人数や礼儀作法など諸々の都合で、下町の食堂で二度目の結婚パーティをするそうだ。
「ドリノ、おめでとう!」
「バーティご夫妻、おめでとうございます!」
先を歩くドリノとファビオラが足を進める度、祝いの声がかけられる。
二人は笑顔で挨拶を返し、先へ進んでいく。
途中、周囲に挨拶をしている体格のいい男性と、ドリノと面立ちが似た女性が見えた。
おそらくは父母だろう。
部屋の奥、店内でただ一人、艶やかな黒の礼装が見える。
ドリノはファビオラと共に、その前にそろった。
「グラート隊長! 私の妻、ファビオラです」
「ファビオラ・バーティと申します。平素より夫がお世話になっております。今後ともどうぞよろしくお願い致します」
「魔物討伐部隊を預かっているグラート・バルトローネだ。本日のめでたき日、お二人へ心よりお祝い申し上げる」
魔物討伐部隊長は赤い目を二人に向かって細めた後、大きく笑った。
「じつに似合いのご夫妻だ」
「ありがとうございます」
礼を言うドリノ達にうなずくと、その視線が壁際へずれる。
「サミュエル、最初の乾杯を頼む」
「え?! 俺、いえ、私ですか?」
「仲間で幹事なのだから当然だろう。二度目の乾杯は私がさせてもらうが」
黒鍋の副店長であるサミュエルは、元魔物討伐部隊員、そして本日の幹事だという。
彼は一瞬だけ固まったが、すぐに笑顔に切り換えた。
「皆様、グラスをお持ちください」
店員から渡されたり、近くのテーブルから取ったりしながら、それぞれがグラスを持つ。
壁際の大きな樽からガラス容器へワインを移し、そこから各自に配られた。
ダリヤのグラスにも、きれいな赤が注がれる。
「僭越ながら、乾杯の指揮を執らせて頂きます。バーティ夫妻、ご結婚おめでとうございます。当店で王城騎士団魔物討伐部隊員の婚儀を祝える栄誉に御礼を――」
「サミュエル」
固い声が途切れた。
緊張をほぐすためだろう、グラートがその名を小声で呼んだからだ。
サミュエルは一度咳をすると、声高く笑顔で続けた。
「友の結婚を、うちの店で祝えることをうれしく思います! バーティ夫妻の末長き幸せを祈って、乾杯!」
「「乾杯!」」
グラスを打ち合わせる高い音が、次々に響いた。
そうして、隊員達が一気にグラスを干す。
が、サミュエルが片手をあげると、店員達は飲んで減った、あるいは完全に空のグラスに、再びワインを満たす。
このまま連続で乾杯するようだ。
グラートがグラスを持ち上げた。
「慶事に重ねて言祝がせて頂く。魔物討伐部隊ドリノ・バーティ殿、細君ファビオラ・バーティ殿、二人のこれからの人生に幸い多きことを、そして、参加者全員の幸運を祈る、乾杯!」
「「乾杯!」」
二度目の乾杯は、一度目より高くグラスを打ち合う音が上がった。
店内の話し声も高くなったように思える。
「乾杯! ドリノ、ホントにおめでとう!」
「ドリノ先輩、おめでとうございます!」
「バーティ夫妻に幸運を! あやかれますように!」
祝いの言葉が交差する中、それぞれが移動を始めた。
本日の黒鍋は丸ごと貸し切りだ。
最初の席である程度食事をした後、自由に歓談となる。
階や部屋の移動も自由で、追加の料理や酒を選べる形とのことだ。
ダリヤは隊長やルチア達と共に、三階へ上る。
ドリノとファビオラは、一階から挨拶に回ってくるとのことで、別行動となった。
ヴォルフ達と階段を上がっている途中、後ろから細い声で呼び止められた。
「すみません、会長、俺も上の階ですか? 一階の隅っこ辺りにいたいんですが……」
「メーナはファビオラさんの弟なので、上だと思います」
周囲は貴族と王城騎士団員ばかり。
しかも三階は魔物討伐部隊でも侯爵家など爵位の高い者が多い。
ダリヤも経験してきたことなので、その気後れはよくわかる。
だが、最初のテーブルは決まっているので、一階という選択肢はない。
「メーナ、そんなに固くなることはないよ。テーブルだけで席は決まっていないそうだから、俺の隣に座ればいい」
「あ、私とヴォルフがメーナをはさんで座ったらいいんじゃないでしょうか?」
ヴォルフに続けて言うと、メーナが額を押さえてうつむいた。
「僕に八本脚馬に踏まれて真っ平らにされろと……」
聞き取れぬつぶやきを聞き返そうとしたとき、ルチアがその袖をひく。
「メーナさん、私の隣に座ってください。心細いので!」
「ルチアさん、喜んで!」
ルチアからは、まるで心細さが感じられない。
だが、笑顔のメーナが彼女に寄り添ったので、それ以上は勧めぬことにする。
三階に上がると、複数の丸テーブルをそれぞれに囲む。
ダリヤの隣はヴォルフと、空席――相談役のヨナスのためにと空けられた。
「ヨナスは少し遅れると知らせがあった。グリゼルダと一緒に来るだろう」
副隊長であるグリゼルダは、まだ王城で勤務中だ。
本日業務が終わってから、二次会の時間にこちらへ来ると聞いている。
ちなみに、一次会も二次会も黒鍋なので移動はない。
ドリノの父母は二階にテーブルがあるそうだ。
食堂仲間同士、まずはそこで黒鍋の食事を味わってもらうためとサミュエルが説明する。
確かに、隊長達と一緒では食事はしづらいだろう。
「では、黒鍋の料理をお楽しみください!」
副店長の声と同時、祝いの食事が始まった。
ドアを開け放っているので、階下からの歓声も聞こえる。
テーブルに料理が次々と並べられ、食事が始まった。
各種の肉串や魚介串は、大きめの皿の上、白い湯気を上げている。
その横には、カリッと焼いたバゲットの上に、ベーコンやチーズ、スモークした魚などが細かく切られて載ったものだ。
目を引くのは、小さめにカットされたサンドイッチ。
具はハムにエビ、卵にトマト、青物と様々で、切り口の彩りに感心してしまう。
さらにミニクレープにミニパイ、カット野菜のフリッター、ローストされた肉もすべて一口サイズにカットされ、ナイフを使わなくても食べられるようになっていた。
祝い中、席の移動を考えてのことだろう。
「ダリヤ、どうぞ」
ヴォルフがとってくれた魚介串は、具が三つだけ刺された、品よく食べやすい感じだ。
ふっくらと揚がったエビは、かけられた塩がちょうどいい。
新しいグラスに注がれた白いワインともよく合った。
同じテーブルでは、ランドルフがミニパイを、ルチアとメーナが肉串を皿に載せている。
メーナがなんとか笑顔で食事ができそうで、ダリヤはほっとした。
「このクレープは、ほうれん草のペーストか……」
「チーズと一緒ですから大丈夫だと思います。駄目なようでしたらこちらを、トマトとベーコンのようですので」
グラートの横、ジスモンドが小声で言う。
近さ故、どうしても聞こえてしまうダリヤは、無言でホタテを咀嚼した。
飲み込んで隣を見れば、野菜のフリッターをフォークに載せたヴォルフがいた。
ダリヤはその鮮やかな緑に、つい視線を止めてしまう。
彼はごく自然な動作でそれを口にし、丁寧に咀嚼する。
途中からダリヤに気づいていたのだろう。
ヴォルフは自分に向け、その金の目をやわらげる。
「ダリヤ、ピーマンも入ったこのフリッター、おいしいよ」
「よかったですね、ヴォルフ」
それはきっと、互いにしかわからぬこと。
以前、ピーマンが苦手で避けていたヴォルフは、緑の塔で挑戦し、それからはおいしさがわかるようになったそうだ。
本日のピーマンもおいしかったらしい。
ダリヤは彼に勧められたフリッターを、笑顔で受け取った。
食事を進めていると、ドリノ夫妻が三階に上がってきた。
挨拶に回ろうとして、グラートに止められる。
「先に座って、しっかり食べた方がいい。うまい料理は主役達こそ味わうべきだ」
その言葉に従い、ドリノ達が席につく。
サミュエルが店員に合図し、湯気の立つ皿を追加する。
そこからは、食事優先での歓談となった。
「ドリノ、新居は決まったのか?」
「はい、中央寄りの南区で、家族向けのアパートを借りました。日当たりのいい二階です」
「バーティ夫人、その白いお召し物がよくお似合いです。花嫁の美しさに輪がかかっておられる」
「お言葉をありがとうございます。服飾魔導工房長のルチア様に見立てて頂きました」
グラート達のテーブルではドリノ達が話の中心になっている。
新生活、引っ越しや家具揃えは大変そうだが、二人とも楽しそうだ――そんなふうに思っていると、こちらのテーブルで、ルチアが口を開いた。
「ヴォルフ様、今日のダリヤの服、どうですか? 私のデザインなんですが、ご意見を頂きたいです」
「とても似合って、きれいだと思います。服の形と色合い、それと刺繍も合っていて素敵ですね」
貴族子息からの意見は貴重なのかもしれない。
友はこくりとうなずくと、その青い目を自分に向けてきた。
「ダリヤ、それ買い取らない? 似合うし、まだ他の人が袖を通してないし、今日みたいな日によくない?」
「ええ、そうさせて、ルチア」
馬車の中、もしひどく汚した場合に備え、買い取りの金額も聞いてある。
少し値は張るが、ヴォルフが似合うと言ってくれたのだ。
ちょっとだけかしこまったところ向けの外出着にしよう、気分良くそう考えていると、ヴォルフが声を低くした。
「ルチアさん、後でちょっと話が……」
「ええ、お待ちしていますね」
ルチアが満面の笑みで答える。
二人とも、この場で話せばいいのに、ついそう思ってしまった。
いや、他の者がいないところで話したい内容なのかもしれない。
ルチアも魔物討伐部隊に出入りすることは増えた。
自分がいなくても、ヴォルフと話す機会もあるだろう。
それなりに親しくなっていても別におかしくはなく――
思考がどこかで引っかかったような感覚でいると、グラートの声で断ち切られた。
「さて、ドリノの父君母君と親交を深めてこねば。二階へ行ってくる」
彼が立ち上がると、ジスモンドや年嵩の騎士も続く。
皆、そろって階段を下りていった。
「メーナさん、ちゃんと食べられてるか?」
同じくテーブルを離れてこちらへやってきたのは、本日の主役、ドリノとファビオラだ。
緊張しているであろうメーナを気遣ってのことらしい。
「ちゃんと頂いています。それと、本日はおめでとうございます。ドリノさん、ファビオラを――うちの姉をどうぞよろしくお願いします」
立ち上がって一礼した義弟に、ドリノは笑い返す。
「はい。全力で幸せにしま――いや、二人で全力で幸せになるので! 安心してください」
じつに彼らしい言葉だ、そう思った。
その明るい声はさらに続く。
「メーナさん、そのうち家に遊びに来てくれ。二人の料理でもてなすから」
「ありがとうございます。ですが、しばらく先でお願いします。新婚熱々の邪魔をしたくはないので、少し火加減が落ちたあたりで呼んでください。一年先か二年先ぐらいですかね?」
メーナの悪戯っぽい声に、ドリノが真顔になった。
「それはないから早めに呼ぶよ。俺はずっと強火だし、火力は今より上がっても下がることはないから」
「やっぱり熱々じゃないですか! 身の安全のために遠慮しますよ、僕は八本脚馬に踏み殺されたくはないですから」
「ドリノもメーナも、何を言っているの?!」
花嫁が頬を染めつつ抗議している。
ダリヤ達はそれを微笑ましく見守っていた。