460.結婚パーティの装い
「皆様に失礼がないようにしたいです」
黒鍋へ向かう馬車の中、少し緊張のこもった声がした。
「大丈夫です、ファビオラさん。魔物討伐部隊では礼儀を細かく説く方はいらっしゃらないですし、皆様、いい方ばかりですから」
「きっと平気よ。私が素で話しても見逃してもらえたぐらいだし」
ダリヤはルチアと共に、ファビオラ――ドリノの妻へ同時に返す。
彼女は礼を言って笑んだ後、深く呼吸をしていた。
初めて会ったファビオラは、艶やかな金髪ときれいな笑顔が印象的な女性だった。
名乗りの後、『夫がお世話になっております』と挨拶され、ドリノの妻なのだと改めて思えた。
最初はちょっと緊張していたが、そのやわらかな声と豊富な話題で、構えずに話すことができている。
ドリノもファビオラもバーティなので、二人同時に振り返ってしまうからと、すぐ名呼びになった。
こうして三人で一緒に来ることになったのは、ルチアの声がけだ。
彼女は以前、ファビオラの服を仕立てた縁で招かれたという。
そのために衣装を見立てるので、ダリヤも一緒にどうかと誘われたのだ。
本日は服飾ギルドでそろって貸し衣装を借り、友人で美容師のイルマに髪をセットしてもらった。
まだ育休中のイルマだが、本人たっての希望である。
なお、セット中は、マルチェラとメーナが双子を抱いてあやしていた。
とても手慣れていた。
「イルマのおかげで、きれいに仕上がったわね。そう思わない、マルチェラさん?」
緊張をほぐそうとしているらしい、ルチアの明るい声が響く。
それに対し、自分の隣のマルチェラが騎士の顔で言った。
「皆様、装いが華やかでとてもお美しいです」
ファビオラは艶やかな白のロングワンピース。
首から肩、上腕に繊細なレース飾りがついている。
身体に緩く添った形で、シンプルなウエディングドレスにも見えるデザインだ。
左手の金の腕輪に深い青の石、お揃いで左右の耳に同色のイヤリングと、ドリノの色がしっかり輝いている。
とても清楚で美しい。
ルチアは淡い緑のワンピース。
首元と腰にはリボン、フレアースカートの裾には白いレースが飾られていて、じつに彼女らしい。
いつものようにリボンで髪を留めてはおらず、くるくると毛先を巻いている。
かわいくもちょっと大人っぽい感じがした。
そして、ちょっと迷っているのがダリヤである。
着ているワンピースは水色。
軽やかな生地で、ウエストはきつくない程度に絞られ、あつらえたようにぴったりだ。
ふわりとしたスカートの裾には金糸の刺繍がきらきらと光り――
試着のとき、ちょっと華やかすぎはしないかとも思ってしまった。
だが、ルチアに氷の結晶模様のイヤリングとペンダントは金、だから揃いでコーディネイトが映えると勧められ、納得した。
「マルチェラさんも騎士服が馴染んで、ますます格好いいわ」
「ありがとうございます――じつはやっと衿が高いのに慣れてきたところだ」
騎士服のマルチェラが、声をひそめて笑った。
元々は運送ギルドに勤めていた彼だ。
騎士服に慣れるにはそれなりの時間が必要だったらしい。
「間もなく、到着します」
御者台側の小窓が開き、メーナの声が響く。
それぞれに下りる準備をした。
馬車が止まると、マルチェラが先に外に出て、下りるときの補助をしてくれる。
ダリヤ、ルチアと続くと、御者台にいたメーナがやってきた。
ファビオラが下りるときに手を差し出すのは、養子縁組で弟となっている彼である。
皆が下りると、ドリノがヴォルフ、ランドルフと店から出て来るところだった。
ヴォルフがその場で妖精結晶の眼鏡を掛けるのが見える。
「ファビオラ、すごくきれいだ! ダリヤさんとルチアさんも、よく似合ってる。今日は本当にありがとう」
ドリノは妻にまっすぐに向かった後、自分達に丁寧に礼を述べた。
そして、妻に友を紹介しようと振り返る。
「ファビオラ、こっちが俺の親友のヴォルフとランドルフ――ああ、ヴォルフ、気を使わなくていい」
「ドリノ」
「大丈夫だ。その眼鏡は便利だけど、今日は要らない。ファビオラがお前を美術鑑賞したところで俺は揺らがねえよ。なんならさらに惚れてもらえるように頑張るさ」
言い切ったドリノに従い、ヴォルフがその眼鏡を外す。
優しげな緑の目はきらめく金のそれとなり、こちらに向いた。
「ヴォルフレード・スカルファロットといいます。ドリノと同じ赤鎧で、お世話になっています」
「ランドルフ・グッドウィンと申します。同所属で、夫君にお世話になっております」
重ねるようにランドルフも自己紹介をする。
ファビオラの青い目が、二人をまっすぐに見た。
「ファビオラ・バーティと申します。夫がいつもお世話になり、ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします」
その声に揺らぎはなく、視線が見惚れて止まることもない。
彼女は挨拶の後、あでやかに笑んだ。
「スカルファロット様、私の好みはドリノなので、眼鏡は外して頂いて問題ありません」
はっきりとした声に、ヴォルフがほっとしたようにうなずく。
「わかりました。バーティ夫人、そうさせてもらいます」
「……バーティ夫人……」
固定単語に頬を染めるファビオラの手を取り、ドリノが笑う。
「さ、行こう。皆、乾杯を待ってるので!」
そろって店へ向かう中、ダリヤの隣にヴォルフがやってきた。
「ええと、ダリヤ、今日もきれいだ……」
「ありがとうございます。ルチアが見立ててくれたんです」
貴族褒めだとわかってはいるが、彼の言葉にちょっとうれしくなる。
このワンピースで正解だったようだ。
今日は格式にこだわらぬ気軽な催しということで、隊員達はシャツにトラウザーズ、人によってベストや上着とばらばらだ。
「ヴォルフも、その服がよく似合っています」
目の前のヴォルフは襟付きの白いシャツに濃紺のベスト、トラウザーズである。
それがとても格好良く――ベストの衿、ダリヤのスカートの裾とよく似た金色の刺繍が目に付いた。
つい視線を止めてしまうと、彼も気づいたらしい。
「ああ、似てるね。細い鎖に小さい花がついたみたいな感じで……この意匠、流行ってるのかな?」
「そうかもしれません、これ、貸衣装なので。ところで――」
そこで服の話は終わり、次に始まったのは魔物の牙についてである。
牙だけでは見分けるのが難しい、それまで食べていたもので摩耗が違う、そんな話をしつつ、店に入る。
「金鎖のお揃い刺繍より、完全に同じ色にしちゃった方がよかったかも……」
緑髪の服飾師のつぶやきは、二人の耳に届くことはなかった。