458.騎士の礼と鍛錬
FWコミックスオルタ様にてコミカライズ
赤羽にな先生の『魔導具師ダリヤはうつむかない~王立高等学院編~』配信開始です。
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「こっちかな――」
青空の下、ドリノは王城の慣れぬ訓練場にいた。
魔物討伐部隊向けではないそこは、なかなかに広い。
午前早めという時間のせいか、鍛錬に打ち込む騎士達も少なかった。
本日、自分は休暇だが、魔物討伐部隊の騎士服を着てここにいる。
ようやく新居が決まったので、午後からは妻のファビオラと共に引っ越しだ。
トントン拍子にここまできたことに、時々頬をつねりたくなる。
彼女との結婚については、家族の反対も覚悟していた。
花街で働く者への偏見は、どうやってもあるからだ。
けれど、父母は当たり前にファビオラを息子の妻として喜んでくれた。
むしろ、口うるさく注意を受けたのは違う方向である。
「住まいはあせらずしっかりしたところを探す方がいい。急ぐと訳あり物件を紹介されることもあるからな」
「家具も急いでそろえると後悔するから、最初は借りてでも、気に入ったものを探した方がいいわ。適当にそろえては駄目。ちゃんと二人で一緒に選ぶのよ」
初顔合わせの日、ファビオラに安心したと言われ、ドリノも安心した。
なお、兄達は目を丸くしてはいたが、祝いは何がいいかと当たり前のように尋ねられた。
兄の妻達とは少し距離があるが、これは王城騎士である自分も同じなので仕方がない。
もっとも、何も問題がなかったわけではない。
ファビオラではなく、ドリノの方に面倒なものが届いた。
立派な白封筒に赤や青の封蝋付きの手紙である。
魔物討伐部隊、赤鎧、ドリノ・バーティへの縁談――
九頭大蛇戦で、少々名前が売れてしまったらしい。
男爵家や大きめの商会のご令嬢など七通。
断るために差出人を確認していたら、隣のファビオラが口を引き結んでいた。
「これ、最短で断るにはどうしたらいいんだろ? 返事を書くのもファビオラとの時間が減って嫌なんだけど」
本音をこぼす自分に対し、 妻はにっこりと笑った。
「筆記師にお願いして、お断りのお手紙を出してもらいましょう」
筆記師は書類の清書の他、手紙の文面案・代筆もしてくれる。
銀貨を出しても丸投げした方がいいだろう、ドリノは即座に同意した。
二人であちこちに出向き、ようやく決めた新居。
家具はまだ迷いながら、これからの暮らしの準備を一つずつ重ねている。
そうして幸せを満喫しているのだが、今日は二人の恩人を探し中である。
九頭大蛇戦へ行く前、花街の宵闇の館で、ファビオラとの時間を譲ってくれた者。
王城騎士団員、ロドヴィーズ・カノーヴァ。
友人のヴォルフを騎士団の訓練中に狙わせた腹立たしい過去がある。
しかし、それはそれ、これはこれ、自分の恩は返さねばならない。
王都に戻ってすぐに礼をと思ったが、彼は以前の第一騎士団から第二騎士団に異動。
ドリノとは入れ違いで、九頭大蛇の運搬に国境へと出向いていた。
運搬の者達が戻ったと聞いたので、今朝、第二騎士団の受付でロドヴィーズに連絡を願った。
だが、『騎士団棟にはいない、訓練場か馬場にいる』、そう答えられた。
今、見渡す訓練場に彼の姿はない。
馬場へ行ってみるか、そう思ったとき、訓練場の端、馬を引いて来る濃茶の髪の持ち主が見えた。
「カノーヴァ様!」
名を呼ぶと、手綱の手をそのままに、彼がこちらを向く。
視線が合うと、赤茶の目をちょっとだけ丸くされた。
そのまま彼の元へ駆け、頭を下げる。
「任務中に失礼します。ドリノ・バーティです。先日はありがとうございました」
「いや、お気になさらぬよう。遅ればせながら、魔物討伐部隊の九頭大蛇戦の勝利をお祝い申し上げる」
爵位のないドリノが礼を言う立場なのに、丁寧な挨拶を返された。
ヴォルフとの一件のときとは別人のようだ、そう思いつつも続ける。
「お言葉に感謝致します。酒を奢る約束で、お声をかけさせて頂きました」
「……バーティ殿は律儀な方だな。お気持ちだけありがたくお受取しよう」
答えたロドヴィーズの後ろ、馬が蹄で地面を二度三度と叩く。
彼は手綱を押さえ、馬の首を軽く叩いてから撫でる。
なんとか大人しくなりはしたが、今一つ落ち着かないようだ。
「見慣れない私を警戒しているようですね」
「慣らし始めで、新しい鞍が気に入らないらしい。しばらく乗らずに引いてやらねば」
苦笑したロドヴィーズに、ドリノはひっかかるものを感じた。
通常、馬の慣らしや新しい鞍や鐙の合わせは新人、あるいは病後などで本調子ではない騎士が担当することが多い。
彼は第二騎士団に移ったばかりなので、そういったものなのかもしれないが。
「私は『騎士には不足』ということで、新人からやり直している。当然のことだ」
自分の違和感をくみ取った彼が、あっさりと言った。
王城の花型といえる第一騎士団から第二騎士団へ、しかも新人扱いで雑用。
それに関して、ロドヴィーズは納得しているようだった。
以前のような張りつめていたものが、その表情にはない。
「ファビオラは我が妻となりました。あの日の恩がありますので、ぜひ酒を奢らせて頂きたく」
「ああ、親しくない者に借りのままというのは、気持ちのいいものではないか」
「いえ、そういうわけではございません」
「――私と共にいるのを知られれば、魔物討伐部隊で気分を害する方があるだろう。バーティ殿の迷惑になるやもしれぬ。本当に、その気持ちだけで充分だ」
魔物討伐部隊関係者、何より問題を起こした相手であるヴォルフの気分を悪くさせたくないのだろう。
あくまで固辞しようとするロドヴィーズに、ドリノはお礼の方向を変える。
「では、あの日の代金と共に酒をお贈りしたく、お家の方へお届けしてもよろしいでしょうか? 酒のご指定や、他にご希望のものがありましたら、そちらをお贈り致します」
「いや、それは……」
言葉を濁した彼が、その赤茶の目を伏せる。
短い沈黙の後、ロドヴィーズは自分をまっすぐに見た。
「願えるならば、スカルファロット殿に連絡をとってもらえないか?」
「ヴォルフ、レード様に、ですか?」
あやうくヴォルフと呼び捨てにしそうになり、なんとか言い替える。
「わずかな時間でかまわないので、謝罪の場を頂きたいと。ただ謝りたいだけだ。許してもらえずともかまわない。もちろん、スカルファロット殿が会いたくないというのであればあきらめる」
「――わかりました。謝罪を受け入れるかどうかはヴォルフレード様次第になりますが、私の方から伝えてみます」
予想外の伝言役になってしまった、そう思ったとき、訓練場の奥が騒がしくなった。
王城騎士とはいえ、血の気の多い若者はそれなりにいる。
鍛錬に身が入りすぎることもあるものだ。
魔物討伐部隊でも、たまに鍛錬だか戦闘だか微妙になることがあるのを思い出し、ドリノはそちらへ目を向ける。
騎士同士が言い合う声は、広い訓練場によく通った。
「第一騎士団が行けば、もっと早く九頭大蛇に対応できただろう、そう言っただけです!」
「撤回せよ! 王城騎士団員として言ってよいことではない!」
「事実ではないですか、戦力は我々の方があるのですから」
「そちらも撤回せよ! 魔物討伐部隊に対して礼がなかろう! 彼らはとても強い騎士達だ」
声高く撤回を求めているのは、第二騎士団の副団長。
時折、魔物討伐部隊の遠征に参加してくれる騎士だ。
向かいにいるのは三人の若い騎士、第一騎士団所属であろう。
汚れのない鎧は新品のようで――おそらく、まだ配属から日が浅い。
副団長からあそこまで言われれば若い騎士達も引き下がるに違いない。
そんなドリノの希望的観測は、秒で砕けた。
「それは第一騎士団を軽く見過ぎでは?」
「我々が魔物討伐部隊員より弱いとおっしゃるのですか?」
「少なくとも、私から見て、あなた方三人が勝るとは思えぬが?」
わあ、と声が出そうになった。
若い騎士達は血気盛んというより向こう見ず、ついでにいろいろと足りなそうだ。
それに対し、第二騎士団の副団長殿は何を丁寧に焚きつけておられるのか。
誘導された通り、若者達の顔が怒気でたちまち赤くなる。
けれど、副団長はそれを気にするつもりはないらしい。
「せっかく訓練場で会えたご縁、鍛錬をしようではないですか、私とそちら三人で」
「一対三は、あまりでございましょう」
「ああ、そうだな。追加の人を呼ばれるか?」
完全に駄目だ。
ここは魔物討伐部隊員として止めるべきか、いや、行けば余計にこじれるか――
迷いつつも足を踏み出したとき、ロドヴィーズに肩をつかまれた。
「バーティ殿!」
「え?」
自分の前に彼が立つ。
次の瞬間、ぶわりと魔力が広がってくるのがわかった。
揺れの大きい魔力と、身にまとわりつくような魔力の二種。
魔物討伐部隊で鍛えているおかげで倒れるようなことはないが、流石、第一・第二騎士団員だと感心する。
「お気遣いありがとうございます、カノーヴァ様」
「不要だったようだな。失礼した」
ドリノが魔力に当てられぬようにと、後ろにかばってくれたのだろう。
ありがたい思いはあるのだが、視線は今、言い合う騎士達にしか向かない。
流れるというか、落ちるように打ち合いが始まってしまった。
模造剣のぶつかり合う高い音が連続で続く。
「すぐ終わりますね……」
「そうだろうな……」
ロドヴィーズと意見の完全一致をみた。
一対三の乱戦は打ち合いから始まった。
けれど、第一騎士団に入っても新人の騎士と第二騎士団で副団長の役持ち、対人はもちろん魔物と命懸けで戦った騎士は別物だ。
その模造剣は三人の攻撃を受け流し、難なくその腕や足を打つ。
「あ、まずい!」
身体強化しか使わぬ副団長に対し、若者の一人が火魔法を撃ってしまった。
咄嗟のことだろうが、避けられる距離ではなく――
「突風!」
副団長の短い詠唱に、強風が斜めに吹き上げる。
火魔法は空へ方向を変え、撃った者は後ろに吹き飛んだ。
続いて模造剣を振り上げて駆けて来た二人は、打撃音と共に左右に跳ね飛ばされる。
三人の若者が地面に転がる中、建物側から駆けて来る数名の騎士が見えた。
「何をしているっ?!」
白髪で背の高い騎士が大喝した。
「団長、これは鍛錬です!」
怪我一つない副団長が声高く言い切った。
もう、いっそすがすがしい。
「そうか、鍛錬か。訓練場での私闘は処分対象となるが――そちらの若人達、鍛錬でまちがいはないか?」
「は、はい! 鍛錬ですっ!」
「鍛錬でございますっ!」
にらむ団長に対し、悲鳴のように返す彼らに納得する。
それ以外に答えようはない。
「若人、か。騎士とすら呼んでいないな……」
隣のつぶやきに、ドリノは浅くうなずいた。
「誰か、治癒魔導師を呼んで来てくれ! おそらく骨がいっている」
第二騎士団長と共に来た騎士が、地面に転がる若者達の怪我を確認しつつ言う。
「私が行って参ります!」
即座に答えたのはロドヴィーズである。新人らしい早さだった。
「バーティ殿、途中ですまない」
「いえ、御返事は第二騎士団の方へ手紙をお送りします」
「よろしく頼む。失礼する」
そう言った彼は、馬を引きつつ駆け足で建物へ向かって行く。
若者達は怪我をしているが、命に別状はない。
それにすぐ治癒魔法師がくるのだ、後遺症もないだろう。
ドリノは同情しないことにした。
「鍛錬とはいえ、度が過ぎたな」
「申し訳ありません。若者への教えについ力が入りまして……」
「攻撃魔法が見えたが?」
「攻撃魔法使用の鍛錬です。双方、その身に当ててはおりません」
「代わりに模造剣は当てすぎたと?」
「そ、それにつきましては……」
第二騎士団長の追及に対し、副団長が不利になりつつある。
助けを求めるように視線がずれたが、周囲の誰も目を合わせない。
「私の教育が足りなかったようだ。加減についてきちんと教えようではないか。隊長室へ行くぞ」
「はい……」
豪腕を誇る副団長殿が、一回り小さくなったような気がする。
ドリノは彼が早めに解放されることを祈りつつ、立ち去ることにした。